第10話 狩野永徳、桶狭間に立つ!
信長の奇襲から義元を脱出させた恵は、自分も5人の騎馬武者に護衛されて義元のあとを追いかける。恵は馬に揺られてうつらうつら夢の中に。義元本陣跡では、恵が忘れた男ものの服を巡り、信長、藤吉郎(秀吉)、前田利家があらぬ誤解を深める。
◇
恵は馬上に揺れながらまどろみ、1年前の京都国営美術館の「大狩野派展」を夢の中で鑑賞している。
この日、恵は桃山時代のカリスマ絵師・狩野永徳(1543〜1590年)推しになったのだ。
狩野永徳は、桃山時代の豪壮な美意識を象徴し、金箔を背景に巨大な檜を描いた国宝「檜図屏風」(東京国立博物館)や、同じく金箔の国宝「唐獅子図屏風」(皇居三の丸尚蔵館)など、金色を背景にした眩い大画面の作品で知られる。
だが、この時の恵が最も心を奪われたのは、永徳が20代で描いた国宝「花鳥図襖」(聚光院蔵)のモノクロームの水墨画だった。
身をくねらせる巨大な梅の老木を中心に初春の景色が墨で描かれている。描写対象を極端に近接拡大する「大画方式」画法によって、恵は襖絵の中に没入し、枝に止まる小鳥の囀りを幻聴として耳にしながら、一人きりの鑑賞室内でこう呟いた。
「なにこの絵…カワイイ…」
恵はミュージアムショップで、ポストカードやクリアファイルはもちろん、Tシャツ、ハンカチ、唐獅子ぬいぐるみ、花鳥図襖アクスタまで大量に購入。
「ぬいぐるみ8800円、アクスタ5800円、値段まで覚えている…」
荷物が増え、京都駅のユノロクで買ったのが、義元本陣で忘れてきた例のリュックだった。
◇今川義元本陣跡
信長は利家の首をぎりぎり締めていたが、「もう良いわ」と言うと、手の力を抜く。ドサッと地面に崩れ落ちる利家。
信長は藤吉郎に「サル、その白い幽霊のような女を追うぞ」と命じる。
藤吉郎は慌てて地面に散らばった衣服をユノロクのリュックにしまい、ふと気づく。
「中にまだ何かありますぞ?」
「なんじゃと?」と信長が覗き込む。背の高い利家もヒョロっと上から顔を出す。
藤吉郎は恐る恐る「それ」を取り出す。「それ」は、恵が間違ってキャリーバッグでなくリュックに入れたSMの定番小道具「ピンクローター」だった。
藤吉郎は、楕円の球体と四角いコントローラーが紐で繋がるピンクローターをつまみ上げる。
信長が手を伸ばそうとするが、藤吉郎は「義元が仕掛けた爆弾のたぐいかもしれません」と言い、信長はピクンッと手を引っ込める。
藤吉郎は「又左、こっちを持て」と球体のほうを利家に渡す。
利家は鼻に近づけクンクンと嗅ぎ、「安心してください。火薬の臭いはしません。俺は背と目だけでなく鼻も効くんで」と言う。信長と藤吉郎は今回は信頼したようにうなずく。
利家は「しっかし、こんな艶のある桃色は見たことがない。信長様はご存知で?」と聞く。信長は顔を近づけ、「唐物の青磁や白磁には、こうしたヌメッとした艶やかな釉薬があるが、桃色なんぞあり得ん色じゃ」と首を強く振る。
藤吉郎は「こっちの箱には何やら回す部分がありますな。ちょいと回してみます」と、長い手で器用にダイヤルをくるくる回す。その瞬間、利家の手のひらの楕円形の球体がブルブルブルっと小刻みに震え出す。
「うひっ?あひっ?」と謎の言葉を漏らしながら利家は身体を震わす。慌てて藤吉郎はダイヤルをもとに戻す。楕円形の物体と利家の震えが止まる。
信長は「な、なんじゃ? サル、又左、何が起きたんじゃ?」と尋ねる。
藤吉郎は無言で首を振るが、利家は「白い幽霊のような女に聞くしかないですね。そうだ、これからそいつのことを『白き妖女』と名付けます。良いですね、信長様、藤吉郎!」と仕切る。
「決め付け」ぶりに、信長と藤吉郎はこめかみを少しピクピクさせる。折よく、今川の騎馬隊の馬が1頭、主を失い近づいてくる。
信長は「サルはあれに乗れ。又左は走って付いてこい」と命じる。利家は「えーっ。俺がいくら背が高く、目と鼻が効くといっても、徒歩で馬には付いていけませんよ」とむくれる。
その時、本隊が出てきた霧の中から、1騎の黒尽くめの騎馬武者がヨタヨタと現れる。3人の目が注がれる。
ブカブカの兜をずらした馬上の少年兵は、信長を見つけ、ブンブンと無邪気に右手を振る。
「信長様だ! やっと追いつきました!」
利家は少年兵を睨みつけ、「チッ。女が参戦してるかと思ったぜ。……紛らわしい面しやがって。同朋衆の絵師風情が黒母衣衆を気取りやがって」とペッと泥に唾を吐く。
藤吉郎は「あっ、狩野永徳どの! ご無事でしたか! こちらへこちらへ」と招く。
信長は無言で腕を組み、立っている。
利家は信長の顔をチラッと見る。「なんだよ、信長様、嬉しそうな顔しちゃって。面白くねぇ」と顔をしかめる。
次回は28日朝に公開!戦国転生小説史上初(当社調べ)、狩野永徳が桶狭間合戦に登場!いったいyouはなぜ戦場に?




