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第2話 義元に突きつけられた宗三左文字

地味なサラリーマンのけいは、新幹線で着替えて女装してめぐみとなるのが趣味。もう一つの趣味は「戦国オタク」。東京発の新幹線が名古屋に着く直前、桶狭間古戦場を通過したときにセーラー服女装のまま、1560年の今川義元の本陣に転生してしまい…

 今川義元は、めぐみをじっとりと蛇のような眼で見つめる。白いソックスから、パンティー、セーラー服の襟とスカーフ、首のスマートチョーカー、顔の部分部分、ウィッグの上に乗る白い帽子まで、舐め回すように視線を送る。


 ポツポツと雨が落ち始め、陣幕に染みを作っていく。


 義元はしゃがみ込むと、右手に持った扇をシュッと恵の首元、スマートチョーカーに当て、「白き娘よ、そなたは人間か妖狐か?」と冷たく言う。「ひぇ」と悲鳴をあげる恵。


 侍大将は「あるじ、そうですとも、こいつは妖怪の類いです。早く首を斬ってしまいましょう」と言うと、義元はじろりと冷ややかな目線を送り、「小幡おばたよ…違うぞ、首は斬るもんじゃない。縄でくくるものだ」と当たり前のように言う。


 「ひょっ、ひょえー」と恵はさらに膝をガクブルさせて、必死に生き残る策を考える。


 「こ、これを見て下さい」と恵はセーラー服の紺色の襟を引っ張って強調する。襟は紺色で白いラインが2本のよくあるセーラー服だ。


 「ほ、ほら。白い2本の線。二つ引両と同じ。つまりワタシは今川の味方ってことであったりなかったりしたりしませんでしょうか?」


 「どっちだよ!」と小幡と呼ばれた侍大将が突っ込むが、義元は一応納得したようで、首に当てた扇を引き、パッと開く。そこには眼光鋭い龍が描かれているが、同時に上品な白檀びゃくだんの香りがフワッと広がる。


 「今は縄で遊んでる時間はない。では美しく妖しき娘よ、そなたはなぜここにおる?」と問いただす。


 恵は「えーっと、名古屋なごやに行く途中で…」と素直に説明しようとすると、小幡が「なにー!なぜ我らの遠征の目的が鳴海城と大高城の救援でなく、那古野なごや城の奪還と知ってるんだ!やはり間者だな!」と怒号をあげる。


 恵の頭の中でオタク脳が出力する情報がスクロールされる。


 ーー桶狭間の戦いは、織田と今川の国境を巡る戦いで、今川方の鳴海、大高城を包囲するための付け城(砦)を信長が作ったのが発端だ。義元は2つの城の包囲を解くべく、駿河から遠江と三河の軍勢を加えて総勢2万5000人を率いて遠征してきた。味方の城を救援する「後詰ごづめ」の戦いとしては異例の大規模な動員である。


 一方、織田と今川の因縁は、さらに遡るものだった。だいぶ後の関ヶ原の戦いの後、徳川家康によって築城されたのが名古屋城だが、かつて同じ場所にあった那古野城はもともと今川家の飛び地で、義元の弟が若き城主だった。しかし信長の父親が奪い取り、今川を尾張から追い出した経緯があったのだ。


 恵は「ナゴヤ?なんのことでしょう?ワタシは『なごやかに』旅をしてると言ったのですけど、なにか?」と目を泳がせす。


 小幡は「ごまかすな!ますます怪しい。早く始末せんといけませんぞ」と急かす。しかし、義元は逆に興味を高めたようで、扇を閉じてチッチッチッと振る。


 「小幡、落ち着け。大切な領地を取り戻す悲願成就の情報をこの娘は持っているかもしれん」と言うと、倒錯的な笑みを浮かべ「もっとも弟がどうなろうと知ったことではないがな。そういう意味で織田に恨みはないのだが」と冷たく弟を切り捨てる。


 「この人、もしかしてドS?」と恵は考える。


宗三左文字


 義元は「まずはそなたの名前と年齢を聞こうか」と問う。


 「尾和田おわためぐみ、28歳です」と即座にテキパキと答えるが、小幡は「ガハハ、28歳のはずはあるまい。18歳の間違いだろ。鯖読みやがって」と小馬鹿にしたように笑う。


 恵はちょっと嬉しくもなり「まぁ、そういう設定でも、良いんですけど」とウィッグの頭をポリポリとかく。


 義元は急に優しく「年齢のことは小幡の言うとおり嘘だろうが」と一旦言うと、すぐにグルンと再び蛇のような表情に戻り、「次に口に出す言葉は気をつけろ」とボソリと言うと、腰の刀に手を置き、すらっと抜いて恵の首に当てた。


 「出鱈目を言った刹那、この宗三左文字がそなたの顔と胴を離れ離れにする」


 恵は身体を震わす。しかし、それは恐怖ではなく、感動の震えだ。目が嘉悦で潤んでいる。


 「宗三左文字…嘘でしょ。あの建勲たていさお神社の義元左文字の本物?!」


 意外な反応にやや拍子抜けする義元は、小幡に「建勲神社、知っているか?」と聞くが、当然、小幡は首を横に振る。


 雨音が響き、まもなく本降りになることを告げる。義元は白けた様子で刀を鞘に戻すと、小姓に顎で命じてビーチパラソル並みに大きな和傘と2つの床几いすを持ってこさせて、恵に座るよう促す。


 恵はようやく尻もちから身を起こすと、床几に浅く腰掛けて、パンティーが見えないようにスカートを押さえるように両手を腿の上にのせる。小幡は傘の外に立たされたままで憮然としてる。


 義元は床几にどかっと座る。身長は172センチくらい、体重85キロはありそうだ。転生前は、ぶよぶよに太った公家大名をイメージしていたが、体幹の筋肉がしっかりしてその上に脂肪が乗っているプロレスラーのような体格だ。白粉おしろいとお歯黒に女々しさは一切無く、悪役プロレスラーのメイクのようにむしろ威厳と威圧を目的としていると恵は実感する。


 蛇のように義元は見つめ、恵も唇をきっと結んで正面から見つめ返す。


 緊張の空気にオロオロしたように小幡が「大ボラふきの娘よ、なにか言い訳でも始めんか」と言うと、恵はぴしゃりと「メグミです」と返すと、小幡はシュンとする。


 恵は意を決したように義元に言う。


 「これからここに信長が奇襲をかけてきます」


 義元は無表情だった顔をしかめ、左目の下をひくつかせる。小幡は両拳を強くぷるぷるとしばらく震わせてから、叫ぶ。


 「この大嘘つきの女狐め!」


次回、恵は信長が間もなく奇襲してくることを義元に伝えるが…

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