第76話 【大蟻戦争】ギオウ討伐(sideリリヴィア)
「はあああっ!!!」
『フンッ!』
気合を込めた掛け声とともにリリヴィアが突撃する。
武器は持たず、素手で突っ込む。
体長約30メートルの巨大な魔物に丸腰で戦いを挑む少女。
絵面だけを見れば絶望しかない場面だが、しかしその少女、リリヴィアには見た目からは想像もできない戦闘力が秘められている。
生物としてはあり得ない、音を置き去りにする程の速度で動き回る。
拳や蹴りを繰り出す度に、スキルとは異なる物理現象としての衝撃波を生み出す。
そんなスピードとパワーで動き続ければそれだけで自滅しそうなものだが、彼女にはそんな気配は微塵も感じられない。
出鱈目なパワーに耐えられるだけの強靭な肉体が彼女にはあるのだ。
対する巨大な蟻の魔物、ギオウも決して負けていない。
1対の大顎、6本の脚、尾部の毒針、それらの武器と土魔法を使いこなして高速で動き回るリリヴィアを迎撃する。
<ステータス>では劣勢を強いられているギオウ。
しかし戦いにおいて、特に肉弾戦においては巨体というのはそれ自体が強みだ。
的が大きくなり攻撃を受けやすくなるデメリットこそあるものの、被弾時の損傷度合いは体が大きい分だけ相対的に小さくなる。
また歩幅も大きく、1歩動くだけでもリリヴィアの攻撃を躱すことができ、体重が重い分攻撃にも威力が乗りやすい。
他にも地形について、周囲は木々が生い茂っているうえにこれまでの戦いの余波で倒れた倒木や岩が散乱しており、一見すると障害物だらけで動きにくそうな状況なのだが、ギオウはそのような障害物を踏み潰して縦横無尽に駆け回る。
巨大な敵にありがちな鈍重さなど彼には微塵もない。
巨体のパワーはそのままに、軽量級を思わせる俊敏さを遺憾なく発揮して暴れ回る。
(戦況は拮抗してる。せっかく<ステータス>で上回ったのに、武器破壊と<MP>の枯渇で攻撃手段が制限されているのが痛すぎる! <HP>も危険域でクリティカルヒットを一発もらったら終わり。〖サクリファイス〗さえ無ければさっきの〖月閃〗で仕留め切れていたのに……って、駄目よ! 冷静になれ私! 戦いの中でタラレバの話なんか無駄! 考えるのは今この状況でどう勝つかだけ!)
高速で動き回りながら、リリヴィアは苛立つ心を抑えて戦いに集中する。
(戦況ハ拮抗。今ノ時点デ拮抗トイウノハ、決シテ良イコトデハナイ。奴ニハ間違イナク〖MP自動回復〗ガアリ、時間ガ経テバ魔法ヲ放ッテクル……失ッタ右手モ再生スルデアロウ。トナレバ、コレカラ次第ニ不利ニナッテイクコトハ必至! サラニ時間ガ経テバ、魔法ニヨル強化ガ切レルハズデアルガ……ココハ勝負ニ出ネバ!)
リリヴィアの攻撃を捌きながら、ギオウもまた冷静に状況を分析して決意を固める。
部下のギアンもリオーネに討ち取られた。
度重なる〖サクリファイス〗発動によって身代わりにできる配下も残りわずか。
それでいて、ここからさらに戦況が厳しくなるというのでは、慎重なギオウであっても勝負に出ざるを得ない。
「せやあああ!」
『フン! ハアア!』
〖空間機動〗を駆使して空中をジグザグに走ったリリヴィアが、ギオウの胸部を目掛けて跳び蹴りを放つ。
ギオウはその跳び蹴りを最小限の動きで避けつつ、脚の1本を振るってカウンターを合わせ、振るわれたその脚を今度はリリヴィアが腕を合わせるようにして受け流す。
『土魔法〖マッドバインド〗』
「くっ、空間魔法〖短距離転移〗!」
反撃を受け流したリリヴィアが再び突撃するために地面を蹴ろうとしたタイミングで、〖マッドバインド〗による泥の腕が彼女の脚を掴む。
そこに再び脚の一撃が振るわれ、リリヴィアはそれを転移で避ける。
「はあっ!」
転移先はギオウの顔の近く。
リリヴィアは〖空間機動〗スキルで空中に留まりつつ、ギオウの顎に渾身の蹴りを叩きこむ。
『……』
「空間魔法〖短距離転移〗!」
直後、〖サクリファイス〗によってダメージを配下に肩代わりさせたギオウは怯むことなくリリヴィアに噛みつこうとするが、リリヴィアは一瞬早く転移で別の場所に移動する。
(魔法を使わされた! せっかく右手の再生を我慢してまで<MP>の回復を優先してたのに!)
歯噛みするリリヴィアにギオウはすかさず追撃に移る。
『〖キャノンタックル〗!』
「何の! ……っ!」
ギオウのタックルを躱しつつ、リリヴィアはすれ違い様に回し蹴りを叩きこむ。
スキルによる威力補正、突進の勢いが乗ったギオウの甲殻に対して、ほとんど正面から蹴りを入れたことでリリヴィアの足は拉げて血が流れ出す。
「! 手応えあり! 〖サクリファイス〗の身代わりはいなくなったようね!」
しかしリリヴィアは痛みに顔を歪めつつも、一部がヒビ割れたギオウの甲殻を見て嬉しそうに言う。
先ほどまではギオウに攻撃を当てたとしても〖サクリファイス〗によってダメージを他の蟻に移し替えられてしまい、ギオウ自身は無傷のままだった。
それが多少なりともダメージが入ったということは、ギオウの配下がようやく全滅して、今後身代わりにできる配下がいなくなったということ。
「おーい、周囲にいた蟻共は皆死んだぞ! 恐らくだが、残りはギオウだけだ! 〖気配感知〗にも魔物の気配はねえ!」
リオーネからも裏付けになる情報が取れた。
リリヴィアは〖自己再生〗で右手と足を再生する。
ついでに服の破れも再生して元通りにする。
リリヴィアが装備している【フェンリルの毛皮服】や【フェンリルの毛皮帽子】は魔力を込めることで自動的に再生する機能があるのだ。
『よーしよし! やっと貴方を仕留められるわね! 次元魔法〖ディメンション〗』
この瞬間を待ってました、とばかりに〖ディメンション〗で予備の剣を取り出す。
取り出したのは以前ヒュドラとの戦いの際にアルフレッドに貸した【オリハルコンの剣】。
ギオウに壊された【吸血鬼王の大剣】には劣るものの、こちらも一級品の武器である。
『……フン、マダ貴様ガ勝ツト決マッタワケデハナイ。〖勇者〗トカイウ特性ニツイテハトモカク、魔法ニヨル強化ハアト3分程度デ解ケル。耐エ凌ゲバ、マタ戦イハ分カラナクナル』
『その3分できっちり仕留めてあげる! 安心しなさい。貴方は十分すぎるくらい強敵だったわ!』
リリヴィアは自分の勝利を露ほども疑っていない、自信満々な様子でにじり寄る。
実際のところ、この状況でギオウを倒し切れるかは微妙なところだ。
自動回復スキルのおかげで彼女の<HP>や<MP>は多少なりとも回復しているのだが、まだまだ余裕があるとは言いづらく、もしまた予想外の反撃でもあれば返り討ちも十分にあり得る。
だがしかし、この時リリヴィアの頭脳には明確な勝利へのビジョンが見えていた。
これまでギリギリの激戦を繰り広げてきたが故に自分の攻撃に対して敵がどう動くか、どう詰めればよいかが高い精度で予測できていたのだった。
「〖衝撃波〗!」
『……』
ギオウはリリヴィアの放った〖衝撃波〗を無言で避けて、後ろに下がる。
『予想通りの動きね! 冷静で慎重な分、読みやすくって助かるわ!!!』
さらに追加の〖衝撃波〗を放ちながら全速力で距離を詰めるリリヴィア。
『大地魔法〖クレイマシンガン〗』
『はっ、逃げながら撃ったって当たらないわよ!』
追撃を避けつつ、牽制のために土の弾丸で弾幕を張るギオウ。
しかしリリヴィアはそれを難なく避けてさらに距離を詰める。
そして詰めながら高速で思考を巡らす。
(もうすぐ剣の間合い! けど、このままギオウが簡単にやられるわけない! 必ずどこかで反撃が来るはず! 脚での薙ぎ払い、顎での噛みつき、土魔法……何が来ても完璧に対処して、絶対仕留め切る!!!)
直後に間合いに入り、剣を持つ手に力を入れるリリヴィア。
『土魔法〖クレイスピア〗!』
だがそこを狙ったギオウの土魔法が先に発動。
攻撃に意識を割いたことで防御が甘くなる、そんなタイミングでリリヴィアの足元から10本ほどの土槍が突き出される。
並の人間であればまず避け切れずに串刺しになっているところだが、しかしリリヴィアは並ではない。
(甘いわ! どんなタイミングだって、来ると分かっていれば避け切れるのよ!)
土槍が足をかすめたものの、リリヴィアは直前にジャンプして〖空間機動〗スキルで空中に逃れることで回避を成功させる。
「喰らえ、ゼロ距離〖衝撃波〗ぁ!」
ズンッ、と体の芯に響く衝撃と共にギオウの胸部が大きく抉られ、彼の巨体が数メートル後ろに吹っ飛ぶ。
なおも追撃しようと向かってくるリリヴィアに対し、ギオウはそこで踏み止まって噛みつきによる反撃を敢行。
しかしリリヴィアはギオウの噛みつきをすり抜けて背後に回り、さらにギオウを斬りつける。
(思ったよりもダメージが出せてない……しれっとスキルを使って防御を固めているわね)
『大地魔法〖クレイマシンガン〗』
「ちっ」
攻撃をしながら〖思考加速〗を使って高速で思考を巡らせていると、ギオウの反撃が来たため、一旦避けて距離を取る。
そうしてギオウの様子を見ると、退きながら〖自己再生〗スキルを発動しているらしく、身体の傷がゆっくりと治り始めている。
(それなりには弱らせた。ここで大技を叩きこめたら恐らく倒せる……のだけど、この戦いでそれは何回も失敗しているのよね……ってことでここは隙の少ない小技で削り切る!)
時間にして1秒足らずの間に方針を固めたリリヴィアは再びギオウに突撃。
一撃で倒したいという欲をあえて抑え、威力は小さくとも反撃される隙が少なく外したとしてもさほど損失のない攻撃を選んで堅実に攻める。
そんなリリヴィアにギオウもまた負けじと応戦。
巨体ゆえのタフネスと〖堅鋼殻〗などの防御スキルでリリヴィアの攻撃に耐えつつ反撃。
その反撃は高い回避能力を持つリリヴィアにはほとんどが避けられてしまうものの、中にはわずかにかすったり手足に当たったりと、それなり以上の食い下がりを見せる。
そうして両者とも少なくない傷を負いながら熾烈な応酬を繰り広げる。
『グ、グヌ……』
「いける! 今度こそ押し切れるわ!」
1~2分ほどの応酬は<ステータス>で勝るリリヴィアが優勢で、ギオウをどんどんと追い詰めていく。
「もう逆転の目なんて与えない! 〖衝撃波〗!!!」
もはやギオウの<HP>も残りわずか。
隙が少なく、攻撃範囲も広く、それなりに威力の高い〖衝撃波〗であれば確実に倒せる。
必勝を期したリリヴィアが放った〖衝撃波〗は間違いなくギオウの体に命中した。
『ウゥ……ム?』
「は?」
しかし間違いなく命中したにも関わらず、その攻撃はギオウを討ち取ることはできなかった。
それどころか傷をつけることすらできていない。
確実に勝負を決したと思った攻撃のあまりにも意外な結果に、攻撃されたギオウも攻撃したリリヴィアもなぜそうなったのか分からず呆気にとられる。
『ギ、ギオウ、様……』
一体どうして……と思考を動かし始めた両者に対し、その答えはすぐに示された。
『ギドー! 何故ココニ!?』
ギオウから200メートルほど離れたところに、全長8メートル程の蟻が身体を胸の辺りで切断された状態で転がっていたのだ。
切断された箇所はまさにギオウに〖衝撃波〗を叩きこんだ所と同じ個所である。
『敵襲ノ、報ヲ受ケ、馳セ参ジマシタ……モ、モウ少シデ、ギサンガ、援軍ヲ連レテ来マス……ドウカ……ゴ武運ヲ……』
『ソウカ。ギアンガ送ッタト言ッテイタ伝令カ……間ニ合ワヌト思ッテイタガ、オカゲデ朕ハ救ワレタ。大義デアッタ』
「ここで援軍!? 噓でしょ!?」
ギドーと呼ばれた部下は別の巣穴を守っていた個体だ。
今回のリリヴィア襲撃の報告を受けて単身急行した結果、ギリギリのところで間に合い、ギオウの〖サクリファイス〗による身代わりになったのだ。
本来なら兵隊を集めた後、集めた兵隊達のスピードに合わせて移動するのが普通である。
ゆえに戦場に到着するのはもっと後になるとギオウは思っていた。
だがしかし彼の部下達は彼が思っているよりもずっと優秀だったらしい。
ギドーが言うにはギサンという別の部下が援軍部隊を率いて移動中とのこと。
リリヴィアが〖気配察知〗で探ってみると、数キロメートル離れた場所に数十体の魔物の気配を感知した。
どんどん近づいてきているのでどうやらこの集団が敵の援軍で間違いないようだ。
『……ッ!』
状況を理解したギオウは一目散に逃走開始。
一刻も早い援軍との合流を目指して高速で走る。
「!? ふ、ふざけるんじゃないわよ! 逃がすかぁー!!!」
一瞬遅れてショックから立ち直ったリリヴィアもギオウを追いかける。
もしも今ギオウが援軍と合流されたなら、もはや勝ち目はない。
〖サクリファイス〗による身代わりでギオウがまた無敵状態になるうえに、リリヴィアの方は正直限界が近いのだ。
「ぬあああーーーーっ!!!」
ギオウ以上の爆速で前に回り込んだリリヴィアは、相手を絶対に通すまいと〖衝撃波〗で牽制。
ギオウはその攻撃を避けて一旦足を止め、リリヴィアと睨み合う。
『フ、フフ……随分ト焦ッテオルナ? 先程マデノ余裕ハドウシタ?』
『う、うるさいわね! 貴方だって、ボスのくせに逃げてんじゃないわよ!』
ギオウが左に1歩脚を出すと、リリヴィアも同じ方向に1歩進む。
ギオウがその脚を引っ込めて右に1歩脚を出すと、またリリヴィアも1歩同じ方向に進む。
ギオウは何とかリリヴィアを突破したい。
しかし下手に動いて隙をつかれたら死ぬ。
リリヴィアはギオウを阻止したい。
もっと言うなら仕留めたい。
しかし下手に攻撃して隙をつかれたら突破される。
もっと悪ければ反撃を受けて彼女といえども死ぬ危険もある。
そしてこのまま動かなければ、そのうち援軍が到着して負ける。
ついでにあと1分弱でバフも切れる。
(さっきまでほぼ勝ち確だったのに、またピンチ……)
そんな状況の中でお互いフェイントや牽制をしながら睨み合う。
先に動いたのは———
「はあっ!」
———時間制限のあるリリヴィアだ。
剣を振りかぶりながら気合と共に大きく1歩踏み出す。
『! フン!』
まさに突撃しようとするリリヴィアを見てギオウも動く。
彼女が剣を持つ手と逆の方向へと走り、一気に突破するために走り出す。
(よし! かかった!!!)
リリヴィアはギオウを倒すために敢えて突破の隙を作ったのだ。
ギオウは巨体に見合わない高い回避能力があるため、普通に攻撃しても当たらない。
攻撃を当てるためにはギオウに隙を作らせる必要がある。
では、その隙を作らせるにはどうしたら良いのか、と考えた結果が自分の横をすり抜けるように仕向けてそこを攻撃することだったのだ。
(ここが最後のチャンス! 絶対決める!)
踏み込んだ足にさらに力を込めて強引に体の向きを変え、同時に剣を振り始める。
頭の中にあるのはギオウを仕留めることのみ。
『土魔法〖マッドバインド〗』
「なあっ!?」
しかし、ギオウもそれを読んでいた。
絶妙のタイミングでリリヴィアの足元に泥の腕を作り、彼女の足を掴んで妨害する。
姿勢を崩されたリリヴィアは慌てて拘束を引きちぎるが、その時点で既にギオウはリリヴィアの横を通過していた。
(まずいまずいまずい! 攻撃のタイミングを外された! もう当たらない……勝ち目が……)
「風魔法〖ワールウィンド〗!!!」
『ナ、ナニ!?』
リリヴィアが諦めかけたその時、魔法によって生み出された直径10メートル近い竜巻がギオウを襲う。
その竜巻はギオウにダメージを与えるほどの威力はなかったのだが、突然の突風をまともに受けてしまったことで、ギオウの動きが止まる。
『マサカ、敵ニモ援軍ガ!?』
「リリ、今だ! やっちまえ!」
「ははっ! 〖月閃〗!」
不意に聞こえてきた良く知る声に背中を押され、リリヴィアは剣を構え直して攻撃を放つ。
ザンッ!
突き出された剣から放たれた強力な斬撃はギオウの首に見事に命中。
熾烈な戦いを終わらせたのだった。
物語世界の小ネタ:
スキル発動時に対象のスキル名を口に出す理由について
この世界のほとんどの人々は戦いでスキルを発動する際、スキル名を口に出して発動しています。
しかし、じつのところ熟練者であればスキルは名前を口に出さなくても発動することはできたりします。
なのになぜ、わざわざ名前を口に出しているのかというと、その理由は「人々が新しいスキルを練習する際、そのスキル名を口に出して練習していたから」となります。
熟練者になる前の、まだ十分に慣れていないうちは名前を言わないと発動できなかったり、発動しても精度がガクッと落ちてしまったりするのです。
そのため、人々は新しいスキルを練習するときなどは、みんなスキル名を口に出しながら発動しており、それが身体に染みついてスキルに慣れた後も「〖衝撃波〗!」という感じでスキル名を言いながら戦っているわけです。




