第71話 【大蟻戦争】トレイン(sideリオーネ)
「みぃ~つ~け~たぁ~!」
「「「え?」」」
リリヴィアの言葉に、リオーネ達は皆隠れ潜んだまま、一斉に固まる。
リリヴィアは、別に「誰か」を見つけたとは言っていない。
仮に自分達を見つけたのだとしても、現在交戦中のバケモノ蟻を差し置いてこちらにやってくるはずはない。
……そんなはずはないのだが、しかしその理屈に反して彼等の本能が警鐘を鳴らしまくっているのだ。
(おい、逃げるぞ……)
(((了解)))
身の危険を感じたリオーネは無言のハンドサインで手下達に逃げるように指示。
手下達も全員同じ気持ちなので即座に了承。
「まあ、待ちなさいよ」
「「「うわあっ!?」」」
全員が逃げるためにリリヴィアとギオウが戦っている方向とは反対の方向を向いた瞬間、そこに回り込むようにリリヴィアが転移してきたのだ。
とっても嬉しそうな笑顔なのだが、リオーネ達からすると自分達をいたぶり殺そうとする悪魔の笑みにしか見えない。
『さあ、良いところに来てくれたわ! 私の仲間達! 一緒にそこのギオウと手下の蟻達を倒しましょう!』
「「「え!?」」」
「てめえ……」
リリヴィアは念話でそう宣言する。
なぜ念話なのかというと、もちろん、人間の言語が分からないかもしれないギオウにも、はっきり、確実に、伝わるようにするためだ。
意味が分からない手下達が皆キョトンとした表情をする中、リオーネはリリヴィアの意図を察して顔を引きつらせる。
『ホウ。ソノ者達ハ貴様ノ仲間カ』
「ぎゃあああ!!!」
「いえ、違います! 違います!! 俺達はただの通りすがりです!!!」
リオーネ達の後ろからギオウが話しかける。
逃げようとした方向にリリヴィアが先回りしてしまったため、リオーネ達はいま、リリヴィアとギオウに挟まれてしまっていた。
手下の1人、ロイが必死に否定するのだが———
『ふっ。ギオウ、貴方の言う通り! ここにいるのは全員私の仲間達よ! 貴方を倒すためにここに来たのよ!』
「「「やめてーーー!!!」」」
———リリヴィアは非情にもはっきりと明言する。
もちろん念話で。
「ひどすぎるぞ! 敗けそうになったからって、俺らを巻き込みやがったな!」
「黙りなさい! 貴方達、見覚えあるわよ! オットーさんの村を襲った盗賊団でしょ! 騎士団に引き渡されたはずの人間がこんなところにいるってことは脱走したってこと! そんな連中が都合良くうろついていたら当然利用するわ!」
「く……」
「じゃあ何だ? もし仮にだが、俺達が盗賊じゃなくて、無実で善良な女子供とかだったら、見逃してくれてたってのか?」
「は? そんなわけないじゃない。善人悪人も老若男女も関係なく巻き込んでたわ。私は勝つために全力を尽くす女。利用できるものはなんでも利用するわ。当たり前でしょ」
リオーネの問いに迷わず断言するリリヴィア。
勝負に全力を注ぐ彼女は、勝つためなら手段を選ばず、その結果他人から恨まれても一切罪悪感を感じない、とっても強いメンタルの持ち主なのだ。
「うわ、何となく察してたけど、引いたわ……」
リリヴィアの答えを聞いてドン引きするリオーネ。
しかしリリヴィアはそんなことなど気にしない。
「まあ、安心しなさい。私も無理なことをさせる気はないから。ただ、ちょっとそこのギオウに突撃して気を引いてくれたらいいのよ。別に貴方達が敗けても全然問題ないわ。その隙に私が立て直すから」
「俺ら完全に捨て駒じゃねえか!」
『ギオウ様! 遅レテ申シ訳ゴザイマセヌ。只今兵40体ヲ連レテ馳セ参ジマシタ! 者共、奴等ヲ取リ囲メ!』
「あと今やってきた雑魚も全部任せるわ。よろしく」
「「「さらに追加!?」」」
「悪魔だ……悪魔がここにもいる……」
「この国はどうなってんだ……【冥府の獄卒熊】といい、こいつといい……盗賊よりもカタギの方が凶悪なんだが……」
「おまけに逃げられないっす。ドタバタしているうちにすっかり囲まれちまったっす……」
出された無茶振りに手下達は皆戦慄する。
『〖念話〗デ伝ワッテクル内容デ大体察シタ』
「えっ? じゃあひょっとして……」
「ごくごく……」
リリヴィアとリオーネ達のやりとりから、ギオウにも真実が伝わったらしい。
「もしかして見逃してくれる?」という期待を眼差しでギオウを見る手下達。
リリヴィアはどさくさに紛れてバフ切れの反動を抑えるための【スタミナポーション】を飲む。
戦いの最中に飲んでいたら間違いなく攻撃されていたはずだが、今のギオウは様子見に回っているため、問題ないと踏んだのだ。
実際、リリヴィアを放置してギオウはそのまま念話を続けている。
『見逃スカドウカヲ決メル前ニ、確認スルコトガアル』
「……何でしょうか……」
何となく、不味いことを聞かれそうな気がするロイがビクビクしながら聞き返す。
ちなみに頭目のリオーネは黙ってギオウの言葉を聞いている。
リオーネが返事をしないので、彼等の中で一番ギオウの近くにいるロイが返事をしたのだ。
『先程、朕ガ地上ニ出テキタ際、周囲ニ兵ガイナカッタ。貴様等ガ朕ノ兵ヲ殺シタノカ?』
「……え、えーっと……その……い、いいえ……」
冷や汗をいっぱいかきながら5秒くらい言い淀んだ後、目を逸らして顔を背けながら、小声で否定するロイ。
その様が真実を雄弁に語っている。
『嘘ダナ』
「嘘ね」
『嘘デアルナ。全ク、ギオウ様ニ嘘ヲツクトハ許シ難イ』
一瞬でギオウに見抜かれる。
ついでに後ろで聞いてたリリヴィアと、ギオウの側に控えているギアンからも嘘と断定される。
「すいっませんっ、でしたーっ!!! 仕方なかったんです! 襲われたんで身を守るために、仕方なく、なんですぅー!」
土下座で謝るロイ。
彼自身も誤魔化せるとは思っていなかった。
ただ、ギオウに向かって「手下を殺したのは俺達です」と正直に言う勇気がなかった。
それだけなのだ。
「「「申し訳ありませんでしたあー」」」
他の手下達も一緒に土下座する。
リオーネだけはこの後の展開が読めたのか、諦めの表情で剣の柄に手をかける。
『デアレバ、朕ノ兵ヲ殺シタ罪、貴様等ノ命デモッテ償ワセルトシヨウ』
「「「そんなあぁぁーーー!!!」」」
「と、いうことで共闘ね。よろしく。さっきも言ったけど雑魚は全部任せるわ。ギオウの気を引くのも忘れないでね」
「覚えてろよ、てめえ! おいお前らぁ! さっさと立て! こうなったら腹を括れ!」
ギオウの宣告に手下達は打ちひしがれ、リリヴィアは上機嫌で敵を押し付け、リオーネは怒りながらも手下達に戦うように促す。
『ギアンヨ。リリヴィア以外ノ敵ニツイテハオ前ニ任セル。連レテキタ兵達ト共ニコ奴等ヲ討チ取レ! 〖戦闘フェロモン〗!』
『ハハ! 行クゾ者共! 先ズハ奴等ヲリリヴィアカラ引キ剝ガス!』
「〖魔法規模拡大〗! 光輝魔法〖セイントストレインセニング〗! これで貴方達にもバフがかかったわ。効果は10分。その間に敵を倒しなさい」
「くそったれが! お前ら左に流れながら戦うぞ! 俺は後ろを抑える。ザンは俺を援護しろ! そしてロイ、お前が前を仕切れ!」
「「「了解! やってやるー!」」」
こうして戦いは再開。
ギオウは配下に号令を掛けつつ同時にバフもかける。
ギアンはギオウの指示通り蟻達を率いてリオーネ達に襲い掛かる。
リリヴィアは〖魔法規模拡大〗によって対象範囲を広げたバフスキルで自分を含めた味方全員を強化。
リオーネは悪態をつきながらも手下達に指示を出し、手下達はヤケクソ気味に突撃開始。
「「「うおおおーー!」」」
「「「ギギィー!」」」
リオーネの手下達が左側にいた10体余りのキルアントと激突。
「コレデ敵ノ数ヲ削ッテヤル! 土魔法———」
「やらせるか! 〖衝撃波〗!」
「———グッ!?」
「お前には俺の相手をしてもらおうか。丁度暴れたいところだったんで、憂さ晴らしに付き合ってもらうぜ!」
ギアンが手下達に魔法で攻撃しようとするところをリオーネが先に攻撃して阻止。
「オノレ! ナラバ貴様カラ討チ取ッテクレル!」
攻撃を受けたギアンはダメージこそ受けたものの、戦闘不能とはならず、即座にリオーネへと突撃。
リオーネは他の蟻を倒しながら同時にギアンの攻撃を往なし、そのまま両者は激しい接近戦を繰り広げる。
「お頭ぁ! 戦いに夢中になりすぎて、1人置いて行かれるなんてのはナシでお願いしますよ!」
「けっ、分かってるよ! うるせえな。」
手下の1人、ザンはリオーネが敵に囲まれないように援護しながらそう言い、リオーネもまたギアンと戦いつつ手下達に合わせて移動する。
「突破したぞ!」
「そのまま走れ! ここから離れろ!」
ほどなく手下達が進行方向にいた蟻達を倒して活路を開き、すかさずリオーネが離脱の指示を出す。
(意外とやるわね。リオーネ以外はただの雑魚だと思ってたけど、仲間同士の連携で上手く攻守を補い合ってるわ。もしかして全員〖連携〗スキル持ち?)
横目で見ていたリリヴィアが思わず認めるほど、手下達は見事な戦いっぷりを見せていた。
敵に狙われた者は守りに徹して、その敵を他の者が攻撃して倒す。
常に3人1組もしくは4人1組で戦い、スタンドプレイには走らない。
さらにリオーネが持つスキル、〖統率〗の効果が彼らの結束力を高めている。
他にもリリヴィアにかけられたバフや、彼等が戦っているキルアントがそれほど強くない魔物だということもあり、多数の敵に囲まれている状況でありながら1人の脱落者も出すことなく戦っていた。
「了解。 ……って前から新手!? せっかく突破したのにまた囲まれる!?」
指示通り離脱を目指して走り始めた手下達だが、その先に30体くらいのキルアントが姿を現す。
『フハハハ、妾ガココニ向カウ際、部下ニ引キ続キ兵ヲ召集シテ、ココニ送ルヨウニ命ジテイタノダ! コノ後モマダマダ来ルト思エ!』
「構わず突撃して押し通れ! ここに留まる方が危ない!」
高笑いするギアン。
そのギアンと戦いながら、リオーネは重ねて指示する。
「了解! 行くぞお前ら、俺に続け!」
「「「うおおーーー!!!」」」
ロイを先頭に手下達が敵の新手に突撃。
リオーネもその後を追い、さらにその後をギアンとこれまで戦っていたキルアント達が追う。
新手のキルアント達とリオーネ達が激突し、そこにギアン達が襲い掛かって再び包囲戦となる。
『十分距離ガ離レタ。コレナラ奴等ハ朕ノ戦イノ邪魔ニハナルマイ。頃合イデアル。兵達ヨ! 我等ガ威ヲ示セ! 陣形ハ【縛砂の陣】! 数ノ利ヲ活カシテ圧殺セヨ! 〖誘導フェロモン〗!』
「「「ギギギーーー!!!」」」
「うおっ!? 急に勢い付いたぞこいつら!」
「しかも何か動き方が変わった……痛っ!? くそっ!」
「あの親玉、命令とフェロモンで手下を動かしてるのか。ちょっとこれやべえぞ!」
ギオウの号令でリオーネ達を取り囲むキルアント達は一斉に攻勢をかける。
それもやみくもに飛びかかったりなどしない。
左右からタイミングを合わせての突撃や、前の個体のすぐ後ろに続いて間髪入れずの連続攻撃などキルアント側も連携を取り始めたのだ。
しかもキルアント達は主に相手の足を狙うようになった。
足の傷は致命傷にこそならないものの、確実に体力と機動力を奪っていく。
「くそ、下ばっかりで、戦いづらい……」
キルアントは体長50センチ程度の魔物で、人間と比べると小さい。
それが足ばかり狙ってくるため、リオーネ達からするといささか攻撃しづらいのだ。
おまけに一度噛みつくとすぐに口を離して間合いの外に退がり、その後再び他の個体と連携を取りながら襲ってくるという、ヒットアンドアウェイ戦法で戦い出した。
そのため余計に1体1体の強さは変わらずとも、集団での強さは目に見えて手強くなった。
「円陣を組め! 全員で円になって、怪我した奴等は円の中に入れ! ロイ、ロー、お前らは怪我した奴等を治せ! 他の奴等で戦線を維持しろ。ザン、お前もあいつらのところに行け!」
「了解! お前ら、円陣だ! 早く集まれ!」
「へい!」
「了解ですぜ、お頭!」
リオーネがギアンと戦いながら手下達に指示を出す。
手下達はその指示に従って素早く移動して円を作り、守りの戦いに切り替える。
『フハハハ、サラニ追加ノ援軍ガ来タゾ! 貴様等モココマデノヨウダナ! 諦メテ妾達ノ糧トナルガヨイ!』
「はっ! 生憎と俺は死ぬまで足掻くと決めてるんでな! 何があろうがきっちり生き残ってやるぜ!」
キルアント達は手下達を包囲して攻撃を続けている。
円陣から少し離れたところではリオーネとギアンの戦いが依然続いている。
そこにギアンの言う通り、キルアント20体ほどとその上位種であるバレットアント1体が戦場に到着して戦いに加わったことで状況は一段と厳しくなっていく。
『サテ、アノ様子デハ奴等ニコチラヘノ手出シハ期待出来ヌゾ? 困ッタナ、リリヴィアヨ』
リオーネ達とギアン達の戦いを眺めながらギオウはリリヴィアに話しかける。
自分の優位を確信しているのか、言動に余裕がにじみ出ている。
というか、若干煽りが入っている。
『ま、別に問題ないわ。戦いを一旦中断できたお陰で仕切り直しも出来たことだし、雑魚を引き付けてくれるだけでも十分よ』
『フム』
『それよりも貴方こそじっとしていていいのかしら?』
『フム? ソロソロ戦イヲ再開シヨウトハ思ッテイルガ、別ニジットシテイテモ不都合ハナイゾ?』
『〖チャクラ解放〗のデメリット効果でスリップダメージを受けているのは分かってるわよ。既に<HP>もいくらかは減っているんじゃないかしら? 〖鑑定〗』
リリヴィアはギオウに向けて〖鑑定〗を発動させる。
こうしている間にも少しずつ削られているはずの敵の現状を把握するため、またそれによって自分の優位を確認するために。
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<HP> :1968/2250
<MP> : 269/ 750
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『ちょっと、何で回復してるのよ!?』
しかし確認できたのは厳しい現実だった。
戦いは続く……
物語世界の小ネタ:
この世界において人に魔物を擦り付ける行為は相手を殺しかねないため、意図的にやった場合は殺人や殺人未遂と見なされ、発覚すると厳しく処罰されます。
とはいえ生きるか死ぬかの状況ともなれば綺麗ごとは言っていられないことも多く、また証拠が残りにくいこともあって、たまにこういうことが発生しているのが現状だったりするのです。




