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第68話 【大蟻戦争】地上では(sideリオーネ)

——地上、ボス部屋の真上付近——————————————————


 「おい、様子はどうだ?」

 「あっ、お頭! 別に変わったことは何もないっすが、どうしたんです?」


 時刻は午前6時前。

 夜の闇が晴れ、周囲が少しずつ明るくなってきたころ。

 山の木々に隠れるようにテントがあり、そこから出てきた赤髪の男がテントの側にいた男に声をかける。


 彼らは【赤獅子盗賊団】。

 オットーの開拓村を襲って返り討ちに遭った彼らは、騎士団や冒険者による討伐を避けるため、とある魔境に用意した隠れ家を目指して逃げている途中だった。


 「ま、何もないんなら良い。ちょっと目が覚めちまって、寝直そうとしても眠れなくてな。ひょっとしたら何かあったのかと思って確認しただけだ」


 赤髪の男——【赤獅子盗賊団】頭目のリオーネ——はそう言って見張りの男の横に座る。


 「えー……勘弁してくださいよ。お頭のそういう勘、当たるんすから……気を付けねえとヤベエってことっすか……」


 見張りの男はげんなりした様子で周りを見渡すが、特に変わった様子はない。


 「かっかっか。ま、なるようになるだろ」


 分からないことを心配してもしょうがないと言ってリオーネと見張りの男は雑談を始める。


 「それにしても、【魔法の袋】って、持ってて良かったっすよね。嵩張るものでも簡単に持ち運べるし。今みたいに逃げなきゃならないときはマジで助かりますよ」

 「だろ。裏商人から買っといて大正解だったろ」

 「買った時は『何でこんな小さい袋に5万セントも!?』って思いましたけどね。しかもお頭が買ったのはそんなに多くは入らないって聞いて、完全に無駄遣いしたってみんな騒ぎましたね。はは。それでも、今回はテントや武器や食料やらを入れてたおかげで夜も雨風凌げるし、逃亡中に食い物探してうろついたりしなくて済むしで、大金出した甲斐があったなと思うっす」

 「ま、ぼったくられたのは間違いないがな。相場はたぶん1万セントくらいだろ」

 「やっぱり? っていうか5倍の値段で買わされたんすか……」

 「そう言うな。それに袋の容量だって、小さい方だと言っても馬車1台分くらいはある。それだけありゃ最低限の物は入れられるし、値は張っても買おうと思ったわけよ」

 「なるほど。さすがお頭っす」


 そんな風に話していると不意に地面が揺れ始める。


 「地震っすか?」

 「いや、見ろ!」


 リオーネが指を差した方向を見ると地面に穴が開き、どんどん広がり出した。


 「ええっ!? いったい何が!?」

 「分からん! とにかく他の奴らを叩き起こせ! 隠れるぞ! おい起きろ野郎共!」


 2人はすぐさまテントで眠っている他の仲間達を起こしにかかる。


 「ん?」

 「起きろ! なんか知らんがやべえ!」

 「ふぇ……って何あの穴!?」

 「さっさと起きろ! 死にてえのか!?」


 寝ている者の体を揺すったり軽く蹴ったりしながらとにかく急いで仲間を叩き起こす。

 ほどなく全員が目を覚まし、突如出現した穴に驚きながらも素早くテントなどを片付け、周囲の草木の陰に隠れる。


 「……」


 一拍の間をおいて、直径10メートルに達した穴から強大な気配がただよい始める。


 (お頭、とてつもない気配が近づいてきます。あの穴から)

 (俺も感じてる。ここも危険だ。もっと離れるぞ)

 (((了解)))


 誰も言葉を話さない。

 今この場で音を立てることがどれだけ危険か、彼らは本能的に理解していた。

 リオーネ達は無言のままハンドサインだけでやり取りを行い、一切の音を立てることなく慎重に穴から遠ざかる。


 (出てくるぞ。全員気配を消せ。一切音を立てるな)

 (((了解)))


 そうしていよいよ穴から何かが現れることが気配で分かると、リオーネ達はその場に止まって隠れる。


 直後に体長30メートルの巨大な蟻、ギオウが穴から這い出てきた。

 その巨体はそこらの木々など比べ物にならない程大きく、草木の生い茂る山でそこそこ距離をとっていたリオーネ達からもしっかりと確認できた。

 圧倒的な強者が醸し出すオーラがただよっており、そんな大物の登場にリオーネ配下の盗賊達は無言を貫きながらも冷静さを保てなくなる。


 (お頭、逃げましょう! 今すぐ!)

 (ヤバすぎっす! あんなのどうにもならないっす! 逃げなきゃ死ぬっす!)


 決して声を出さず、ハンドサインとアイコンタクトで必死に逃げようと訴える手下達。

 その顔は皆今にも泣き出しそうだ。


 (落ち着け! 絶対動くな! 今逃げたら見つかる! 却って危ない! 俺達はまだ見つかっていない。なんとかやり過ごせ)


 リオーネは浮き足立つ手下達を抑え、あくまで隠れ続けるように指示する。

 実際、動いたら即座に見つかって殺されかねないので、見つからない限りは下手に動かない方が安全だ。

 リオーネの指示によってある程度落ち着きを取り戻した盗賊達はとにかく必死に気配を殺し、自らの存在感を消す。


 一方、穴からはギオウの部下、ギダー、ギカン、ギアンが順に出てギオウの前に並ぶ。


 『サテ、コレカラ奴ヲ迎撃スルタメ、布陣ヲ整エル』


 ギオウは念話でそう言うと目の前の部下達に指示を出す。


 『ギダー、ギカンハ周囲ノ警戒ニ当タレ。タダシ、朕カラ離レルナ。各個撃破サレル恐レガアル』

 『『ハッ!』』


 側近の2体、ギダーとギカンには自分周辺の警戒、要するに自らの護衛を命じる。

 2体共命令に従い即座に周囲を見渡し、敵襲に備える。


 『ギアン、オ前ハ巣穴ノ兵ヲ出来ルダケ多ク集メテココニ連レテコイ。モシモアノリリヴィアトイウ敵ヲ見ツケタナラ、無理ニ戦ワズ朕ヘノ報告ヲ優先セヨ』

 『ハハッ!』


 そして捕虜になっていたギアンについては兵隊の召集を命じる。

 地下での戦いのときはロープでグルグル巻きにされていたギアンだが、脱出の際にロープを切ってもらい、また〖タイダルウェイブ〗を喰らったことで飛んでいた意識も既に戻っていた。

 捕虜にされた屈辱を雪ぐべく彼女は走っていく。


 『アマリ、状況ハ良クナイヨウデスナ』


 ギアンの後ろ姿を眺めながら、ギダーがギオウに話しかける。


 『ウム。ヤムヲ得ヌコトトハイエ、巣穴ヲ放棄シタウエニ敵ノ位置モ見失ッタ。周囲ノ兵達ヲ集メレバ問題無イト思ッテイタノダガ、見タトコロ近クニ兵ガ居ラヌ』


 この状況はギオウから見てもよろしくないらしい。

 彼等は先ほどのリリヴィアとの戦いで部屋ごと水に沈められそうになったため地上へと避難してきた。


 それが間違いだったとは思わない。

 あのまま部屋にいて溺死したり、やぶれかぶれに突撃して迎撃されるよりは、はるかにマシな選択だったと言える。

 しかし彼等は窮地を脱する代わりに安全な巣穴を捨てたうえ、リリヴィアの位置も分からなくなってしまったのだ。


 自分達が地上に移動した今、リリヴィアが地下にそのまま留まっているとは思えない。

 恐らくは自分達を追って地上に移動するはずであり、出来るだけ早く見つけ出さなければ彼女から不意打ちを受けることになる。


 『イツモナラバ、コノ辺リニモ多少ハウロツイテイルトイウノニ……』


 ギカンが「何でこんな時に限って~」と言いたげな様子で呟く。

 仮にいくらかでも兵隊がいたなら、周囲を見張らせて奇襲を防ぐことも、リリヴィアを探させることもでき、状況は自分達の優位に動くはずだったのだ。


 『兵ガ居ナイノハ、恐ラク偶然デハナイ。人間ニヨッテ倒サレタノデアロウ』

 『ウーム……アノ、リリヴィアトイウ敵デゴザイマスカ……』

 『或イハ別ノ人間ガイルノカモシレヌ。ドウヤラ、思ッテイタ以上ニ事態ハ切迫シテオルラシイ』


 ギオウは、味方のいないこの状況をただの偶然とは考えない。

 恐らくリリヴィアか、あるいは彼女の仲間によって討ち取られたのだろうと考える。


 優秀な指導者は常に最悪の事態を考えて動くもの。

 多くの兵に守らせていた巣穴の奥深くにまで攻め込んできた者がいるのだ。

 この辺りに別の敵が潜んでいても何らおかしくはない。


 「お頭、ひょっとしてあのバケモノ蟻、昨日狩った蟻共の親分じゃ……」

 「……かもな」


 もっとも、今回に限って言えばただの偶然だったのだが。


 【赤獅子盗賊団】は逃亡する中でたまたまここにやってきたに過ぎず、別にギオウ達を討伐しようとしているわけではない。

 この辺り一帯の蟻達を狩ったが、それも自分達の身の安全を確保するためにやったことである。


 そのタイミングが偶然リリヴィアの襲撃と重なったために、結果としてギオウを追い詰めることになったというだけなのだった。


 「俺らが蟻を狩ったせいで、復讐しにきたってこと!?」

 「ここって魔境じゃないんだよな!? どんだけやべえのこの国!?」


 一方で【赤獅子盗賊団】にとっても今の状況は最悪だ。


 彼等はリリヴィアが蟻の巣穴を襲撃していることなど知らないため、ギオウの出現を自分達が軽率に踏み入って縄張りを荒らしたせいだと勘違いするのも無理はない。

 「どうしよう」、「このままじゃバケモノ蟻に殺される」、などと相談というより悲鳴に近い声を上げる。

 もちろん大声を出して見つかるわけにはいかないので、小声でのひそひそ話でだが。


 「とにかく、まだ俺達は見つかっていない。だから下手に動くなよ」

 「もちろんっす! 絶対ここ生き延びて、さっさとこの国を出て隠れ家に行くんです」

 「よし。その意気だ。 ……もっとも、その隠れ家も魔境にあるから、十分危険なんだけどな」

 「へっ、魔境っていってもこの国よりはマシでしょ。 大体何なんですかこの国は! 村襲ったら俺らあっさり壊滅しちゃうし! 別に魔境に入ったわけでもないのに、どうみてもAランク級のバケモノが出てくるし! 国境ちょっと越えただけでこれだったら、内部は一体どうなってんだってんですよ!」


 手下の1人がそう言っていきり立つ。

 もちろん蟻達に見つからないように小声で。


 ちなみにだが、このアインダルク王国は比較的治安が安定している平和な国だったりする。

 Aランクモンスターが突然出てくるのも、普通ならあり得ない異常事態だ。


 ……なのだが、そんなことは知らない彼等からすると、これがこの国の日常なのだと思ってしまう。


 「まあ、何だ……そういうところもある」


 リオーネも手下を励まそうとしたのだが、現在進行形で窮地に立たされている身としてはそんなことしか言えない。


 「ま、さすがに俺らの隠れ家があるクリカラ山脈はここまでじゃねえでしょ。あそこも危険な魔境であることには違いがねえですが、いきなりあんなバケモノと出くわすなんてそうそうありませんよ」

 「だよな、さすがにここほど酷いところじゃねえよな!」


 手下達はそんなことを言い合う。

 実際には、ギオウは彼らの隠れ家のあるクリカラ山脈からやってきたのであり、彼らが向かう場所こそが正に危険地帯なのだが、そんなことは知らない。

 彼らにとってはこの国こそがこの世の地獄であり、ここに比べたらどこだって楽園なのだ。

 例え危険な魔物が蔓延る魔境であっても。


 それからしばらくして、どこからともなく放たれた白い光線によって、状況は一気に動くのだった。


 物語世界の小ネタ:


 この世界において、盗賊などの犯罪者を相手に商売をしたり違法な品物を扱ったりする非合法の商人は裏商人と呼ばれています。


 彼等は盗品であっても出所を聞かずに買い取ったり、犯罪者相手にそれを売ったりして金儲けをしています。

 大抵の場合、相手の弱みに付け込んで安く買い叩いたり、法外な値段で売りつけたりする悪徳商人です。


 リオーネ達のような盗賊はまともな商人からは取引してもらえないので、必要なものがあるときは仕方なく裏商人から仕入れています。


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