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第88話 アルタの物価事情

——【情熱の赤薔薇亭】の食堂にて————————————————


 「う~、大分散財しちゃったわ」

 「でもま、色々聞けたし必要経費ってことでいいじゃないか」


 時刻は正午過ぎ。

 アルフレッドとリリヴィアは【情熱の赤薔薇亭】に戻ってお喋りしながら昼食を食べている。


 2人は先ほどまでギルドの図書室で、冒険者兼情報屋のバルガスから話を聞いていた。


 聞いた内容はエルトルギドラ討伐のレイドクエストから始まり、錬金術師カルミアのことやアルタを取り巻く今の状況などなど。


 話の度に情報料を請求されてしまい、最終的にリリヴィアはバルガスに総額1千セントを支払うことになった。

 結果として料金に見合うだけの情報を得られたとは思うものの、温かかった懐具合が若干不安になってきたのだ。


 「これから街の散策ついでにいろいろ買い物しとこうと思っていたのに」

 「とりあえず、買うのは必要最低限にして金策を考えようぜ。持ち物の中でなんか売れる物ないか?」

 「無くはないけど……まず盗賊から取り上げた剣とか弓矢とかの装備」


 リリヴィアは食事の手を止めて〖ディメンション〗で保管している物を確認する。

 ちなみに〖ディメンション〗で保管している物についてはわざわざ取り出さずとも空間魔法の応用で確認できるのだ。


 「あれ? 【赤獅子盗賊団】から取り上げたのは全部返したんじゃなかったっけ?」

 「それとはまた別よ。ほら、カルネル領に入る時に貴方が返り討ちにした奴らがいたでしょ」

 「ああ、【不死教団】に魅了されてた奴らか」


 そういえばそんなこともあったなと手を叩くアルフレッド。

 普通であれば数日前に盗賊に襲われたことを忘れたりしない。

 だがイーラからアルタまでの旅では戦いの連続だったので、彼はそのことをすっかりと忘れてしまっていたのだった。


 「そうそう。ただ、あんまり状態は良くないから鍛冶屋に持ち込んで鋳潰してもらうくらいしか使い道なさそうだし、売っても大した値にはならないわね」

 「ま、いくらかでも金になればいいんじゃね? それで他には?」

 「他はここまでの道中で道すがら採取してきた薬草がいくつかと、ギオウのいた蟻の巣穴にいた蟻達の素材」

 「薬草は売るよりも俺達で調合して【ポーション】とかにした方が良いとして、蟻素材は売れるんじゃないか? 俺が倒した分は全部メノアさんに売ったけど、お前も何百体も倒して持ってるんだろ」

 「薬草については私も同感だけど、蟻素材についてはいますぐ売るのは止めた方が良いと思うわ」


 アルフレッドの提案にそう言って首を横に振るリリヴィア。


 「ん? そうなのか?」

 「ええ。同じ素材が大量に出回っちゃうと値崩れが起きてしまうものなのよ。蟻素材の需要がどのくらいか分からないけど、いまはメノアさんが貴方から買い取った蟻素材を方々に売っているところでしょ。そこに私までが同じものを売り出しちゃったら、買う人がいなくなって安く買い叩かれかねないのよ」


 アルフレッドはあまり経済に詳しくないので、需要と供給の関係も実はよく分かってない。

 よく分からないが、リリヴィアがそういうのならそうなのだろうと、とりあえず考えを改める。


 「じゃあ盗賊から取り上げた装備品だけ売って、あとはギルドで何か依頼でも探すか」

 「そうしましょう。まあ散財したって言っても、木材の件でお金が入ってくる6日後まで暮らす分はまだ残っているから、特別焦る必要はないわ。当面は節約して、情報集めの方を優先しましょう」

 「了解……あ、そういえば盗賊の武器の中にナイフあったよな? あれは売らずに俺がもらってもいいか?」

 「ああ、そう言えばカノーラ村の男の子にナイフあげちゃったんだっけ」

 「う……」

 「まあ、いいわ。はい」

 「サンキュー」


 その後しばらくして食事を終えた2人は街へと出かけるのだった。


——アルタの街中にて——————————————————————


 「うーん、高いなあ」

 「【アカヨモギ】が1束7セント、【ヒールルート】は1束10セント……どれもイーラの3倍以上の値段ね……」


 アルフレッド達は街の大通り沿いにある薬屋で品物を見ながらため息をついていた。

 彼らは【情熱の赤薔薇亭】を出発したのち、ほどなくして薬屋を発見。

 調合に使う薬草類を買い足そうと立ち寄ったのだ。


 そして品物の値段を確認した結果が先ほどの感想だった。


 「おまけに棚が寂しいんだけど、売り切れてるのかな?」


 アルフレッドはそう言って商品が置いてある棚を見渡す。

 棚には薬草関係の他に風邪薬のような常備薬や【ポーション】などの回復薬が置かれているのだが、割と隙間が目立つ。

 棚の広さに対して明らかに商品が少ないのだ。


 恐らくだが、本来はもっとたくさんの品を扱っていたのだろう。

 しかし売り切れたか何かの理由で品が無くなってしまったのだ。


 「あんたら、さっきから文句ばっかり言ってるが、何も買わないんだったら出て行ってくれんかね?」


 薬の値段や品揃えを嘆いていた2人に薬屋の主人がイライラした様子で話しかけてきた。

 薬屋の主人は見た感じ70代くらいのお婆さんだ。


 「あ、すみません。買います。これとこれ、あとこれもください」

 「あいよ。3つで20セントだね」


 アルフレッドは慌てて謝って、買う予定の薬草を購入した。

 ちなみに買ったのは【マナポーション】を作るためのものである。


 彼は故郷の村で薬屋のカルアから薬の調合を教えてもらっているので、簡単な物であれば自分で調合できるのだ。

 なお調合に使う器具などは自分で持ち歩くと荷物になってしまうので、リリヴィアに頼んで彼女が持つ【魔法の袋】の中に入れてもらっている。


 「私はこの分を買うわ」

 「おお、高いと言ってた割には随分いっぱい買うね。えーっと、全部で……95セントになるけど、いいのかい?」

 「構わないわ。全部必要なの。はいお金」


 リリヴィアも両手いっぱいに持った薬草を見せて料金を支払う。

 彼女は回復薬以外にもいろいろな薬を調合するため、かなりの量を買い込む必要があるのだ。


 「宿に帰ったらさっそく薬の調合だな」

 「ところでこの街は随分物価が高くなってるみたいだけど、やっぱり北の街道に出たドラゴンのせいなの?」


 リリヴィアはお婆さんの機嫌が直ったのを見て、街のことについて質問してみる。

 物価については昨日メノアから聞いているわけだが、機会があるなら街の人間からも聞いておくべきだ。


 情報はただ示されたものを鵜吞みにするのではなく、自分で確かめることも重要なのである。


 「まあ、そうだね。この前のドラゴン討伐が失敗したって話が流れて、それを聞いた大きな商会が買い占めてんのさ。そのせいで私のとこみたいな小さな店はまともに仕入れもできなくなって、この値段さ」

 「へえ、ちなみにその買い占めてる大きな商会っていうのは?」


 アルフレッドがさらに踏み込んで聞いてみる。


 「【ワールム商会】っていうんだけどね。この街では1、2を争うくらい大きな商会なんだけど、半年前だったか、賄賂がどうだのと問題起こして取り締まりをくらっててさ。前々からあくどい商売してたらしい、そんな商会さ」

 「なるほど。そういう商会だから、自分達さえ儲かればいいって感じで、いま買い占めてるわけですか」

 「そうそう! まったく腹立たしいったらありゃしない! 金に物を言わせてギルドに納品された素材を買えるだけ買いまくってんのさ。【ワールム商会】だけじゃなく、それ以外のところも程度の差こそあれ似たようなもんさ」

 「うわあ……」

 「だいだいさあ、そういう連中はギルドの方で抑えつけてくれないといけないってぇのに、ギルドの連中も不甲斐ない———」


 薬屋のお婆さんは余程不満があったらしい。

 まるでマシンガンのように次々と口から文句が放たれてくる。


 買占めをやっている商会だけでなく、ギルドやら冒険者やら、果ては騎士団や国の方針などについても弱腰だの情けないだのと罵詈雑言が飛んできた。


 (……少なくともラルクさんなんかは頑張ってる風だったんだけどな……)


 アルフレッドはお婆さんの言葉を聞き流しながら、午前中に面会したこの街のギルド長を思い浮かべる。


 たった1度会って話しただけだが、昨日来たばかりの一冒険者に過ぎない自分達にわざわざ会って協力を願い出た辺り、彼やその下についているギルド職員達が怠けているとは思えない。

 おそらくできる限りのことはやっているのだろう。


 (でもま、結局どんなに頑張っても結果が良くなかったら認めてもらえないってことか……)


 しかしどれほど努力してもやれることには限界というものがある。

 アルタの場合、現状を悪化させている一番の原因は商人達でも北の街道に出たドラゴンでもない。


 元凶は数年前から帝国と戦い続けている魔王であり、その魔王との戦いのためにアルタから多くの戦力を動員した帝国上層部だ。


 そもそもそれがなければ、冒険者の人手不足など起きなかったし、ドラゴンも無事討伐出来ていた可能性が高いのだから。


 そうした状況を鑑みると、地方のギルド程度ではどうしようもないのかもしれない。

 少なくともギルドを責めるのはお門違いというものだろう。


 アルフレッドはちょっとだけギルドを擁護しようと思ったが———


 「ちょっと聞いてんのかい!」

 「はい、聞いてます!」


 ———お婆さんに凄まれて何も言えなかった。

 結局1時間くらいお婆さんの文句を聞き続け、2人は若干ぐったりしながら薬屋を出たのだった。


  ・

  ・

  ・


 「すみません」

 「へい、らっしゃい!」


 次に2人が寄ったのは武具店だ。

 店のいたるところに剣や槍、鎧や盾などいろいろな種類の武具が置かれていて、40~50代くらいの筋骨隆々で頑固そうなオヤジさんが応対してくれた。


 「買取をお願いできますか? これ、盗賊から取り上げた物なんですけど」

 「ふん……こんな状態じゃ、大した値はつかねえぞ?」


 オヤジさんはアルフレッド達が持ってきた剣や弓矢などを一瞥してつまらなそうに言う。

 所詮は盗賊が使っていた物なのでロクに手入れもされていないのだ。


 「それは俺達も分かってます。安くても金になればいいのでよろしくお願いします」


 アルフレッド達も大した期待などしていないので、特に言うことはない。

 そのまま査定をお願いして、待っている間に店に置かれている剣や鎧の値段を見てみる。


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品名:鋼の剣


値段:1800セント


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品名:鉄の鎧


値段:2500セント


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 「良かった。武器や防具の値段はそこまで高くないんだな」

 「そうね。私たちの知ってる相場と同じか少し高いくらいだわ。物価上昇も物によるみたいね」


 値段を見てほっとするアルフレッド。

 彼はボロボロになった装備を整えねばならない。


 先ほどの薬屋では、薬草が相場の3倍くらいの値段で売られていた。

 ただでさえ高価な剣や鎧の値段まで3倍になっていたら非常に困るのだ。


 内心そんなことになっていたらどうしようと思っていたアルフレッドだったが、どうやら杞憂だったらしい。

 次に品揃えについて見てみる。


 「剣、槍、斧にハンマー、鎧や盾も金属製から革製のものまで、種類もたくさんあるな。金が手に入ったら、ここに来ないとだな」

 「おい、査定が終わったぞ。全部で12セントだ。はっきり言って、どれも鉄クズ程度の値段しか付けられんかったぞ」


 そうこうしていると査定が終わったオヤジさんが声を掛けてくる。


 「やっぱりですか。それでもいいので買取お願いします」

 「おう」


 悪い意味で予想通りだった金額だったが構わず売って、代金を受け取ったアルフレッド達は店を出る。


 「リリ、次はどこに行く?」

 「そうね。教会を探しましょうよ。【聖水】もほしいし」


 そうして2人は次の目的地を教会と決めて再び歩きだしたのだった。


 物語世界の小ネタ:


 この世界のお店では物を買うだけでなく素材を売ることもできます。


 売買の値段については基本的に当事者同士の交渉で決まるため、上手く交渉できたなら意外と儲けを出せるかもしれません。


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