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第89話 アルタの教会

 「それでリリ、教会ってどこにあるかわかるか?」

 「さあ? 見渡してみてもそれらしい建物はないわね。王国と一緒なら屋根に十字架がついてるはずなんだけど……」


 アルフレッドとリリヴィアは大通りを歩きながら辺りを見回すが、それらしい建物は全然見当たらなかった。


 アルタの街に教会が一つもない、ということはまずない。

 帝国や王国にはいくつかの宗教が存在するが、どこも布教活動に熱心だ。


 もし仮に新しい村ができたなどと聞けば、我先に宣教師を送り込んで信者を取り合っているほど。

 なのでアルタのように万単位の住民がいる街であればいくつもの宗教団体が教会を建てているはずなのだ。


 ちなみに教会の屋根に十字架があるのはどの宗教でも変わらないので、一目見れば分かる。

 そんなわけで2人は教会が見つからなくても焦る必要はないのだ。


 「まあ、歩いてたらそのうち見つかるだろ」

 「そうね。どうせなら明日お祭りが開かれるっていう西の方に行ってみましょうよ」


 その辺を歩いている人に声を掛けて詳しい場所を教えてもらうと、2人は雑談をしながらそこに向かった。


  ・

  ・

  ・


 観光気分で街中の風景や2人での会話を楽しみながら歩くこと約1時間、アルフレッド達はお祭りが行われる予定の広場に到着した。


 「おお、テントがいっぱいだな」

 「これが全部お店になるのかしら。なんとなく縁日の屋台を思い出すわ」

 「なんだそれ? 前世のお祭りか?」

 「ふふ。似たようなものよ。神社なんかで決まった日にいっぱい屋台や露店が出るの。お参りしたついでに寄るわけだけど、いろいろ食べ物やらオモチャやらを売ってて見てるだけでも楽しいわよ」


 リリヴィアは楽しそうに前世で暮らしていた日本のことを語る。

 彼女は普段なら前世の話などしないのだが、今は大分浮かれているらしい。


 「神社っつったら、こっちで言えば教会みたいなものだったな。なるほど。向こうじゃそういうお祭りがあるんだな」


 前世や異世界の話など、他の人間なら何を言っているんだと言われかねない内容だ。

 しかしアルフレッドは前々から前世のことなども打ち明けられているので、特に驚かない。

 そういうものもあるのだとあっさり受け止める。


 「ところであの大きな木がご神木かしら?」

 「たぶんそうだろ。その手前に設置されてるステージで大食い大会だかが開催される感じじゃね」


 リリヴィアが指差す方向には高さ30メートル以上の巨大な桜があった。

 そしてその桜の根本付近におそらくは大会の舞台になるであろうステージが設置されている。


 すでに準備は終わっているのか、関係者っぽい人たちが数人ステージの近くで話し合っているだけで他に作業している人はいない。


 アルフレッドとリリヴィアはその様子を眺めながら明日行われる祭りについて、あれこれとお互いに予想を伝え合う。

 そのまま30分くらいどうでも良い話をして、十分楽しんだ後2人はその場を離れて教会に向かうことにした。


 「しっかし、広場の近くに教会があって良かったな」

 「そうね。お祭りの予定地目指したのは正解だったわね。おかげで無駄に歩かずに済んだわ」


 教会は2人が今いる広場の隣に建てられていた。

 周辺の民家よりも少し大きな建物で屋根に十字架があり、庭には小さな畑が1つある。

 そしてその建物と畑は木組みの柵で囲まれている。


 帝国や王国におけるごく一般的な教会だ。


 「じゃ、入ろうか」

 「ええ」


 2人は教会のドアを開けて中に入る。


——教会にて——————————————————————————


 ドアを開けた先は礼拝堂だった。


 広い部屋の正面奥に女神像と講壇があり、それと対面する形でいくつかの長机と20個ほどの椅子が置かれている。

 そして講壇に一番近い長机では40代くらいのやさしそうなシスターがいて、数人の子供達に読み書きを教えている。


 左側を見ると扉があってその上には「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた札が掛けられている。

 おそらく扉の先は教会関係者の生活スペースなのだろう。


 「ようこそ【聖天教アルタ西3番地区教会】へ。私はシスターのリリアンです。本日はどういったご用件でしょうか?」


 子供達に読み書きを教えていたシスター、リリアンはアルフレッド達に気付くと近寄ってきてそう言った。


 「Eランク冒険者のアルフレッドといいます。アルと呼んでください。ここへは【聖水】が欲しくて来たんですが……」

 「【聖水】ですね。こちらへどうぞ」


 リリアンはアルフレッド達を講壇のところまで案内する。

 入り口からは物陰に隠れて見えなかったが講壇の横に【聖水】が入った小瓶が箱に詰められていた。


 「じゃあ、ちょっと見させてもらいますね。ところで上級、中級、下級とランクがあるみたいですが、それぞれ寄付の方はどのくらい?」

 「ふふ。寄付は上級が100セント、中級が50セント、下級が10セントです。これはあくまで目安ですけれど」


 アルフレッドは寄付という言葉で【聖水】の値段を聞いた。

 教会で【聖水】を手に入れるときは寄付という形で対価を支払うのが王国や帝国での常識だ。


 形式的には教会は自分達が作った【聖水】を無償で必要としている人達に提供し、提供してもらった者はお礼として「自発的に寄付」をするということになっている。


 しかし【聖水】は実質的に教会が売っている商品で、その際に支払う寄付は購入代金だ。


 それだったら最初から商売として「いくらで売ります」とはっきり言ってしまえばいい気もする。

 しかし各宗教のお偉方や信仰心の篤い信者達は絶対にこのことを商売とは認めない。

 【聖水】の製造・提供はあくまで慈善事業、宗教活動の一環であって金目当てにやっていることでは断じてない、というのが彼らの主張だ。


 実際には、教会の神官達も生活がある以上、必要最低限の金は稼がなくてはならないのだが、建前は大事なのだ。


 「分かりました。ちょっと見させてもらいますね」


 そう言ってアルフレッドとリリヴィアは箱に入っている【聖水】に対して〖鑑定〗スキルを発動させる。


 下級~上級の【聖水】の鑑定結果はそれぞれ以下の通り。


---------------------------------------------------------------------------------


<名称>:聖水(下級)

<説明>: 清潔な水に複数の薬草と浄化作用のある素材を溶かして光系統の魔法を付与したアイテム。

     アンデッドや悪魔系の魔物を弱体化させる効果がある。

     飲んだ者は一時的に〖呪い耐性〗(〖Lv2〗相当)を得ることができる。


     有効期限は残り6カ月程度。

     有効期限が過ぎるとただの水になる。


---------------------------------------------------------------------------------


---------------------------------------------------------------------------------


<名称>:聖水(中級)

<説明>: 清潔な水に複数の薬草と浄化作用のある素材を溶かして光系統の魔法を付与したアイテム。

     Fランク以下のアンデッドや悪魔系の魔物であれば倒すことができる。

     Eランク以上のアンデッドや悪魔系の魔物を弱体化させる効果がある。

     飲んだ者は呪いの状態異常を緩和し、一時的に〖呪い耐性〗(〖Lv3〗相当)を得ることができる。


     有効期限は残り6カ月程度。

     有効期限が過ぎると聖水(下級)になる。


---------------------------------------------------------------------------------


---------------------------------------------------------------------------------


<名称>:聖水(上級)

<説明>: 清潔な水に複数の薬草と浄化作用のある素材を溶かして光系統の魔法を付与したアイテム。

     Eランク以下のアンデッドや悪魔系の魔物であれば倒すことができる。

     Dランク以上のアンデッドや悪魔系の魔物を弱体化させる効果がある。

     飲んだ者は呪いの状態異常を治し、一時的に〖呪い耐性〗(〖Lv5〗相当)を得ることができる。


     有効期限は残り6カ月程度。

     有効期限が過ぎると聖水(中級)になる。


---------------------------------------------------------------------------------


 (うーん……有効期限あるんだ……直近で使う予定があるわけじゃないから、下級だと無駄になるかも……でも俺の所持金はいま180セントくらいしかないんだよな)


 アルフレッドは【聖水】を眺めながら悩む。

 彼が【聖水】を買うのは【不死教団】への対策のためだ。


 彼らは数日前、アルタに来る途中に立ち寄ったカルネル領で【不死教団】の襲撃に遭った。

 その時は幸いにして打ち破ることが出来たわけだが、今後も襲撃を受ける可能性はあるし、次に襲撃された際に再び勝てる保証はないのだ。


 決して勝つ自信が無いわけではない。

 しかし自分は強いからといって備えを疎かにするのは愚か者のやることだ。


 それゆえになるべく早いうちにアンデッドに効果のある【聖水】を手に入れて、対抗手段を増やしておくべき。

 ……なのだが、そこに金の問題が出てくる。


 (宿代に300セント支払った他に薬草も買ったからなあ……いっそのこと、安い下級を1本だけ買って済ませるか……でも【不死教団】のことを考えると上級じゃないと役に立たない気がするんだよな……ちなみにリリは……)


 アルフレッドはちらっと横にいるリリヴィアを見る。


 「上級、中級、下級をそれぞれ1本ずつ頂戴」

 「分かりました。それではこちらをどうぞ」

 「ありがと。はい。これ寄付よ」


 丁度アルフレッドがリリヴィアの様子を見たタイミングで、彼女は購入を決めて代金160セントを寄付としてリリアンに渡した。


 リリヴィアはアルフレッドと違って旅立ち直前に貯金を使い果たしたりしていないので、無駄遣いこそできないものの、まだそこまで悩む必要はないのだ。


 「俺も上級を1本ください。こちら寄付になります」


 それを見てアルフレッドも上級を買うことにした。

 別にリリヴィアに対抗しようというわけではない。


 ひょっとすると今買う【聖水】が自分の命を左右するかもしれない。

 その可能性がある以上は下手に妥協すべきではないと思ったからだ。


 寄付という名の代金を支払い、代わりに【聖水】を受け取っていると、もともと教会の中にいた子供の1人、10歳くらいの女の子が近づいてきた。


 「寄付はあたしたちの生活費になるの。お姉ちゃんもお兄ちゃんもありがとうね」


 そしてそんなことを言った。


 ((教会の孤児院の子か))


 アルフレッド達はその子に「どういたしまして」と言い、リリアンはその様子を見て苦笑している。


 この世界の宗教の多くは教会に孤児院や養老院を併設して、孤児や身寄りのない老人を保護していることが多い。

 教会には弱者救済のセーフティーネットの役割もあるのだ。


 また単純な慈善事業というだけでなく、勢力拡大の戦略でもある。

 多くの孤児や身寄りのない老人を保護することで自分達の評判を高め、信者を増やそうというわけだ。


 ついでに帝国や王国ではこうした事業には多少の補助金が出るので、中にはそれを目当てに孤児院を運営している教会もあったりする。


 (孤児院は酷いところだと食べ物もロクにもらえない、なんてところもあるらしいけど、ここの子達は皆笑顔だし大切にされているみたいだな)


 目の前にいる女の子は見た感じ元気いっぱいだ。

 それに着ている服も質素なものだが、身だしなみは整えられており、清潔感がある。

 他の子供達も同様で、見ていて心が和む。


 ここの教会は保護した孤児達をとても大事に育てているらしい。


 「リリ、せっかくだしお祈りもしようぜ」

 「そうね。普段は全然教会になんて来ないし、こういう時にやっておかないとね」


 アルフレッドとリリヴィアは女神像の前に立ち、右手で十字を切ってお祈りをする。


 (限界突破、限界突破! 限界突破できますように!)


 「限界突破」とはレベルがカンストした者がその限界を超える現象のことだ。

 通常レベルの上限は決まっており、それを超えることはほぼない。

 だがしかしごく稀にその上限が引き上げられる事例があり、それを指して「限界突破」というのだ。


 リリヴィアは限界突破をひたすら祈った。

 彼女は既に自身のレベル上限に達してしまっているため、今以上に強くなるには限界突破をしないとならない。

 なので一心不乱に祈った。


 (いつかまたリリに追いつけますように。いつかAランク冒険者になれますように。魔王退治の旅が無事に成功しますように。【不死教団】との戦いを乗り越えられますように。 ……あとついでに今度のドラゴン討伐のレイドクエストも成功しますように。それから……)


 アルフレッドは思いつく限りのことを全部祈った。

 これだけいっぱい祈っておけばどれか1個くらい叶うだろう、という気持ちで。


 「はーい、ご寄付をお願いしまーす。これもあたしたちの生活費になりまーす」


 お祈りが終わるタイミングを見計らって女の子が寄付金を入れるための箱を差し出してきた。


 「もう、アンリったら……寄付はその人が天国に行くためにするものなのよ」

 「ははは」

 「ふふ、別にいいわ。分かってることだし」


 アンリというらしい女の子の行動をリリアンが困ったように言い、アルフレッドとリリヴィアは笑いながら寄付をする。


 お祈りをする時の寄付金額は完全に本人の気持ち次第だ。

 いくら寄付しても良いし、ゼロでも良い。


 ただし、寄付しない場合であっても握った手を箱に入れて「寄付を行う仕草」をすることがマナーだ。


 こういうのは寄付をするという「気持ち」が大事なのだ。

 同時にどんなに貧しい人であってもそれが理由でお祈りもできない、ということにならないための配慮である。


 ちなみに寄付した金額は2人とも1セントだけだったりするのはご愛嬌。

 金額は少なくとも、「気持ち」はたくさん寄付したからそれでいいのだ。


 「じゃあそろそろ失礼しますね」

 「そのうちまた来るわ」

 「はい。いつでもお待ちしております」


 そうして2人が引き上げようとしたとき———


 「邪魔するぜー」


 ———なにやらガラの悪い男達がやってきたのだった。


 物語世界の小ネタ:


 【聖天教】は主にツヴァイレーン帝国の東部からアインダルク王国にかけて信仰されている宗教です。


 教義を要約すると「人間は皆天国に行くために善行を積まねばならない」というもので、人助けや慈善事業などを推奨するものです。

 それゆえに他の宗教に比べて孤児院だったり炊き出しだったりと慈善事業に力を入れている感じです。


 なお、リリアンの寄付はその人が天国に行くためにするもの、という発言も要するに「寄付という善行を行うことでその人は天国に行ける」という、そんな考え方から来ている感じです。


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