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第5話 小幡の覚悟

地味なサラリーマンのけいは、新幹線で着替えて女装してめぐみとなるのが趣味。もう一つの趣味は「戦国オタク」。東京発の新幹線が名古屋に着く直前、桶狭間古戦場を通過したときにセーラー服女装のまま、1560年の今川義元の本陣に転生してしまい…

 大粒の雨が陣幕を叩き、泥濘が足元を滑らせる。雷鳴が近づいてきて、今川義元の本陣は嵐の到来を前に不穏な空気が立ち込めている。


 小幡(おばた)がキリッと進み出る。


 「わたくしめが輿(こし)に乗って囮になります!」


 恵は「それって、死亡決定じゃん!」と叫ぶと、小幡は「見くびるな! ワシは今川の侍大将ぞ!死ぬことなぞ恐れん」と胸を張る。


 だが、義元は扇をパタリと閉じ、「ふむ、だが断る」と一蹴する。


 小幡はズッコケ、恵は「えっ、冷酷に見えて実は部下思い?」と一瞬期待するが、次の義元の言葉でその幻想は木っ端微塵となる。


 「小幡がワシのために死ぬのは当然。だが、ワシは雨に濡れるのが大嫌いなのだ。輿は雨よけに必要じゃ」


 小幡も「(あるじ)…そっちですか」と肩を落とし、あきれ顔になりながら恵は反論する。


 「でも、輿は目立ち過ぎるわ! 朱塗りの派手さ、雨でもバッチリ目立つもの! 信長は絶対『輿を狙え』って部下に指示してる!」


 義元は関心なさそうに「雨は嫌いじゃ。溶けた白粉(おしろい)はまずい」と横を向く。


 小幡は「主、そこは我慢を! ワシは死ぬ覚悟なんですぞ!」と懇願するが、義元は扇をヒラヒラと振って聞く耳を持たない。


 恵は「濡れるのが苦手…待って、コレよ!」とハッと閃く。キャリーバッグのジッパーを勢いよく開けると、義元と小幡が興味津々で覗き込む。義元は扇を口元に当て、「ほぉ、こうやって開くのか!」とつぶやく。


 恵は2人にキッと視線を向け、「いい? 絶対に左側は見ないで! 今夜、発展場の『玩具箱(トイボ)』で使うかもしれなかったSMの秘密道具とかが入っているんだから! 見たら呪うわよ!」と念押しする。小幡は「えすえむ?」と首をかしげる。


 恵は右側に詰まったたくさんの衣装をガサゴソ漁り、奥から折りたたまれたフード付きトレンチコートを取り出して、義元に示す。


 「これを見て! 弊社のゴルティクスを使った完全防水のコート! フード付きで雨も完璧に防ぐ! これなら文句ないでしょ?」


 義元はコートを受け取り、和傘の外に差し出して水を弾く様子をじっと観察する。


 「ふむ…輿の中より濡れんかもしれんな。悪くない」とほくそ笑む。


 「でしょ! これで輿いらないよね?」と恵は同意を求めると、義元はバサッとコートを羽織り、フードを被って傘の外に出る。背中を向けたまま、「小幡、囮は任せたぞ」と冷たく言い放つ。


 小幡は「承知!」と頭を下げ、恵は「うわ、戦国時代の主従関係、冷たくてドン引きだわ…でも、なんかカッコいいかも」とキュンと胸が締め付けられる。


 義元が肩越しに恵に「白き女軍師、この羽織の前はどうやって留める?」と聞く。恵が「それはボタンってものがあって」と前に回ろうとすると、義元はなぜか顔を見られるのを嫌がるようにクルッと反対に回転して小幡と向き合う。


 主従はしばらく無言で見つめあうと、義元は腰から宗三左文字を鞘ごと抜き、「ほれ」と小幡に手渡す。


 小幡は目を輝かせ、「こ、これは…宗三左文字!」


 義元は「ワシの身代わりじゃ。それくらいは持っておけ。あと足軽も全員連れていけ。なんなら信長を討っても良いぞ」と淡々と言う。


 小幡はひざまずき、「ははっ、不肖小幡、役目を全ういたします! 騎馬も50騎お借りします!」


 義元は一度うなずくと、馬の方へ歩き出す。恵は2人の所作の美しさに一瞬見惚れるが、すぐにハッとする。


 「宗三左文字…これ、信長の手に渡るやつじゃん。死亡フラグが義元から小幡に移ったってこと?」


 戦国オタク脳がフル回転。桶狭間の戦いで義元が討たれ、宗三左文字は信長の手に渡り、熱田神宮に奉納する際に、「桶狭間で義元から奪い取った」旨を刀の茎に刻印し、以来、「義元左文字」と呼ばれる。明治時代になって京都で信長を祀る神社として建勲(たていさお)神社が創設され、今はそこに収められている。


 「その刀を持って行ってはダメ。たぶん、死ぬことになるよ!」と恵は小幡に訴える。


 小幡は白いベレー帽を乗せたウィッグの頭を右手でポンポンと軽く叩くと、「白き女軍師よ、早く行け。お前との会話、なかなか楽しかったぞ」とニッと笑う。宗三左文字を腰に差すと、輿に向かって一直線に走り出す。50騎の武者たちと足軽700人が静かに集まり、小幡のあとに続く。


 恵の目から涙がポロリと落ちる。


 「小幡さん…カッコいい。カッコいいけど、それって違うよ!」と心で叫ぶ。ウィッグが雨で重く、ウォータープルーフのメイクも落ちそうだ。しかし、恵は拳を握る。


 「ワタシも生き残らないと。すべてはそれからよ」


 小幡は50騎の精兵をさらに半分に分けて、「お前たち25騎は殿(しんがり)としてここに残れ」と命じる。指名された男たちは(ほまれ)の表情で左の掌に右の拳を当てて「おぅっ!」と一斉に頭を下げると、槍を持ち、雷鳴とともに馬群の音が混じる霧の中へと走り出した。


 小幡は「よし全部隊、東の沓掛(くつかけ)城へ引くぞ!」とわざと大声を出して輿に乗り込む。


 まるで歌舞伎の荒事を見ている気分で、恵はその様子を眺めながら、開いたキャリーバッグを畳み、ジッパーを締めて、持ち手を引き出す。


 カラカラとキャスターの音を立てながら、残りの騎馬武者250騎とともに西の大高城へと駆け出した義元のあとを追いかける。


 小幡は輿からヒョイっと顔を出し、激しい雨に目を細めながら恵のセーラー服の背中を見つめると、輿の脇の騎馬武者を手招きする。


 「5騎であの『白き女軍師』、いやメグミ姫を(まも)れ」


 まだ少年のような顔つきの騎馬武者は「はっ、承知!」と力強く叫び、雨の中、恵を追いかける。


 雨はさらに強まり「視界ゼロ」となる。今川軍の殿(しんがり)を務める25騎が霧に消えた方向から、雷鳴に混じり雄叫びが聞こえてくる。

次回、信長さん、強すぎっす!の巻

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