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第92話 【ヤクザ潰し】会議の後に

——アルタの街中、人気のない路地裏にて—————————————


 「なあツァコフ。あいつらのこと、どう思う?」


 教会からの帰り道でグスローは並んで歩いている相棒に声を掛けて路地裏に行き、周りに人がいないことを確認したうえで、そう聞いた。


 あいつらというのはもちろんリリヴィアとアルフレッドのことだ。


 「まだよく分からんが、ヤベエ奴らだと思うぞ。特に女の方! 男の方はまともな感じだけど、女の方は絶対逆らっちゃいけない奴だ」

 「やっぱそう思うか。俺も同感」


 グスロー達は所属する組からとある教会の地上げを命じられていたのだが、今日その教会で恐ろしい奴に出会ってしまったのだ。


 リリヴィアというらしい。

 グスローとツァコフが二人がかりでもなすすべなくボッコボコにされるくらい強いうえに、「皆殺しにしてしまえば~」なんてことを平然と言ってくる人間だ。


 別にそれ自体は珍しいことではない。

 グスローやツァコフ程度、ボコボコにできる人間はアルタの街だけでも結構いる。

 「殺す」など物騒な言葉を使う者も、口で言うだけの人間であれば同じくらいいっぱいいる。

 傍から見ればリリヴィアはちょっと腕が立って気の強いだけの、ただの女冒険者だ。

 しかし2人はそうは思わない。


 「俺も……ヤクザに成り下がって以来いろいろ危ないことやらされたし、危ねえ奴も見てきたから、なんとなく分かる。あの女は特大の危険物だぞ。皆殺しとか殺すとかの言葉もただの脅しじゃなく、絶対殺るやつだ!」

 「俺もそう思う! とにかく、言われたことは絶対従おう。でないと俺達、殺人事件の被害者になっちまう!」


 2人は真っ青な顔で言い合う。

 望まぬ形でそうなったとはいえ、それでも彼らはヤクザだ。

 弱い人間や愚かな人間が容赦なく食い物にされているところは何度も見てきたし、自分自身がそうなりかけたこともある。

 それに何回かは危ない橋を渡らされたこともあった。


 そんな彼らは自然と身の危険に対して敏感になったのだ。

 身を守るのに必要なのは知恵や強さだけでない。

 臆病さだって必要なのだ。


 死にたくなかったらリリヴィアを敵に回すな。

 ヤクザな生活で培った臆病さが、彼らに対してそんな警告を発していた。


 「それに……教会やシスターもできたら助けたいからな……」

 「だよな。生意気なアンリだって、俺らの後輩だし。何のためか知らんが、リリヴィアさん達が教会のために動いてくれるのはありがたいんだよな」


 青くなっていた顔が一転、今度は遠い目をして胸の内を吐露する。

 孤児院出身の彼らにとって、その孤児院を運営している教会は古巣であり、シスターは母親代わりだ。


 いまでも大切に思う気持ちはある。

 恐ろしくて組の命令に逆らえず、教会を救うどころかヤクザの手先として追い詰めてしまっていたわけであるが。


 「たぶんだけど、これが最後のチャンスだ。ここでどうにもできなかったら教会は守れないし、シスター達も追い出される」

 「ああ。でも逆にここでなんとかできりゃ教会もシスター達も守れるし、ついでに商会や組のクソ共にも仕返しできる。俺らだけじゃどうにもできねえだろうが、運よく味方が出来た」

 「決まりだな。俺はリリヴィアさんにつく」

 「俺もだ。もともと俺達が入ったのはまっとうな土建屋だったころの【アズル組】だ。商会に買い取られて、ただのヤクザ組織に成り下がった【アズル組】にはもう義理なんかねえ。俺達を拾ってくれた棟梁も、引退させられちまったしな」


 2人はお互いの顔を見て大きく頷いた。


 「じゃあ、覚悟が決まったところで今後のお話と行こうか」

 「リリヴィアさんから言われたことは『【ワールム商会】や【アズル組】の動きを内部から見張れ』と『決まった日時に教会に来て状況を報告しろ』だ。要するにスパイだな」

 「そしてもしも組を裏切ったのがバレた時に備えてこのアイテムを持たされてる」


 グスローがリリヴィアから渡されたアイテムを手に持って顔の前に持ってくる。

 それは数センチメートルほどの大きさの四角い物体で、側面から1本の細い紐が付いている。


 「【防犯ブザー】って言ってたっけ。紐を引っ張ると10秒間大きな音が出て、同時にリリヴィアさんが持ってる魔道具に救援信号が届くっていう」

 「まあ、本当にヤバかったらそのこと知らせても、助けが来る前に殺されそうだけどな。無いよりはマシだ」

 「とにかく、それで俺達は商会や組を潰せそうなネタを嗅ぎまわってリリヴィアさんに知らせる。それも教会の土地が取り上げられる前に、だ」

 「悪事のネタならいくつか知ってるけど、商会を潰せるかっていうとちょっと不安なんだよな。しかも期限まであるし」

 「なにか作戦考えないとな……」


 こうして2人はその後しばらくあれこれ話し合い、彼らなりの作戦を立てて【アズル組】の事務所に向かうのだった。


——アルタの街中、大通りにて——————————————————


 「よしよし。感度良好! 良く聞こえるわ」

 「相変わらずすげえな。離れたところにいる人間の会話を拾って届けてくる魔道具なんて、そんなの良く作れたな」


 グスローとツァコフが路地裏で話し込んでいるころ、リリヴィアとアルフレッドはそこから離れた別の場所を歩きながら、彼らの会話を盗み聞きしていた。


 リリヴィアがグスロー達に渡した【防犯ブザー】には実は盗聴器が仕込まれており、いまリリヴィアとアルフレッドがそれぞれ片耳に付けている小さなイヤリングで会話を盗み聞きできるのだ。


 「ふふん。開拓村が【赤獅子盗賊団】に襲われた時、偵察車で会話が聞けなかったからね。音を拾うための道具を考えていて、昨日の夜に宿で作っておいたのよ」


 リリヴィアがドヤ顔で胸を張る。


 「グスローさん達に教えずに盗み聞きしてるってのが、ちょっと悪い気がしてるんだが……まあでも、おかげで信用できそうな人達だってことが分かって何よりだ。やっぱり根は悪い人達じゃなかったんだな」

 「そうね。一応はヤクザで敵側に所属してるし、会ったばかりで信用しきるわけにはいかないから盗聴機能のことは黙っていたわけだけど、これなら裏切る心配は必要ないわね」


 2人は安心した表情でグスロー達を信用することにした。


 「そうなると、俺達もこれからどうするか決めないとだな。一応今のところグスローさん達が調べて報告してくるのを待つってことになってるわけだが」

 「私達でも調べられることは調べておきたいわね。なにせ期限が決まっているわけだし」


 アルフレッド達は自分達に出来ることはないか考えてみる。

 現状彼らに出来ることは少ない。

 なにせこの街には昨日初めて来たばかりなのだ。

 知り合いも少ないうえに土地勘もない。


 「仮にギルドに行って【ワールム商会】のことを聞いて回ったら調べられると思うか?」

 「大っぴらに聞くのは止めといた方が良いと思うわよ。仮に重要な情報を知っている人がいたとしても、簡単には漏らさないでしょうし。下手したら私達の動きが向こうに伝わって警戒される可能性も考えると、さりげなく世間的な評判を聞くくらいにとどめておいた方が無難ね」

 「『【ワールム商会】がラルクさんを失脚させようとしている』ってことをギルドに教えるのは?」

 「今はダメよ。それでギルドが警戒したら【ワールム商会】も動かなくなるかもしれないわ。敵はできるだけ油断させておいた方がいいわ」


 アルフレッドがいくつか思いついたことを言ってみるが、やはりそう簡単に名案は出てこない。


 「うーん……それ以外だと、メノアさんに聞いてみるってのは? 今どこにいるのか分からないけど」

 「いいわね。メノアさんが商会の内部情報知っているとは思わないけど、同じ商人だし、なにかしらネタになるものを知っているかも……居場所は〖気配察知〗にかからないかしら」


 リリヴィアはそう言うと〖気配察知〗を全開にしてメノアの気配を捜してみる。


 「……ダメね。近くにはいないみたいだし、人が多すぎて分からないわ」

 「俺もダメだ。〖気配精査〗も試したけどあの人の気配は掴めない。とりあえずギルドの伝言サービスで会いたい旨のメッセージを残そうぜ」


 10秒くらい集中して捜してみるものの見つからない。

 人が何万人もいる街中でたった1人の人間を捜すというのは思った以上に難しいらしい。


 リリヴィアの横でアルフレッドも同じようにメノアの気配を探していたのだが、彼も見つけることはできなかった。

 見つからないものはしょうがない。

 気を取り直して別の方法を提案する。


 「そうしましょう。なるべく早く会えると良いわね」


 こうして2人はギルドに向かった。


——ギルドにて—————————————————————————


 「すみません。伝言サービスをお願いしたいのですが」

 「では、こちらの用紙に必要事項を記入してください」


 ギルドの受付でアルフレッドが用件を伝え、それを聞いた受付嬢が伝言サービスの用紙を差し出す。


 「えーっと、内容は……」


 伝言内容、伝える相手、伝言の取り扱い期間などの項目が書かれた用紙に、アルフレッドはさらさらっと記入していく。


 「……よし。書き終わりました。これでお願いします」

 「では確認させていただきます」


 受付嬢はそう言って各項目を確認する。


 「内容は問題ありませんね。それでは料金は4セントになります」


 アルフレッドは言われた代金を支払う。

 ちなみに伝言サービスの利用料金はリリヴィアとアルフレッドで半分ずつ出し合うことになっており、後でリリヴィアから半額の2セントを受け取る予定だ。


 「さてと、せっかくだから依頼の方も確認だけしとくか? もうすぐ夕方だから今日はもう確認だけになりそうだけど」

 「そうね。確認だけでもしておきましょう。それと改めて図書館にも行って街周辺の狩場情報なんかも調べましょう。朝に来たときはバルガスさんから色々聞くのに時間を使ってしまったから、資料はあまり調べられていないし」


 2人はそう言って依頼が貼られている掲示板の方へ歩き、ついでにこの後の予定も話し合う。


 「図書室での調べ物が終わったら、その後はどうする? 街でまだ行きたいところはあるか?」

 「今日のところはもういいわ。ギルドを出るころには夜になっているでしょうし、一旦宿に戻りましょう。」

 「分かった。それじゃあ、宿に戻って一休みしたら【マナポーション】を調合しておきたいから、旅に出るときに預かってもらってた俺の調合道具渡してもらっていいか」

 「構わないわ。私もいろいろ作りたいし、一緒に作りましょうよ」


 大まかな予定を立てたところで、アルフレッド達は意識を掲示板の依頼に向ける。


 「……いっぱいあるなあ……普通なら、いまの時間帯はめぼしい依頼は取られて無くなってるもんなんだけど……」


 掲示板には依頼の貼り紙が所狭しと並んでいる。

 普段ならもっと閑散としているはずなのに、である。


 「人手不足でギルド長が直々に呼びかけているくらいだからね。 ……あ、キルアントの素材納入依頼発見! 私いっぱい持ってるし、せっかくだから受けてあげましょう」


 リリヴィアは依頼書を1枚取る。

 キルアント等の蟻素材に関して大量に放出したら値崩れを起こす恐れがあるため売るのを控えていたのだが、数体分くらいなら構わないだろう。

 諸々の出費で懐も寂しくなっていたので多少なり金を稼いでおくのも悪くはない。


 「依頼は大半が薬草やら魔物の素材やらの納入依頼か……あ、リリ、これ見ろよ『【シイメ桜祭り】の警備』だってさ。これ受けたら明日の祭りに参加しつつ依頼もこなせるぞ」

 「へえ、報酬はそんなに多くないけどそう考えると良さげな依頼ね。よし、受けときましょう」


 依頼の内容を見ると祭りの会場周辺を巡回して揉め事やスリなどの犯罪が起きた場合に駆け付けるのが主な仕事らしい。

 見回り以外に雑用なども行うわけだが、この依頼であれば祭りの雰囲気を楽しみつつ報酬も貰える。

 そのため2人はその依頼を受けることに決めた。


 「他には……うわ、『魔法薬の人体実験』!? こんなのもあるのか」

 「依頼人はカルミアって錬金術師で、内容は彼女が作った魔法薬を飲んで10日間経過観察に協力すること……要は人体実験のモルモットになれってことね」

 「カルミアって人はバルガスさんの話に出てきた人だよな。功績もすごいけど、黒い噂も絶えない危険人物っていう……」

 「ええ。報酬の5000セントはかなり破格だけど、よっぽど金に困らない限り辞めた方がいいわね。備考に『命の危険アリ』って書かれてるし」


 この依頼については当然無視する。

 君子危うきに近寄らず、である。


 他に目を引く依頼が無いか、2人で確認する。

 そして特にないことを確認したところで、お互いに顔を見合わせる。


 「じゃあ、次はまた受付に行って依頼受注と納品だな」

 「ええ。それが終わったら図書室ね」


 こうしてアルフレッド達は、その場を後にしたのだった。


 物語世界の小ネタ:


 伝言サービスはギルドが利便性向上のために行っているサービスの1つです。


 もともと冒険者同士で連絡を取り合う時などで「ちょっと会って話がしたいけど相手の連絡先が分からない」という場合があり、そんな時にギルドに行って「もし○○が来たら伝えてくれ」という感じで伝言を頼んでいました。


 それを正式なサービスとしたのが伝言サービスです。

 伝言サービスでは伝言を書いた紙を指定した期間中、伝言用の掲示板に貼り出しまして、相手がギルドにやってきた時にその掲示板を見て伝わる仕組みです。


 欠点としては相手がギルドに来なかったり、来たとしても掲示板を確認していなかったりすると伝わらないことです。

 ギルドの職員がわざわざ相手に伝えてくれるわけではないので、その点は注意が必要です。


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