第80話 アルタの状況
——アルタギルドの酒場にて———————————————————
「やーっと報告が終わったわ。あ~長かったあ~」
「今回は報告することが盛りだくさんだったからなあ」
「リリもアルもお疲れ様」
ギルドの建物内にある酒場でアルフレッド、リリヴィア、メノアの3人が1つのテーブルを囲んで席に座っていた。
リリヴィアは椅子の背もたれに思いっきりもたれ掛かっており、アルフレッドも見るからに疲れたという表情で頬杖をつき、メノアはそんな2人を苦笑しながら労う。
3人はついさっきまでギルドのカウンターで護衛依頼の達成報告を行っていた。
依頼の報告など本来であればそんなに時間のかかるものではない。
しかし今回の場合はカルネル領での【不死教団】によるゾンビ騒動、オットーの開拓村を狙った【赤獅子盗賊団】の襲撃、カノーラ村を襲った【ギの帝国】と、あちこちに影響を与えそうな案件がいくつもあったせいで報告しなければならないことが多く、その分時間を要したのだった。
ちなみに報告を聞いた職員が途中から、「本当? 話盛ってない?」みたいな感じで疑いの目を向けてきたのもアルフレッド達をさらに疲れさせる要因だったりする。
話を聞いてる職員からすると彼らはほぼ毎日大事件に巻き込まれていることになるので、嘘や誇張を疑いたくなるのも無理はない。
担当職員はまるで職質を行う警察官のような目つきで細かいところまで質問しだすようになり、最終的には何か騒動が起きた証拠はないかと言い出した。
そのためアルフレッド達はうんざりしながらカルネル男爵達から貰った勲章や感謝状を見せて、ようやく信じてもらうことができたのだった。
そんなやりとりに1時間以上かけることになったため、現在時刻はもうすぐ午後6時になろうとしている。
「もう日が暮れちゃうから、早く宿に向かわないといけないのだけれど、その前に最低限の情報共有と今後の打ち合わせだけはやっておきましょ」
リリヴィアがだらりとしていた姿勢を正してからそう言った。
丁度注文した飲み物が運ばれてきたので、それぞれ自分が頼んでいた物を受け取る。
「私とアルはいままでずっと依頼達成の報告をしていて、それがようやく終わったところ。思いっきり疑いの目を向けてくる職員が根掘り葉掘り聞いてくるの、信じてもらうのが大変だったわ!」
ホットミルクをごくごくと飲んだ後、担当職員の態度に怒り出すリリヴィア。
「もし勲章や感謝状がなかったら、絶対信じてもらえなかったなアレ。そんなに俺達おかしかったのかな?」
水を一口飲んで半ば愚痴るように言うアルフレッド。
「そういうこともある、としか言えないわね。職員の人も人間だから常に正しく判断できるとは限らないし、実際に話を盛って報告するケースがあるわけだし……まあ最終的に信じてもらえたのなら良しとしましょう」
紅茶を優雅に飲みながら2人を宥めるメノア。
「メノアさんの方はどうでした?」
アルフレッドがメノアに質問する。
実は報告の際、メノアはアルフレッド達と一緒にいたわけではない。
ギルドの受付までは一緒にいたが、その後メノアとアルフレッド達で別の部屋に通されてそれぞれで報告を行っていた。
なぜわざわざ分けられたのかというと、そういう規則だからだ。
メノアは依頼人で、アルフレッドとリリヴィアはその依頼を受注した冒険者。
ギルドとしてはその両方から話を聞くわけだが、その際同じ部屋ではなく別々の部屋を用意する。
これはもしも依頼人が冒険者の働きに不満がある時やまたはその逆のパターンなど、一方がもう一方に対して苦情を入れたい場合に相手を気にせずに思っていることを言えるようにするため、あえて依頼人と冒険者を分けているのだ。
「私の方は、報告についてはそんなに時間はかからなかったわね。もちろん驚かれたけれど、必要なことを確認したらそれで終わりよ」
「なにそれ! 私達は細かいところまでしつこく聞かれたのに、この扱いの差は何なのよ!」
「まあまあ、私はギルドからすればお客さんだから。露骨に疑われたりしないっていうだけよ」
「それじゃ、メノアさんの方は早く済んで、その後ずっと俺達を待っていたんですか?」
「いいえ、報告が終わった後は商業部門の方に顔を出してこの街の最近の状況を確認していたの。それで一通り確認が済んで戻ってきたら丁度貴方達が報告を終えて出てきて合流したというわけ。だから全然待ってはいないわ」
ちなみに、ギルドにはいろいろな部門がある。
冒険者関連の業務を行う冒険者部門の他に商人達が集まる商業部門、各分野の職人達が集まる鍛治部門、服飾部門などなど。
昔は冒険者ギルドや商業ギルドといった具合にそれぞれが独立した組織だった。
しかし長い歴史の中で次第に統合されていった結果、今ではそれらが一つの大きな組織としてまとまっているのだ。
「なるほど。それで、何か面白い話でも?」
「そうね、気になる話がいくつか聞けたわよ」
そこへ給仕の女性が「ご注文の品お持ちしました」と言って、飲み物と一緒に頼んでいたチーズケーキを持ってきてテーブルに並べる。
ミルクを飲み終わったリリヴィアがその給仕に追加の飲み物を注文し、給仕が調理場へ行くのを待ってから、リリヴィアがメノアに続きを促す。
「ふんふん。それ、聞いてもいいかしら?」
「まず1つ目は魔王との戦いに関する影響。いま帝国は西の方で魔王軍と戦っていてその影響があちこちに出ているのだけど、それがますます深刻化しているみたい」
「ふーん。具体的には?」
「具体的には兵士と冒険者の人手不足ね。どちらも熟練者を中心に大勢の人間が戦場に送られているわ。そのせいでこの辺りでは依頼を受注する冒険者が足りなくて、未処理の依頼がたまっているの。それに魔物の間引きも十分にできなくて、いくつもの村で増えた魔物による被害が出ているそうよ。加えて、いままで冒険者に依頼して入手していた物が手に入りづらくなって、物価も高騰しているみたい」
「そんなに? この国が魔王と戦いだしてから、確かまだ1~2年くらいでしょ? ここはまだ戦場から遠いのに、それでそこまで影響が出るわけ?」
「信じがたいのは分かるけど、実際にそうなっているわ」
「そうなんですか……そう言えば、依頼が張ってある掲示板をちらっとみたけど、張り紙が一杯でしたね。あれ、そういうことだったんですか」
「そういうことよ」
帝国は魔王に思った以上に苦しめられているらしい。
魔王に対抗するために多くの戦力を割いた結果、別の地域にそのしわ寄せがきているのだ。
3人は運ばれてきたチーズケーキを食べながら、さらに話を続ける。
「ふむふむ。まあでも考えようによってはそれだけ受ける依頼を選べるわけだし、私達が上のランクを目指すって意味では悪くないのかしら。それで2つ目は?」
「北の街道にドラゴンが出没したらしいわ。エルトルギドラっていう三つ首のBランクドラゴンで、数日前にレイドクエストで討伐を試みたけれど、失敗したらしいの。いまは近隣の領主達が合同で討伐部隊を準備しているところで、討伐が済むまで北の街道は封鎖されるとのことよ」
「うわあ……弱り目に祟り目ですね。悪いことが続いちゃってるわけですか」
「というより、これも魔王に苦戦している影響なのでしょうね。街の戦力を向こうに送ったせいで討伐に十分な戦力を集められなかったみたい」
「なるほど」
「討伐失敗で、ただでさえ少ない熟練冒険者がさらに減って、そのうえに北の街道封鎖も相まって物価高にも拍車がかかりそうよ。一部の商人が物資の買い占めを始めているらしいわ」
「どんどん事態は悪化していると……」
「ま、いざとなったら私達でそのドラゴンを倒せば済むわよ。できたら依頼を受注する形にして、ランクアップに利用したいけど」
「ぶれないなリリ。俺もそのドラゴン倒すのは賛成だけど」
魔王だけでなく、この近辺でも脅威となる魔物が出現。
そして魔王との戦いの余波で戦力が不足していたことが祟って討伐失敗。
結果としてさらに状況が悪化することになった。
状況を飲み込み、顔をしかめるアルフレッド。
一方でリリヴィアはあくまで冷静だ。
いざとなれば、というその言葉も決して強がりではなく本当にそう思っているのが声や表情に現れている。
そんな2人を眺めながらメノアはさらに話を続ける。
「そして最後に3つ目、これは悪い話じゃないわ。2日後にこのアルタでお祭りがあるの」
「「お祭り?」」
「そうよ。【シイメ桜祭り】っていう、毎年この時期に行われるお祭りでね。街の西の方にあるご神木の前で出し物をするの。当日は近くの町や村からも人が大勢やってくるわ」
「へぇー、楽しそうですね」
「その出し物っていうのは何かしら?」
チーズケーキを味わいながら祭りの話を聞きたがるアルフレッド達。
初めて訪れる街のイベントとあって2人とも興味津々だ。
「出し物の内容は毎回変わるけど、今年は大食い大会らしいわよ。参加者や見物客を目当てにした商人も大勢やってきて、当日は出店もたくさん出されるからきっと楽しいわよ」
「そんなのがあるんですね」
「……ていうか私達、ギルドの受付で宿を紹介してもらった時に『今はどこも一杯でここしか空いていません』って言われたんだけど、ひょっとしてそのせいかしら?」
「きっとそうでしょうね。ただの客ならともかく、商人の方は準備があるわけだし」
「まあ、それでも空いている宿はあるわけだし。リリ、俺達もその祭りを楽しもうぜ」
「そうね。っていうか、大食い大会って優勝したら何か貰えるのかしら? それ次第では挑戦するものいいわね」
そう言って追加で持ってこられたホットミルクを一口飲むリリヴィア。
「優勝賞品については当日に発表されるからまだ分からないけど、毎年何かしら出されていたわね。……ところで、2人が泊まる宿はどこなの?」
「確か【情熱の赤薔薇亭】っていう所で、大通りをここから10分くらい歩いた所にあるらしいですよ」
「ああ、あそこね……」
「? どうかしました?」
「いや、なんでもないわ。それより、木材の件についても話を詰めましょう」
宿の名前を聞いたメノアはなぜか遠い目をして呟いた。
それを見たアルフレッドがどうしたのか聞いてみるものの、メノアは答えずに話題を変える。
「アルタに来るまでに一度話したけれど、カノーラ村で買った木材はこれから私が売り捌いて、そうして得た利益に応じた金額を貴方に支払う」
「ええ。支払う金額は私達が出した2万2千セントに利益の1割。仮に赤字になっても元金は保証。 ……これから話し合うのは、【魔法の袋】の容量の関係でいま私が預かっている木材の引き渡しについてと、それから支払いの予定日や何かあったときの連絡方法ってところかしら?」
「そう。リリの言う通りよ。まず木材の引き渡しだけど、ギルドの貸倉庫を1つ借りたから、いつでも受け取れるわ」
「貸倉庫ってあるんですね。俺、初めて知りましたよそれ」
「ふふふ。ギルドは冒険者だけじゃなく、商人達の互助組織でもあるのよ。手数料や利用料を取られるけど、お金さえ払えば色々と世話してもらえるの。アルも今後機会があるかもしれないから覚えておくと良いわ」
「そうなんですね。覚えておきます」
「引き渡しはすぐにやるとして、支払いの予定日や連絡方法はどうするの?」
「予定日は……7日後にしましょう。遅くても7日後には結果を出せているはずだから。連絡方法はギルドの伝言サービスでいいかしら?」
「問題ないわ」
「俺もそれでいいと思います」
メノアが示した内容をアルフレッド達はそのまま承諾。
その後、いくつかの雑談を交えて話し合いは終了した。
——アルタの大通りにて—————————————————————
「さあて、もうすぐ宿だ。帝国の宿ってどんなのだろうな?」
「あまり期待しない方がいいかもよ? 街の様子は王国と一緒だし、宿も似たようなものじゃない?」
日が沈み、暗くなり始めた大通りをアルフレッドとリリヴィアがおしゃべりしながら歩いている。
時刻は午後6時をいくらか過ぎている。
アルタギルドの酒場での話し合いの後、メノアに木材の引き渡しを行い、現在は2人で今日泊まる予定の宿屋【情熱の赤薔薇亭】を目指して歩いているところだ。
「そもそも他の宿屋が満員だったのにそこだけ空いていたっていう宿屋だし、人気はなさそうね。おまけに宿の名前聞いた時のメノアさん、微妙な顔してたし……」
そんなことを言いながら歩いていると、すぐに目的の宿屋に着いた。
「「うわあ……」」
そしてそこを見た2人は少しの間、言葉を失って固まるのだった。
物語世界の小ネタ:
各都市のギルドでは、利便性を向上するためにいろいろなサービスや取り組みがなされています。
その一環でメノアの護衛依頼のように移動を伴う場合は、依頼時にその旨を伝えておくことで以下のような対応も可能です。
イーラ(移動元)のギルドで依頼、冒険者を雇う。
※「達成報告は○○のギルドで行います」と伝えておく
↓
↓ 都市間を移動
↓
アルタ(移動先)のギルドで達成報告、冒険者に報酬を支払う。
必要に応じてギルド間で情報共有がなされるため、依頼する所と報告する所が違っていても対応してもらえるというわけです。




