第107話 宿への帰還
——【情熱の赤薔薇亭】の門前にて————————————————
「……ここなのか?」
「ああそうだよ。【情熱の赤薔薇亭】って言って、見た目はアレだけど中身はまともだから」
時刻は午後5時ごろ。
アルフレッドはゲオルグを連れて【情熱の赤薔薇亭】に来ていた。
2人はワイバーン素材の売却金を受け取った後、どこの宿に泊まるかを話し合い、アルフレッドが自分は【情熱の赤薔薇亭】に泊まると言ったのだった。
彼は元々もっと安い宿を探すつもりだった。
しかし売却金のおかげで金銭的に余裕が出たことと、公衆浴場でのゲオルグとの話で格上の相手に模擬戦を挑むことを決めたことで、それに関して一番都合の良い【情熱の赤薔薇亭】に泊まることにしたのだ。
なにせここの主人であるマッスルさんは元Aランク冒険者の猛者。
機会を見てアルフレッドはマッスルさんに挑むつもりだ。
ゲオルグはそんなアルフレッドの言葉を聞いて、それなら自分も、と言ってついてきた。
彼は彼で武者修行の旅をしているので、強者がいると聞けば戦って自分の力を試したいのだ。
もちろん突然押しかけて「模擬戦を受けてくれ」なんて言うのは迷惑な話なので、2人ともここに数日泊って、相手の都合なども考慮したうえで挑むことにしている。
そんなわけで意気揚々とやってきた2人だが、独特の雰囲気を放つ看板や銅像を見てゲオルグの足が止まる。
初めて見る者にとって【情熱の赤薔薇亭】の外観は怪しすぎるのだった。
「……なんというか独特な宿屋だな……なんでこんな見た目に?」
「たぶんだけど、マッスルさんの趣味だと思う……」
「そうか……」
「ま、まあ、中身はまともだから。それにマッスルさんも変人だけど、悪い人じゃないっていうか……」
ゲオルグは見た目がアレな宿を見て不安げに辺りを見回しているものの、アルフレッドに宥められて、とりあえず大人しくしている。
「とにかく入ろうぜ。そんなに心配しなくても大丈夫だから」
「あ、ああ……」
アルフレッドが促す形で2人は【情熱の赤薔薇亭】に入っていく。
——【情熱の赤薔薇亭】にて———————————————————
ゲオルグを連れて宿のカウンターのところまで来たアルフレッドは、何かと不安がる連れを気遣いつつ誰もいないカウンターに置かれた呼び出し用の鈴を鳴らす。
チリンチリン、と音がして、それからしばらくしてマッスルさんがやってきた。
「はあ~い、いらっしゃ~い!」
「うおおお!? 何者だ!?」
今日もブーメランパンツに蝶ネクタイという、とても宿屋の主人と思えないファッションかつネットリした声を出しながらやってきたマッスルさん。
それを見てゲオルグが悲鳴を上げる。
「どうも、マッスルさん。また泊まりに来ました」
「あら~アル君、また来てくれて嬉しいわ~。それとそっちの子は何ていう子なのかしら?」
「あ、ああ。失礼した。小官はゲオルグ・ランドクリフ。身分は従騎士で、いまは武者修行であちこちを旅しているところだ。小官もこの宿に泊まりたいのだが、部屋は空いているだろうか?」
初めて見るマッスルさんのインパクトに取り乱していたゲオルグだが、相手から誰何されたことで落ち着きを取り戻して自己紹介をする。
「もちろん空いているわ。うっふっふふふ……あなた、私の好みよ。来てくれて嬉しいわ~」
「ひぃっ!?」
マッスルさんはゲオルグの腰の辺りをねっとり見回しながら歓迎の言葉を口にする。
その様子にゲオルグは身の危険を感じて蒼褪める。
「また3泊お願いします」
「なあアル、この人は本当に大丈夫なのか?」
宿泊の手続きを進めるアルフレッドにゲオルグが小声で不安げに聞いてみる。
「大丈夫だって。たぶん」
「たぶんってところが不安なんだが……」
「そんなに怯えなくっても大丈夫よ~。ちゃあ~んとご奉仕してあげるから、期待しててねぇ。うっふふふ」
(全然安心できない……)
微笑みながら奉仕するというマッスルさん。
しかしその「ご奉仕」という言葉が余計にゲオルグの不安を掻き立てる。
(いや、きっと多分おそらくは宿屋の主人としてのサービスを言っているのだろうが……)
頭では分かっているのだが、なぜかゲオルグの耳にはいかがわしい意味での「ご奉仕」に聞こえてしまうのだ。
「ゲオルグ。どうしても無理だったらここに泊まらずに、他の宿に行っても良いと思うぞ」
どうにも不安がぬぐい切れない様子のゲオルグに、アルフレッドが助け舟を出してみる。
「ああ、いや……」
しかしそう言われるとかえって他に行きづらくなったりする。
そもそもゲオルグは現時点でマッスルさんから何かされたわけではないのだ。
宿の外観やマッスルさん自身が個性的過ぎたため驚いてしまい、取り乱してしまったゲオルグだが、ここで別の宿に行くと言ってしまうのはさすがに気が引ける。
それに彼自身も元Aランク冒険者のマッスルさんに模擬戦を挑むつもりなのだ。
それであればここに泊まらないという選択はあり得ない。
「小官も3泊頼む。失礼な態度を取ってしまったこと、重ねて謝罪する。決して貴方やこの宿を悪く思っているわけではないので、どうか許してほしい」
ゲオルグも3日間泊まることに決め、失礼があったとしっかり謝罪する。
「ほほほ。そう大げさに謝らなくても大丈夫よ。私は気にしていないわ。それよりも【情熱の赤薔薇亭】へようこそ。ここに泊まって良かったと満足してもらえるように、最高のサービスを約束するわ」
マッスルさんは鷹揚な態度でそう言い、宿泊の手続きに入る。
宿の施設や料金に関する説明も行い、料金の支払いも済ませる。
そうして一通りの手続きを終えたところで、アルフレッドが模擬戦について切り出した。
「ところでマッスルさん。1つお願いがあるんですが、もし出来たら俺達と模擬戦をしてもらえませんか? もちろん今すぐではなくて、マッスルさんの都合の良い時間に」
「あら模擬戦? もちろん構わないけど、私は強いわよ?」
ボディビルの「サイドチェスト」のポージングを決めながら返事をするマッスルさん。
「知ってますよ。それでも俺も強くなりたくてですね。胸をお借りしたいんです。あと四天王の人達にも出来たらお願いできないかな、と思っています」
「小官も是非ともお願いする。貴方ほどの強者はそうそういないからな。武者修行中の身としては一戦だけでも大いに意味がある」
アルフレッドとゲオルグはそれぞれの言葉で模擬戦を希望する。
「うっふふふ。求められるって素敵~。そんなに想ってくれるなんて嬉しいわぁ~」
それなら、とマッスルさんが言葉を続けようとしたところに外からリリヴィアがやってきた。
「あ、アルにマッスルさん! 丁度いいところに居たわ」
「リリ!」
「お帰り、リリちゃん」
「ただいま。いろいろと報告することがたくさんあるから、2人揃っていてくれてありがたいわ」
「なんだ? 例の件で何か進展あったのか?」
「まあね」
例の件というのはもちろん【ワールム商会】に関することである。
リリヴィアは【ワールム商会】について探ると言っていた。
そのためアルフレッドはリリヴィアの言葉を聞いて、【ワールム商会】関連で何か分かったことがあるのだろうと思ったわけだが、ここには全く無関係のゲオルグがいるので言葉を濁す。
(ここで話を聞いちゃうとゲオルグも巻き込んじゃうよな。一旦話を中断して、部屋かどこかに移動した方がいいか?)
「……小官は部屋で休むとしよう。マッスル殿、模擬戦の件について全面的に貴方の都合に合わせさせていただくので、よろしくお願いする」
アルフレッドが迷っていると、その様子を見て察したゲオルグはその場を去り自分に割り当てられた部屋に向かう。
ゲオルグがいなくなったことで、この場にいるのはアルフレッド、リリヴィア、マッスルさんの3人となった。
そして改めてリリヴィアが話し出す。
「今日、私は【ワールム商会】についての情報収集をしていたのだけど、流れで【三華連合】っていうヤクザ組織を潰すことになったから。これから潰しに行くわ」
「待て! 何でそうなった!?」
笑顔で物騒なことを言い出した幼馴染に、アルフレッドのツッコミが入るのだった。
物語世界の小ネタ:
冒険者や騎士など戦う職業についている人たちの間では、模擬戦が結構頻繁に行われています。
この世界は基本的に修行を積まないとレベルが上がらないので、修行の一環として仲間同士だったり実力が近い者同士などで戦っている感じです。
というわけでアルフレッドやゲオルグがマッスルさんに模擬戦を挑むのも全く非常識というわけではないのです。




