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霊導Saga  作者: 灰藤 景
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003

 霊導士は、大きく二つの人種に分けられる。


 一つはミナン学院の霊導士科を卒業することで資格を得た者――学院霊導士。

 こちらは優れた霊導士から霊力を分け与えられることで資質を目覚めさせた、言わば後天的な霊導士である。


 もう一方は、遥か昔に霊界主アスターテから祝福を与えられ、いわゆる始まりの霊導士となった者達の系譜を継ぐ者――それが血統霊導士である。

 その生誕の地、霊峰ワーディンのふもとにあるアニムスの里の人々は、霊術の才能と白銀の特徴を今も先天的に受け継いでいる。

 彼らは生まれながらの霊術士であり、学院霊導士を遥かに凌ぐ霊力の持ち主だ。

 その中でも幼少の頃から師の元で修業を重ね、認められた者しか霊導士として旅路に出ることを許されないのだという。


 霊導士の首飾りを下げてこの場にいるということは、この白銀の少女もその資格を有しているのは間違いない。

 それも、かなりの実力者だ。

 今はその霊力をかなり抑え込んでいるようだが、それでいてなおただならぬ気配をゼファルスは肌身に感じ取っていた。


 この世のものとは思えぬほどに美しく整った彼女の顔立ち。

 それでいて、まだあどけなさの抜け切らない表情を見るに、歳の頃は一七、八といったところか。


 もちろん、初めて見る顔である。

 これほどの美人で強力な霊導士なら巷で噂になっていてもおかしくないはずなのだが、とんと聞いたことがない。

 早ければ成人とされる齢一五にも満たない血統霊導士も珍しくない今、これほどの霊術士がなぜこれまで血統霊導士として認められなかったのか、と不思議に思わずにはいられなかった。


 そんなことを考えている間にニコラが手招きし、遠慮がちにやってきた彼女を自分の隣に立たせる。

 そして、さあご挨拶を、と優しく促した。


「は、初めまして、リルハ・アスタです。

 よろしくお願いします」


「ゼファルス・クヴァイだ。

 霊界主アスターテの導きのままに」


 おそるおそる名乗り頭を下げた彼女に、ゼファルスは霊導士流に返礼する。

 おどおどした態度といい、ぎこちない挨拶といい、どうも人慣れしていない様子が目立つ。

 霊導士の流儀にもうとい。

 やはり、里から出てきたばかりの駆け出しなのだろう。


「この子、ここまで一人で来たそうなのよ」


「……一人で?」


 ニコラの言葉に、ゼファルスは耳を疑った。


 アステルの里で暮らす者達は、とにかく里の外の常識をほとんど知らないのだという。

 出戻ってきた先人達が教えれば良いと思うのだが、保有霊力が大きい彼らはとにかく霊気を操るすべをまず身につけなければならず、旅に必要な生存技能などは二の次にされているらしい。


 そんな環境で育てられた血統霊導士が一人旅をすれば、結果はおおよそ予想がつく。


「つまり、近くで行き倒れていたところを運よく助けられ、街に担ぎ込まれたのをキーヴ導士が保護した、というわけですか」


「ご名答」


「……本当に、ご迷惑おかけしました」


 リルハと名乗った銀髪の少女は、申し訳なさそうに頭を下げた。


 過去には一人で旅立った何人もの血統霊導士が行き倒れ、そのまま命を落とした例も少なくなかったと言われている。

 ゆえに現在では、新人時代を経てもっと稼げる仕事を望む学院霊導士がアニムスの里へ直接赴き、相棒となる血統霊導士を一人ずつ連れ出すのが通例となっているはずなのだが。


「なぜ、わざわざ一人旅を?」


「師であるおじい様から、手紙を届けるように頼まれたそうよ。

 宛先は、『ミナン学院霊導士科教授 エカート・テルム』とあったわ」


 リルハの代わりに答えたニコラの言葉に、なるほど、とゼファルスは頷いた。


 テルム教授のことはゼファルスもよく知っている。

 霊導士科を統括する立場にある初老の血統霊導士で、学院時代には講師として直に指導してもらったものだ。

 そして、このアステル島の統治を任された領主ゼラーゼン北方伯爵のお抱え霊導士としても知られている。

 現在アステル島にいる霊導士の中では、最も公的に高い地位に就いている御仁ごじんだろう。


 それほど重要な人物への大事な手紙を新人に託すとか狂気の沙汰としか思えなかったが、自分が鍛えた孫ならばきっと成し遂げてくれるだろう、とリルハの師であるおじい様とやらがたかくくったのかもしれない。

 もっとも、結果はご覧の有り様だったわけで、血統霊導士達の育成方針には大いに疑念を抱かずにはいられなかった。


「あなたに頼みたいのは、この娘をテルム教授の元へ案内することよ。

 そしてその間、彼女のために霊導士としての見本をできる限り見せてあげてほしいの。

 できるなら私が連れて行きたいところだけれど、今の私では長旅にはとてもこたえられそうにないから。

 わざわざ私を頼りに来る人達も大勢いることですしね」


 キーヴ導士が霊導の旅から一線を退いて一五年余り。

 久々の旅に出るにはその身体はなまり、あまりに老い過ぎている。


 それに、このシニーの街住まいの霊導士である彼女の元には、付近の住人達からの依頼が毎日舞い込んでくる。

 彼らのことを思えば、この家をそうそう空けることもできないのだろう。


 事情はよくわかった。

 わかった上で、これは自分向けの依頼じゃないな、とゼファルスは思った。


 霊導士として、自分はたかだか五年ほどしか活動していないのだ。

 新米を指導するには経験不足は否めない。


 それに何しろ、自分は口下手だし不愛想だ。

 しかも顔のせいなのか目つきのせいなのか、初対面の人と目を合わせればなぜか怖がられることも多い。


 リルハに視線を向けてみれば、既に彼女はゼファルスを見ており心なしか怯えているようだ。

 これでは、一緒に旅するのもお互いに気まずい。

 悪いが、他を当たってもらおう――そう口を開きかけた、その時。


 不意に、リルハの目が大きく見開かれた。


「か、可愛い……!」


「……は?」


 いきなり何をふざけたことを言いだすのかと呆気に取られていると、ゼファルス君、と声がかかった。


「背中の荷物。

 中から頭、出てきてるわよ」


 苦笑しているニコラの様子でようやく原因に気づき、ゼファルスは首だけを回して背中を振り返った。


 果たして思った通り、背負い袋の口からは銀色の子狐がひょっこりと顔を出していた。

 これまでじっとしていてくれたはずなのだが、どうにも我慢できなかったようだ。


 最後までおとなしくしていて欲しかったんだが、と責めるような視線を送っていると、それに気づいた子狐はつつつ、とばつが悪そうに視線を反らした。

 やれやれ、とゼファルスはそっとため息をつく。


 幸い、キーヴ導士は信頼のおける人物であるし、リルハという名のこの少女からも悪い気質は感じられない。

 ここでなら、自由にしてやっても問題はないだろう。


 背嚢を下ろしてその中から出してやると、子狐はとことことリルハの下へと向かった。

 尻尾を振りながら近づいてきた子狐をリルハがそっと撫でると、その顔がたちまち花のようにほころんだ。

 

「わあ、すごいふわふわ。

 この子、銀狐シルバーフォックスですよね。

 人に滅多に懐かないはずなのに、こんなに飼い慣らしてるなんて」


「いや、飼い続けてるわけじゃないぞ。

 つい先日、助けてやっただけだ。

 まだ名前も決めてない」


 そう前置きして、ゼファルスはかくかくしかじかと経緯いきさつを話す。


不死体アンデッドの群れに襲われて、両親を……かわいそうに」


「そんなわけで、手懐けたつもりはないからな。

 大きくなって生きる術を身につけるまでは面倒見るが、そこから先は自分で選ばせるさ。

 幸い、霊術意思の疎通だけなら≪言霊ことだま≫で事足りるから霊獣として契約を結ぶ必要もないし、こいつ自身が生きる道を決めたなら、それに口出しする権利は俺にはないよ」


「手放しちゃうんですか?

 せっかく相棒になってくれるかもしれないのに……もったいない」


 リルハの表情が目に見えて曇る。

 どうやら、この子狐のことをいたく気に入ったらしい。


 ふむ、とゼファルスは考えを巡らせる。

 霊界の影響を強く受けている銀狐は、より強い霊気の持ち主に惹かれるものだ。

 それが血統霊導士の中でも一際強大な霊力を宿すこの少女なら、尚更だろう。

 見たところお互いに相性も良さそうだし、彼女に新たな主人となってもらうのも悪くないかもしれない。


 もっとも、まともに一人旅もできない今のままではとても後を任せられないが。


「あらあら。

 貴方達、意外と話せてるじゃない。

 仲良くできるか不安だったけど、これなら問題なく依頼を請けてもらえそうね。

 良かった良かった」


 と、それまでかたわらで会話の様子を見守っていたニコラの言葉に、はたと気づく。


(……しまった。

 断る理由をいっした)


 己の失態に思わずため息をつくが、ゼファルスはすぐに思い直す。


 子狐が荷物から顔を出したのは、依頼を断ろうとしたまさにその時だった。

 おそらく偶然ではない。

 気配を察して自分を止めようとしたのだとすれば、これもまた霊界主アスターテの導きというものではないかと思ったのである。


 まあ仕方ないか、と。

 無邪気に戯れる銀色の少女と子狐の微笑ましい姿を眺めながら、自分を無理矢理納得させるゼファルスだった。







 結局、霊導士ニコラ・キーヴからの依頼を引き受けることとなり、出発は三日後の早朝と決まった。

 ゼファルスとしては次の日でも良かったくらいなのだが、リルハに自分の仕事を見習わせておきたいというニコラの希望に応えたためだった。


 そして、当日の朝。

 ゼファルスが待ち合わせ場所であるシニーの街の南門前に到着した時には、すでにリルハと見送りに来たニコラの姿があった。


 リルハもすっかり旅の装いに様変わりしていた。

 下ろしていた長い銀髪は複雑に結わえられ、頭上で束ねた髪にかんざしを挿してまとめてある。

 前は羽織っていなかった彼女の霊導衣は淡い桜色で、所々に舞い散る桜の花びらが細かく刺繡されている凝り様だ。

 背負い袋も用意し、旅支度は万全のようだ。


「お待たせしました、キーヴ導士」


「いえ、私達もつい先ほどやってきたばかりですから。

 リルハさんのこと、頼みましたよ」


「はい、この魂に誓って」


 ゼファルスの返事に、ニコラは満足したように頷く。


「リルハさん、ゼファルス君をしっかりと見習うのですよ」


「はい、ニコラおば様。

 短い間でしたが、お世話になりました」


 お礼を述べてお辞儀するとリルハはニコラのそばを離れ、ゼファルスの元へやってきた。


「別れの挨拶とかはいいのか」


「それはもう、おば様のお家で済ませてきましたので」


 そういうことならと、最後に二人でニコラに向き直る。


「では、行きます」


「おば様もお元気で」


「二人とも気をつけて。

 霊界主のご加護があらんことを」


 ニコラの言葉を胸に、ゼファルスとリルハの二人は南へと旅立つのだった。






「……ぎゃう」


 もちろん、背負い袋の中にいる小さなお供も一緒に。

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