第96話 【ヤクザ潰し】ヤクザとの戦い
「なんだてめえは?」
「私はリリヴィア。Dランク冒険者よ! 覚悟しなさい誘拐犯!」
ギルトッドの誰何に対してリリヴィアは胸を張りビシッと指を差して答える。
「誘拐? なんだそりゃ? わけのわからねえ言いがかりつけてんじゃねえぞ!」
「違うの?」
リリヴィアはアンリの行方不明になったのは【アズル組】に誘拐されたからだと思っていたのだが、ギルトッドの反応を見るに違うようである。
「リリヴィアさん、後で説明します! 今はとりあえず助けてください」
怪訝な顔をするリリヴィアにグスローが助けを求める。
彼にとってリリヴィアは自分達の生命線だ。
自力での脱出は不可能なため、なんとしてでもここで助け出してもらわねばならない。
「それもそうね。とりあえず全員倒してからゆっくり事情を聴きましょう」
「小娘が舐めやがって、てめえらこいつをぶち殺せ!」
リリヴィアはポキポキと指を鳴らしながら1歩前に進み、ギルトッドは怒りを隠さず子分達に命令を出す。
「あーら、リリちゃんが急に走り出すから何かと思ったら随分楽しそうねぇ。うっふふふ……」
「く、変態オカマ野郎!?」
「アンリ! グスローさん達も! 無事か?」
「アルフレッドさん! 俺ら、今のところはまだ無事です! 助けてください!」
「ちっ、仲間かよ……」
いまにも戦いが始まろうという時、リリヴィアの後方からマッスルさん、十数人いる【アズル組】の面々を挟んで道の反対側からアルフレッドが駆けつけた。
リリヴィアに襲い掛かろうとしていたヤクザ達だが、援軍の到来で一旦止まる。
彼等は舌打ちしながら、アルフレッド達の出方を窺い出した。
「おいオカマ野郎! てめえ、こいつらに俺らのことを嗅ぎ回らせて、一体何のつもりだ? ああ!?」
「あら~、何のことかしら? 私は迷子探しを手伝っているだけよ~?」
「けっ、しらを切りやがって! 【アズル組】にちょっかいかけてタダで済むと思うなよ! いくらてめえが強くても、やりようはいくらでもあるんだぜぇ! そこんところ、分かってんだろうなぁ!」
ギルトッドがドスの効いた声でマッスルさんに脅しかける。
彼はグスロー達の行動をマッスルさんの差し金だと誤解していた。
無理もない。
彼の視点からすると、組の下っ端が突然裏切ってなにやら嗅ぎまわっていたかと思ったら、その裏切り者を助けにやってきた人間が3人。
その3人のうち2人はまだ若い少年少女とくれば、1人だけ大人のマッスルさんこそが全体を仕切っていると見るのは自然な流れだ。
実際のところ、マッスルさんは本当に迷子探しを手伝っていただけであって、事情などはほとんど何も知らないのだが。
「あーら。私の身体をどうにかしようというのかしら? いやらしいわね~」
ふざけて自分の体を抱きしめてクネクネと身を捩るマッスルさん。
なおギルトッドの誤解を解く気はないらしく、弁明の類は一切しない。
「マジでやめろ。気持ち悪い! 分かってねえようだからはっきり言ってやる! 俺達がその気になりゃ、てめえの大事な宿や客に嫌がらせをして商売できなくすることも、友人知人を襲うことだってできるんだぜ!?」
マッスルさんは元Aランク冒険者だ。
今は引退しているとはいえ、その気になれば【アズル組】を皆殺しにできるだけの強さがある。
ギルトッドもそのことは知っており、この場で戦って勝てるなどとは思っていない。
しかし、だからといってすごすごと引き下がるわけにもいかない。
ヤクザは舐められたら終わりなのだ。
まともに戦って勝てないのなら別の方法でいく。
「てめえはどうだ? いくら強いって言ってもこの場で俺達を殺せるか? そんなことした日にゃあ、てめえもめでたく人殺し! 牢屋での囚人生活が待ってるぜぇ? ちょっとばかり痛めつけたくらいで、ヤクザが泣き寝入りすると思うなよ。仮に俺達が牢屋行きになったとしても、お勤めを終えて出てくりゃ仕返しもやり放題! どうする? くくく……」
どれほど強くても、人間は社会の中で生きる生き物だ。
もしも相手が法律など気にも留めずにあっさり「皆殺しに~」なんていうタイプだったなら話は別だが、人としての暮らしがある以上は守らねばならないものもあれば出来ないこともある。
そんな相手の弱みに付け込んでの脅迫。
どんなに卑怯な手を使ってでも敵には思い知らせなければ、ヤクザとしてはやっていけないのだ。
「う~っふっふっふ。怖いわねぇヤクザって。確かに私は善良な一般市民だから、人殺しをするわけにはいかないし。仮に何かの罪であなた達を衛兵に突き出しても法律で定められた刑罰以上のことはできないわぁ。仮にあなた達が死刑になるような重罪を犯していたなら話は別だけど、どうせ数年やそこらで牢屋から出て来られるんじゃ、困っちゃうわね~」
一方マッスルさんは困ると言いながら全く困った様子がない。
それどころかこの問答を楽しんでいるようにも見える。
「……で? それで、この落とし前をどうつけるんだぁ?」
そんなマッスルさんを警戒しながらもギルトッドは強気の姿勢を崩さない。
たとえ不穏な空気を感じてはいても、ここで臆したら負けなのだ。
「そうねぇ。あなた達と分かり合うのはどうかしら?」
「なんだそりゃ? 詫びでも入れて仲直りしようってか?」
「ほ~ほっほっほ。そんなわけないじゃない。あなた達が全員、心を入れ替えて善良な一般市民に生まれ変わるのよ~」
「あ? 何だそりゃ?」
予想の斜め上の回答に理解が追いつかないギルトッド。
ヤクザ達はもちろんリリヴィア達まで「何言ってるのこの人!?」と言う顔でマッスルさんを見る。
「マッスルさん、言葉の意味は分かるのだけれど、本当にできるの?」
「そこは任せて。さあ2人とも、ここにいるいけない子達を捕まえて。私の宿に連れて行けば、後は私が何とかするわぁ」
さすがのリリヴィアも信じられない様子だ。
しかしマッスルさんは自信満々で捕縛を指示する。
「おい! こっちには人質が———」
「はい、解放!」
「〖瞬動〗!」
「私達の動きに反応できないようじゃ、人質なんて意味無いわねぇ~」
「———くそっ!」
捕まえていたアンリ達を人質に取ろうとしたギルトッドだったが、リリヴィア、アルフレッド、マッスルさんの3人が素早く動く。
ギルトッドが言い終わるよりも早くヤクザ達の中に突入して、あっという間にアンリ達を捕まえていた子分達を殴り倒して助け出したのだ。
あまりの早さにグスロー達も理解が追いつかず、「えっ? えっ?」と言いながら辺りを見回している。
「さあて、後はシンプルに捕まえるだけ。降参するならやさしくしてあげるけど、どうする組長さ~ん?」
救出したグスロー達の前に立ち、ボディビルの「モストマスキュラー」のポージングを決めて挑発するマッスルさん。
「ふざけんなぁ! 野郎共、根性見せろー! 全員でかかれー!!!」
「「「うおーーー! 死にさらせー!!!」」」
ギルトッドは「これ以上舐められてたまるか」と言わんばかりに激昂して子分達に命令を飛ばす。
そしてその命令を受けた子分達が一斉に剣やナイフなどの得物を持って、アルフレッド達に襲い掛かる。
「おりゃーっ!」
「ふん!」
「喰らえー!」
「ふっ」
「死ねぇー!」
「うふふふ。やってごらんなさーい。ほらほ~ら」
しかし次々に襲い掛かる攻撃をアルフレッド達は余裕で捌く。
正面から振り下ろされる剣を避けて、相手の顔に拳を叩きこむアルフレッド。
側面から突き出されたナイフが届く前に相手を蹴り飛ばすリリヴィア。
まるで踊るような身のこなしで剣やナイフを躱しつつ、さらに挑発を繰り返すマッスルさん。
「ちょっと放してよクソロー! 掴まれてたら私戦えないじゃない!」
「アンリは戦わなくていいの!」
「アンリが怪我したり、誰かを怪我させたりしたらシスターが悲しむでしょうが! 俺達と一緒にじっとしてなさい」
アルフレッド達の陰ではグスローがアンリを抱きかかえ、ツァコフがそのアンリを背中に隠すように立ち、2人で彼女を守っている。
そうしているうちに子分達はどんどん倒されていった。
頭数こそ多い【アズル組】だったが、彼らの中にアルフレッド達と戦えるレベルの強者はいなかったらしい。
「魔剣能力発動! どりゃあああ!」
「うおっ!?」
子分達が半分ほど倒されたところで親分のギルトッドがアルフレッドに斬りかかる。
横薙ぎに振るわれた剣には青白い電撃が巻き付いており、それに気付いたアルフレッドは咄嗟に距離を取る。
「ちいっ! 上手く後ろを取ったと思ったんだがなぁ。だが、この俺がタダでやられると思ったら大間違いだ! 1人くらいはぶっ殺してやれるぜぇ!」
「はっ、その1人が俺ってわけか。あいにくそう簡単にはやられねえよっ!」
「世間知らずの小僧が! 俺が今までどれだけの修羅場をくぐってきたか知らねえだろ! 殺し合いの恐ろしさ、教えてやるよぉ!!!」
ギルトッドはそう言ってアルフレッドに向かって猛然と突進してきた。
物語世界の小ネタ:
この世界における治安維持や犯罪の取り締まりは基本的に騎士団や衛兵の仕事です。
「騎士団・衛兵 = 警察」の認識で丁度良いです。
ただし、この世界は日本と比べると警察や司法の機能がまだまだ弱く、不完全なところがあります。
そのため、ギルドが冒険者達を率いたり街の住民たちが自分達で自警団を組織したりして、独自で犯罪を取り締まっていたりします。




