第84話 ラルクとの話
——アルタギルドの執務室にて——————————————————
「ギルド長。冒険者のリリヴィア殿とアルフレッド殿をお連れしました」
案内していた職員がコンコンコン、とドアをノックしてから部屋の中にいるであろうラルクへ報告する。
「分かった。入ってくれ」
「失礼します」
部屋の中から入室を促され、職員はドアを開けて中に入る。
アルフレッドとリリヴィアもそれぞれ「失礼します」と言って職員に続いて入った。
そして職員は2人が部屋に入ると一礼をして退室していった。
「朝早く呼び出してすまないね。僕がアルタギルド長のラルク・トーマスだ。まずは座ってくれ」
職員が立ち去るのを待ってから、ラルクは2人に座るように言い、2人もそれに従う。
質素な執務室の中央に来客用のテーブルとソファーがあって、アルフレッドとリリヴィアがここに座る。
2人が座ると横にいた女性が淹れたてのお茶と茶菓子を2人の前に置く。
正面奥にはギルド長のための椅子と机があってラルクがそこに座っている。
さらに左右にも恐らく補佐役用のためと思われる机と椅子があり、男性と先ほどお茶を淹れた女性が1人ずつ座ってアルフレッド達を見ている。
形式的な本人確認やちょっとした雑談を交えながら、アルフレッド達とラルクはお互いを観察。
お互いの第一印象はこんな感じだ。
ラルク(アルフレッド&リリヴィア視点) :
40~50代くらいの柔和で真面目そうな人間。
全体的にちょっとやつれており、顔色が悪く目元のクマがひどい。
高級そうな服なのにヨレヨレ。
机の両端に大量の書類が山積み。
→「大丈夫? ちゃんとお休み取れてます!?」
アルフレッド(ラルク視点) :
とても若い冒険者。
着こなしはきっちりしていて、受け答えも礼儀正しい敬語。
装備品の質は一般的な冒険者レベル。
まだ新しそうな鎧と兜なのに傷だらけ、しかも血を拭ったような痕跡が複数個所あり。
→「とても素直で真面目っぽい。 ……ところで君、いったいどんな激戦をくぐってきたのかな!?」
リリヴィア(ラルク視点) :
とても若い冒険者。
着こなしはきっちりしていて、受け答えも一応は敬語。
装備品の質がありえないくらい高い。
装備している服と帽子は魔法で状態維持されているタイプっぽい。
→「場を弁えてくれるだけの真面目さはあるみたい。 ……装備がとんでもないんだけど、そんなのどこで手に入れたんだい!?」
ラルクは戦えるタイプではないため、一見して相手の強さを見抜くといった芸当はできない。
しかしながら、それは人を見る目が無いというわけではない。
受け答えや身に着けている物、周囲の人間の様子などによって相応の精度で相手を見極めることが出来るのだ。
「さてと、そろそろ本題に入ろうか」
そんなラルクの観察眼はアルフレッドとリリヴィアの2人のことをある程度信用してよい人物だと見た。
観察を終えたラルクはいよいよ本題を切り出す。
「実はいま、この街では冒険者が不足していてね。特にCランク以上の魔物と戦える強者が全然足りていなくて困っているんだ。昨日上げられた報告を読んだのだが、君達はここに来る道中でAランク級を含む高位の魔物を何体も倒してきたのだとか。正直言って、今のギルドにとって君達は喉から手が出るほど欲しい人材だ。どうかな? しばらくこの街に留まって、依頼を片付けてくれると嬉しいのだが……」
割とストレートに要望を投げるラルク。
仮にアルフレッド達がやたらと反抗したり、あからさまに利益を要求してくるようなタイプであれば、話の切り出し方についても考えねばならなかっただろう。
だが見た感じでは、その心配はしなくて良さそうである。
であるならば、正直な胸の内を話して相手から信用を得られるよう努力した方が良いと判断したのだ。
「ふんふん。そういうことなら心配要りませんよ。私達はしばらくこの街に留まってランク上げをする予定でして、さっき【転属届】を出したところです。今日のところは情報集め、明日はお祭りに参加するとして、明後日くらいから本格的に依頼をこなしていこうと思っています」
どんな用件かと思っていたら自分達の方針と全く一緒の要望だったので、笑顔で了承するリリヴィア。
アルフレッドも隣で頷いている。
「ありがたい。予定もそれで問題ないよ。依頼にはランクによる制限があって、今の君達のランクでは受けられないものもあると思う。でもそういった依頼でも、もし可能だと思えば受付に相談してくれ。なるべく受理するように言っておくから」
返答を聞いて安心したラルクは、なるべく強制と受け取られないように言葉を選びながら、高ランクの依頼も受けるように促す。
「え? いいんですか? その言い方だとランク制限を無視するようにも聞こえますが……」
アルフレッドが聞き返す。
「うん。君の言う通り、本来なら良くないことだよ。規則にも抵触するし、ランクに見合わない依頼を受けるのは危険なことだ。 ……だけど、今のアルタは魔王討伐のためにCランク以上の冒険者が皆出払っていて、Dランク以下の冒険者達でなんとか依頼をこなしているのが実情なんだ……」
「つまり、Cランク以上の依頼については、受ける資格を持った冒険者が1人もいなくて、ランク制限を守れない状況になっているわけですか?」
アルフレッドの問いに、ラルクはギルドの内情を語り出す。
「恥ずかしい話だが、そういうことだ。もちろん本当の意味でランクを無視して依頼を割り振ったりなんかしたら、それこそ冒険者は全滅してしまう。だから君達のような実力のある者達を選んでこうして声をかけているわけさ。もちろんこれは強制じゃない。今後、ものによってはこちらからお願いすることもあると思うが、無理だと思う依頼は断ってくれて結構。受けるのは本当に自信のあるものだけでいい」
メノアやグレイルが話していた通り、アルタのギルドは本当に人手不足らしい。
ラルクの言葉でそれを理解したアルフレッド達はなるべく力になろうと思いながら話を続ける。
「ちなみに北の街道に出たというドラゴンについて、近隣の領主達が討伐すると聞いたのですが、この件についてギルドはもう手出ししないんですか?」
リリヴィアがラルクに質問する。
せっかくなのでドラゴンの件についても聞いてみることにしたのだ。
「いや、その件についてはギルドからも戦力を出すことになっているよ。戦いの指揮を執るのは領主様の1人だけど、基本的にはその方に従って戦ってもらう予定だ」
「なるほど」
「興味があるのかい?」
「まあね。ドラゴンのせいで街道が封鎖されたって話も聞きましたし、可能なら私達も戦いたいと思ってますよ」
ドラゴン討伐には冒険者も出ると聞いて参戦を希望するリリヴィア。
「そうか。それはありがたい。討伐についてはいま関係各所と調整中で……詳細を詰めて依頼として出すのは5日後くらいになると思うから、そのつもりでいてくれ」
「了解です!」
ラルクも嬉しそうに許可を出す。
「ところで、魔王討伐の方はそんなに苦戦しているんですか? Cランク以上の冒険者を全員派遣したと言ってましたけど」
アルフレッドはラルクの言葉にあった魔王討伐について聞いてみることにした。
まだ先のこととはいえ、魔王討伐にはいずれ参加することになるのだ。
聞ける話は聞いておいた方が良い。
「まあね……前線の方から伝え聞く話だと相変わらず西のパーロンドで膠着状態らしい」
(とりあえず、村を出発した時から変わってないんだな)
「帝国軍がパーロンドを中心に防衛線を張って魔王軍と睨み合っている感じだな。大規模な戦いは起きていないけど、お互いに威力偵察やら何やらで小競り合いが頻発しているらしい」
「なるほど。でも膠着ってことは別に負けているわけじゃないんですよね。それなのにギルドの運営に支障が出るほど冒険者が大量動員されているんですか?」
「そうね。パーロンドは守りが固いって聞いたし、ただ守るだけならそこまで大勢の兵隊は要らないんじゃない?」
「ああ。帝国としては守るだけではなく、一気に敵を打ち破りたいんだよ。2年前に【ジウガルムの戦い】で敗けた後、西の国境付近の領土を奪われてしまっているからね。負けたままじゃメンツが立たないし、なにより魔王に支配されている民を解放しないといけない。だから敵の侵攻を防ぐだけじゃなく、撃破した上で領土の奪回も望めるだけの戦力を集めているわけだ」
帝国は自国に攻め込んでいる魔王軍に対して反転攻勢に出たいらしい。
ちなみに【ジウガルムの戦い】というのが、帝国が魔王に大敗したとされる戦いだ。
「ただ……そうやって戦力を集めている帝国に対抗しているのか、魔王軍の方も規模や装備、戦術なんかをどんどん増強しているとのことで、いまだに必勝を期すということができていないらしい」
「なるほど。帝国と魔王軍の両方が戦力を増強し合い、お互い簡単には攻められなくなって、その結果睨み合いが続いているということですね」
「戦力は集めているけど下手に攻め込めば返り討ち。だからお互い様子見を続けているわけね」
「そういうこと。いずれはどちらかが動いて状況が変わるんだろうけど、いつどういう形で均衡が崩れるかは予測がつかないね」
「ふむふむ」
「なるほど。戦況は大きく変わってはいないけれど、動くときは一気に変わりそうね」
その後3人はしばらく世間話やアルタの近況などについて話し合い、横にいた女性から「そろそろ次の予定です」と告げられて面会は終了。
アルフレッドとリリヴィアは執務室を退室したのだった。
——アルタギルドのロビーにて——————————————————
「なあ、お前ら職員に呼び出されてたみたいだけど何だったんだ?」
執務室から戻ってきたアルフレッド達にグレイルが話しかけた。
その様子はなにやら思い詰めているように見える。
「? ああ、ここのギルド長のラルクさんが俺達とちょっと話をしたいって」
アルフレッドは怪訝な顔をしながらとりあえず答える。
グレイルとは一緒にギルドに来たわけだが、それはたまたま目的地が一緒だったというだけで、別に今日ずっと行動を共にするなどといった約束をしたわけではない。
てっきりグレイルは何かしらの依頼を受けてここを出発しているものだとばかり思っていたので、彼がここで待っていたのは意外だったのだ。
「話?」
グレイルが聞き返す。
なんとなくアルフレッドを睨みつけているような気がする。
「いまアルタのギルドは人手不足って言ってただろ? だから新しく来た俺達にもなるべく多く依頼をこなしてほしいらしい」
「ふーん」
「なんか実力ある冒険者にそうやって声をかけているんだとさ」
「実力……」
「あと北の街道に出たドラゴンの討伐に参加したいってこと伝えたら、5日後くらいに依頼出すって言ってたわよ」
「……っ!」
隠すことでもないので正直に答えるアルフレッド達。
なんかグレイルがプルプルしだした。
「ちなみにだが……お前らのレベル聞いてもいいか?」
「え? 俺は〖Lv29〗だけど? ちなみに<ジョブ>は【斥候】……ってどうしたんだよ!?」
グレイルの体の震えが激しくなり、表情もますます険しくなってきた。
リリヴィアがアルフレッドに続いて自分のレベルを言おうとしたが、彼の様子を見て止めた。
「くぅっ、俺はまだ〖Lv21〗だよ! ちくしょうっ!! ギルド長に声かけられたこともねえよっ! ドラゴン討伐も師匠から足手まといって言われたよ! くそったれー!!!」
どうやら知らないうちに彼の中の地雷を踏んでいたらしい。
彼の視点だと、同年代の冒険者と知り合ったと思ったら、その冒険者はお偉いさんから声を掛けられるくらいとっても優秀だった。
一方で自分はというと、いまだ半人前扱い。
敗北感が半端ない。
「おい! 俺と勝負しろーーーっ!!!」
「ええっ!?」
そんなグレイルの叫びがギルドの中で響き渡った。
物語世界の小ネタ:
ギルドはもともと冒険者同士、商人同士といった感じに同業者が集まって助け合う民間の互助組織でした。
それが長い歴史の中で次第に地位が高まり、今では半ば公的な行政機関みたいになっています。
そんなギルドのトップであるギルド長は、実は結構な権力者だったりします。




