第63話 【大蟻戦争】間引きと捜索と買取と
——カノーラ村の集会所の入り口にて———————————————
「じゃ、行ってくるわね。巣穴の規模によっては明日までかかるかもだから、今日帰ってこなくても心配要らないわ」
「ああ、気を付けて行けよ。お前が負けるとは思わないが数の暴力は厄介だし、それに俺と戦ったオーガアントは物理特化の割に土魔法の使い方が上手かった。多分だけど巣穴にいる奴らも俺らが思っているよりも手強いぞ」
「ふっふっふ。敵が手強いからこそ燃えるんじゃない。楽しんでくるわ。じゃね」
リリヴィアはそう言うと蟻の巣穴があるという場所を目指して走っていった。
「うわ、速いなあの子。もう見えなくなった」
「エルさん!」
「やあ、アル君。娘のルールーを助けてくれて、本当にありがとう。落ち着いたら改めて何かお礼をさせてくれ」
「いえ、そんなにお気になさらず。それより、そちらももう出発ですか?」
「ああ、そうだ。一刻も早く動いて仲間を見つけなきゃならんからな」
「お気をつけて」
「ああ。君の方も、悪いが留守中村を頼むよ」
「はい。任せてください」
エルは仲間と共に出発する。
捜索隊は全部で8人。
4人1組で2班に分かれて村の南側と東側をそれぞれ探索することになっている。
可能であればもっと多くの人員を割いて村の周辺をくまなく探したいところだが、戦える者が限られているうえに村の守りにも最低限の人手を割かなければならない関係でこれ以上は動かせない。
ちなみになぜ南と東を探すのかというと、蟻の巣穴があるキーツ山が村の北西にあり、今回襲撃してきた蟻達も北西方向からやってきたので、逃げた者はその反対側である南や東にいる可能性が高いと考えためだ。
見送りが終わった後、アルフレッドは近くで蟻素材の買取査定を行っているメノアに話しかけてみる。
「お疲れ様です。メノアさん。査定の方は順調ですか?」
「お疲れ様。アル。一応、今のところは順調よ」
メノアの前には蟻の死骸が次々と村人達の手によって運び込まれている。
そしてメノアが損傷の程度を確認して「傷無し」、「傷小」、「傷中」、「傷大」と4つにグループ分けし、それに従って村人達がグループ毎に別々に置いている。
最初はアルフレッドもその作業を手伝おうとしたのだが、村長から「せめてこのくらいは村の者でやりたいので君は休んでいてくれ」と言われ、メノアからも「アルは何かあった時にすぐ動けるようにしていた方がいいわ」と言われたのでそれに従っている。
「そっちこそ、足の調子はどう?」
「大丈夫です。さっき少し動いて確認しましたが、全然問題なく動けます」
「それは良かったわ」
「時にアル君、ちょっと良いかな?」
アルフレッドとメノアのやり取りを聞いていた村長がアルフレッドに話しかける。
「何ですか村長さん?」
「うむ。お金の分配についてもう少し詳しく詰めたいんじゃ。ここに運んでいる蟻達はアル君と村の者達で仕留めたもので、基本的にアル君が仕留めた分の素材のお金はアル君に渡して、村の者が仕留めた分についてはわしらが受け取ることになっているわけじゃが……」
「ええ」
「実際にどの個体をどちらが倒したのか判別が難しいうえに、お互い何体倒したのか正確な数が分からない。なので全ての素材を売って得た金額を、双方の仕留めた数の大まかな割合で分配することになった」
「はい。その通りです。俺が仕留めた数と、村の人達が仕留めた数は大体同じくらいなので、結局半分ずつ受け取ることになりましたよね」
「うむ。下位種のキルアントや鎧アリなんかはそれで良いのじゃが、問題はあのオーガアントやバレットアントなんかの上位種じゃ。オーガアントは間違いなくアル君が仕留めたものじゃし、バレットアントについてもアル君は亜種を含めて3体、わしらは1体だけ。この分まで山分けにしてしまったらアル君は損をしてしまうじゃろ? わしらとしても君の取り分まで横取りしたいわけじゃないし」
本当のことを言えば、村長は少しでも多くの金が欲しい。
現在村は蟻の襲撃によって壊滅的な被害を受けており、今後村の復興に尽力しなければならない。
そしてそれにはどれだけの金がかかるか分からない以上、出来るだけ多くの金が欲しいのだ。
だがしかし、村を救ってくれた恩人に損をさせてまで金儲けに走るのは違うと自分に言い聞かせて、あくまで公正な分配を心掛けたのだった。
村長のピピンは義理堅い性格なのである。
「ああ、確かに。あまり深く考えてなかったですが、村長さんの言う通りですね」
「というわけで、オーガアントについては全てアル君の取り分、バレットアントについても4分の3がアル君で、残りをわしらが受け取ることにしようと思う。それで良いかの?」
「はい。こっちはその方が多く受け取れるので。村長さん達がいいならそれでお願いしたいと思います」
「うむ。メノアさん。そういうわけでお手数じゃが、上位種については別で金額を出してもらえないかの?」
「承りましたわ。お心遣いありがとうございます」
メノアもアルフレッドも、村の事情を踏まえてなおこちらへの義理立てを忘れない村長に感謝した。
現在時刻は午後3時。
集会所での会議が終わり、会議で決めたことに沿って皆さっそく動き出していた。
——数分後、キーツ山の中腹にある蟻の巣穴にて——————————
「よーしよし。巣穴は問題なく見つかったわね。中から蟻っぽい気配がいっぱいあるし」
リリヴィアはカノーラ村を出発して数分後には早くも目的地に到着していた。
普通の人間が歩けば3時間くらいかかる道のりなのだが、リリヴィアが本気で走ればあっという間についてしまうのである。
来る途中に数体の鎧アリがいたが、それも彼女の足止めにはなり得ない。
リリヴィアは速度を落とすことなく、剣の一振りで全て仕留めていた。
また、初めての場所で迷わずに蟻の巣穴を見つけられるかという問題についても、予め村人から目印になる岩や木などを教えてもらったことと、それらをスムーズに見つけることが出来たことで、結局ほとんど時間がかかることはなかった。
「しっかし大きいわね。蟻の巣穴っていうよりもはや洞窟じゃない。まあ体長3メートルあるオーガアントが出てくるくらいなんだから、当然と言えば当然なんだけど」
巣穴と聞けば普通は石の下などにある小さな穴を思い浮かべるが、ここにあるのはそのようなかわいらしいものではなく、彼女の言う通り洞窟といって良いほど大きな横穴だった。
巣穴の入り口は横幅が約7メートル、高さは約4メートルと人間が数人並んで入れるほど広い。
巣穴の中は緩やかな下り坂になっており、苔の生えた壁や天井がずっと続いている。
(入り口周辺に敵は無し。というわけでさっそく入りますか)
リリヴィアは躊躇うことなく歩き出して巣穴の中に入る。
一見無造作で油断しているようにも見えるが、実際には〖気配察知〗などの索敵スキルをフル稼働して周囲を警戒しているので、本当に油断しているわけではない。
そうしてしばらく歩くと、前から蟻の大群が現れる。
「鎧アリにキルアントにバレットアント……あ、オーガアント発見! こいつの素材欲しかったのよね! 軽くて丈夫っていうなら色々使えそうだし、ぱぱっと倒して素材をいただくわ!」
リリヴィアは、それはもう楽しくてしょうがない、という感じで蟻の大群に突撃していくのだった。
——約1時間後、カノーラ村から少し離れた森の中にて———————
「あ、いたぞ。おーい、お前ら無事か?」
「あ、エル! お前無事だったのか!」
エルは村の仲間の獣人3人を見つけて声をかける。
彼の考えた通り、逃げ出した者は結構いるらしい。
彼らが自分達を見捨てて逃げたことに思う所はあるものの、しかし誰だって命は惜しい。
それにあくまで民間人であって訓練を受けた兵士ではない以上、命を捨てて戦えというのは酷だ。
そのため、エルはその点を責めることはせず、彼らが村に戻るように促す。
「ああ。運良くな。あと村も助かったぞ。攻め込んで来ていた蟻共は追い払った。だからお前らも戻ってこい」
「そうか! 良かった。ありがとう」
「ところで、他に逃げた奴を知らないか? いま行方不明になった奴を探しているところなんだが……」
「ああ、それなら南の村に避難するって言ってた奴らがいたぞ。実は俺らもそいつらと一緒にそこに向かっていたんだが、途中でキルアントの群れに出くわしてな。こうして隠れていたんだ」
逃げて隠れていた獣人達は自分達を見つけてくれたエルに知っていることを伝える。
ちなみに、カノーラ村は周囲の町や村からは離れたところにあるため、隣の村と言ってもかなりの距離がある。
仲間が目指しているという南の村についても、歩いてだと片道5時間くらいかかるのだ。
「分かった。とにかくお前らはもう村に戻れ。途中で蟻と出くわすかもしれんから気を付けて行けよ。俺達は南の村までの道を探してみる」
「ああ。分かった。お前らも気を付けてな」
時間的に南の村まで行くことはできないが、それでも途中の道に他の仲間がいるかもしれない。
少なくとも闇雲に探すよりは可能性が高い。
そう考えたエル達捜索隊は見つけた者から得た情報を基に、さらに捜索を続けるのだった。
——さらに約2時間後、カノーラ村の集会所の入り口にて——————
「うーん……」
メノアは集会所の前に置かれたオーガアントの死骸を見ながら唸っていた。
現在時刻は午後6時、夕方である。
既に蟻の死骸は集め終わっており、村人達は見張り以外のほとんどが自分の家に帰って荒らされた家の片付けをしたり、置いたままにしていた貴重品を回収したりしている。
彼女が行っている査定の方も鎧アリやキルアントについては既に終わっている。
残りはオーガアントやバレットアントといった上位種の査定だけなのだが、その査定でいくらの値を付けるか、ということに悩んでいるのである。
「あの、メノアさん……そこまで厳密じゃなくても、大体でいいのでは?」
「そうじゃそうじゃ。ちょっとくらい相場と違っとっても別に文句言わんから」
アルフレッドと村長が悩み続けるメノアにそんなことを言ってみる。
「ダメよ! こういうのはきっちりしておかないと。2人とも厚意で言ってくれていることは分かるけれど、お金や物のやり取りをなあなあで済ませておくと、お互いのためにならないわよ! 相手が何も言わないからと言って、甘えていては自分が堕落したダメ人間になってしまう。逆に嫌われたくないからと相手を甘やかしていると、変に増長させてしまって、要求がエスカレートしたり他の人にまで迷惑をかけたりし出すのよ! だから、この査定も過不足なく適切な値段を付けなきゃいけないの!」
「「あ、はい。すみません……」」
普段落ち着いているメノアが珍しく強い口調で反論する。
どうやら彼女にとっては譲れないポイントらしい。
すっかり気圧されて小さくなる2人。
「とは言っても、私はキルアントまでしか扱ったことないから、バレットアント以上の蟻素材については相場を知らないのよね……このオーガアントの値段はいくらが妥当なのかしら……毒で仕留めたから甲殻に傷はないし、すごく頑丈だし、重さについても体のサイズからすると十分軽い。それにお尻の毒針も無事だから……となると考えられる使い道も……」
メノアはブツブツと独り言を言いながらオーガアントの死骸の前を行ったり来たりし始める。
「そう言えば、似たような素材の話を以前聞いてメモしていたわね。アレ参考になるかしら?」
今度は立ち止まって懐からメモ帳っぽい羊皮紙の束を取り出して確認する。
「ああ、でもこれは……一応の参考にはなるけど、ここがこうだから……」
(なんか、めちゃくちゃマジだ……目つきが違う……)
(なんと言うか、さすが商人じゃの。金が絡むと迫力が違う……)
アルフレッドと村長が何も言えずにもはや置物と化している中、メノアの査定はまだまだ続く。
金額が決まったのはすっかり暗くなった後だった。
物語世界の小ネタ:
メノアは商売については妥協しない性格なのです。




