第30話 未来の天下人と連れション
なんとか大高城に入城できた恵たち。あてがわれた兵舎で濡れたセーラー服を着替え、まもなく開かれる軍議に備える。
深い紅色――ワインレッドのボディコンスーツに身を包んだ恵がぷるぷると震えだす。半刻後の軍議を前にして、唐突に襲ってきた内臓の震えに身を捩っているのだ。タイトなスカートが太ももを締め付け、余計に焦燥感を煽っている。
恐怖で震えてるんじゃなくて、膀胱が震えてるって——どんな戦国よ。
「姫、どうされました? やはり体調が……」
心配そうに顔を覗き込む直虎に、恵は半泣きで告白した。
「……お、おしっこ」
「……え?」
「おしっこ! 漏れる! 限界なの!」
直虎は一瞬きょとんとして、「……この小屋には厠がないので、外の物陰で……四郎、姫を案内しろ!」と答える。
恵はパッと顔を上げて、「直虎くん、四郎さん、一緒に連れションしよ♡」と提案する。
「連れ、ション……?」直虎は眉をひそめる。
恵は「立ちションってことよ。3人で並んで仲良く。男の友情って感じしない?」とニコニコしながら言う。四郎は「承知」とばかりコクリとうなずく。
直虎は「そ、某は無理無理……ご遠慮します!」とバッと立ち上がると、ぷりぷりと肩を怒らせ、逃げるように屏風の裏へと消えた。
恵は「なに、あれ?」と首を傾げたが、四郎は無言で両手を広げ「さあ」と肩をすくめる。
「ま、とにかく限界。四郎さん、行こ」
恵と四郎が小屋の戸を開けると、目の前に4人の黒い甲冑を着た若い武者が整列していた。
4人の先頭――いかにも“リーダー顔”の男が、さっと膝をついた。残りの3人も、まるで稽古の型のように同時に続く。
「あなたたち……遠江軍団の? どうしたの?」
「我ら、百人隊の隊長にございます。女軍師様とともに戦えること、光栄の至りに存じます!」
「隊員一同を代表して、ぜひともご尊顔を拝して、この感謝を伝えたいと……」
男たちは、セーラー服から一転、艶やかなワインレッドの衣装をまとった恵を、崇めるような目で見つめた。
「白ではないのですね。深紅の、なんと美しい……」
「変幻自在の彩。まさに『虹色の女軍師』」
「それだ!『虹色の女軍師』さまだ!」
賛辞が、波のように押し寄せるが、恵は嬉しいより先に、焦った。下腹が、容赦なく主張している。
恵は「……あっ……ありがとう……でも、いまちょっと急いでいて」ともじもじと股を合わせる。
そのとき、一人が四郎に声をかけた。口調と声色が親しい間柄のそれに変わる。
「なあ、鈴木。兄上たちはどうした?」
四郎の瞳が、ほんのわずかだけ曇った。そして、首をゆっくり横に振る。
男はすべてを読み取り、唇を噛む。
「……そうか。俺の弟も義元様の馬回りについていたんだが……戻ってこない」
別の男が沈痛な面持ちで悔しそうに吐き出す。
「こいつ、本当は義元様の馬回りだったんだ。弟に代わってやったんだぜ。『子が生まれたばかりだ』って」
弟の話をした男が、拳を握りしめた。
「俺は……馬回りのほうが安全だと思ったんだ。余計なことを……しちまった」
言葉が、そこで途切れる。涙を堪える喉が、ごくりと鳴る。
四郎は何も言わず、ただ、その男の肩を軽く――ぽん、と叩いた。その一回が慰めであり、弔いであり、そして生き残った者の印だった。
堰を切ったように、今度は別の男が四郎に、遠江軍団が経験したことを語り始める。四郎はうんうんと黙って話を聞いてやる。
恵は股を押さえながら、もじもじがますます激しくなる。膀胱の限界が近い。
「あの、四郎さんとお話は続けてかまわないんで……ちょっとワタシ、小屋の裏に失礼しますね!」
恵は頭を下げると、小走りで駆け出し、小屋の裏側に回ると、壁に向かってスカートとパンティーを一気に膝まで下ろして用を足し始める。
「はぁ……間に合った……」
恵の顔は恍惚としている。夕暮れの風が、ほてった肌を心地よく撫でていく。
その時、隣に誰かが無言で立った。
恵はちらりと横を見る。さきほど義元に蹴られていた、あの少年兵だ。
少年兵は水色に染めた直垂の裾を器用にずらすと、それを取り出し、恵に挨拶するでもなく用を足し始める。その自然な動きと、恵への無関心さが逆に異様だった。
恵は「君、さっきの……大丈夫だった?」と声をかける。
少年兵は恵の方を見もせず、淡々と答える。「さっきは……ありが…とう……僕は三河の松平元康……」
「えーーー!」
恵は驚きのあまり、身体がビクッと跳ねる。危うく元康の方に飛沫が飛びそうになる。
元康は動じない。ただ、じっと恵の下半身を見つめている。瞳の奥はからっぽなのに、底だけが深い。
「……案外……小さいね」
恵は「え? ワタシ、君より全然背高いけど……あっ」と言いかけて、元康の視線の先を追い、察する。
153センチと小柄な元康。しかし「そこ」だけは圧倒的だった。恵は完全に気圧される。
(で、でも、女装子は、そこをいかにコンパクトにまとめるかが美学なのよ……!)
「ま、まぁ……ナニの大小はさておき」と恵は気を取り直して言う。「連れションしたら友達だから! ね!」
元康は「……トモダチ……僕と……」と空虚な無表情で壁を見つめながら反芻する。
恵は戦国オタク脳センサーを回す。——井伊家は後に徳川家康に仕えることになる。だったら、今のうちに顔くらい合わせておいたほうがいいよね。この子、結構問題アリっぽいし。
恵は用を足し終えると、元康も終わったことを確認して、その腕を軽く引っ張る。
「ちょっと小屋寄っていかない? 直虎くんたちに会わせてあげるから!」
元康は無表情のまま、されるがままに恵に引っ張られていく。




