第59話 【大蟻戦争】赤蟻との駆け引き
体長3メートルの赤い蟻、オーガアントがアルフレッド達のいる畑に入ってくる。
畑の麦を無造作に踏みつけ、アルフレッド達を睨みつけながら、しかし奇襲を警戒してかゆっくりと前進している。
もしも畑の持ち主が見ていたなら、もう少しで収穫できるはずだった麦が容赦なく踏み荒らされる光景に悲鳴を上げたかもしれない。
その様子をアルフレッドもネイジアも、それを黙って見ていた。
(さあて、どうしよう……どうしたら助かる? まともに戦ってもまず負けるし、そうかといって逃げるのも無理。リリが来るまで持ち堪えるってのも……そもそも後どのくらいで来るのかが分からないしな……)
理由は言うまでもなく自分の身を案じるのが精一杯で、畑のことまで考える余裕がないからである。
「あの、アルフレッドさん。俺、どうしたら……」
「とにかく落ち着け。無茶はするな。はっきり言って、あのデカい赤蟻はお前には無理だから、下手に手を出すな」
どうすればいいかなど、アルフレッドにも分からない。
とりあえず、周りの様子を窺ってみる。
(畑の回りはいつの間にか蟻達に包囲されているな)
アルフレッドが畑に隠れていた時や、ネイジアと一緒にキルアントと戦い出した時はそうでもなかったのだが、今ではすっかり蟻達に囲まれていた。
先ほど戦っている間に退路を断たれたらしい。
ちなみに畑に入ってくるのはオーガアント1体だけで、他の蟻達はこちらの方を見ながら待機している。
下手に突入して脱出の隙をさらすよりも、確実に包囲網を作って逃がさないようにしたらしい。
(囲んでいるのは4、50体くらいの蟻で、内訳はバレットアント1体と残りはキルアント、鎧アリが半々ってところか。畑がそこそこ広いこともあって、そんなに厳重な包囲ってわけでもないが……突破するのも、ネイジアだけ逃がすのもいまは無理だな)
包囲網のどこに突撃したとしても、少なくとも2、3体の蟻を倒さなければならない。
アルフレッドであれば下位種の蟻数体を蹴散らすくらいは問題なくできるだろうが、それをやっている間に間違いなくボスであるオーガアントに追い付かれて殺されることになる。
そもそも素のスピードではアルフレッドよりもオーガアントの方が速いうえに、アルフレッドは右足を故障していて走れないため、逃げ切るのは不可能だ。
であれば、アルフレッドがオーガアントを足止めして、その間にとりあえずネイジアだけを逃がすのはどうかということも考えてみるが、レベルの低いネイジアだけでは周りを囲んでいる蟻に勝てない。
オーガアントを足止めしたとしても結局脱出はできないのである。
「ネイジア、よく聞け。もう少ししたら俺の仲間が村にやってくるはずだ。リリヴィアって奴なんだが、そいつさえくればこんな奴らなんかあっという間に倒してくれるし、お前も絶対助かる!」
逃げられない以上、援けが来るまでどうにか持ち堪えるしかない。
アルフレッドは近づいてきているオーガアントに対して剣を構えたまま、すぐ後ろのネイジアに話しかける。
「!? 本当ですか?」
「ああ本当だ。だから、とにかく自分が生き延びることだけを考えろ。一旦俺から離れて畑の中に隠れろ」
「分かりましたけど、アルフレッドさんは?」
「俺はあの赤蟻の相手をする」
「できるの?」
「心配するな。死なない程度に時間稼ぎするだけだ。それより自分の心配をしとけ。無理に立ち向かおうとか、外側で囲んでいる蟻を突破しようとは考えるな。安全第一で動いて、確実に逃げられるようになったら逃げればいい」
「はい。分かりました」
ネイジアはゆっくりと後ろに下がると身を屈めて麦畑の中に隠れる。
その後隠れたまま、離れていくネイジアの気配を感じ取りながらアルフレッドは考える。
(ネイジアに渡したナイフ、返してもらえばよかったかも……じゃなくて! 今はこの赤蟻をどう凌ぐかだ。フットワークが使えない今の状態じゃ奴の攻撃を躱し続けるのは無理。そして正面から殴り合うのもステータスに差がありすぎて瞬殺されるから無理。距離を取って魔法で戦うのも<MP>がほとんど残っていない今の状態じゃ無理で、言うまでもなく逃げ回るのも無理……あれ? これもう詰んでない?)
オーガアントはアルフレッドの数メートル手前まで来て立ち止まった。
(あれこれ考えても仕方がない。とにかく攻撃を凌ごう。奴が突撃してきたらカウンターを合わせてやる! 足を斬りつければ多少は機動力も落ちるはず……ん?)
アルフレッドがオーガアントの攻撃に備えて集中していると、オーガアントの魔力が高まりだした。
「クチャ」
「まさかの魔法攻撃!?」
オーガアントは土属性の魔法攻撃〖クレイガン〗を撃ち出してきた。
アルフレッドは身を捩って躱す。
「クチャ!」
「くっ、だがそう簡単に当たるか!」
さらに連続で撃ち出された2発目の〖クレイガン〗を剣で弾き、3発目をしゃがみこんで避ける。
「クチャアーーー!」
「〖跳躍〗っ!!」
「ギ!?」
すかさずオーガアントが突進してくるが、アルフレッドは咄嗟に跳び上がって避ける。
渾身の〖跳躍〗で数メートル跳んだアルフレッドは突進してきたオーガアントの頭上を越えてその背中に覆いかぶさるように着地する。
オーガアントは驚き、身を震わせてアルフレッドを振りほどこうとするが、アルフレッドはがっちりとしがみついて離れない。
「よ、よし。こいつ、自分の背中は攻撃できないみたいだな! 行き当たりばったりだけど、このまましがみついてれば———ぶへっ!?」
「ギギ……」
振りほどけないと見たオーガアントは走りながらも〖クレイガン〗でアルフレッドを攻撃する。
アルフレッドの真上に土の弾丸を作り出し、自分に向けて射出する感じで攻撃しだしたのだ。
この手の魔法攻撃スキルは基本的には使用者の身体から放たれるものなのだが、慣れてくると多少応用を利かせることもできるのだ。
1発目をアルフレッドの背中に当てた後、オーガアントはさらに2発目、3発目を射出する。
(くそ、背中が安地だと思ったのは間違いだった。けど、それでも他に比べたらずっとマシなのは変わらん! ここにしがみついて時間を稼ぐ!)
2発目はアルフレッドの左肩に命中したが、3発目は外れてオーガアント自身に当たる。
「やっぱり攻撃の命中精度は良くない。当たり前だけど背中に乗った相手を攻撃するのは慣れていないらしいな」
さらに4発目の〖クレイガン〗が放たれようとするが、それが放たれるよりも早くアルフレッドがオーガアントを攻撃する。
ガンッ!
(堅っ!?)
オーガアントの後頭部をアルフレッドが剣で殴ったのだが、予想以上の頑丈さに驚かされる。
まるで金属製の鎧を斬りつけたような感覚が剣を持つ手に伝わってきたのだ。
オーガアントの身体は頑丈な甲殻で覆われており、防御力はかなり高い。
振りほどかれないようにしがみつきながら剣を振っているため、威力が乗らないのもあるが、そもそもダメージを与えるのは簡単ではないのだ。
しかし頭を攻撃したことで照準がずれたのか4発目の〖クレイガン〗は全く違う方向に飛んで行った。
「よーし、このまま倒すのは無理そうだけど、でも背中に張り付いたまま粘ればかなり時間を稼げるぞ! こいつはステータス的には物理に特化したタイプだから、<MP>や<魔法力>はそんなに高くない。〖クレイガン〗なら当たっても鎧や兜のおかげで耐えられるし、今みたいに妨害して無駄撃ちさせれば、すぐに<MP>が枯渇して何もできなくなる!」
さらに5発目の〖クレイガン〗が放たれるが、アルフレッドはタイミングを合わせて攻撃し、先ほどと同様に外させることに成功する。
オーガアントは相変わらずアルフレッドを振り落とそうと身震いをしたり、ジグザグに動き回ったりしているが、アルフレッドは上手くオーガアントの背中に張り付いている。
「よし、このままいけば……って!?」
このままいけばリリヴィアが来るまで持ち堪えられると言おうとしたのだが、言い切る前にそれが甘かったのだと気づかされた。
彼らはいつの間にか畑を包囲している蟻達のすぐ近くにいたのだ。
実はオーガアントはアルフレッドに取りつかれた後、彼を背中に乗せたまま部下の蟻達が待機している畑の端に向かっていたのだ。
しかも、部下の中でも1番強いバレットアントがいるところに。
アルフレッドはオーガアントにしがみつくのに必死だったため、オーガアントがどこに向かっているのか分からず、そのことに気付けなかった。
(うん。まあ、そりゃあ自力で敵を倒せそうにないなら、仲間を頼るよな当然……だけど、この蟻、問題解決早すぎない!?)
「「「ギチギチギチ」」」
直後、待機していたバレットアントを含む複数の蟻達がアルフレッドに飛びかかってくる。
「捕まってたまるかあっ! 〖跳躍〗!」
再び渾身の跳躍で畑の中に飛び込み、蟻達の襲撃を間一髪回避。
そのまま獣のように4足歩行で逃亡を試みる。
「「「ギチギチギチ」」」
「クチャ!」
「ギ!?」
「クチャ、クチャ」
(あれ? 追ってこないな……)
手下の蟻達がアルフレッドを追って畑に飛び込もうとするのをオーガアントが制止し、なにやら指示を出す。
アルフレッドは怪訝に思って蟻達の気配に注意しながらも、とにかく距離を稼ごうと逃げ続ける。
やがて、蟻達は元のように畑に沿って1列に並び、ボスのオーガアントとその副官っぽいバレットアントが列の中央で魔力を練り始める。
(なんか嫌な予感……手下を畑に突入させないのは包囲網を崩したくないからだろうけど、明らかに新たな手を打ってきてるな。何をする気だ?)
アルフレッドはあえて速度を緩めて気配を消し、同時に後ろへの警戒を強める。
「クチャァーーー!」
「チャーー!」
(やべえ! とにかく前に行かねえと! 地形を操作するタイプの魔法だ!)
アルフレッドは直感的に蟻達の意図を理解して全速力で前に進む。
アルフレッドの通ったすぐ後ろの地面が盛り上がる。
(畑を分割された! 逃げ回れる範囲を限定して確実に追い込む気だ!)
蟻達が使ったのは地形を操作して土の壁を作り出す魔法〖クレイウォール〗。
蟻達は土の壁を十字型に発生させ、畑を4つの区画に分割したのだった。
作り出された壁は1メートルちょっとの高さで、決して乗り越えられない高さではないのだが、壁は畑の麦よりもわずかに高く、壁を越えようとするとどうしても姿を晒さなければならない。
当然、そうすると蟻達に見つかってしまうため、アルフレッドは土壁を越えての移動が出来なくなったわけだ。
(……あの赤蟻、頭良すぎない? 畑の包囲といい、戦い方といい、そしてこの追い込み方といい……人間並みっていうか、ぶっちゃけ俺より頭良い気がするんだけど……蟻ってこんなに知能高かったっけ!?)
もちろん、蟻はそこまで知能は高くない。
ただ、中には多少知恵が回る個体もいるというだけで、アルフレッドとぶつかったのが偶然とっても頭の良い優秀な個体だった、というだけである。
(気配の感じだとまっすぐこっちに来てるな。まあ、俺もかなり焦って動いてたし、その時に麦の穂を揺らしちまってたから、大体の居場所はバレていて当然か……)
オーガアントは4分割した内の、アルフレッドが潜んでいる区画にまっすぐ向かってきている。
それを感じ取ったアルフレッドは身を伏せたまま、土壁に沿って移動する。
ある程度動いたら止まって蟻達に見つからないように身を隠す。
(剣でつついた感じだと、この土壁は結構頑丈そうだな。壊せないことはないんだろうけど、穴を掘って隣の区画に逃げ込むのは難しそう……)
アルフレッドが考え込んでいると、オーガアントがアルフレッドの潜んでいる区画に到着する。
「ギギ」
「ギ」
オーガアントは土壁の上に身を乗り出すと、辺りを見回した後、一緒に来ていたバレットアントとなにやら言葉を交わす。
アルフレッドは麦の陰に隠れて見つからないように注意しつつその様子を窺う。
「今度は2体で来るのか……ちなみにバレットアントの強さは? 〖鑑定〗」
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<名前> :
<種族> :バレットアント
<ジョブ>:隊長蟻Lv16/35
<状態> :通常
<HP> :130/130
<MP> : 5/ 25
<攻撃力>: 94
<防御力>: 90
<魔法力>: 34
<素早さ>: 60
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(……これまた微妙な強さだな。1対1ならまず勝てるんだろうけど、2体同時はちょっとマズいかもって感じ。ましてや今はすぐ側に強敵のオーガアントがいるわけで……)
蟻達は周りを警戒しつつアルフレッドが潜んでいる区画に入り、索敵を開始する。
アルフレッドは〖隠密〗スキルで気配を消して必死に隠れる。
(もうそろそろ限界なんだが……リリ、一体いつ到着するんだよ……俺達が分かれた場所からここまで歩いて1時間弱だよな。たぶん分かれてから既に2時間くらい経ってると思うんだけど……ひょっとして向こうでも何かあった?)
追い詰められたアルフレッドは隠れながら、リリヴィアの到来を待ち望むのだった。
物語世界の小ネタ:
この世界においてオーガアントなどのような蟻系魔物の外骨格は軽くて頑丈なので、ギルドに持っていけば素材として買い取ってもらえたりします。




