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第61話 【大蟻戦争】赤蟻撃破

——カノーラ村のとある麦畑にて—————————————————


 オーガアントとバレットアントはアルフレッドのいる区画に入ると2手に分かれて歩き出す。

 また土魔法で作り出した土壁の上には数体のキルアントが巡回しだす。


 アルフレッドが潜んでいる畑はそこそこの広さがあったのだが、蟻達の土魔法によって作り出された高さ1メートルほどの土壁によって4つの区画に分断されてしまい、1つ1つの区画はだいぶ狭くなってしまった。

 さらに壁の上を配下の蟻が歩くことで包囲網も狭められた。


 (……どう考えても隠れ続けるのは無理だな。都合良くリリヴィアが到着してくれるとも思えないし。一か八か、やるしかないか……)


 アルフレッドは蟻達に見つからないように隠れつつ覚悟を固める。

 畑の麦はアルフレッドが地面に伏せている間は彼の姿を隠してくれる一方で、動けば穂が揺れて蟻達に位置を伝えてしまう厄介なものでもある。

 それに加えて逃げ回る場所も制限されている現状では、遅かれ早かれ覚悟を決めて戦うしかないのだ。


 (やると言ってもまともに戦ったら確実に殺されるわけで、あの赤蟻をどうにか倒せる方法を考えないと……使えそうなのはたまたま持ってたこいつか)


 アルフレッドは背中の背嚢からドクロマークのついた小瓶を取り出す。

 それは前日の夜にリリヴィアからもらった【デビルブラックトリカブト】。


 鍛錬用に持っていた物であって、戦闘用に持っていたわけではないのだが、この際そこはどうでもよい。

 この毒の強烈さは身をもって確認済なので、おそらくはオーガアントも倒せるはず。

 ちなみに小瓶のドクロマークは間違って飲まないようにするための目印として昨晩アルフレッドが描いたものだ。


 (問題はこれをどうやって赤蟻に喰らわせるかだが……さっき赤蟻とやり合った時の感触だと、剣に塗って斬りつけても甲殻が固すぎて傷つけられるか微妙なんだよな。やっぱり噛みつこうと口を開いたところに放り込むしかないか……仮にそれが上手くいったとしても他の蟻達をどうするのかって問題もあるんだが……)


 アルフレッドが考え込んでいるとバレットアントが近づいてくる。

 ガサガサッという足音が近づいてくるのを聞いたアルフレッドはもう隠れていられないと考えを切り替える。


 (まずは手下のこいつを剣で倒す。赤蟻はその次だ)


 アルフレッドは改めて敵の位置を確認する。

 バレットアントはもうすぐアルフレッドのところに来る。

 オーガアントは少し離れた所を歩いている。

 離れていると言っても走れば数秒で詰められてしまう程度の距離だが、その間はバレットアントと1対1の戦いが出来る状況だ。


 畑の周りを囲む蟻達とは距離があるうえに、ここまでの経緯からすると襲い掛かってくるよりはその場に留まって包囲網を維持する可能性が高い。

 土壁の上を歩いているキルアント数体は割と近いところにいるものもいるが、こちらも他の蟻達と同様に包囲網の維持に回る可能性が高い。


 (よし、やるぞ!)


 確認が終わったアルフレッドは手に持っていた毒入りの小瓶をベルトの腰袋に入れていつでもすぐ取り出せるようにしたうえで、最後の1つとなった【ポーション】を飲み、先ほどの戦いで出来た打撲や擦り傷を治す。

 そして<HP>が全快したことを感じながら両手で剣を持つ。


 「〖鎧通し〗!」

 「ギァ!?」


 バレットアントが十分近づいた瞬間を狙い、アルフレッドは渾身の力を込めて剣を突き出す。

 アルフレッドの剣はバレットアントの胸部に突き刺さる。

剣を突き立てられたバレットアントは悲鳴を上げながらも現れたアルフレッドに噛みつこうとするが———


 「うおりゃあーーー!」


———アルフレッドはそれより早く踏み込み、突き立てた剣を背負うようにして背負い投げの要領でバレットアントを地面に叩きつける。


 「すぐにトドメを———」

 「クチャアー!」

 「———あぐっ!?」


 その直後、突き立てた剣を引き抜いたところでアルフレッドの側頭部に衝撃が走った。

 少し離れたところにいたオーガアントが配下を救うために土魔法の〖クレイガン〗を飛ばして援護射撃をしたのである。


 「ギギィー!」


 オーガアントは物理特化型である分魔法力は控えめなため、〖クレイガン〗は致命傷にはならないが、それでも兜越しの衝撃でアルフレッドを一瞬怯ませるくらいの威力はある。

 そして怯んだ瞬間を捉えてバレットアントがアルフレッドの胴体に噛みつく。

 さらに体を曲げてお尻の先についている毒針をアルフレッドに突き立てようとする。


 「ぐっ! この!!」


 バレットアントの牙はアルフレッドの鎧をわずかに貫いて体に突き刺さるが、アルフレッドはその痛みに耐えて追撃の毒針攻撃が届くより早く剣をバレットアントの頭に突き立てて倒し切る。


 (ふぅー、まずは手下を仕留めた。……っ!?)


 バレットアントを仕留めたことを確認してほっとしたのも束の間、彼の〖危険察知〗スキルが反応し、彼はほとんど反射的に横に跳ぶ。

 その直後、アルフレッドのいたところ目掛けてオーガアントが突進してきた。


 「ギギ……」

 「あぶねぇー……だが、ここからが本番だ」


 苛立ったような鳴き声を出しながらアルフレッドの方を向くオーガアント。

 対するアルフレッドは急いで立ち上がり、右手に剣を構えて左手には例の小瓶を持ち、その蓋を緩めてスタンバイする。

 両者睨み合うこと数秒後、


 「クチャ! クチャー!」

 「うおっ!? く、なんの!」


 オーガアントが仕掛ける。

 素早くアルフレッドに詰め寄り、連続で噛みつき攻撃を敢行する。

 オーガアントの攻勢を受けたアルフレッドは慌てて後ろに下がりながら身を捩って躱す。


 毒入りの小瓶をオーガアントの口に入れようとしているアルフレッドにとって噛みつき攻撃はむしろ歓迎すべき攻撃なのだが、オーガアントの<素早さ>はアルフレッドのそれの約1.5倍である。

 回避に精一杯で、とてもではないがカウンターで口の中に瓶を放り込むことはできそうにない……


 「あっ!?」


 1撃目、2撃目……と息つく暇もなく繰り出される攻撃をアルフレッドは必死で躱し続けるが、そうする内に無理な体勢になってしまい、麦に足を取られて背中から倒れ込む。


 「ギギィイィ……」

 「落ち着け、落ち着け俺! これはピンチじゃなくてチャンスだ……」


 恐らくは「捕まえたぞー」的なことを言いながらオーガアントはアルフレッドの身体を前足の1本で押さえつけて狙いを定める。

 アルフレッドは込みあがってくる恐怖心を抑え込むため、自分で自分に言い聞かせる。


 「ギギー!」

 「今だ!!」


 アルフレッドは〖思考加速〗スキルを全力で発動し、オーガアントが彼に牙を突き立てるために口を開いた瞬間を捉え、その一瞬で左手に持っていた小瓶を投げ込む。

 予め蓋が緩められていた小瓶は投げられた瞬間蓋が外れてオーガアントの口の中に中身がこぼれ出す。


 「ギ、ギィアァアァァアーーーーーー!!!」


 オーガアントは断末魔の悲鳴を上げながら仰向けに仰け反り、ひっくり返ってピクピクと痙攣し……数秒後には口から紫色の煙を吐き出しながら息絶えた。


 「や、やった……っていうか【デビルブラックトリカブト】、こうしてみると滅茶苦茶やばいな……Cランクのオーガアントが小瓶1本でほぼ即死って……Cランククラスだったら生半可な毒は効かないもんなんだけど……」


 アルフレッドは起き上がりながら、改めて自分が持っていた毒の強烈さを実感する。

 「コレ、耐性レベルを上げるために今後も食べ続ける予定なんだけど、やっぱり考え直した方がいいかも……」なんてことを思いながらも、思考を切り替えて周囲の様子を見渡すと……


 「ギ!? ……ギギ……」

 「クチャ、クチャ!」

 「ギギギ!!」


 周囲を囲んでいる蟻達は目に見えて動揺し始めるものの、アルフレッドに対して走り出してきた。


 「くそ、やっぱ逃げ出しちゃくれないか。いやたぶんそうだろうなと思ってたんだけどさ……でもひょっとしたら物語みたいに、敵のボス倒したら手下は逃げ散ってくれるんじゃないかって考えちゃうんだよ……うん、そんな都合良く行かないってのは分かってたんだ……」


 物語であれば敵の大将を倒したら、そこで戦いが終わるものなのだが、蟻達は大将であるオーガアントを倒してもまだ立ち向かってくるらしい。


 右足が上手く動かないハンデを背負ったままなんとか強敵を倒したアルフレッドだが、そのおかげで精神的にも肉体的にも疲労感がひどい。

 1体1体はそれほど強くないとはいえ、休む間もなく数十体の蟻達と戦わねばならないのはかなりまずい。


 「ええーっと、何かないか、何か……」


 アルフレッドはどうにか生き延びるため、必死に打開策を考える。

 すると〖思考加速〗スキルによって引き延ばした時間の中で、不意に脳裏に過去の修行時代の記憶が蘇ってきた。


——回想開始 数年前、リンド村にて———————————————


 この日、アルフレッドはリリヴィアの父親でかつ自身の師匠であるエリックから、対集団戦の特訓を受けていた。


 「「「アル、戦いの中に身を置く以上、いずれ1人で多数を相手取ることもあるだろう。ゆえに今日は多数の敵を相手に戦うための特訓を行う!」」」


 アルフレッドがいるのはエリックの家の庭で、彼の目の前には3人(?)になったエリックが木剣を持って並んで喋っている。

 姿だけでなく声まで3箇所から同時に聞こえてくる。

 ちょっとした怪奇現象である。


 「……エリック師匠、分身できるんですか!?」

 「「「否、分身などできん。ただ反復横跳びを高速で繰り返して残像を作り出し、さも分身しているかのように見せているだけだ。」」」

 「それもそれですごいっすね……」


 ちなみに本当の意味で残像が残るほど素早く動くことは人間の身体能力では不可能らしい。

 しかしエリックは足りないスピードを気合で補い、根性でその状態を維持しているとのこと。

 正直意味が分からない。


 いや、言葉の意味は分かるのだが、気合と根性で不可能を覆すという理論や、さらにはそれを実際にやってのけているエリックという存在が意味不明なのである。


 アルフレッドは色々とツッコミたい衝動を抑え、まずはエリックの話を聞く。


 「「「まず、集団を相手取るにあたって最も重要なこと、それは言うまでもなく気合と根性だ!!!」」」

 「やっぱりですか!?」

 「「「当然だ! 世の中、気合と根性があれば大体何とかなる! 戦力差は気合と根性で埋めろ!!!」」」

 「分かりましたけど……できたら戦術とか注意点とかについてもアドバイスが欲しいんですが……」

 「「「そんな細かいことは自分で考えろ! 今から打ち合いを始める。さあ、構えろ! そして気合と根性で立ち向かってこい!」」」


 こうして始まった対集団戦訓練なのだが、アルフレッドは瞬く間にボコボコにされた。

 3人いるように見えても実際エリックは1人、手に持つ木剣も1本だけのはずなのだが、なぜか同時攻撃を喰らってしまうのだ。


 目の前のエリックが振るう木剣をアルフレッドは自分が持つ木剣で防ぐ。

 すると、木剣の衝撃が手に伝わってくると同時に、他のエリック達(?)の攻撃が腹と背中にヒットする。


 あるいは足と頭を同時に打たれ、無理に反撃しようとすると木剣を防がれ、防がれると同時に両脇腹を打たれる。

 物理的にあり得ない現象で、何かの魔法スキルと言われた方がまだ納得できるのだが、エリック曰く、気合と根性で成し遂げているらしい。


  ・

  ・

  ・


 ……約1時間後


 「エリック師匠……すいません。もう無理っす……」

 「「「気合が足りん!」」」


 全身フルボッコにされてボロ雑巾のようになったアルフレッドが弱音を吐くが、エリックは認めない。


 「いや気合とか根性とかじゃなくてですね……」

 「「「いいかアル、よく聞け。そもそも集団など恐れる必要はない! 俺は昔、王国の近衛騎士1000人を倒したことがあったが———」」」

 「あの、何がどうなったらそんな状況に?」

 「「「———厳密に言えば一度に1000人と同時に戦ったわけではない。そもそも1人の人間に対して1000人同時に飛びかかるなど不可能だからな。空間の制約上、1人の人間に一度に攻撃できるのはせいぜい4人くらいだ。他は離れた所から魔法や矢を撃ち込む、あるいは味方への回復魔法だったりバフ・デバフをばら撒く程度だ!」」」

 「それも十分な脅威だと思いますけど!? 魔法も矢も喰らったら普通に死にますけど!? 回復やらバフ・デバフやらも大人数でやられると普通に詰む気がするんですが!?」

 「「「さらに、敵の動きを読んで動き回り、あるいは地形や建物などの障害物を利用するなどすれば、常に1対1の状況に持ち込むこともできる。1000人を相手取ると言っても、実際には1対1を1000回繰り返しただけだった。」」」

 「それも十分すごいと思います。普通は体力とか集中力が続かない……」

 「「「だからこそ、重要なのは気合と根性だ! 敵を全て倒し尽くすまで、気合と根性で戦い続けるんだ!!!」」」


 エリックはアルフレッドのツッコミを無視しつつそう説明したのだった。


——回想終了——————————————————————————


 「……正直未だに理解できないんだよな、あの人の言ってること。いや、間違いと言う気はないんだけど、人間にできることじゃないっていうか……でも、まあ、分かる部分もある」


 その時、もともと一番近くにいたキルアントがアルフレッドのところに到達した。


 「ギギ!」

 「ふんっ!」


 噛みつこうとしたキルアントをアルフレッドは剣を振るって倒す。


 「敵を倒し尽くすまで、1対1を続ければいいだけだ! まずは蟻達が集結し終わる前に数を減らす! やってやるよぉー!!!」


 気勢を上げるアルフレッドに対し、蟻達は指揮官であるオーガアントを失ったことで上手く連携が取れず、ただ闇雲にアルフレッドに突撃するだけとなっていた。


 アルフレッドは右足を引きずりながらも絶えず移動して出来るだけ1対1の状況を作り、確実に数を減らしていく。

 無論、常に1対1などできるはずもなく、次第にアルフレッドは囲まれ、体中に取り付かれて、最後は袋叩きにされる。


 だが———


 「はあっ、はあっ、や、やったぞ……勝った……」


 ———数十分後、最後に立っていたのはアルフレッドだった。


 血塗れで鎧も兜も蟻の噛み跡だらけになりつつも、彼は数十体いた蟻達を全滅させたのだった。


 物語世界の小ネタ:


 アルフレッドの師匠エリックは大体のことは気合と根性で成し遂げることができるのです。


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