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第93話 【ヤクザ潰し】祭りの警備

——翌朝、祭りの広場にて————————————————————


 時刻の午前7時ごろ。

 今日はアルタで【シイメ桜祭り】が開かれる日である。


 「よし、全員揃ったな。みんな朝早くから集まってくれて礼を言う。俺の名前はロック・ラックヒル。【シイメ桜祭り】の警備責任者で君たちの依頼主だ」


 出店のテントが並ぶ広場の中央でアルフレッド達を含む20人程の冒険者達が集まっており、彼らの前で日焼けした体格の良い男性が明るい声で挨拶をしている。


 「この祭りは昔から続く由緒正しいお祭りなんだが、人が大勢集まる以上トラブルも増えてしまってだな……そんなトラブルに対処するために君達冒険者を雇っているわけだ」


 ロックはそう言って仕事内容の詳細や注意事項を説明していく。

 アルフレッドはその説明を聞きながら横目で自分と一緒に仕事をする冒険者達を軽く見回してみる。


 (うーん……みんな不真面目とまでは言わないけど、ちょっと浮かれてる感じだな。たぶん祭りを楽しみながら金をもらおうって感じで依頼を受けたんだろうな。俺も他人のこと言えないけど……)


 他の冒険者達も特にお喋りなどせずに黙って責任者であるロックの話を聞いているのだが、時折欠伸をしたり周りの出店や出し物が開催されるというステージの方に視線を向けていたりしていて、あまり緊張感が感じられない。


 全員集合時間はきっちり守っていて遅刻する者は1人もいなかったし、説明中に私語をする者もいない。

 それを考えると皆仕事自体は真面目にやるのだろうが、なんとなく浮ついた雰囲気が漂っているのだ。


 その雰囲気からアルフレッドは皆自分と同じような理由で仕事を受けたのだと察した。


 (まあ、いくら祭りでトラブルが増えるって言っても、せいぜい酔っぱらいの喧嘩とか、迷子の世話とかだろ。それならあまり気負う必要もないよな)


 アルフレッド自身も若干浮かれている自覚はあるので、心の中でそう言い訳してからロックの説明に意識を向ける。


 仕事内容も注意事項も特に気になるところはなく、ごく一般的な内容だ。

 説明が終わって特に質問が無いことを確認すると、警備員であることを示す法被と腕章が配られる。


 「こっちの世界でも法被ってあるのね。ふふん、お祭りらしくていいわね」


 背中や胸の部分に「【シイメ桜祭り】警備員」と書かれた法被を受け取ったリリヴィアがそう言って服の上から羽織る。


 「こっちのってことは向こうにもそういうのがあるのか。何にせよお祭りって気分が出ていいな」


 アルフレッドもリリヴィアと同じように鱗鎧の上から法被を羽織る。

 さらに腕章もつけて準備完了。


 「よし、全員付けたな。それでは各自、これから祭りが終わる夕方まで見回りよろしく。もしもなにか問題が起きたら俺に言ってくれ。俺はそこにある警備員用のテントで待機しているから」


 他の冒険者達も全員が法被と腕章を着用したことを確認するとロックがそういって仕事の開始を宣言。


 「じゃ、とりあえず会場を見て回ろうぜ」

 「そうね。端から順に見て回りましょう」


 アルフレッドとリリヴィアはそう言って会場を歩き回り、他の冒険者達も思い思いに散っていった。


  ・

  ・

  ・


 ……約3時間後


 「大分人が多くなってきたけど、平和だなぁ」

 「そうね。ひょっとしたら喧嘩なんかもあるんじゃないかと思ってたけど、そんな気配は全くないし」


 時刻は午前10時ごろ。


 アルフレッドとリリヴィアの2人はそんなことを言いながら歩いていた。


 祭りの会場はご神木のある広場を中心とした地区一帯で、広場はもちろんその近くの道端にも出店が並んでいる。


 見回りを開始した時はまだ人の姿もまばらだったのだが、陽が高くなるにつれて次第に多くの人々がやってきていた。


 2人の周囲も少し前から大勢の人でごった返しており、いつトラブルが起きてもおかしくない状況になっていた。

 それを見て「いよいよ警備の仕事も本番」と気を引き締めて周囲を警戒するアルフレッド達だったが、しかし特に何かが起こるわけでもなく祭りは平穏無事に進んでいる。


 目で見回すだけでなく〖気配察知〗や〖危険察知〗などのスキルも使っているのだが、揉め事の類は全く感じられない。


 「あ、お疲れ様! こっちは何も問題ないけど、そっちはどうだ?」

 「お疲れ! こっちも何もないな。いざこざも迷子も全く見ねえし聞かねえ」


 歩いていると警備員仲間の冒険者を見つけたので声を掛けて聞いてみるが、特に何も起きてないらしい。

 了解、と短く返事をしてまた歩き出す。


 「それにしても……こうしていると魔王やら何やらで世の中が大変だってことを忘れそうになるな」


 アルフレッドは周りを見渡しながら感じたことを口にする。

 実際には魔王との戦いの影響があちこちに出ており、また【不死教団】なども数日前に戦ったばかりで忘れることなどできないのだが、しかし彼らが今いるこの場所だけはまさしく平和そのものだ。


 広場の方を見るとステージの上で祭りの主催者っぽい人が挨拶をしている。

 道端の出店を見ると小さな男の子が銅貨を握ってホットドッグっぽい食べ物を買っている。

 どこを見回しても争いなどなく、人々は幸せそうに笑い合う。


 多少なり退屈さも感じはするものの、しかし安心感の方が強い。

 お祭りの光景を見ていると心が和み、癒されていくのを感じる。


 最近の出来事をちょっと振り返っただけでも、何回死にかけたか分からないアルフレッドにとって、ここは正に桃源郷なのだ。


 「ちょっとだらけ過ぎよ。祭りを楽しむのは良いけど、あまり気を抜いていたらイベントフラグを見逃すわよ」


 一方リリヴィアの方は平常運転。

 今日も今日とて何かが起こるに違いないと油断せずに周囲に気を配っている。


 「ぶれないなリリ……まあ、警備の仕事やっている以上お前の姿勢の方が正しいんだが、少しは楽しんでもいいと思うぞ」

 「これが私の楽しみ方よ」

 「お前らしいな。ところで、ちょっと寄ってみたいところがあるんだけどいいか?」

 「良いわよ。あの教会のシスター達がやってるスープ屋さんでしょ?」

 「ああ。よく分かったな」

 「だって顔に出てたもの。それに私も気になってたから、一度寄ろうと思ってたし」


 2人はそう言うと目的地に向かって歩き出した。


 広場のすぐ隣、教会の前の道端にアルフレッドが行きたがっていたスープ屋のテントがある。

 昨日アルフレッド達が行った教会のシスターと孤児院の子供達が今回の祭りのために出店を出していたのだ。


 アルフレッドはその様子を横目に見て入ってみたいと思いつつも、警備依頼をサボるような真似は憚られたので、我慢して見回りを行っていたのだった。


 もっとも今回の仕事はそこまで厳格なものではなく、見回り中に出店に入って買い物をしたとしても咎められることはない。

 もっと言えば適度に出店の様子を覗いて問題ないか確認するのも、見回りの範疇と言えるので、我慢する必要など全く無かったわけなのだが。


 「いらっしゃーい。野菜スープ1杯2セントだよー。おまけで【聖天教】のお守りもあげちゃうよー」


 そのスープ屋のテントではアンリや他の子供達が声を張り上げて客寄せをやっていた。

 そのおかげか客が途切れずにやってきてるようで、店は繁盛しているみたいだ。


 「あ、アルにーちゃんとリリねーちゃん!」

 「おはようアンリ。スープ1杯くれ」

 「私も1つ」

 「はーい。まいどありー」


 アルフレッド達はアンリに2セントずつ支払い、代わりに温かいスープが入った手の平サイズの木製のコップを受け取る。

 ちなみにスープはシスターのリリアンが教会の中で作ってくれているらしい。


 「それとこれはおまけのお守り。あとコップは飲み終わったらここに持ってきてね」

 「分かった。ありがとな」

 「OK。ところで順調みたいだけど、お祭りで問題は起きてないかしら?」


 紐付きの小さな木片に聖句がかかれたお守りをもらいながら、リリヴィアは問題が起きてないかを聞いてみる。


 「うーん……特に何もないと思うよ。お店はたくさん儲かってるし、他のお店とかも特に何かあったなんて話は聞こえてこないし」

 「そう。何もないなら良いわ。もし変わったことがあったら教えてね」

 「変わったことと言えば、さっきグスローとツァコフがやってきたよ。『今日は客として来ただけから安心しろ』って言ってスープを買ったわ。そして買ったスープを大人しく飲んで特に何もせずに出て行ったわけだけど」


 元は教会が運営する孤児院の出身でアンリの先輩に当たるグスローとツァコフ。

 しかし一方で【ワールム商会】傘下のヤクザ組織【アズル組】の組員として教会に借金の督促にやって来たり、その結果リリヴィアにボコボコにされて情報収集を命じられたりもしている2人組である。


 一見すると敵なのか味方なのか分からない関係になっている彼らだが、今日は祭りを楽しんでいるらしい。


 「ふーん、あの人達って仕事とプライベートをきっちり分けるタイプなのかな」

 「かもしれないわね。まあ、お祭りの日くらいは面倒ごとを忘れて楽しみたいってところじゃないの」

 「じゃあ、そろそろ行くか。アンリ、このスープ美味しかったよ。ごちそうさま」

 「じゃあね。ごちそうさま」

 「また来てねー」


 アルフレッドとリリヴィアは話している間に飲み終わっていたコップをアンリに返すと店を出て見回りを再開した。


  ・

  ・

  ・


 ……約1時間後


 「どこを見ても異状なし。この分だと今日は何も起きずに終わるかもな」

 「そんな訳ないじゃない。きっとどこかにフラグが隠されているはず……ん? 大食い大会が始まったわね。ひょっとしてあれに参加して優勝を目指すべきだったかしら?」


 アルフレッドとリリヴィアは広場の中を歩いていた。

 スープ屋を出た後、他のいくつかの出店も覗いてみたが、特になにも起きていない。


 その状況に安堵しているアルフレッドと、なぜか不満げに周囲を見回すリリヴィア。

 そんなリリヴィアの瞳に、ステージで開かれている大食い大会の様子が映り込む。


 「いや、俺らじゃ優勝は無理だろ。お前は少食だし、俺も大食いってわけじゃないし……参加している奴らを見ろよ。全員、俺達の3倍は食べそうな奴らばかりだぞ……っていうかマッスルさんもいるし」


 ステージでは8人の男女が大きなどんぶりに入った特大わんこそばみたいな食べ物を次々に平らげている。


 普通の人間なら1~2杯で満腹になりそうな量なのだが、参加者達はみな既に7杯以上完食している。

 全員、明らかに本気で優勝を狙っている。


 「う~……」

 「ま、何も起きねえのはいいことだよ。そう悔しそうにするなって。それよりマッスルさんすごいな、もう9杯目完食して10杯目だ。ペースが全然落ちねえ……」


 悔しそうに唸るリリヴィア。

 それを宥めるアルフレッド。


 そして2人が眺めるステージではマッスルさんが他の参加者達に対して差をつけ始めていた。

 ステージの周囲では観客達が声援を送っている。


 ちなみにマッスルさんの服装は今日もブーメランパンツと蝶ネクタイだ。


 「よく見ると何かのスキルを発動しているわね」

 「どれどれ……ああ確かに。〖気配精査〗と〖魔力探知〗で探った感じだと、体内の魔力を練り上げたうえで高速で循環させているみたいだな」

 「私が見た感じもそんなところね。本来は<ステータス>を強化するバフスキルなんでしょうけど、今回はそのスキルを発動させることで代謝を上げて食べ物の消化を早めているみたい」

 「スキルもいろんな使い方があるんだな」


 2人がそう言って見守る中マッスルさんの独走状態が続き、ついに彼が優勝したのだった。

 気になる優勝賞品はというと———


 ・優勝トロフィー

 ・賞金1万セント

 ・小麦150kg


 ———とのことだ。


 リリヴィアが優勝トロフィーなどに何かないかと疑い、〖鑑定〗をしてみたが特別な効果のない普通のトロフィーだった。


 「賞金はすごいけど、普通の大会だったわね。特に騒動も起きないし」

 「なんでそんなにがっかりしてるんだよ……」


 そんなことを言いながら、実に平和な時間が過ぎていった。


  ・

  ・

  ・


 ……さらに数時間後。


 時刻は午後4時。


 大食い大会の後も見回りを続けたアルフレッド達だったが、リリヴィアが期待するようなイベントは起きていない。


 祭りは大賑わいで大勢の人がやってきているのだが、彼らが見聞きする限りでトラブルと言えるようなことは何一つなかった。

 警備責任者のロックにも聞いてみたが、「例年なら数件くらい何かしらの揉め事が起きているが、今年はそれが全くない」と上機嫌に語っていた。


 「本当に何も起きずに終わりそうだな」

 「う~……まだ! まだよ! きっと何かが起きるはず!」

 「何でそんなに必死になってんだよ……」


 既に祭りも終盤といって良いところなのだが、最後まで諦めないリリヴィアに若干呆れるアルフレッド。

 とはいえ最後まで何があるか分からないのもまた事実、ということでアルフレッドは気を取り直して周囲の気配を探ってみた。


 その瞬間———


 「お役目ごくろうさま。ふっ」

 「ぎゃあぁあーー!」


 ———後ろから誰かに抱きかかえられて耳に息を吹きかけられた。


 突然のことにアルフレッドは全身に悪寒が走り、悲鳴を上げる。


 「あら、マッスルさん。お疲れ」

 「マッスルさん!? 全然気づかなかった! っていうか放して! ひぃっ!?」

 「うふふふ、お疲れ様。お祭りは楽しんでるかしら?」


 そこにいたのはマッスルさんだった。

 彼はアルフレッドを抱きしめたまま頬ずりしている。


 なお服装はやっぱりブーメランパンツと蝶ネクタイだ。

 ひげと筋肉、そして体をまさぐるマッスルさんの両手の感触が、祭りで緩んでいたアルフレッドの精神に大ダメージを与える。


 周りでは悲鳴を聞いた人々が遠巻きにしてヒソヒソ話をしている。


 「大食い大会の優勝おめでとう。ところでマッスルさん、変わったことは起きてない?」

 「変わったこと? そうねえ……祭りとは関係ないけど、グレイルを昨日から見てないのよねぇ……まあ依頼か何かで遠出しているだけだと思うからあまり心配はしていないのだけど」

 「ふーん、祭りでは特に何も起きてないのね」

 「ええ。私が知る限りは、だけど」

 「あの、ちょっと放してくれません?」


 マッスルさんから見ても特に変わったことはないらしい。

 ちなみにアルフレッドの訴えは無視されていて、いまも頬ずりは止まらない。


 「くっ、イベントはグレイルの方だったのかしら? いや、きっとこの祭りでも何かあるはず……」


 リリヴィアはブツブツと独り言を言いつつ考え込む。

 ちなみにグレイルとは、昨日ギルドでアルフレッドとリリヴィアに模擬戦を挑んだ結果完敗して泣きながら走り去っていった、マッスルさんの弟子だ。


 マッスルさんが言うには、グレイルは毎朝【情熱の赤薔薇亭】にやってきては鍛錬をしているのだが、今日はそれがなかったらしい。


 「あの……そろそろほんとにツラいんで、解放してもらえないでしょうか……」

 「大丈夫よ、いまに気持ち良くなるから~」

 「やめてーーーっ!」


 なお話している間もアルフレッドは解放してもらえない。


 「あの、ちょっとお聞きしたいのですが、うちのアンリを見ませんでしたでしょうか?」


 そんなことをやっている3人に教会のシスター、リリアンが話しかけてきた。


 物語世界の小ネタ:


 アルフレッド達がもらった【聖天教】のお守りは鑑定するとこんな感じです。

 病気に強くなるので、欲しがる人は結構多いです。


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<名称>:病除けのお守り

<説明>:【聖天教】に伝わる特殊な製法で作られたお守り。

     身に着けている間、〖Lv3〗相当の〖病気耐性〗が付与され、病気にかかりにくくなる。


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