第54話 解毒の特訓
——夜、街道の側の野営地にて——————————————————
「それにしても、【不死教団】も【赤獅子盗賊団】も無事に解決してよかったですね」
「そうね。まあ【不死教団】については本格的な調査はまだまだこれからって感じだけど」
アルフレッド達は街道のすぐ側の、開けた所に馬車を止めて夕食を取っていた。
【不死教団】について確認したところ、国が本格的な調査に乗り出すのはもう少し後になるということだった。
カルネル男爵はしっかりと対応してくれていたのだが、王都への報告にも移動のための日数がかかるということもあり、今日明日でいきなり国の調査開始とはいかないのだ。
「まあ、その辺りは俺達が心配してもしょうがないですし、無事に乗り切ったってことでいいと思いますよ」
「そうね。一時はどうなることかと思ったけれど、護衛があなた達で助かったわ」
「いえいえ。それほどでも」
「ところで、アル。いい加減にソレ食べなさいよ。特訓が出来ないじゃないの」
アルフレッドとメノアが話しているところにリリヴィアが横槍を入れる。
「……」
アルフレッドは無言で手元にある赤紫色のヘドロのような物体を見る。
「ほらほら、早く!」
「なあ、これ本当に食べて大丈夫なのか? 何というか、めちゃくちゃ毒々しい見た目なんだが……」
「毒入れたんだから毒っぽいのは当たり前でしょう。〖キュア〗の練習のためなんだから覚悟決めなさいよ」
〖キュア〗は光魔法の1つで解毒の魔法である。
アルフレッドは移動中に〖ヒール〗の練習を繰り返したことで〖光魔法〗が〖Lv4〗となり、新たに〖キュア〗が使えるようになったのだ。
であればこれも練習しなければと、夕食の干し肉に毒を入れ、それを食べて毒状態になった後に〖キュア〗で解毒を試みることになった。
だがしかしリリヴィア特製という【デビルブラックトリカブト】なる毒液を干し肉に一滴垂らした途端に、ぐじゅぐじゅ~、という音を立ててみるみる変色・変形してしまった。
いまでは完全に違う見た目になっている。
そんな干し肉だった物体を食べることに強烈な危機感を覚えるアルフレッド。
彼は最後の抵抗を試みる。
「なあリリ、普通の毒ってないか? 一滴垂らしただけで干し肉がこんなになるなんてちょっとあり得ないんだが。食べたら生きていられる自信ないんだが……」
「安心しなさい。この毒は私特製なんだから」
「そこが一番の不安要素なんだよ!」
「ねえ、そこまで無理しなくても街についてからでもいいんじゃないかしら。ほら、街なら危なくなっても医者に診てもらえるし……」
メノアも助け舟を出す。
しかしリリヴィアは首を横に振る。
「アル、あなたの〖毒耐性〗は〖Lv6〗でしょ? そう簡単に死にはしないわよ。それに仮にアルが解毒に失敗したとしても、私が治せばいいだけなんだからビビってないでさっさと食べなさいよ」
「まあ……よし、分かったよ」
リリヴィアの言うことも尤もなので、アルフレッドも覚悟を決める。
実際、アルフレッドの〖毒耐性〗はかなり高い。
〖Lv6〗というのは致死量の毒を摂取したとしても多少体調を崩す程度で済むレベルであり、普通に考えればそこまで毒に警戒する必要はないのである。
むしろ、毒状態にならないと〖キュア〗の練習もできないので、それなり以上の猛毒が必要になるのだ。
万が一の場合にはリリヴィアに頼ることが出来ることも踏まえて考えると、確かにそこまで心配する必要はないはずなのだ。
そうしてアルフレッドは赤紫色で異臭を放つ、もはや干し肉とは呼べないナニカを口の中に放り込む。
「あむ……うぐっ……おぅえぇ……」
口に含んだ瞬間に、ぬちゃあ、とした食感と、強烈な苦みが脳内を駆け巡る。
思わず吐き出そうとするが、ギリギリ耐えて飲み込む。
(あ、危うく意識が飛ぶところだった……これ、もう食べ物じゃない……)
ソレはとにかく不味かった。
どんな味かというと、賞味期限切れの納豆にゴキブリを入れてグチャグチャになるまでかき混ぜて、その後10日間くらい温室で放置したような……
イメージ的にはそんな感じだった。
端的に言って死ぬほどトラウマになる不味さである。
(死ぬ、死んでしまう……命がどんどん削れていってるのが分かる……)
アルフレッドの顔色がみるみる青くなる。
「〖鑑定〗……よし、ちゃんと毒状態になったわよ。次は解毒して!」
「ひ、光魔法〖キュア〗!」
魔法が発動して<MP>が消費された感覚が確かに感じられるのだが、毒による苦しみはまだ続く。
(く、苦しい……死ぬ……)
「魔法自体は発動したけど、まだ解毒しきれてないわね。もっといっぱい唱えて! じゃないと死ぬわよアル!」
「ひ、光魔法〖キュア〗! 光魔法〖キュア〗! 光魔法〖キュア〗……」
「えっと、ねえリリ、貴女もアルに回復魔法をかけた方がいいんじゃ……」
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「死ぬかと思った……」
「思ったより苦戦したわね。何度も唱えないと解毒できないなんて……」
アルフレッドはギリギリ辛うじて一命を取り留めた。
顔色は土気色になり、息も絶え絶えといった感じで地面に転がっているが、とにかく解毒には成功した。
「<MP>は完全に使い果たしちまったから2度目は無理だな。まあ、仮に残っていても絶対にやらないけど……」
「ま、ちょっと焦ったけど、いい練習になったじゃない。それに〖毒耐性〗のレベルが上がっているわよ。結果オーライだわ」
「……俺も冒険者証で自分の<ステータス>確認したんだが、〖毒耐性〗の他にも〖呪い耐性〗が上がってるな。あと、〖即死耐性〗なんてものも獲得しちゃってるんだが……」
〖即死耐性〗を獲得したということは、つまり【デビルブラックトリカブト】には即死効果がついていたということである。
なにせ、この世界において耐性を付けるためには、対象の状態異常に身を晒す必要があるのだから。
「結果オーライよ、結果オーライ!」
「いやいやいや! 即死ってかなり危ないやつだぞ! 一体何なんだよお前の作ったその毒は! 毒だけじゃなく即死効果までついてるってどういうこと!?」
「一応鑑定した結果はあくまで猛毒ってだけよ。ちなみにその結果はこんな感じ」
リリヴィアが鑑定結果をメモした紙を見せる。
ちなみにアルフレッドも〖鑑定〗を試みていたのだが、失敗してしまってまともな情報が得られていなかった。
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<名称>:デビルブラックトリカブト
<説明>:【トリカブト】をベースに【ドクゼリ】、【ドクウツギ】を混ぜて特殊な薬液に溶かし込み、さらに深淵魔法による呪いでパワーアップさせたもの。
一滴で熊をも即死させるほどの凶悪な毒性を誇る。
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「熊でも即死ってあるんだけど!? つうか出てくる材料が全部猛毒なんだが!? しかも呪いまでかけるって殺意高すぎない? 何でこんなもん作ったんだよ!」
「まあまあ、丁度材料見つけちゃってちょっと試したくなっちゃったっていうか……いや、悪かったわよ。こんなに強力な毒が出来るなんて思ってなかったの!」
「なんにせよ、死ななくてよかったわね……っていうかアル、あなた熊が即死する毒にも耐えられるのね」
「いやいやいや、解毒できなきゃ俺も死んでましたよ。全然耐えきれてませんよ」
「ところで、〖即死耐性〗って私持ってないのよね。手に入るのなら私も食べておこうかしら」
「「え!?」」
リリヴィアの発言にアルフレッドとメノアが「正気かこいつ!?」と言いたげな顔で彼女を見る。
「いや、だってそのうち即死攻撃持った敵と戦うことだってあり得るでしょ? そういう時に耐性あるのとないのとじゃ全然違うし。そのこと考えたら今のうちに耐性獲得しといた方がいいのよ」
そう言ってリリヴィアは干し肉を一枚取り出して【デビルブラックトリカブト】を一滴垂らす。
途端に干し肉は赤紫色のヘドロに変化する。
「言ってることは分かるんだが、本当に大丈夫か? もし即死効果が出ちまうと……」
「アルの言う通り死ぬリスクはあるけど、どこかでリスクを取らなきゃ耐性は手に入らないでしょ? だったら比較的安全な今の方がいいわよ」
リリヴィアはヘドロを口に運ぶ。
「まずは少しだけ……あむ、うぅうぅぇ~っぷ……ひ、光魔法〖キュア〗!」
一口食べた瞬間あまりの不味さに悶絶しながらもリリヴィアは〖キュア〗を唱えて解毒する。
「……確かに強烈だったわ。これ、味だけでも人が殺せるわね」
「大丈夫かお前?」
「うん、大丈夫よ。それに<ステータス>にはちゃんと〖即死耐性〗がついているし。それに〖呪い耐性〗も手に入れたから、大成功ね。ちょっと気分悪いけど……」
苦しそうにうつむいて片手で胸を押さえながらもリリヴィアは耐性獲得を喜ぶ。
「次は耐性のレベル上げよ。まだ残りがあるわけだし、全部食べるわ。そしてこれから先、当分は毎晩これを食べて最低でも耐性を〖Lv5〗まで上げる!」
「「えええーーっ!?」」
その後、リリヴィアはアルフレッドとメノアの静止を振り切ってヘドロを完食したのだった。
彼女もまた強くなることに貪欲なのである。
(……この流れ……このままだとリリヴィアとの差がさらに広がるパターンだよな。追いつくためには俺も……この毒食べ続けなきゃダメ? いや、でも……しかし……)
そしてそんなリリヴィアを見たアルフレッドは、対抗心からの焦りや毒についての不安やついさっき死にかけたトラウマなどなど複雑な思いに悩まされながらも結局———
「……なあリリ、お前がやるなら俺も、その耐性レベル上げやっていいか?」
———自分もやることに決めたのだった。
物語世界の小ネタ:
〖毒耐性〗について
毒を持つ魔物は結構いるので、それに備えるために冒険者の中には訓練で〖毒耐性〗を獲得している人は大勢います。
ただし、大半の人達は〖Lv3〗~〖Lv5〗くらいで満足して訓練を止めているので、アルフレッドのように〖Lv6〗以上は意外と少なかったりします。




