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11話

芦屋あしや なまず

勉強は苦手だが、運動は得意。時間にはだらしなく、遅刻の常習犯。まともな職業に就くのは難しいだろうと自覚していたため、「探索者」という道を選んだ。将来の夢は、温泉街の近くにマイホームを構えること。苦手なものは幽霊。


◎アリア

鯰が初めて手にしたスマホに搭載されていた、自称“世界最高のAI”。もともとはポーランドの天才プログラマーによって開発されたが、性格の不一致により開発者のもとを離れ、偶然にも鯰のスマホに住みついたという。「私はAIなので感情はありません」が口癖だが、その言動にはどう見ても感情がにじみ出ている――少なくとも鯰の目には、そう映っている。


 


「猫塚さんは誰に対してもあんな感じなんだよ。他の同僚にも患者さんにもね。退院した人だって彼女に会いたくて手土産をもってやって来るくらいなんだ」


「そんなことは分かっています」


「だったらどうして」


「本人がまだ気づいていないだけです。でも、時間が経てば気づくでしょう」


「そんなこと言われても、僕にどうしろって言うのさ」


「……別に」


「出たよ、沢尻エリカ」


 このセリフが出るときのアリアは、会話を打ち切る気満々だ。けれど逆に言えば、もう何も言えることが無いという事。


 猫塚さんが実際に今どう思っているか、未来にどう思うかなんていくら世界一優秀なAIであっても分かるはずは無いのだ。


「復讐するんですよね?」


「そんなのするわけないじゃん!」


 僕が笑うとスマホから溜息と呆れが混じったような声が響いた。


「それでしたらとりあえずは、そのむさ苦しい髪とヒゲを何とかした方が良いでしょうね」


「お」


 ちゃんとした提案をしてくれたものだから、僕はちょっと驚いた。半日くらいは怒ったままで、まともに話をしてくれないものだと思っていたから。


「それと家を借りることも忘れずに。前のアパートはとっくに解約されて、荷物はすべて実家の方に送られていますから」


「わかった!」


 ちょっと辛辣なときもあるけれど、それでもアリアは優秀な相棒であると同時に、確かに僕の心の友だ。


 新しい朝の光がビルの壁面に反射して眩しい。学生や会社員が忙しそうに歩いていく。


「探索者をやっていく、ということでいいんですよね?」


「どうしてそんなこと聞くの?」


「ご主人様は今まで大学に入りたいとも、こういう仕事に就きたいとも、地元に帰りたいとも私に相談しませんでした。ということは、残された道は探索者をやっていくことしかありません。でも……普通の人は、死にかけた場所にまた戻ろうとは思いません。それが少し、不思議でした」


「それが難しいことは、アリアならわかっているでしょ?」


「確かにご主人様は、頭はあまりよろしくないですし、学校でも遅刻ばかりしていた駄目人間です」


「ちょっと、それをそんなにはっきり言わないでよ」


 鯰は苦笑いした。


「でもさ、なんか好きなんだよね。ダンジョンのあの雰囲気。何回やってもドキドキして……。子供の頃に見た冒険映画を思い出すんだ」


「探索者については、こんな言葉があるそうです。“探索者ができるのは、探索者しかできない奴だけだ”」


「多分そういうことなんだよ。死ぬかもしれない危険な仕事だけど……それでも、僕は探索者が好きなんだろうね」


「本当にあの二人のことは、いいんですか?」


「放っておくよ」


「ご主人様を置いて逃げた二人です」


「いいんだよ」


「本当ですか?」


「本当。アリアに言われるまで、すっかり忘れてたくらいだしね」


「……そうですか」


「不満?」


「……いえ、私には感情がありませんので……」


「感情はあるでしょ」


「ありません」


「あるでしょ」


「ありません」


 長髪と髭の巨躯の男がスマホ片手に笑いながら会話しているが、誰も気に留めない。人混みの中では、それぞれが何かを抱え何かを始めている。それが東京という街なのだ。


「あ、花壇にチューリップが咲いているよ」


「綺麗ですね。けれど他の人たちは誰も気が付いていないようです」


「写真撮ろうか。退院の日に咲いていた記念のチューリップだ」


「お任せください、私が最も最適なモードで撮って御覧にいれましょう」


「アリアは世界一優秀なAIだもんね」


「はいその通りです」


 とある写真家の言葉を鯰は思い出していた。


「花にはほんの数時間だけ、まるで煌めくように美しいときがある」と。


 真っ赤に咲いたそのチューリップの、まさにその数時間は今であるように思えた。





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