第69話 【大蟻戦争】奇襲(sideリリヴィア)
——地下から地上へと通じる縦穴付近———————————————
ギオウが地上に着いた頃、リリヴィアは地上への出口を探して巣穴の通路を走っていた。
「……あった! 縦穴発見!」
ギオウ達と戦っていた部屋から来た道を戻り、途中出くわした蟻を倒しながらしばらく進むと、彼女は大きな縦穴に出た。
「よし。空が見える。きちんと地上に繋がってるわね。っていうか、もう朝なのね」
上を見て地上に繋がっていることを確認すると、リリヴィアは縦穴を駆け上がっていく。
その縦穴は、普通の人間ならば登山用の道具が無いと登り切れそうにない垂直な穴になっているのだが、〖立体機動〗や〖空間機動〗といったスキルを持つリリヴィアにとっては普通の道と変わりない。
あっという間に地上に出る。
「さてと、地上に出たら次はギオウの居場所探さないと……ん?」
リリヴィアが辺りを見回していると何者かが近づいてくる気配があったため、すぐさま近くの木の陰に隠れる。
もちろん隠れると同時に〖隠密〗スキルも発動する。
『緊急召集! 緊急召集! 誰ゾ居ラヌカ!? 妾ノ声ガ聞コエタ者ハ今スグニギオウ様ノ元ヘ馳セ参ジヨ! 緊急召集デアルゾ!』
気配の主は猛スピードでやってきて、念話で叫びながら縦穴の中に入っていった。
ちなみにやってきたのはギアンだった。
(うーん……今すぐ追いかけて倒してもいいんだけど、放っといても大したことはできないだろうし……それより早くギオウのところに行った方が良さそうね)
倒すか無視するか若干迷ったものの、リリヴィアはギアンを無視してギオウを狙うことに決める。
そして彼女は気配を消したままギアンがやってきた方に向かって走っていく。
——ギオウの近くの山中—————————————————————
(よしよし、よーし! 気付かれずに近づけたわ)
ギオウが巨体であるおかげで見つけやすかったこともあり、地上に出てからさほどかからずリリヴィアはギオウの近くに到達した。
ギオウ達との距離はおよそ100メートル程度。
山の木々に隠れながつつ、まだ相手からは見つかっていないことを確認すると、彼女は戦うための準備に取り掛かる。
(奇襲を確実に成功させるためにまずは……)
リリヴィアは持っていた【魔法の袋】から彼女の握り拳くらいの大きさの玉を取り出す。
(気配や魔力を完全にシャットアウトする結界を作り出す【ステルスボール】! これで結界内にいる限り、見つかる心配をせずに魔法が使える)
彼女は【ステルスボール】を地面に置き、側面にあるスイッチをONにして半径10メートル程の結界を起動させる。
ちなみに【ステルスボール】も【デビルブラックトリカブト】などと同じく彼女が作った物だ。
「光輝魔法〖セイントストレインセニング〗!」
リリヴィアが魔法を発動させると、彼女の身体は白くて淡い光に包まれる。
〖セイントストレインセニング〗は全ステータスを1.5倍に引き上げる魔法だ。
発動には少なくない<MP>を消費する上に効果の持続時間は10分程度。
さらには効果が切れると運動量に見合う疲労感が一気に押し寄せてくるので、あまり多用はできないのだが、ここぞというときに使う切り札としては十分強い。
ちなみに光輝魔法の上位である神聖魔法にはこの上位互換となる魔法スキルがあるのだが、リリヴィアはスキルレベルが足りないためまだ使えない。
リリヴィアが自分の冒険者証を見ると———
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<名前> :リリヴィア・ファーレンハイト
<種族> :人間
<ジョブ>:勇者Lv100/100
<状態> :全ステータス上昇(大)
<HP> :1000/1000
<MP> : 750/ 800
<攻撃力>:1275(850)+110
<防御力>: 750(500)+130
<魔法力>:1200(800)+100
<素早さ>:1050(700)
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———そこには魔法によって強化された数値が並んでいる。
「これで火力と機動力についてはギオウを上回ったわ。不意打ちから一気に畳み込んで、バフが切れる前に倒し切る!」
リリヴィアは自分の状態を確認すると大剣を右手に持ち、さらに体中の魔力を練り上げる。
バフの効果による白い光に加えて金色のオーラが彼女の周りをただよい、さらには圧倒的な存在感を放つ。
普通であればこれほど強力な気配と魔力を放っていれば、確実に敵に気付かれてしまうのだが、【ステルスボール】の結界によって気配も魔力も全て遮断されているため、ギオウ達に気付かれることはない。
「〖魔法規模拡大〗! 〖並行詠唱〗! 神聖魔法〖ホーリーレイ〗斉射!!!」
リリヴィアが左手をかざすと、〖魔法規模拡大〗スキルによって強化された直径1メートル程の白い光線が3つ同時に放たれる。
「ギ!?」
「ギィ!?」
「グ……」
3つの光線はそれぞれギダー、ギカンの胸部を撃ち抜き、ギオウにも命中する。
完全な不意打ちだったため、さすがのギオウも対処できずまともに喰らったのだ。
なお、ギダー、ギカンを撃ち抜いた光線はそのまま直進。
その片方がリオーネ達の頭上を通過した。
「うおぉおー!?」
「ひいぃっ!?」
「あぶ!?」
光線は地上から数メートル離れたところを通ったため、地面に伏せたり、しゃがみこむようにして隠れていたリオーネ達に直撃することはなかった。
だが大量の魔力が込められた光線から放たれる圧力が衝撃となってリオーネ達に襲い掛かり、彼らは思わず悲鳴を上げる。
「空間魔法〖短距離転移〗! からの〖オーラブレード〗!!!」
『〖堅鋼殻〗! グゥ……ッ!』
そんなリオーネ達のことなど知らないリリヴィアは一気に攻勢をかける。
彼女はギオウのすぐ近くに転移し、追撃となる斬撃を放つ。
攻撃を避けられないギオウは斬撃が当たる部分に魔力を巡らせて防御力を瞬間的に高める。
リリヴィアの大剣から放たれた斬撃はギオウに当たり、甲殻を砕き、ギオウの巨体を宙に浮かせ、数メートルほど押し込む。
「まだまだ! 一気に決めるわよ!」
『サセヌワ! 〖デッドリーアシッドオーラ〗!』
さらに突撃を敢行しようとするリリヴィア。
しかしそれを阻むためギオウは体中から紫色のオーラを噴出させる。
本能的に危険を感じ取ったリリヴィアは咄嗟に離れて様子を見ると、ギオウの近くにある草木が紫色のオーラに触れてみるみる溶けていく。
「ちいっ! 触れたものを溶かす強酸のオーラか……仕留め損ねたわ。」
改めてリリヴィアが大剣を構え直すと、その間にギオウの身体の傷がみるみる治っていく。
どうやら〖自己再生〗スキルを発動させたらしい。
『ギダー、ギカンヲ失ッタカ……貴様ハ本当ニ脅威デアルナ。認メテヤロウ……貴様ハ朕ノ全力デモッテ倒ス』
『ふふっ、燃えるじゃない。それなら全力の貴方を倒して私が勝つわ』
奇襲を受けて配下を失い、危うく自分も倒されそうになったギオウだが、必要以上に取り乱す様子はない。
あくまで冷静さを保ったまま、リリヴィアへの闘志を燃やす。
「先手必勝! 連続〖オーラブレード〗!!!」
数秒の睨み合いの後、先に動いたのはリリヴィア。
ギオウの周りを走りながらあらゆる方向から斬撃を飛ばす。
『フン、ヤハリ巣穴デノ戦イノ時ヨリモ強化サレテイルナ。ダガ、ダカラトイッテソウ容易ク朕ヲ倒セルト思ワヌコトダ!』
ギオウは6本の脚を巧みに操って不規則に動き回り、乱れ飛ぶ斬撃を器用に避ける。
外れた斬撃のいくつかがリオーネ達の隠れているところにも届く。
「……っ!」
「ぎゃあ!?」
「ひいっ!?」
斬撃は運よくリオーネ達に当たることはなかったものの、近くの地面を抉り、あるいは木々をなぎ倒す。
リオーネはまだ冷静さを保てているが、手下達の中の何人かはパニック状態になって悲鳴を上げていた。
しかし彼等の悲鳴がリリヴィアやギオウに届くことはない。
いや、正確に言えば届いてはいるのだが、両者とも目の前の強敵を倒すことにのみ意識を集中させており、その悲鳴はどうでもいいことだと無意識に切り捨てているのだ。
『……やるわね。でもその巨体で避け続けられると思わないことね!』
『当タル前ニ貴様ヲ倒セバヨイダケヨ! 〖デスニードル〗! 〖薙ぎ払い〗!』
リリヴィアは斬撃だけでなく魔法も織り交ぜて手数を増やす。
対するギオウは猛スピードで動き回りながらリリヴィアの攻撃を掻い潜り、機を見て反撃する。
リリヴィアもギオウもすさまじい攻撃の応酬を繰り広げるが、しかしお互いに回避能力が高く、放たれた攻撃は周囲の木々や地面を容赦なく破壊していく。
「ひいぃぃーー!? お頭ぁ! ここにいたんじゃ命がいくつあっても足りませんよ!!! 今なら逃げても気付かれねえと思いまーっす!!」
「ああ、そうだな。ただ闇雲に逃げるのもまずい! 全員、いったん後ろに見える尾根のところまで退くぞ! 魔獣に注意しろよ! いくら怖えからって、すっ転ぶんじゃねえぞ!」
「「「了解!」」」
戦いの余波でそこら中が破壊され砂塵や何かの破片が飛び散る中、リオーネ達は撤退を開始。
「ブルワーーー!?」
「グオッ!?」
リオーネ達だけではなく近くに潜んでいた魔獣達も恐慌状態となって我先に逃げだす。
そうしてその間にも戦いは激しさを増す。
「……なら、これはどう? 〖魔法規模拡大〗! 狂飆魔法〖ストームレインガー〗!」
『土魔法〖ピットフォール〗』
「な!? 落とし穴で自分を落として地中に逃れた!? だったら———」
『〖キャノンタックル〗!』
「———空間魔法〖短距離転移〗! まさか、追撃のために魔法を解除したタイミングで地面を突き破って突進してくるとは……」
強化した魔法で逃げ場のないほどの広範囲攻撃を行ったリリヴィアだが、ギオウに虚を突かれ、避けられた上に反撃までされる。
反撃自体は咄嗟の転移で避けたリリヴィアだが、全力の攻撃を上手く捌かれてしまい攻め切れない。
彼女は焦る心を抑えてベルトに下げている【魔法の袋】から【特製マナポーション】(リリヴィア謹製。回復量は通常の【マナポーション】の約10倍)の小瓶を取り出し、一気に飲む。
『ドウシタ? 攻撃ガ止ンダガ、マサカモウ魔力ヲ使イ果タシタノカ? 朕ハマダ余裕ダゾ?』
ギオウが少し離れたところから念話で挑発してくる。
『こっちだってまだまだ余裕よ!』
『ソウカ? 今飲ンダノハ魔力ノ回復薬ダロウ? 察スルニ、魔力切レニナッタタメ攻撃ヲ続ケルコトガ出来ズ、ソレヲ飲ンデ回復スル必要ガアッタノダト見エルガ?』
『それを含めてまだ余裕があるって言っているのよ! 回復薬は1本だけじゃないわ。私は例え魔力を使い果たしてもまた回復薬を飲めばいい。でも貴方は回復薬なんて持っていないでしょう? このままいけば先に戦えなくなるのは間違いなく貴方の方よ。それに貴方、さっきから紫色のオーラが消えているけど、既に余裕無くなってきてるんじゃないの?』
リリヴィアもまたギオウを挑発し返す。
『フフ。ソウ思ウナラ、マタ攻メテクルガヨイ。ドウシタ? 早クシナイト朕ノ兵ガ来テ邪魔スルカモシレヌゾ? ソレ以外ニモ、長引クノハ貴様ニトッテ不都合ガアルノデハナイカ?』
ギオウは余裕の態度を崩さない。
(この様子だとバフの時間制限も見透かされてるわね……)
リリヴィアはギオウを睨む。
(ああー、もう! 本っ当に手強いわね! こいつ、スキルや数値以上に駆け引きと勝負勘が厄介だわ! ……まあ、落ち着け。バフの効果はまだ後5分くらい続くし、バフが切れたとしても、不利になるだけで戦えなくなるわけじゃない。落ち着いて戦えば勝てない相手じゃないわ)
リリヴィアはそう自分に言い聞かせると、これまでの敵の動きや現在の状況を踏まえ、頭の中で戦い方を組み立てる。
数秒の思考の後、彼女はギオウ目掛けて一気に突っ込んだ。
『お望み通り攻めてやろうじゃないの!』
物語世界の小ネタ:
【ポーション】や【マナポーション】は小瓶1本分(だいたい200mlくらい)を飲むことで<HP>や<MP>を回復します。
1本当たりの回復量は品質によって変わりますが、一般的なもので30~50くらい回復します。
材料や作り手の技量次第で品質が変わり、回復量も増減します。
そしてリリヴィア謹製の【特製マナポーション】の品質は最上級クラスです。
仮にお店で売られたならさぞかし高値で取引されることでしょう。
ちなみに以前アルフレッドに飲ませた【ナイトメアEX】と違って副作用はありません。
 




