第94話 【ヤクザ潰し】祭りの裏で
「あの、ちょっとお聞きしたいのですが、うちのアンリを見ませんでしたでしょうか?」
「あら、リリアンさん。アンリがどうかしたの?」
心配そうな顔で話しかけてきた教会のシスター、リリアンに対してリリヴィアが聞き返す。
「ええ。午後から他の出店を見に行くといって出掛けたまま、約束の時間を過ぎても帰って来なくて……それでいまあの子を捜しているのです」
「あら、迷子? それは心配ね。私も協力するわ」
「お、俺も! 俺も協力するんで、マッスルさんちょっと放してもらっていいですか!?」
ふざけていたマッスルさんも迷子と聞いて真面目な顔で協力を申し出る。
アルフレッドもすかさず協力すると言って、ようやくマッスルさんの腕から解放される。
そうして3人で改めてリリアンに詳しい状況を聞く。
リリアンの説明は要約すると以下の通り。
・今日の午後1時過ぎ、それまで出店の店番をやっていたアンリは1人で出かけて行った。
・彼女は祭りの会場やその周辺に出ている出店を見てくると言っていた。
・彼女はしっかり者で行先も近所なので、その時点では誰も心配しておらず、1人で行かせていた。
・しかし1時間くらいで戻ると言っていたにもかかわらず、未だに帰って来ない。
・ただ時間を忘れて遊んでいるだけという可能性もあるが、念のため捜してみることにした。
「フッ、ようやくイベント発生! きっと何かの事件に巻き込まれて帰れなくなっているのね」
「だからそう決めつけるなって! ただの偶然かもしれないだろ。とにかくみんなで手分けして捜しましょう。俺は警備責任者のロックさんに当たってみますね」
「私も捜すとして、シスターさん、まずその子の特徴を教えてもらえるかしら?」
待ってました、とばかりに楽しそうな顔で事件と決めつけるリリヴィア。
リリヴィアを窘めつつ、警備責任者のところに向かうアルフレッド。
アンリと面識がないため、特徴を確認するマッスルさん。
彼らは祭りの会場に散らばって捜索を開始した。
——数時間前、祭りの広場にて——————————————————
時は少々遡り、午後2時過ぎ。
「そろそろみんなのところに戻ろうかなぁ……でも最後にもう1ヶ所行っても……」
お祭りの広場近くのとある道端で、出店を巡っていくつかのお菓子を買ったアンリはそう言って戻るかどうか迷いながら辺りを見回していた。
教会付属の孤児院に保護されている身であるアンリは、普段はお小遣いなど貰えないため、基本的に欲しい物があっても買えない。
しかし祭りの日は特別で、いくばくかのお金を渡されてお菓子やおもちゃを自由に買うことが許されている。
今日彼女は朝から教会の前で、スープ屋の出店を出して売り子をしていた。
売り子は同じ孤児院の仲間とシフトを組んで交替で休憩できるようになっており、午後1時から午後3時までが彼女の自由時間だ。
自由時間になったアンリは祭りの出店を回るために出かけたのだった。
それからおよそ1時間経ったいま、あらかた満足した彼女は教会に戻るかもう少し遊ぶかを決めかねたまま歩いている。
自由時間の終了まではまだ余裕があるのだが、出店はあらかた回ったし、買ったお菓子は皆で食べようと思って買ったものだ。
今から教会に戻って他の子供達やシスターのリリアンと一緒にお菓子を食べるのも良い。
だが一方でせっかくのお祭りなので時間いっぱい出店を回りたいと思う心もあるのだ。
「どうしようかなー……お金はもうほぼほぼ使っちゃったから、もう何も買えないしぃ……やっぱり帰るか」
「———でして」
「それで~~~」
「うん?」
そんなことを言いながら歩いていると、なにやら不意に話し声が聞こえてくる。
(あいつ、【アズル組】の組長! 話し相手の方は知らないけど……たぶん悪い奴)
アンリが話し声の方を見ると、ヤクザ組織【アズル組】の組長が何人かの手下を連れて知らない男と話しながら歩いていた。
アンリは咄嗟に物陰に隠れて様子を窺う。
だが距離が少々開きすぎていて会話が聞き取れない。
組長達はそのまま路地を歩いてどんどん離れていく。
(くぅっ! このままじゃ逃げられる! 追いかけないと!)
アンリは組長達を追いかけだした。
(このまま後をつけていって悪事の証拠を押さえてやる)
もちろんアンリには組長達がどこに向かっているのかも何をしようとしているのかも分からないし、彼らを制圧する力なども持っていない。
ゆえに追いかけたからといっても彼女に何が出来るかというと甚だ不安なのであるが。
しかしいまの彼女の頭にあるのは、きっと今から行われるであろう怪しい取引を潰してにっくき宿敵【アズル組】を倒すことのみ。
自分に果たしてそれが出来るかなどとは考えない。
彼女はそのまま付かず離れず組長達を尾行していった。
——とある倉庫の中にて—————————————————————
「もうすぐ奴らが現れる時間だな」
「ああ、話が本当ならば、だけどな」
そのころ祭りの広場からそう離れていないとある倉庫の中で、2人組が隠れつつ辺りを窺いながらヒソヒソ話をしていた。
彼らはグスローとツァコフ。
孤児院出身でアンリの先輩だが、一方でヤクザ組織【アズル組】の組員でもある2人組である。
彼らは昨日リリヴィアにボコボコにされたことをきっかけに、彼女に従って地上げされそうになっている教会を救おうと行動を開始していた。
そして自分達が所属する【アズル組】を摘発できるような情報がないか調べた結果、今日ここで重要な取引を行うらしいという情報を知り、その真偽や取引の詳細を確かめるためにこうして隠れているのであった。
「お、来たぞ! 気配を消せ!」
「よし!」
誰かが倉庫に入ってくる気配を感じ取り、2人は〖隠密〗スキルを発動して出来る限り気配を消す。
直後、倉庫の扉が開いて数人の男達が入ってくる。
「なんだあ? 相手はまだ来てねえのかよ」
(組長! 【アズル組】の組長ギルトッドだ!)
(よし! 当たりだ! 組長が来るなんて、よっぽどの取引だぞ!)
つまらなそうに口を開いた大男を見てグスローとツァコフは物陰に隠れたままお互いの目を見て頷き合う。
【アズル組】組長、ギルトッド・ギルマー。
【ワールム商会】会頭ドノバン・ワールムの腹心で、彼に拾われて以降かれこれ20年以上ドノバンのために汚れ仕事をこなしている。
グスローとツァコフにとっては母屋である【アズル組】に突然乗り込んできて組長の座に居座り、暴力をちらつかせては犯罪への加担を強制してくる、憎くて恐ろしい相手だ。
一組織の長であるギルトッドは小さな取引や詐欺程度のしょうもない犯罪のためにわざわざ動くことなどない。
彼が動くということは、今からここで行われる取引は【アズル組】やその上の【ワールム商会】にとってそれなり以上に重要なものである可能性が高い。
((当たりはいいんだが、もし見つかったら……絶対殺されるヤツだなコレ))
グスロー、ツァコフの2人は冷や汗をかきながら気配を消す。
「おいてめえら、一応倉庫の中に誰か潜んでいないか確認しとけ。これからやる取引は誰にも見られるわけにはいかねえからな」
「「「へい」」」
((げっ……))
ギルトッドがドスの効いた声でそう言うと、手下達が倉庫の中を歩いて確認しだした。
彼らがいる倉庫にはたくさんの材木や木箱、荷車が置かれてあり、身を隠せる場所が多い。
隠れようと思えばいくらでも隠れられる場所があるので、取引前に一度確認することにしたのだ。
グスローとツァコフは「どうか見つかりませんように」という顔で必死に気配を消す。
「はは、用心深いですな組長さん。ここはあなた方【アズル組】が所有する倉庫。わざわざここに忍び込むような命知らずがいるとも思えませんて」
「念のためだグリマ。何も知らねえ奴が遊び半分に隠れるとは思わねえ。だが俺達には敵が多いからな。俺達を捕まえようだとか、弱みを握ろうって奴らだったら、あるいは潜んでいるかもしれん。今日の取引のことは組の外には漏れてねえはずだが、まあ用心するに越したことはねえってことだ」
ここに来る道中でギルトッドと話していた男、グリマが笑いながら杞憂ではないかと言うが、ギルトッドは警戒を崩さない。
「なるほど。いや、仰る通り。さすが組を任せられるほどの御方ですな! 私みたいな木っ端商人はついつい不用心になって失敗するもんですが、組長さんにはそれがない! いや全く敵いませんなあ」
「ふん、見え見えのお世辞はいらねえんだよ。それより先方はちゃんと来るんだろうなぁ?」
「そのはずです。昨日の夜、依頼していた物を持ってこの街に到着したと連絡がありましたから、問題なければもうすぐここに到着すると思いますが」
「けっ、この俺を待たせやがって……」
ギルトッドはイライラした様子で腕組みする。
もちろん彼が話している間も手下達は倉庫内に不審者がいないか確認中だ。
まさに不審者なグスローとツァコフはドキドキしながら身を潜めている。
「おおい! テキトーな探し方してんじゃねえぞてめえら! 荷車の下! 木箱の中! 積んだ木材の上! 猫の子一匹見逃すなよ! これでもしも見逃してたらてめえらの目玉くりぬくぞ!!」
「「「へ、へい!」」」
((やめてーーーっ!))
組長の言葉に手下達は怯えた様子で返事をすると、言われた通り荷車の下や木箱の中などを隅々まで確認しだした。
グスローとツァコフは泣きそうだ。
ちなみに2人がびくびくしながら身を潜めているのは、組長達のすぐそばに積まれている大きな木箱の中だったりする。
——倉庫の外にて————————————————————————
「うぅうーーー! 見張りさえいなければ入れるのにー!」
そのころ、アンリは近くの建物の陰に隠れつつギルトッド達が入っていった倉庫を睨みつけていた。
彼女はギルトッドの後をつけてここまで来たのだが、手下の1人が倉庫の入り口で見張りをし始めたので、中に入れないのだった。
「ここからじゃ、あの中の様子が分からないし……よし、どこか入れそうなところ探そう」
正面の入り口からは入れないが、裏に回れば勝手口か何かがあるかもしれない。
あるいは窓があれば中の様子を覗き見ることもできるかもしれない。
彼女はそう考えて見張りに見つからないように注意しながら移動した。
——再び倉庫の中にて——————————————————————
「倉庫の中は全部調べましたが、誰もいませんでした」
「おう」
((危なかった……木箱、二重底のやつを用意していてほんとに良かった……))
しばらくしたのち、倉庫の中では手下達の確認が完了し、1人が代表して組長に報告していた。
組長ギルトッドは鷹揚に返事をする。
その傍の木箱の中では、なんとか誤魔化せたとグスロー達が胸をなでおろしていた。
彼らはこんなこともあろうかと予め二重底の木箱を倉庫に持ち込んでその中に隠れていたのだった。
ちなみになんで二重底の木箱なんてものがあるのかというと、ヤクザ組織である【アズル組】は禁制品の密輸なんかも行っているからだ。
輸出入が禁じられた武器類や魔道具などを衛兵に見つからずに運ぶために作られていたのだ。
通常の木箱だったらふたを開けて中を見られるとアウトなのだが、二重底は一つ目の底の下にちょっとした空間が空いているので、そこに入れた物は上から見られても分からない構造になっているのだ。
彼らはその空間に腹這いになって入っていたので何とか見つからずに済んだのだ。
ちなみにその木箱にはしっかり覗き穴を空けているので、グスロー達からはギルトッド達が問題なく見えている。
「あ、来ましたよ。【三華連合】の方が」
確認完了の報告の直後、倉庫の扉から再び開いて数人の男達が入ってきた。
それを見てグリマがギルトッドに取引相手の来訪を告げる。
「ワンダム様、ようこそお越しくださいました。こちら、【アズル組】組長のギルトッド・ギルマー様。そしてギルトッド様、こちらの方が【三華連合】幹部のワンダム・アルベルンド様です」
新たに入ってきた男達がギルトッド達の前に来るのを待って、グリマはお互いを紹介する。
ワンダムは顔に大きな火傷と傷跡がある目つきの悪い男だ。
顔だけでなく両腕も同様で、おそらく服で見えない部分も傷跡だらけなのだろう。
まさにいくつもの死線を越えた殺し屋といった感じだ。
「おう、お前さんがワンダムか。直接会うのは初めてだな。頼んでたものは持ってきたんだろうな?」
「ふん、当然だ。それにしても、この俺をこんなところに呼び出すとはな。どうせなら美味いメシでも奢れってんだ」
「ああん?」
「まあまあまあ、この取引が終われば、美味しい店を紹介させていただきますので、どうか我慢してくださいな」
「「ふん」」
雰囲気はあまり友好的とは言い難い。
ギルトッドとワンダムは露骨に威嚇し合っており、それを仲介役のグリマが宥めている。
(【三華連合】って確か王国のヤクザだったな)
ヤクザ達の会話を聞きながらグスローは頭の中から取引相手の情報を引っ張り出す。
「さっさと取引を終わらせようぜ。早く見せろよ」
「ほらよ。これがお前ら御所望の【ジャム】だ。てめえらこそ金見せろ」
「ふん。ほれ、200万セント。滅多に見れねえ白金貨だぜ」
ワンダムは赤い物体が入った小瓶を見せ、ギルトッドは2枚の白金貨を見せた。
(うおー! あれが1枚100万セントの白金貨!? 初めて見た)
(庶民には一生縁のないって言われている白金貨! それがあんな小さい小瓶買うのに2枚も!? 【ジャム】って一体!?)
驚くグスロー達。
どうやら彼らが想像していた以上に大きな取引だったらしい。
ワンダムとギルトッドは【ジャム】と呼ばれた品物と金を交換すると、それぞれ確認し合う。
「ふん、これでもう用はねえ。さっさと引き上げさせてもらうぜ?」
「ああ、そうしろ。こっちだって、てめえらと仲良くやろうなんて思ってねえ。今回は特別だ」
「まあまあお互いそういがみ合わんでも。ワンダム様。実は私の方で歓待の宴を準備しておりまして。場所は【黒金亭】って料亭なんですが、よろしければ夕方お迎えに上がっても?」
「まあ、いいだろう。お前の顔も立てて招かれてやろう。ただ少しでも気に入らなかったら死人が出るがな」
「おお怖い怖い。身を引き締めて、おもてなしさせていただきます」
それから二言三言言葉を交わしたのちワンダム一行は倉庫を出て行った。
「じゃ、俺らも帰るか。グリマ、今日はご苦労だったな。」
「いえいえ、組長さんの頼みとあらばこのグリマ、喜んで協力させていただきますよって。私も今日のところは引き上げさせていただきますが、また何かありましたら気軽にお申し付けくださいな」
「おっ、良いのか? ヤクザ者にそんなこと言ってたら骨の髄までしゃぶられちまうぜぇ?」
「ああっ、そこはどうかお手柔らかに」
ワンダムがいなくなって若干弛緩した空気の中、どこかおどけたようなやり取りをしつつギルトッドとグリマも手下達を連れて倉庫から出て行った。
・
・
・
「ふーっ。どうやらもう誰もいなくなったみたいだな」
「ああ。もう安全だ」
取引が終わってしばらくした後、グスロー達は隠れていた木箱から出てきて、安堵のため息を漏らす。
「それでさっきの取引について整理すると……まず組長の取引相手は王国を拠点にしているヤクザ組織【三華連合】」
「たしか、噂じゃ錬金術師とつるんで違法な薬物を流してるって話で、少し前からアルタの街にやってきて【アズル組】と縄張り争いしてたな。取引するような仲じゃなかったはずなんだが」
「今回は特別っつってたな。そこまでして、あの【ジャム】ってやつを手に入れたかったわけか」
「【ジャム】ってなーに?」
「「さあ?」」
2人で取引のことを話していると、後ろから見知った声で質問がかかる。
その質問に答えた後、グスローとツァコフはギギギッと錆びたブリキ人形みたいな動きで頭を動かして後ろを見る。
「うー、それじゃ【アズル組】をやっつけられないじゃん、これはもっと調べなきゃ!」
そこにはナチュラルに話し合いに加わっているアンリがいた。
「「なんでいるのーーーっ!!!?」」
いるはずのない人物の出現に絶叫する2人。
「ん? 何言ってんのよ。それより、調査続行よ! 続けー」
「続けじゃねえよっ! ほんとになんでここに居るんだよ!」
「今すぐ帰るぞ! 組の奴らにこんなとこ見つかったらヤバイんだから!」
「なによ! 放してよ!」
グスローとツァコフが慌ててアンリを捕まえ、倉庫を出ようとしたとき———
「やべえ、お守りどこに落としたんだろ。倉庫の中かな……」
———【アズル組】の手下の1人が戻ってきて倉庫の扉を開けたのだった。
「「「あ……」」」
「え?」
グスロー達とその手下は不意に目が合い、お互いに固まってしまったという。
物語世界の小ネタ:
アンリはどこからか倉庫に忍び込んでいた模様。
ちなみに偶然ですが、彼女が忍び込んだタイミングは手下達による確認が完了した後だったので、運よく見つからずに済んだようです。




