第62話 【大蟻戦争】カノーラ村会議
——カノーラ村の集会所にて———————————————————
「それでは改めて、わしがカノーラ村の村長を務めているピピン・ブルグムです。この度は私共の村の窮地に馳せ参じていただき、感謝の念に堪えません」
麦畑での戦いが終わって約1時間後、アルフレッド達はカノーラ村の中央にある集会所に集まっていた。
戦いのあと、アルフレッドがその場で座り込んで休憩していると、割とすぐに村人達が様子を見にやってきて、まず村人達と合流。
その後、リリヴィア、メノアが村に到着してリリヴィアの回復魔法でアルフレッドを含む怪我人の治療を実施。
一度村の外へ逃げていたルールーやニール達も戻ってきて、改めて皆で集まって状況を整理する流れとなり、そうして村の集会所に集まったのである。
村長ピピンの丁寧なお礼から始まった話し合いに参加しているのは以下の通り。
・カノーラ村の村長ピピン
・アルフレッド、リリヴィア、メノア
・ピピンと共に村の中央に立てこもっていた村人達の内数人(ルールーの父親含む)
・一旦外に逃げていたニール達
ちなみにルールーや麦畑でアルフレッドと一緒に戦ったネイジアは子供であるためこの話し合いには参加しておらず、同じ集会所の別室でそれぞれの母親や他の子供達と一緒に過ごしている。
「———それで、今回の襲撃に関してなのですが、実は今年になってから蟻の魔物が急に増えまして、それを受けて領主のウーヌング伯爵が兵を率いて討伐するという話になり、昨日その討伐を実行するという通達を受けました。そして———」
最初に村長からのお礼を受けてからいくつかのやり取りがあった後、今回の襲撃に関する具体的な経緯や村の被害状況等の説明がなされる。
村長の話を要約すると以下の通り。
襲撃された経緯 :
・今年になってからこの辺り一帯で鎧アリやキルアントなどの蟻系の魔物を多くみかけるようになった。
・昨日、この地の領主であるウーヌング伯爵から増えた魔物の討伐を実施するとの通達があり、実際に伯爵が領軍を率いて蟻の巣穴があると思われる場所へ向かっていった。
・討伐の結果についてはまだ連絡が来ていない。
・今日の朝、蟻系魔物の大群がカノーラ村を襲撃して多くの村人を殺傷し、村のほとんどを占領した。
・カノーラ村の村人は急な襲撃を受けて村中央にある集会所に立てこもるか村の外に逃げ出した。
・村長は障壁を発生させる魔道具を所持しており、それを使用して蟻達の襲撃を凌いでいたところ、アルフレッドがやってきて村にいた蟻達を撃破した。
状況 :
・およそ200人いた村民のうち、無事が分かっているのは60人ほどであり、他は殺されたか、もしくはニール達のように村の外に逃げてまだ戻ってきていないかのどちらか。
・具体的な数はまだ分かっていないが多数の村人が死亡したと思われる。
・人間以外にも多数の家畜や家や畑が被害を被っている。
・村を襲撃した蟻の数は恐らく200~300体程度。
・倒した蟻の数はアルフレッドや村人達が倒したのを合わせても100~150体程度。
・現在村の中には蟻の姿はないものの、いまだに相当数の蟻が周辺にいるものと見られる。
・村が襲撃されたことの報告および領主によって行われた討伐結果確認のため、先ほど村長の息子が馬に乗って出立した。領主館までの距離を考えると向こうに着くのは夕方で、こっちに帰ってくるのは早くても明日になる見込み。
「聞けば聞くほど深刻ですわね……行方不明の方々や討伐に向かった領軍の安否も心配ですが、蟻達がまた襲撃してきた場合の対処や荒らされた村の復興も考えないと……」
「メノアさんの言う通り。頭の痛い問題ですじゃ……」
村長のピピンは頭を抱えて項垂れる。
今年で75歳になるという老齢のピピンは深いシワが刻まれた顔をプルプルと震わせ、白い猫耳もペタンと伏せられて平らになり、元々小柄な身体が一層小さくなったように見えて今にも消え入りそうである。
「とりあえず、1つずつ順番に考えてみましょう。まずは行方不明の方々についてですが……」
メノアが話を続ける。
何とか元気づけたいけれど、下手なことは言えないし……とりあえず、何か希望が持てるようなネタが無いかなあ……という表情で。
「村の中については皆で手分けして一通り見回りましたが、残念ながら誰もいませんでした。生きている者がいるとすれば外に逃げていた場合ですが、探そうにもどこにいるか分からないとなると……」
そこまで言って黙り込んでしまう村長。
「外はいま、どこに敵がいるか分からないような状況で単独行動は危険。さらに村の防衛にも人手を割かねばならない上に戦える者はそれほど多くないときている……」
エルという名の獣人の男性がその先を続ける。
彼は村一番の狩りの達人で、村の防衛隊長みたいなポジションに立っていて、ついでにルールーの父親だったりする。
彼が言ったのは、要するに大がかりな捜索隊は出せない、ということである。
しかし、彼はそこまで言ったうえで、居住まいを正してこう言った。
「ですが、自分は敢えてそのうえで、捜索隊を出して生き残りを集めるべきだと思ってます」
「ふむ。その理由は?」
「1人でも多くの戦力を集めるためです。はっきり言っちまいますが、討伐に行った領主様の軍隊は敗けたんでしょう。領主様を頼れない以上は自分達で何とかするしかないし、そのためには数が必要です。自分は、蟻達と戦っている最中に外に逃げ出している奴らを何人か見てます」
エルはちらっとニール達を見る。
ニール達はバツが悪そうに顔を背ける。
だってしょうがないじゃん、と言いたげな感じで。
「村長、生き残りは絶対います! そいつらを村に戻して協力させましょう!」
「お主の言うことは分かるが、捜索隊を出している間、村の守りはどうする?」
「それについて相談なんですが、メノアさん、護衛のお二人を1日貸してはいただけないでしょうか? もちろん報酬の方はきっちり支払わさせていただきます」
エルはメノアの方を向いて頭を下げる。
メノアはちらっとアルフレッドとリリヴィアの方を見て、特に反対しそうにないことを確認するとエルに返答する。
「私としては構いません。大変な時はお互い様ですから。2人はどう?」
メノアがアルフレッドとリリヴィアに聞いてみる。
たぶん、問題ないだろうなと思いつつも一応確認しておこうかな、という感じで。
「俺もメノアさんがいいなら協力しますんで、何でも言ってください」
アルフレッドの方はメノアの予想通り了解の意を示す。
「私も別に問題ないんだけど、一ついいかしら?」
リリヴィアの方は提案があるらしい。
「何かしら?」
「皆さんは捜索や村の防衛に当たるとして、私自身は蟻の巣穴に行って間引きを行いたいの」
「その理由は?」
「今後の被害を減らすためよ。蟻みたいな虫系の魔物はとにかく繁殖力が高くて一気に増える。余裕がないからってこのまま放っておくと、来年以降も毎年襲われてしまうわ」
「えええ!? そんな……」
「でも、確かに虫って一度にいっぱい卵産むイメージよね……」
リリヴィアの言葉を聞いてそれまで静かに聞いていた他の村人達が一斉にざわつき始める。
皆今のことでいっぱいいっぱいであり、今後のことを考えていなかったのだ。
「今後のことを考えたら、今の内に無理にでも蟻の数を減らして、出来るなら女王蟻を倒しておく必要がある。だからその役を私がやりたいのよ」
リリヴィアの説明を聞いて、皆黙り込んだ。
そしてリリヴィアに言われたことを各々考える。
「リリヴィアさんと言ったの」
「あ、呼び名はリリでいいわよ。村長さん」
「ではリリさん。貴女の言うことは分かった。確かに今後のことを思えば、今の内に敵の数を減らすべきというのはその通りじゃが、少し危険すぎないかの? 聞いた限りじゃと、まるで貴女1人で何百体いるかも分からない敵の巣穴に突撃しようとしているように聞こえるんじゃが……」
数秒の間をおいて、村長がリリヴィアに質問する。
彼女の言う間引きの必要性は理解したが、彼からすると自殺行為に思えてしまうのだ。
村のために戦ってくれるというのはありがたいのだが、さすがに死なれるのは目覚めが悪いので、思いとどまってほしい。
「ええ。その通りよ。私1人で突撃するつもり」
リリヴィアは心配する村長にあっけらかんと返す。
「えっと、それは大丈夫なのかね?」
「もちろん。大丈夫だから言ってるのよ。心配してくれるのはありがたいけど、私だって死ぬ気はないわ。上手く戦って、蟻の数を減らしたら殺されないうちに引き上げるわ。女王蟻を倒すのも本当にできればの話よ。女王蟻については私が倒せなかったとしても、領主様や国に掛け合って改めて討伐してもらえばいいわけだから、命を捨ててまでやるわけじゃないわ」
(あ、これ蟻が全滅するまで引き上げる気が無いやつだ。正直に言ったら許可貰えそうにないから、適当に言ってるだけだ)
リリヴィアの言葉に村長や他の村人達はややほっとした様子を見せるが、アルフレッドだけはリリヴィアの本心を見抜いて若干呆れていた。
ただしアルフレッドにしてもリリヴィアの言うことが最善策だと思っているので、あえて何も言わずに黙っている。
「なるほど。アルフレッドさんはリリさんの言うことをどう思う?」
「俺のこともアルでいいですよ。村長さん。それで、どう思うかについてですけど……リリについては、こいつのやりたいようにやらせておくのが良いと思っています」
「ふむ」
「リリは俺よりもずっと強いです。村を襲ったオーガアントと戦ってもこいつなら負けません。それに強力な魔法も使えますから大勢の敵をまとめて倒すこともできますし、囲まれたとしても突破して逃げ戻ってくるくらいは十分やってのけます」
「なるほど」
「本来なら、こういうことは領軍や騎士団なんかに任せて下手なことはしない方がいいんですが、今の状況はみんなが知ってる通りで……その辺を考えるとリリが蟻の間引きを行うのが最善じゃないかと考えています」
「ふむふむ。分かりました。リリさんの実力については我々などよりアルさんの方が良く知っていることじゃろうし、そういうのであればそうなんでしょうな。それであれば、リリさんには蟻の間引きをお願いさせていただくとしましょう」
村長はアルフレッドの言葉を聞いてリリヴィアの提案を受け入れることにした。
アルフレッドは1人で数十体の蟻を倒したことで、かなりの信頼を勝ち得ていたのだった。
「それで、報酬についてなのじゃが、いかほど出せれば良いじゃろうか? もちろん、こちらとしてはできる限りそちらの要望に応えたいと思っておるが……」
「2人共、何か要望はあるかしら?」
「ああ、私は特に要らないわ。協力すると言っても、蟻の巣穴に突撃するのは私が言い出したことで、好きにさせてもらえることになったわけだし。あえて言うなら、契約の延長料金くらいかしら。メノアさんが私達を雇う時に交わした契約だと、護衛が1日延びるごとにメノアさんが支払う料金が増えることになっているから、その分をメノアさんに支払ってくれればいいわ。あとついでに蟻の素材についても私が倒した分は私の物ということにしてほしいわね」
「俺もリリと同じでいいと思ってます」
「ふーむ。分かりました。ちなみに、契約の延長料金の額については?」
「延長料金の額については、彼らのランクの冒険者を雇う上での一般的な相場通りとなっています。リリはDランクなので1日100セント、アルはEランクなので1日50セントです」
冒険者を護衛として雇う場合、報酬額はその冒険者のランクによってだいたい決まるのだ。
一般的にランクの高い冒険者ほど能力も高いため、それに見合う報酬を出さないといけないわけなのだが、その点この2人のランクはそれほど高くないため、報酬額も控えめになる。
「ほう。そのくらいで良いのですか?」
村長ももっと高額を予想していたので、つい聞き返す。
「ええ。2人が良いと言っていますし。そうそう、ところで私からも良いでしょうか?」
「何でしょうか?」
「今回倒した蟻の素材を買い取らせてほしいのです。アルが倒したのは彼の取り分としても、村の方々も数十体は倒したのですよね?」
「はい。もちろん構いませんが、アレが何か役に立つので?」
「はい。鎧アリやキルアントの甲殻は丈夫な割に軽く、上手く加工すれば鎧などの防具だったり家具だったりと様々な用途に使えます。ですので、街のギルドなどに持ち込めばそこそこの値段で買い取ってもらえるのですよ」
「そうなのですか! いえ、こちらとしてもありがたいお話ですじゃ。是非ともお願いしたいくらいです」
「ちなみに、イーラやアルタの相場では鎧アリは1体5~6セント、キルアントは1体15~20セントほどで買い取られています。もちろんこれは傷が全くない場合の値段であり、損傷の程度によって値段も下がってしまうため、相場通りの金額にはならないでしょうが、今回は数が多いので全部でそれなりの値段になるかと」
「分かりました。皆に言って集めさせましょう」
その後、彼らは村の復興やら防衛に関する作戦など色々と話し合い、そうして決まった方針を基に動き出すのだった。
物語世界の小ネタ:
ギルドは冒険者に対する依頼斡旋の他にも色々な仕事を手広くやっています。
冒険者でなくても素材を持ち込めば買い取ってもらえたりします。




