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第81話 宿屋【情熱の赤薔薇亭】

——宿屋【情熱の赤薔薇亭】の門前にて——————————————


 「「うわあ……」」


 アルフレッド達は目の前の建物を見て言葉を失った。

 彼らが泊まろうとしている宿屋【情熱の赤薔薇亭】はいろんな意味ですごかった。


 まず建物自体が大きく、敷地も広い。

 4階建てのひときわ大きな建物が中央にあり、その周囲を厩舎や倉庫、道場っぽい見た目のものなどいくつもの建物が囲んでいる。


 建物は全て石造りの見るからに頑丈な造りで、それらの建物は渡り廊下で繋がっている。

 建物同士の間には運動場みたいな広場や中庭がある。

 そして広い敷地の外周を高さ2メートルくらいの石塀と鉄製の門で囲んでいる。


 ちなみに街の他の建物はほとんどが平屋か2階建てくらいの建物で、塀はなくせいぜい木組みの柵がある程度。

 例外はギルドや街の役所くらいである。


 そんな中【情熱の赤薔薇亭】はまるで小さな砦という感じで、存在感が際立っている。

 アルフレッド達の位置からは全ては見渡せないが、見えている分だけでも普通の宿ではないことがしっかりと分かるくらい、大きな宿だ。


 さらに見た目も独特だ。

 門の上部には白い石材に赤文字で宿の名前がかかれた看板が掛けられ、その看板の縁につけられた石がピンク色の光を放っている。

 また宿の周りを囲む石塀にも同じ石が等間隔で飾り付けられていてこちらもピンク色に輝いており、なんとなく日本における歓楽街の夜の店みたいないかがわしい雰囲気を醸し出している。


 そして開け放たれている門の両脇には、ボディービルダーみたいなムキムキマッチョの男の銅像が左右に4体ずつ合計8体設置されている。

 銅像はそれぞれがボディビルのポージングを決めており、ピンク色に光る看板と相まって異様な光景を生み出している。


 ……なんというか、そんなカオスな宿屋だ。

 控えめに言って、中に入るのにいささか以上に勇気がいる建物だ。

 まともな感性の持ち主であればまず別の宿を探すだろう。


 「……この宿だけ空いていた理由、今分かった気がする。そりゃあ、普通の人間はちょっと遠慮したいよな、ここは」

 「メノアさんの反応の理由も良く分かったわ。うん。確かにここに泊まるっていう人がいたら私でもあんな顔するかも。 ……っていうか、ここ本当に宿屋?」

 「一応、この街のギルドで案内されたところだから、宿屋ってところは間違いないはず。 ……一応」


 【情熱の赤薔薇亭】を初めて見た衝撃から回復した2人はそれぞれ感想を交わす。

 どうでもよいが「一応」を2回言っている辺り、アルフレッドの方もここが宿屋だとは信じ切れていない模様。


 「どうする? 私達、ここに泊まる予定ってことになってるんだけど?」

 「どうしよう……でも、メノアさんにはここに泊まるって言ってあるし……でもなあ……」


 門の前で入るかどうか迷いだす2人。


 ギルドの紹介によると今日の宿はここしか空いていないらしい。

 つまり、ここに泊まるしかない……のだが見た目が怪しすぎて入りたくない……けどここ以外に泊まるところはない……


 そんな思考が堂々巡りになっているのだ。


  ・

  ・

  ・


 ……数分後


 「……とりあえず、入ってみましょう。ここで固まってても意味無いわ」


 リリヴィアがそう言った。


 「あ、ああ。そうだな」


 アルフレッドも同意し、2人は門をくぐって中に入る。


——宿屋【情熱の赤薔薇亭】にて—————————————————


 意を決して宿屋【情熱の赤薔薇亭】の中央にある4階建ての建物の中に入ったアルフレッドとリリヴィア。


 「宿の中は意外と普通……と思ったら、ロビーになんか色々置いてあるな……」

 「ダンベルにバーベル、マットに……あれはランニングマシンかしら? 雲梯なんかもあるし。トレーニングジムでもやっているのかしら?」


 建物の中身は外見とはまた違った方向に独特である模様。

 宿屋のカウンターへ歩きながら2人は周囲を観察する。


 広めのロビーには休憩のためのソファーやテーブルのほかに、リリヴィアが言うように見慣れない道具類が置かれており、宿泊客と思われる人間が1人、筋トレに励んでいる。

 また清掃も行き届いているようでゴミなどは1つも落ちておらず、床や壁などは良く磨かれている。

 さらに絵画が壁に飾られていたり、観葉植物が置かれていたりと外からは想像もできない落ち着いた内装だ。


 「……なあリリ、やっぱここ、めちゃくちゃ高いんじゃね?」


 そんな様子を見てアルフレッドは宿の料金が気になりだした。


 「まあ、それでも泊まれないってことはないでしょ。ちなみにアルの手持ちはいくらあるの?」

 「だいたい500セントくらいだ。今朝カノーラ村を出るときはこんな高そうなところに泊まることになるとは思っていなかったから、手持ちのほとんどを木材のお金に突っ込んでてな、メノアさんの護衛依頼の報酬350セントと街道で狩ったグレーウルフとかの代金分くらいしかない」


 ちなみにオーク討伐の際に泊まったイーラの宿の料金は素泊まりで1泊20セントだ。

 駆け出しの冒険者が利用する宿はだいたいそれくらいが相場であり、彼はアルタでもそのくらいの金額を宿代として見込んでいたのだった。


 しかしここ、【情熱の赤薔薇亭】はどう見ても駆け出しの冒険者が泊まるグレードではなさそうだ。

 当然だが格の高い宿ほど料金も高くなる。

 安い宿にしか泊まったことの無いアルフレッドにはここの宿代がどのくらいなのかが分からず、不安になってきたのだった。


 「さすがに、500セントもあって1泊もできないってことはないと思うわよ。とりあえずはカウンターで料金を聞いてみましょう」

 「それもそうだな」


 そうこう話しているうちに2人はカウンターに着いた。

 そこには誰もいなかったが、呼び出し用の鈴が置かれていたのでリリヴィアが鈴を取って鳴らす。


 チリンチリン


 「はあ~い、いらっしゃ~い!」

 「「!?」」


 カウンターの奥から姿を見せた人物を見てアルフレッドもリリヴィアも言葉を失った。


 その人物は見た目40代前後の身長190cm弱で、黒髪のオールバックで小綺麗にそろえた口ひげの、ハンサムなナイスミドルだ。


 ……しかし服装はブーメランパンツと蝶ネクタイを身に着けただけの半裸で、腕の太さは女性の腰回りくらい、胸板が分厚く肩幅も広い、筋肉ムッキムキのボディービルダーみたいな男だった。


 「【情熱の赤薔薇亭】へようこそ。うふふ、かわいらしいお客さんねぇ……私はここの主人で【マッスル・オッカーマー】ことオッカーマ―・ゲイツよ! 親しみを込めて、『マッスルさん』って呼んでね」


 マッスルさんは全身の筋肉を膨らませながら、ボディビルの「フロントリラックス」のポージングを決めて、ネットリした声で自己紹介。

 言い終わりに笑顔で片目をバチコーンッとウィンク。


 ((なんか、すごいのキターーー!?))


 宿屋の主人というのが信じられない外見である。

 そして言動から察するに中身も信じられない感じっぽい。

 あまりに衝撃的な人物の登場にアルフレッドもリリヴィアも、少女漫画のように白目をむいて固まっている。


 「あらあら、どうしたのかしらそんなに固まっちゃって。うふふ、初対面だからって緊張しなくても良いのよ?」

 「……えーっと、マッスルさん、でいいのよね? 私達、この宿(?)に泊まりたいのだけど……」


 マッスルさんに促されて硬直が解けたリリヴィアがおずおずと尋ねる。

 「ここ、本当に宿屋なの?」という言葉がでかかったが、ここは宿屋として紹介されていたことを思い出したので、宿屋ということにする。


 「もちろんオッケーよ。お代は3食食事付きかつ温泉と道場の使用許可もついて、1泊100セントよ」

 「むむっ!」

 「高っ! ……あの、素泊まりでいいので、もうちょっと安くなりませんか?」


 【情熱の赤薔薇亭】の宿泊料金はやはり高かった。

 なんと、イーラでアルフレッドが泊まった宿の5倍である。


 アルフレッドは値段交渉を試みるが———


 「アル! ここにしましょう! 十分払える金額なんだから大丈夫でしょ!」

 「え? ええ!?」


 ———リリヴィアがすごい勢いで食い付いた。


 「落ち着いて。そういう時は私の筋肉でも見て癒されなさあーい。ムン!」


 マッスルさんが今度は「サイドチェスト」のポーズを決めて2人を落ち着かせる。

 ムキッという音が聞こえてきそうな感じで筋肉が強調され、それを見せられた2人は黙り込んだ。

 癒し効果はともかく、2人を黙らせる効果はあった模様。


 「さて、何やら仲間内で意見が割れちゃったみたいだけど、そういうときは喧嘩せずにまずはお互いの考えを行ってみましょう。まずは男の子の方から。さあ、言ってごらんなさあーい!」

 「あ、はい。 ……えーっとですね……1泊100セント、というのは払えないとまではいかないんですが、俺の持ち合わせからするとちょっと負担が大きくてですね、できたら少しまけていただけないかな、と思った次第です。あ、ちなみに俺の名前はアルフレッド・ガーナンドといいます。アルと呼んでください」

 「もっともな理由ね。次にお嬢さんの方は? 察するに私がさっき言った中に気に入ったサービスがあったみたいだけど?」

 「温泉よ! 温泉! それがあるならここで決まりでしょ! 私、お金には余裕あるからわざわざ交渉する必要はないわ。さっそく1部屋お願い。ああ、言い遅れたけど私の名前はリリヴィア・ファーレンハイトよ。リリと呼んで」


 マッスルさんの言葉に従って各々考えを述べる2人。

 ふむふむ、と頷くマッスルさん。


 「っていうかリリ、お前そんなに温泉好きだったっけ?」

 「ふ、昔は特別好きでも嫌いでもなかったのだけど……今は無性に入りたい気分なのよ」


 ちなみにだがアルフレッド達の故郷である王国や今いる帝国にも入浴の習慣はある。

 身体を清潔にすることで病気になりづらくなることは昔から知られており、お風呂や蒸し風呂、温泉などが親しまれている。


 だがしかしアルフレッド達はいかんせん旅の途中だ。

 道中、宿にお風呂がある場合や人の家に泊めてもらうときはまだ良いとしても野宿する時などは風呂を我慢するしかない。


 リリヴィアは光魔法の〖クリア〗で身体の汚れを落とせるため、清潔さを保つことはできるのだが、元日本人としては毎日しっかりと風呂に入りたいのだ。

 温泉ならばなおさらである。


 「とりあえず、リリちゃんはそのまま宿泊でよし。問題はアル君の方だけど、まず言わせてもらうわね。」

 「はい。何でしょうか?」

 「うちは高級宿だから、値引きには応じていないの」

 「ダメですか。そうですか……」


 交渉をきっぱり拒否されてがっくりするアルフレッド。


 「うっふふふ。まあ、でもせっかく来てくれたわけだし、少しお話を続けましょうか。言いたくないなら言わなくてもいいけど、予算はおいくらかしら?」

 「500セントほどですね。ギルドでちょっと聞いたんですが、2日後にあるお祭りの影響なのかどこの宿も満員らしくて、最低でもそのお祭りが終わるまで3日はここに泊まらないといけないみたいなんです。 ……ただ、そうなると使い切った回復薬の補充とか、防具の修繕とか、他の諸々のお金が足りなくなるんでちょっと困ってるんですよ」


 特に隠すことでもないので、アルフレッドは自分の事情をそのまま述べる。


 「普通にギルドの依頼を熟せばいいじゃない」

 「そうだけど! 俺、まだEランクだぞ。1日100セントの出費はきついんだよ」


 リリヴィアがあっけらかんと言い放つが、未だランクが低いアルフレッドにとってそれは現実的ではない。

 ……しかし、ここ以外に泊まれる場所が無いのであれば仕方がない。

 はあーっ、とため息をついて、アルフレッドは方針を切り替える。


 「でもま、値引きできないのは了解しました。俺も3日間だけお願いします」


 はっきりと言われた以上、交渉の余地はないのだろう。

 であれば祭りが終わり他の宿に空室ができるまでの間だけ泊まって、その後、他のもっと安い宿屋に移ることにする。

 幸いなことにその程度の持ち合わせはあるのだ。


 「分かったわ。そう残念な顔をしないでアル君。確かにここ、【情熱の赤薔薇亭】はお高いけれど、その金額に見合うだけの充実したサービスがあるわ。あなたにもきっと満足してもらえるはずよ」

 「それじゃあ、せっかくなんで期待させてもらいますね」

 「早速手続きお願いね。よろしくマッスルさん」


 2人はこうして【情熱の赤薔薇亭】に泊まるのだった。


 物語世界の小ネタ:


 【情熱の赤薔薇亭】の看板に付けられている、光を放つ石は【夜光石】という魔道具です。

 

 明るいところでは光りませんが、暗いところでは石に込められた魔力を消費して自動的に光り出します。

 予め色を設定することで任意の色に光らせることが出来ます。


 構造が単純で簡単に作れるため、魔道具としては安価な部類になります。


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