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第83話 【情熱の赤薔薇亭】の朝

——【情熱の赤薔薇亭】にて———————————————————


 「ほっ、ほっ、ほっ、……」

 「ふっ、ふっ、ふっ、……」


 時刻は午前7時ごろ。

 宿屋【情熱の赤薔薇亭】の敷地内にある運動場の外周を、アルフレッドとリリヴィアが並んで走っている。


 「しっかし、いままで宿屋といったらただ単に寝るところがあればいいやって感じだったけどさ、ここに泊まってみるとそれが間違ってたかもって思わされるよな」

 「そうね、少なくともただ安ければいいっていうのは間違いだったわ」

 「リリもそう思うか。宿屋の敷地内でこうやって走り込みが出来るのはすごいよな。手足につけるための重りまであるし」


 現在ランニング中のアルフレッドは鎧を着こんだ上に両手両足にそれぞれ10kgと書かれたリストウェイトを巻いている。

 10kgというのはもちろんリストウェイトの重量だ。


 「まあそもそも何で宿屋の敷地内に運動場があるのよって話なんだけどね。しかもここ、他にも模擬戦ができる道場とか筋トレができるトレーニングジムっぽい施設とかあるし……」


 リリヴィアも普段来ている服の上からアルフレッドと同じように手足にリストウェイトを巻いている。

 重さはそれぞれ50kgだ。


 「部屋も広かったな。しかもただ広いだけじゃなく、ダンベルやバーベルにサンドバックとかグローブなんかもあって、好きに使っていいってんだからびっくりだよ」

 「私はそもそも宿屋の部屋に、当然のごとくトレーニング用アイテムが置かれていることがびっくりなんだけどね。私の知ってる高級宿と違うわ」


 走りながらそれぞれ感想を語り合う2人。


 「他にも食堂で食べた料理も量がたっぷりだったし、サラダやパンにかけられていた白い粉、鑑定したら筋肉がつきやすくなって鍛錬の効果を引き上げる効き目があるってさ」

 「プロテインね。この世界にもあったってことに驚いたわよ。ここ、宿屋っていうよりアスリートのための養成所って感じよね」


 【情熱の赤薔薇亭】はいささか以上に独特な宿屋だった。

 アルフレッドはそもそも高級宿というものを知らないため、「高い宿は違うなあ」という感じに受け止めている。

 一方で前世の記憶を持つリリヴィアからすると、「ここほんとに宿屋!?」とツッコミたい気持ちでいっぱいだ。


 「う~っふっふっふ。精が出るわねぇ。2人とも」

 「マッスルさん!」

 「すごい恰好ね……」


 2人の後ろからマッスルさんが声をかけてきた。

 ちなみにマッスルさんはブーメランパンツに蝶ネクタイというファッションで、手足に100kgと書かれた大きなリストウェイトをそれぞれ2つずつ装着し、さらに背中にも1tと書かれたリュックサックみたいな形状の重りを背負い、両手に100kgと書かれた巨大なダンベルを持って走っている。


 重量の表記が正しいなら重りの総重量は2t。

 彼が地面を蹴る度に伝わってくる振動とドスンドスンという足音が、それを本物だと主張している。


 「この【情熱の赤薔薇亭】は気に入っていただけたかしら?」

 「ええ。お金の問題さえなけりゃ、もっと泊まっていたいくらいですよ。宿屋で鍛錬が出来るってすごいですね。旅の最中は鍛錬がしづらいので助かってます」

 「私も気に入っているわ。温泉は気持ち良かったし。あとトレーニング環境の謎の充実っぷりには驚いたけど、助かるのは事実だし、ありがたく使わせてもらってるわ」


 宿屋で鍛錬が出来ることを褒める2人。

 イーラの街では宿屋はあくまで寝泊まりするだけの場所であったため、そこでは鍛錬はできなかった。

 またイーラからアルタに来る間は多くの時間を移動に割いていたうえに、メノアの護衛の役目もあるため、それほどしっかりとした鍛錬はできていなかった。


 イーラではギルドの訓練場が開放されていたり、街道では休憩時などに素振りをするなど全く何もできなかったわけではないのだが、故郷の自宅で修行していた時のようには出来ないのである。


 「うふふふ~。そこは私の拘りなの。気に入ってもらえてうれしいわぁ~」


 マッスルさんがアルフレッドに抱き着いて頬ずりしてきた。


 「ちょ、ちょっと、止め、外れない!?」


 なんとか逃れようともがくアルフレッドだが、マッスルさんの体はびくともしない。

 アルフレッドを抱きかかえた状態でそのまま走る。

 顔に当たるひげと鎧越しに伝わるマッスルさんの筋肉の感触がアルフレッドの精神をガリガリ削る。

 ちなみにリリヴィアは自分に被害が来ないように若干距離を取って並走している。


 「ちょっと助けて!」

 「そう恥ずかしがらなくてもいいのよ。うふふ」

 「おい! いいかげん止めろよ、オカマ師匠!」


 助けを求めるアルフレッド。

 それを全然気にしないマッスルさん。

 そんなマッスルさんに後ろから制止の声がかけられた。


 「あら、グレイル。ひょっとしてヤキモチ妬いてる?」

 「違えよ! 誰が妬くか!」


 声をかけたのは10代後半の少年だった。

 アルフレッドよりも少しだけ高い身長に赤毛のツンツン頭につり目、荒っぽい言葉遣いと見るからに喧嘩に明け暮れる不良という感じの少年だ。

 彼もトレーニング中らしく手足にそれぞれ20kgのリストウェイトを付けて走っている。


 「ほほほ。ああ、紹介するわねぇ。彼はグレイル・マルドス。私の愛人よぉ」

 「違うわ! 愛人じゃねえし! 弟子だ、弟子!」

 「あの、そろそろ俺を放してもらえると……」

 「グレイル、ここの2人は宿のお客様でアル君とリリちゃんよ。あなたと同じ冒険者だから仲良くなさい」


 グレイルの抗議もアルフレッドの嘆願も無視するマッスルさん。


 「おい、俺はEランク冒険者のグレイル・マルドス! その変態オカマの弟子だ! 愛人じゃないから勘違いするなよ! 絶対違うから!」


 立ち止まって自己紹介しつつも必死に愛人関係を否定するグレイル。


 「私はDランク冒険者のリリヴィア・ファーレンハイトよ。リリと呼んで。昨日、この街に来てこれからしばらくはこの街を拠点に活動するつもりよ。よろしく」


 「……俺はEランク冒険者のアルフレッド・ガーナンド。アルと呼んでくれ。よろしく……ところでマッスルさん、そろそろ本当に放してほしいんですけど……」

 「ほほほ。しょうがないわねえ」


 リリヴィアとアルフレッドを抱えたマッスルさんも立ち止まる。

 そしてここでようやく解放されるアルフレッド。


 「しっかし、よくここに泊まろうと思ったよなお前ら。料金高いうえに入り口の見た目がアレだぞ? 出入りしていると近所の奴等から変態認定されるんだが?」

 「「え!?」」


 グレイルの言葉にぎょっとした2人は宿の外観を思い出す。

 大きな門にピンク色に光る看板、ムキムキマッチョの銅像……

 確かにこんなところに出入りしていたら変な人だと思われるかもしれない。


 「……まあ、なんていうか、ぶっちゃけ他の宿が空いてなかったんだよ。でも実際泊まったら思ったよりいい宿だし、いまはここに泊まれてよかったと思ってるぞ」

 「私は見ず知らずの他人の評価なんて気にしないわ。自分が気に入ったならそれで良し。っていうか、それを言ったらあなたもここにいるじゃない。変態と思われても良いの?」

 「良くねえけど! でも俺は絶対Aランクになるって決めてんだ! だったら恥ずかしがってる場合じゃねえんだよ!」

 「Aランク冒険者を目指してマッスルさんに弟子入りってことは、マッスルさんは元冒険者だったんですか?」


 アルフレッドは興味津々で聞いてみる。

 上を目指す若い冒険者が現役あるいは引退した高位の冒険者に弟子入りするのは割とよく聞く話だ。

 アルフレッド自身も元Aランク冒険者のエリックやアセロラに師事しているし、マッスルさんがグレイルの師匠であるというのなら、冒険者だったとして何もおかしくはない。


 「ふふふ。気になるかしら~」

 「なんだ知らねえのか? そいつは元Aランク冒険者だ。【武桃鬼】の二つ名で有名だぞ」

 「へえー」

 「あと男を見たら見境なく襲う変態ホモオカマとしても。むしろそっちの方が有名だよ」

 「「よく弟子入りしたな(わね)……」」

 「ほ~っほっほ」


 想像以上に危険人物だったマッスルさん。

 グレイルはそんなマッスルさんに弟子入りしてまでAランク冒険者を目指しているらしい。


 「ところでグレイル。あなたがいま付けている重り、少し重すぎるのではないかしら? いつも言っているけど、重くすればいいというわけではないわよ」

 「分かってるよ。走り込みの時は少し重さを感じるくらいがベスト、なんだろ? この間レベルが上がって、いまはこのくらいがちょうどいいんだよ」

 「ふふ。分かっているならいいわ」

 「ちなみにマッスルさん、めちゃくちゃな重量の重りを付けてますけど、それがマッスルさんにとってのベストなんですか?」

 「もちろんよ。むしろ私はこのくらいじゃないと物足りないの~」


 マッスルさんはそう言って両手と片足を上げて、まるで某海賊漫画に出てくるオカマ拳法家みたいにクルクル回り出した。

 その動きは重量を全く感じさせないものであり、彼の言葉が本当なのだということが良く分かる。

 つい「あなた人間ですか?」と問いたくなるアルフレッドだったが、さすがに失礼なので胸の内に留めておく。


 「さて、いつまでも立ち止まっているのもなんだし、走り込みを再開しましょうか」


 そうしてマッスルさんの言葉に従い、4人は再び走り出した。


——大通りにて—————————————————————————


 時刻は午前9時ごろ。

 朝の鍛錬を終えたアルフレッド、リリヴィア、グレイルの3人は雑談をしながら街の大通りを歩いていた。


 「ところでお前ら、今日はギルドでどんな依頼を受けようと思ってんだ?」


 服の上から鉄製の鎧を着たグレイルがアルフレッド達に聞いてくる。

 3人のいまギルドに向かっており、ただ黙って歩くのも何なので色々とおしゃべりをしているのだ。


 「ああいや、俺達、今日のところは依頼を受けずに情報収集をしようかと思ってる。ギルドに行くのは【転属届】を出すためで、その後はギルドの図書室とか街を散策して道具屋を見たりとかだな」

 「なんだ、そうなのか」

 「ええ。私達は昨日ここに来たばかりでこの街のことなにも知らないし、それにここに来るまでの道中でポーションなんかも大分使っちゃったのよね。だから依頼を受ける前にその辺りを何とかしなきゃいけないのよ」

 「ふーん」


 グレイルは冒険者として依頼を受けるため、アルフレッド達は上のセリフにあったようにアルタギルドへの【転属届】を出すために向かっている。


 【転属届】というのは所属するギルドを変えるための届け出で、拠点を変えた冒険者がそのことをギルドに報告するために出すものである。

 別に【転属届】を出さないと依頼が受けられないということはないのだが、届け出を出しておけば各種手続きがスムーズになるので、拠点を移すのであればこの届出を出しておいた方がお得なのだ。


 雑談はさらに続いて別の話題になった。


 「———北の街道にドラゴンが出て討伐に失敗したって聞いたんだが……」

 「ああ、その通りだよ。俺は師匠と一緒に別の依頼で町を離れていたからそんなに詳しくはないんだが、商人共にせっつかれたギルドが討伐を焦って失敗したらしい」

 「ふーん。あれ? 師匠と一緒ってことはマッスルさんもギルドの依頼受けたの?」


 マッスルさんは元冒険者ということなので、現在は引退しているはずである。

 そのマッスルさんも依頼を受けているみたいな口ぶりに、リリヴィアは疑問を投げかける。


 「おう。いまギルドは人手が足りてねえんだとよ。魔王退治に大勢冒険者が駆り出されてて、特にCランク以上の冒険者がいなくて達成できない依頼が溜まっててだな。それをどうにかするために、最近じゃ師匠みたいな引退した元冒険者にまで声をかけてるわけだ。師匠と俺が受けた依頼もCランク以上じゃないと受けられないヤツだった」

 「へえ。引退した人まで引っ張り出すなんて、よっぽど人手不足なのね」

 「あ、ギルドに着いたぞ」


 そんな話をしている間にギルドに着いた3人はドアを開けて建物の中に入った。


——ギルドにて—————————————————————————


 「【転属届】の紙はそこ。受付はあっちのカウンターだぞ。俺は依頼を見てくる」

 「分かった。ありがとな」


 グレイルと別れて【転属届】を取るアルフレッド達。

 必要事項を書き込んで教えられたカウンターに向かう。


 「どうも。昨日初めてこの街に来たアルフレッド・ガーナンドです。こっちはリリヴィア・ファーレンハイト。しばらくここを拠点にして活動したいと思っていますので、【転属届】を出したいのですが」


 そのカウンターには人は並んでおらず、すぐに席に座って書いたばかりの【転属届】を出す。


 「はい。それでは拝見します。 ……記載事項は問題ありませんね。冒険者証も確認させていただきます。 ……はい。冒険者証はお返ししますね。それではこちらで手続きをしますので、少々お待ちください」

 「よろしくお願いします」

 「よろしく」


 申請を終えたアルフレッドとリリヴィアが席を立とうとすると———


 「あ、ところで別件なのですが、ギルド長がお二人に会いたいと言っておられまして、よろしければいま会っていただけませんか?」


 ———受付嬢にそう言われて再び席に座り直す。


 「? 別に構わないけど、何の用かしら?」

 「なんでも昨日の報告を聞いたギルド長がお二人に興味を持ったみたいでして。私への申し送りの感じからして悪い話ではないと思うのですが……」

 「とりあえず分かったわ。行きましょうアル」

 「ああ。えーっとギルド長はどこに行ったら会えますか?」


 すると1人の職員がやってくる。


 「私が案内しますので、ついてきてください」

 「了解です」

 「分かったわ」


 こうしてアルフレッドとリリヴィアはその職員の後ろについていくのだった。


 物語世界の小ネタ:


 【情熱の赤薔薇亭】の運動場や道場などは利用料を支払えば宿泊客でなくても利用できます。

 設備が充実しているため、実は結構利用する人は多かったりします。


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