第86話 【エルトルギドラ討伐】第一次討伐1(sideバルガス)
「今から3日前、俺を含めた冒険者達はレイドクエストを受けてアルタの街から北20km地点にあるケルン平原に集まっていた」
ギルドの図書室にて、バルガスはアルフレッド達にドラゴン討伐の詳細を語り始めた。
——過日、北の街道付近にあるケルン平原にて———————————
アルタから北に延びる街道は通称北部街道もしくは単純に北の街道と呼ばれている。
ツヴァイレーン帝国の東の国境アルタから北部の諸都市を経由して西の要衝パーロンドに繋がる、帝国の主要街道の1つだ。
それは主要街道であるがゆえに毎日多くの人や物が行き交っており、帝国の物流を支える重要な交通インフラだ。
そんな重要な北の街道が、もしも魔物の出現などによって通行できなくなってしまったなら、その被害は甚大なものとなる。
Bランクの三つ首竜、エルトルギドラ出現の報告は、全体から見れば街道のごく一部に過ぎないとはいえ、その懸念を現実のものとしたわけだ。
さすがに帝都リウヘルムや遠く離れた他の地方ではそこまでの影響はないものの、アルタを含む東部の街道沿いではモロに影響を受ける商人達を中心にして騒ぎに騒いだ。
そして諸事情が原因で慎重な姿勢を見せていたギルドを、半ば無理やり動かしたのだった。
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エルトルギドラの住処にほど近いケルン平原。
そこには30人程の冒険者と、彼らを指揮するギルド職員にして元Cランク冒険者のゼイルおよびサポート役の職員など数名が集まっていた。
「よおし、てめえら作戦は頭に入ってんな! 今日の戦いは、はっきり言ってかなりの苦戦になる! 気合入れていかねえと、下手すりゃ全滅してもおかしくねえくらいだ! しかし、それでもやらなきゃならん! 分かってるなお前らぁ!!!」
「「「おう!」」」
得物のハルバードを右手に持ったゼイルの言葉に、集まった者達が気合のこもった声で応える。
普段冒険者部門のまとめ役である彼は、こういう時には指揮官も担うのである。
「よぉし! じゃあ、配置に着く前にこれを配る。各自自分の役割に沿ったものを1本ずつ取れ」
ゼイルの近くにいた職員3人がたくさんの小瓶が入ったカゴを抱えて冒険者達の近くに寄ってきて、手分けして1人1本ずつ小瓶を手渡していく。
「俺は前衛班だから、赤色の瓶になるのか……」
「赤色ですね。こちらをどうぞ」
バルガスも職員から小瓶を受け取る。
職員が持っているカゴには赤、青、黄の3種類の小瓶があった。
そしてカゴには以下の説明文が書かれてある。
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バフポーション
効能は以下の通り
赤:
前衛班用
<攻撃力>、<防御力>がそれぞれ20%上昇
青:
魔法班用
<魔法力>が30%上昇
黄:
誘導班用
<素早さ>が20%上昇
注意事項
・効果時間は飲んでから約8時間程度
・効果時間が終わると副作用で全身筋肉痛になる
・〖Lv15〗未満は使用禁止
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「ゼイルさん、念のためお聞きしますがこれは?」
「<ステータス>を一時的に強化するバフポーションだ。今回の討伐は、さっきも言った通り、かなり厳しいものになる。勝率を少しでも上げるために全員飲め。これは命令だ!」
全員に小瓶が行き渡った後、バルガスがゼイルに質問し、ゼイルがそれに答える。
ちなみに彼も赤色の小瓶を1本持っている。
「……差し支えなければ、誰が作ったかお聞きしても?」
バルガスが若干怯えた様子で質問する。
返ってくる答えは予想できるのだが、その予想が当たってほしくないのだ。
「ヒヒヒヒヒ。もっちろん、私だよぉ~」
「やっぱり!? あの、これ、本当に大丈夫ですか!?」
ゼイルに代わって、隅にいた若い女性が答えた。
年齢は20代、手入れがされていないボサボサの長髪に、猫背で不健康な青白い肌、隈のある目とねっとりした喋り方が特徴的な女性だ。
聞きたくない答えを聞いてしまったバルガスはさらに動揺する。
「大丈夫だよぉ~。ちゃんと比較的副作用の軽いヤツを用意したから~」
「諦めろ。これも戦いを生き延びるためだ。死ぬよりはマシだろ……」
ゼイルの隣に移動してヒヒヒ、と笑いながら大丈夫だと言う女性。
一方でゼイルは死んだ目で無慈悲に言い放つ。
他の冒険者達もざわついている。
「なあ、教えてくれ! 誰だあの女? 俺は余所からここに来たばかりだから何が何だか……」
新参の冒険者が近くにいた冒険者に聞いている。
「あの女はカルミア・ファルガノット。アルタに住んでる錬金術師で、数々の新薬開発で有名な奴だ。あいつのおかげでいくつもの病の特効薬が作られていて、大勢の命を救った功績で勲章なんかももらってる……」
「すごい奴なんだな。で、その割には皆が怯えてるのはなぜなんだ!? めちゃくちゃ怖いんだけど!?」
「それはな、奴が研究の為なら何を犠牲にしても平気な狂人だからだ! 今言った功績のおかげで見逃されているんだが、副作用がヤベエ薬をいくつも作っていてな。金で雇った人間や囚人で人体実験をやっていて、発狂した人間は数知れず! 黒い噂も絶えない危険人物なんだよ!」
その女性——カルミア——はかなりの危険人物らしい。
「で、でもこれは大丈夫だよな? 比較的副作用の軽いヤツって言ってたし、ギルドも通しているし、筋肉痛だろ? そのくらいなら」
「だと良いな……筋肉痛だけで終わると……うん。きっとそうだ。多分……」
「めっちゃ不安になる言い方ぁー!?」
新参冒険者が何かに縋るように問いかけるが、それで返ってきた答えを聞くと全然安心できなかった。
「うるせえぞてめえら! 甘ったれんじゃねえぞコラ!」
動揺する冒険者達に対してゼイルの怒号が鳴り響く。
騒いでいた者達が一斉に黙った。
「俺だってこんな怪しい薬なんかに頼りたくねえよ! でもしょうがねえだろ! 今回の敵は本来なら国の騎士団が数百人がかりで挑むべき相手だぞ! だってのに騎士団は動けねえわ、人手が足りねえわ! せめてあと1~2週間ありゃあ、周辺の領主から援軍が来るってのに、それも待てねえときた! ふざけんなよクソッ!!!」
ゼイルの口から不満が放たれる。
彼としても無謀な戦いを強制されている身なのだ。
「……それでも、やるしかねえんだ! そしてやる以上は勝たなきゃならねえ! だったら、つべこべ言うな!!!」
ゼイルの迫力に冒険者達も息をのむ。
理不尽な状況に言いたいことは多々あるが、いま戦えるのは自分達しかいないのだ。
泣き言を言っても何にもならない。
文句を言おうにも、まずは目前の戦いを生き残らねばならない。
「……まあ、副作用が心配だって気持ちは分かる。今回用意した薬については囚人を使って確認済だから安心しろ。手足が麻痺したりとかの後遺症が出たのは〖Lv10〗以下の人間だけだった」
「「「後遺症!?」」」
「理論上は〖Lv15〗以上あれば、副作用は筋肉痛だけで済む……らしい」
「「「やっぱヤベー薬じゃねーかぁ!!!」」」
「ヒッヒッヒ……安心しなよぉ~。ここにいる皆は〖Lv20〗以上でしょお? それなら99.9%はただの筋肉痛で済むから。もし後遺症で働けない身体になっても~私が実験台として雇うから~大丈夫だよ~イヒヒヒヒヒ……」
「「「まったく安心できねえぇーーーーー!!!」」」
ゼイルの言葉を聞いて覚悟が固まりかけた冒険者達だったが、直後に発覚した新事実によって顔面蒼白になる。
万が一の場合、彼らの行く先は人体実験のモルモットコースらしい。
……その後、改めて行われた話し合いの末、全員がバフポーションを飲むことを決断。
皆、決死の覚悟を決めて持っているバフポーションを飲み干し、作戦を開始したのだった。
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「ゼイルさん! 狼煙が上がりました! 誘導班が接敵しました!」
開始からおよそ20分後、ケルン平原に隣接する森の中から狼煙が上がった。
これは標的をおびき出すために森に入ったチームが上げたもの。
意味は「標的発見、ただちに任務を遂行する」である。
「よし! 作戦通りなら、すぐにドラゴンがやってくるぞ! 前衛班は迎撃準備!」
「「「おう!」」」
作戦はいたってシンプル。
まずは足の速い者達で構成された誘導班5名が森の中にいるエルトルギドラに攻撃を仕掛けて、こちらが戦いやすいケルン平原に誘導する。
次に誘導した敵を前衛班15名が迎撃して足止めする。
最後に敵の足が止まったところを魔法班10名が戦術魔法を使って一気に畳みかけるのだ。
危険であり、戦力的な余裕はない。
しかし作戦が上手くいけば、それなりには勝算が見込める戦いだ。
しばらくして、森の中からこちらに走ってくる誘導班とそれを追いかけている三つ首のドラゴン、エルトルギドラが姿を現した。
エルトルギドラは体長10メートル程度、3つの頭と4本の脚に2対の翼、胴体と同じくらいの長さの尾を持ち、全身が黄色の鱗に覆われたドラゴンだ。
走るスピードは恐ろしく速く、必死に逃げる誘導班にいまにも追いつきそうなくらいだ。
「出てきたぞ! 魔法班は戦術魔法の準備開始! 前衛班の中で遠距離攻撃できる者は誘導班を援護しろ!」
「「「了解!」」」
敵の姿を視認したゼイルは間髪入れずに指示を出す。
「魔力の同調を始めるぞ! 集中しろ!」
「〖貫通矢〗!」
指示を受けた魔法班は全員が意識を集中して魔力を練り始める。
また「後衛は魔法班だけでいいから弓使いは前衛に回れ」という、作戦上の都合で前衛班に振り分けられていた【弓士】がエルトルギドラ目掛けて矢を射る。
「くそ、鱗に刺さらねえ! 目や口の中を狙うしかないか……」
「誘導班が3人しかいねえぞ……2人やられたか!?」
頑丈な鱗で矢を跳ね返したエルトルギドラはついに逃げている誘導班に追い付いた。
頭の1つが口を開けて一番近くにいた冒険者を喰い殺そうとする。
「やられてたまるかあっ! 【催涙玉】!」
「ガッ!? グフッガフッ……」
しかし狙われた冒険者はそのことを的確に察知。
良いタイミングで振り返り、拳大のボールを投げた。
そのボールは【催涙玉】といって、数種類の辛子や花粉などを混ぜ合わせて作られたアイテムだ。
殺傷能力はないが顔に当たると涙やクシャミ、鼻水といった症状を発現させて相手を怯ませることができるのだ。
【催涙玉】はエルトルギドラの鼻先に見事命中。
破裂して中身をまき散らし、それをくらったエルトルギドラは鼻水を出しながら咳き込んだ。
「ガァッ!」
ザシュッ!
「ぎゃあっ!?」
しかし、それだけではエルトルギドラの攻撃を止めることはできない。
咳き込んでいる頭とはまた別の頭が短く吠えると水の刃が放たれた。
放たれた水刃は目にも止まらない速さで飛んでいき、革鎧を着こんだ冒険者の胴体をその鎧ごと切断する。
「水魔法の〖ウォータースラッシュ〗……いや水彩魔法の〖アクアスラッシュ〗だね、あれは。ヒヒ、Bランククラスともなるとスキルも充実してるね。手強いよこれ~」
邪魔にならないように少し離れたところから見物しているカルミアが呟く。
ちなみに〖ウォータースラッシュ〗は水の刃を作って射出する魔法スキルで、〖アクアスラッシュ〗はその威力と射程が向上した上位互換のスキルだ。
一般的に水彩魔法のような上位のスキルは冒険者でもベテランになってやっと使えるようになるものなのだが、エルトルギドラはスキルの面でもベテラン冒険者並みに強かった。
「〖狙い撃ち〗!」
「ガッ!?」
「よし、目に当たったぞ……って、やっぱすぐ再生するか……」
そしてそんな中でも戦いは続く。
逃げている誘導班の別の冒険者に狙いを定めたエルトルギドラ。
しかしそうはさせじと前衛班の【弓士】がエルトルギドラの目に矢を突き立てた。
目を射られたことに怯んだエルトルギドラだったが、その目がある頭とは別の頭が口を使って器用に矢を引き抜く。
〖自己再生〗スキルを持っているらしく、射られた目は既に再生している。
「だがよくやった! 誘導班は一度休んで息を整えろ! 魔法班はしっかり狙えよ! 前衛班、前に出るぞ! 奴をあの場所に足止めする!」
「「は、はい……」」
「「「了解!」」」
「「「行くぞーーー!!!」」」
ゼイルが声を張り上げる。
その声に、必死に逃げてやっと仲間のところにたどり着いた誘導班、戦術魔法を準備中の魔法班、そしてこれから敵にぶつかる前衛班がそれぞれ応える。
誘導班を追いかけていたエルトルギドラは既に森からおびき出されていた。
その周囲には障害物になるようなものはない。
「前衛班、展開しろ! 奴を囲め!」
「「「おうーーー!」」」
「「「グルル……」」」
ゼイルを含む前衛班が走り、あっという間に囲む。
それをエルトルギドラは低い唸り声を上げながら睨みつけている。
冒険者達の動きが明らかに変わったので、警戒しているらしい。
「【鉤縄】を投げろ! 矢で牽制するのも忘れるなよ!」
「〖連射〗!」
「「「くらえっ!」」」
【弓士】が何本もの矢を続けざまに放つ中、5人の前衛班が先端に鉤のついた縄を一斉に投げる。
矢は鱗に跳ね返されてダメージを与えることはできなかったものの、多少気を引くことはできた。
その隙に投げられた縄がエルトルギドラの首や胴体に巻き付く。
「グルゥ」
「うっ、くそ! 抑えきれねえぞ!?」
エルトルギドラが煩わしそうに身じろぎをすると、縄を持っている者達がそれに引っ張られる。
【鉤縄】はエルトルギドラの体にうまく巻き付いているのだが、数人程度ではドラゴンを抑えきることはできないらしい。
「うおおおーーー! 〖金剛断ち〗!!!」
「〖破鎧一突〗!」
後ろからバルガスが大斧で、前からゼイルがハルバードで攻撃。
〖金剛断ち〗は斧術スキル、〖破鎧一突〗は槍聖術スキルでどちらも威力重視のスキルだ。
「堅え……」
「くそ、この程度かよ」
だが、エルトルギドラの鱗は堅い。
全くの無傷ではないのだが、バルガスの大斧は鱗を数枚砕いた程度、ゼイルのハルバードも鱗の下の肉に数cm刺さった程度だ。
〖自己再生〗を持つエルトルギドラにとってはほとんど無視してよい程度のダメージである。
2人とも苦々しい顔で距離を取る。
「「「俺達も行くぞー!」」」
他の冒険者達もそれぞれ武器を振るって攻撃するが、やはり大したダメージは与えられない。
エルトルギドラは彼等の攻撃を意に介することもなく、大きく息を吸う。
「ブレスが来るぞー!」
ゼイルが大声で警告する。
ブレスはドラゴンの代表的な攻撃スキルだ。
様々な種類があるが、広範囲かつ高火力なものが多く、まともにくらったらまず間違いなく即死。
絶対にくらうわけにはいかない……のだが、攻撃範囲が広いため、もし狙われたなら避け切るのは至難の業だ。
攻撃していた冒険者達は慌てて離れる。
エルトルギドラはそんな冒険者達に狙いを定めて、一気に放つ———
「「「火魔法〖ファイアランス〗!」」」
ドンッ!
「ガウッ!?」
———直前に魔法班の戦術魔法が炸裂。
10人がかりで放たれた炎の槍がエルトルギドラの胸に命中し、その巨体を吹き飛ばしたのだった。
「やったか!?」
物語世界の小ネタ:
新薬の臨床実験について、帝国や王国では囚人を使った人体実験がわりと普通に行われていたりします。
一応は志願制で、嫌がっている人を無理やり実験台にすることはありません。
ですがどんな薬を試されるかは教えてもらえないため、当人にとってはかなり危険なギャンブルになります。
しかし、その一方で実験台になった者は刑が軽くなるので、死刑囚や長期間牢屋で過ごさないといけない重罪人などが一縷の望みをかけて志願しています。




