第85話 グレイルとの勝負
——アルタギルドの訓練場にて——————————————————
「よおーし、いざ勝負!」
グレイルの勢いに流されて訓練場に移動したアルフレッド達。
木製の大剣を持ったグレイルが息を巻く。
「あー……一応言っとくけど、仮に俺に勝ったところで何かが変わるわけでもないぞ……」
一方アルフレッドはしょうがないなとため息をつきながら、木剣を手にする。
「分かってるよ、そんなこと! ただ何一つ勝てねえってのは我慢ならねえ! ってことで1回お前らに勝って、俺もやれるってことを分からせてやる!」
「何一つ勝てないって、まだこれが1回目の勝負だぞ? お前の中じゃ、いったい何回勝負したことになってんだよ……」
「うるせえよ!」
「それにしても『お前ら』ってことは私とも戦うの?」
「ああ! てめえもぶっ飛ばしてやるよ!」
3人はそんなことを言い合いながら、模擬戦の準備を行う。
グレイルとアルフレッドがそれぞれ開始位置に立ってお互いに木剣を構え、リリヴィアが模擬戦用にギルドから借りた魔道具で障壁を張る。
ちなみに訓練場には3人以外にも数人の冒険者がいて、彼らの様子を遠巻きに見物している。
「やれやれ。グレイルの奴、また騒いでるのか。ここんところは大人しくなったと思ってたのに」
「相手は知らない顔だな。余所から来てあいつに絡まれたか」
「まあでも面白そうだし、ちょいと見させてもらおうぜ」
見物している冒険者達が口々にそう言っているのが、アルフレッド達にも聞こえてくる。
どうやらグレイルは割ともめ事を起こすタイプだったらしい。
聞こえてきた周りの声をスルーしつつ、アルフレッドは目の前のグレイルに意識を集中する。
グレイルの持つ木製の大剣は刃渡り160cmくらい。
対するアルフレッドの木剣は刃渡り90cmくらいの通常サイズだ。
(あいつの身長は俺と大差ないから、間合いの差は剣と大剣のリーチ差の分だけか。まずは向こうの攻撃を掻い潜って近づくところからだな)
どちらかというとこの勝負に消極的だったアルフレッドだが、戦う以上は負けるつもりはない。
相手の初動を見逃すまいと注意深く観察する。
「じゃあ、模擬戦を始めるわよ。最初はグレイルとアルフレッド。審判は私。ルールは剣も魔法も何でもありだけど、命の危険を伴うものは禁止。降参か気絶したら負け。また倒れた者への攻撃や急所への攻撃は寸止めすること。危ないと判断したら私が止める。これでいいかしら?」
「おう! さっさと始めやがれ!」
「俺もいつでもいいぞ」
リリヴィアが模擬戦についての確認を行い、グレイルとアルフレッドが了承。
「では、始め!」
「〖一閃〗! おらあ!」
「おっと!」
一拍置いて開始を宣言。
開始と同時にグレイルが横一線に剣を振り、アルフレッドは後ろに下がって避ける。
ブンッという風切り音を出しながら大剣がアルフレッドの前を通過し、それによって生み出された風が駆け抜ける。
大剣の振り終わりを狙って相手の懐に飛び込もうとしたアルフレッド。
だがグレイルの切り返しの方が早い。
再び振るわれる大剣を避けるため、アルフレッドはさらに後ろに下がる。
(思ったよりも速いし隙が無いな。それに圧力のかけ方が上手い!)
懐に入る隙を窺うアルフレッド。
しかしそれを簡単に許すほどグレイルは甘くないらしい。
(実際のスピード自体はそれほどでもない。だけど予備動作や動きの無駄がほとんどないから攻撃が読みづらいし、避けづらい! そのせいで攻撃が素早く感じるんだ!)
剣の振り方、攻撃の繋ぎ方、足運び、視線や呼吸に至るまでグレイルはかなり精密な動きを見せている。
付け入る隙が見当たらない。
〖思考加速〗スキルによって引き延ばした時間の中で、アルフレッドはグレイルの意外な強さに驚く。
アルフレッドはグレイルのことをなんとなく格下に見ていた。
だってグレイルはアルフレッドよりもレベルが低いし、勝手に僻んで勝負を挑んできた感じだし。
しかしどうやら見くびっていい相手ではなかったらしい。
アルフレッドがそんなことを考えている間もグレイルの攻撃は止まらない。
次々に襲ってくる斬撃を避けるため、どんどん後ろに下がっていったアルフレッドはついに被害防止用に張られた障壁を背にすることになった。
これ以上は後ろに下がれない。
(ちょっと前……〖思考加速〗や〖気配精査〗を手に入れる前だったら、たぶん何もできずに負けてたんだろうな)
そう思うくらいには、グレイルは強い。
相手を壁際に追い込んだからといって、攻撃を緩めることもなければ必要以上に力むこともない。
油断も焦りもしていない証拠である。
だがしかし———
「はあっ!」
「ふっ!」
———決してアルフレッドが勝てないというわけではない。
グレイルの攻撃は確かに鋭いが、アルフレッドは〖思考加速〗と〖気配精査〗スキルを全力で使用してその剣筋を捉える。
そして次の瞬間、アルフレッドは横なぎに襲ってくるグレイルの大剣に自分の剣をぶつけて軌道を逸らし、生まれた一瞬の隙をついて踏み込んだ。
「くっ!」
「俺の勝ちだ!」
グレイルが気付いた時にはアルフレッドの剣は彼の首に添えられていた。
仮に実戦であれば、既にグレイルは首を斬り飛ばされている。
「はい、アルの勝ち!」
「お見事! やるな、あの兄ちゃん」
「くそ、最後見逃した! つうか見えなかった!」
「強いな。まだ若いから駆け出しかと思ったけど、何者だろ?」
リリヴィアが審判としてアルフレッドの勝利を宣言し、ギャラリーの冒険者達もそれぞれ感想を述べてアルフレッドを褒める。
「くそ! もう1回!」
「ほらほら、私とも戦うんでしょ? ちなみに私、アルよりもずうーっと強いから覚悟しなさい」
「く……」
「おいリリ、ほどほどにしとけよ」
負けて悔しそうに再戦を望むグレイル。
そんなグレイルに意地悪そうな笑みを浮かべたリリヴィアが立ちはだかる。
そしてアルフレッドは若干呆れ顔でリリヴィアにやり過ぎないように一言言っておく。
「や、やってやろうじゃねえか! 次はてめえだ!」
「じゃあ、今度は俺が審判するぞ」
「さあさあ、好きにかかってきなさい!」
こうして今度はグレイルとリリヴィアの戦いが始まる。
・
・
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「ちくしょおぉーーーーーーーっ!!!」
結果はリリヴィアの圧勝。
惨敗したグレイルは泣きながら走り去っていった。
「ふっ」
「『ふっ』じゃねえよ! やりすぎだよ!」
「「「容赦ねえー……」」」
得意満面なリリヴィア。
そのリリヴィアに注意するアルフレッド。
戦いはギャラリーの冒険者がドン引きするくらい、一方的かつ無慈悲なものだった。
リリヴィアは圧倒的な格の差を見せつけて、グレイルに何もさせずに完封勝利したのだ。
「もうちょっと手加減というかだな……」
「何言ってるのよ。手加減は十分してるでしょ! 怪我させていないのだから。それに勝負で手を抜くのは相手に失礼よ」
リリヴィアは、勝負事には決して手を抜かないのだ。
「それに、半端に甘やかすよりはきっちり現実を突きつけたほうが本人のためよ。それでショックを受けて立ち直れなくなるっていうのなら、その程度の人間だったってこと。それよりも今日はこの後、図書室で情報集めでしょ。早く行くわよ」
「ま、それもそうか。分かったよ」
冒険者は命懸けだ。
どんな強者でも油断や慢心があればあっさりと死んでいく。
どれだけ強くなったとしても、世の中上には上がいるものだ。
ゆえに戦いでは決して手を抜くな。
間違っても自分だけは大丈夫などと思うな。
2人は師匠であるエリックやアセロラから常にそう言われて鍛えられてきた。
グレイルも冒険者の道を歩む以上はいずれ強者と戦うことになるだろうし、今回のように打ちのめされることもあるだろう。
そんな時、立ち直れなくなるようではいけない。
走っていくグレイルを見て「やりすぎだ」と思ったアルフレッドだったが、リリヴィアの反論を受けると、そう思い直して引き下がることにした。
そしてそれ以上は何も言わずにリリヴィアと一緒にギルドの図書室に向かうのだった。
——アルタギルドの図書室にて——————————————————
「えーっと、まずこの辺の地図とかないかな……」
ギルドの図書室でアルフレッドとリリヴィアは辺りを見回していた。
図書室にはたくさんの本棚が立ち並び、その中に薬草や魔物の図鑑や歴史書など様々な本や資料が入れられている。
ゆえに何かを調べるにはうってつけの場所なのだ。
ちなみに図書室はギルドの関係者であれば誰でも立ち入ることが出来る。
本の持ち出しはできないが書き写すことは可能で、そのための紙や筆記用具なども売られていたりする。
「地図ならあっちの棚にあるぜ」
いつの間にか近くにいた、身長180cmくらいのいかつい男が地図の場所を教えてくれた。
「あ、ほんとだ。どうもありがとうございます」
「あ、貴方さっき訓練場にいたわよね?」
リリヴィアは男の顔に見覚えがあった。
ついさっき訓練場で見た顔だったのだ。
「ああ、俺はバルガス・バーノンクール。Dランク冒険者だ。嬢ちゃんのいう通り、さっきのグレイルとの模擬戦を見ててよ。それで話がしたくなって追いかけてきたってわけだ」
「話?」
「俺は情報屋の真似事もやってんだ。さっき訓練場の方で『図書室で情報集め』って言ってたのが聞こえてきてよ。それで一言声を掛けておこうってわけだな。」
情報屋とは素材の入手方法だったり人々の噂話だったり、様々な情報を集めてそれを売る者のことだ。
有益な情報であれば金を払ってでも手に入れたいと思う者は意外と多い。
そういった者達を相手に持っている情報を売りつけたり、場合によっては金で雇われて調査を行ったりするのが情報屋だ。
扱う情報にもよるが別に非合法な仕事というわけではなく、ベテランの冒険者が小遣い稼ぎに自分の知っている狩場や素材の入手先の情報を売ったりすることもあり、意外と身近な存在だったりする。
「俺はこのアルタで10年近く冒険者をやってる。アルタ周辺のことなら、近くの狩場や薬草の群生地なんかも全部知ってるぜ。どうだ? 代金はいただくが、それでも知りたい情報があるなら言ってくれや」
「なるほど。新しくきた私達はこの辺りのことあまり知らないだろうから、自分の持つ情報が売れると」
「ま、そういうことだ。別に押し売りするつもりはないから、何もないなら無理に買わなくてもいいぞ」
「ふーむ……」
「どうするリリ? とりあえず連絡先だけ聞いておくか?」
考え込むリリヴィアにアルフレッドが無難な提案をしてみる。
「いえ、せっかくだから本に載っていない情報がほしいわね……北の街道に現れたドラゴンの情報はある?」
「もちろんあるぜ。なにせ、3日前に行われたドラゴン討伐のレイドクエストには俺も参加してたからな。その時の体験談はどうだ? 値段は100セントだ」
「よし、買ったわ!」
「まいどっ!」
リリヴィアは即座に買うことを決めて、バルガスに情報料を支払う。
そして3人は近くにあったテーブルに移動してそれぞれ椅子に座る。
「それじゃ、話を始めるぞ。メモの準備は良いな?」
「OKよ!」
「俺も大丈夫です」
リリヴィアとアルフレッドの準備が整ったことを確認すると、バルガスは話を始めるのだった。
物語世界の小ネタ:
情報はものによっては高値で売れるので、バルガスのように自分の持つ情報を売る冒険者は結構大勢います。
そうした売り買いを通じて、冒険者同士の間で情報共有がなされている感じです。




