第106話 公衆浴場にて
——アルタの街、ギルドの近くにある公衆浴場にて—————————
「あ~、生き返るぅ~」
「本当に嬉しそうだな、ゲオルグ」
ギルドで諸々の報告と素材の納品を済ませたアルフレッド達は、近くにある公衆浴場で湯船にどっぷり浸かって疲れを癒していた。
特にゲオルグは余程に気持ちいいのか顔が緩みまくっている。
「なにせ、数カ月ぶりの風呂だからなぁ……まったく、旅で何が一番辛いかというと、やっぱり風呂と寝床がままならないことだよな」
「まあ、それは俺も同感だ。武者修行の間、1回も風呂に入れなかったのか?」
「風呂に入れたのは旅を始めた最初のころだけだ。初めのうちはまだ町や村に行き着いたりしていたから、風呂のある宿に泊まったりここみたいな公衆浴場に入ったりできていた。 ……それが魔境に入り込んでしまってからは、川で水浴びするくらいがせいぜいでな。しかも常に魔物の襲撃を警戒しなくてはならんから、あまりしっかり休むこともできなかった」
「そりゃ辛かったな」
どんなに強い人間でも休息は必要だ。
ゲオルグは長期間、満足に休息が取れない状況に陥っていたらしい。
となれば、いまこうして風呂に入れた喜びもひとしおだろう。
「ところで改めて礼を言うよ。あんたがワイバーンを丸ごと担いできてくれたおかげで、装備品を買うための金も稼げそうだ」
「礼を言いたいのは小官の方だ。アルに出会えていなかったら、おそらくはいまだに野山を彷徨っていただろうからな~。はっはっは。困ったときはお互い様ってことだ」
2人はそういって笑い合うと再び風呂の気持ちよさを堪能する。
いまはまだ明るい昼間ということもあって他に人はおらずアルフレッド達の貸し切り状態だ。
ワイバーンの素材については現在ギルドで査定中。
風呂から上がる頃には査定も終わっているはずだ。
いくらの値が付くかはまだ分かっていないが、おそらく装備を新調できるくらいの金額は手に入るだろう。
少しの間をおいてゲオルグが話しかけてきた。
「アル、ギルドで金を受け取った後の予定はどうする?」
「その後は……まず宿の確保だな。ギルドでお勧めの宿を紹介してもらおうと思っている」
「ふむふむ」
「宿を確保出来たら、次は仲間の様子を見に行くつもりだ。それで、明日になったら武器屋に行って装備の新調だな」
「ほう。仲間か。ちょっと聞いていいか? 仲間がいるなら、なんでお前は1人でコージロ湿原にいたんだ?」
ゲオルグが腑に落ちない様子でアルフレッドに質問する。
仲間がいるのなら一緒に行動する方が安全なのに、そうしていないのだから疑問に思うのも無理はない。
「ああ、実は俺達ちょっと面倒事に首を突っ込んでいてだな、それで今はそっちの方も注意しとかないといけないんだよ。俺自身は金が無くて当面の生活費を稼がなきゃいけなかったから依頼を受けていたわけだけど。まあ要するにギルドの依頼にばかり専念できる状況じゃないってことだな」
「ふーん。なるほど」
「そっちはどうする予定なんだ?」
アルフレッドも聞き返してみる。
「そうだな……小官もまずは宿の確保だな。そして今日はさっさと休みたい」
「そりゃそうだろうな」
「それで明日は武器屋を探して装備一式を新調するつもりだ。その後のことは決めていないが、当分はこのアルタの街を拠点にして冒険者として働いてみるのもいいかと思っている」
「なるほど。そういやゲオルグが冒険者としても登録していたのは意外だったな。騎士団の規則とかよく知らないが、騎士が冒険者をやってても良いものなのか?」
アルフレッドからすると騎士団はかなり厳格なイメージがあるので、自由奔放な冒険者を兼業する者がいるというのはちょっと驚きだ。
「規則は騎士団毎に異なるが、小官が所属しているところでは特別禁止してはいなかったな。もちろん騎士としての仕事に支障をきたすことの無いようにしなければならんが、中には非番の日に狩った魔物をギルドに持ち込んで小遣い稼ぎをしている奴らもいたぞ」
「へえー、結構融通効くんだな」
「あくまで小官のいるところは、の話だから他の騎士団でも許されているのかは知らないけどな。それに騎士団の任務を優先せねばならない都合上、冒険者として上に行くことはできん。大体皆Eランクか良くてDランクくらいのランクだったな」
「ま、そこはしょうがないだろ。 ……っていうか、ゲオルグのところだと冒険者の中に騎士が混じってるのか」
「そうなるな」
アルフレッドはギルドの酒場で荒くれ者の冒険者と生真面目な騎士が入り混じっている光景を想像してみる。
「……冒険者って割とアウトロー寄りなところあるんだけど、騎士と仲良くやれているのか?」
アルフレッドの中での騎士のイメージは一言で言うとエリート軍人だ。
騎士になるためには小さなころから何年も修行を続けていて、武芸はもちろん学問や礼儀作法も学ばなければならない。
それだけに真面目で融通が利かないイメージがある。
一方で冒険者は玉石混交。
英雄豪傑の類もいる一方で、下級冒険者の中には不良やゴロツキみたいな者も多い。
別に犯罪者というわけではないが、堅物のイメージがある騎士達と仲良くやれているところはちょっと想像できない。
「そう心配することはないぞ。冒険者に様々な人間がいるように、騎士にもいろんな奴がいるからな。小官の父など、型破りもいいところだ。酒とギャンブルが大好きで、部下からも良く小言を言われているくらいだ」
「ああ、なるほど。それもそうか」
そう言われるとそうだな、とアルフレッドは思う。
騎士でも冒険者でも多くの人間が集まれば、必然的にいろいろなタイプが出てくるもの。
それを一般的なイメージで一括りにするのは間違いなのだろう。
「ところでちょっと気になってるんだが、普段どんな修行をしたらそんなに強くなれるんだ?」
アルフレッドは話題を変えて修行内容について聞いてみる。
ワイバーンを一方的に仕留めるゲオルグは、はっきり言ってかなり強い部類に入る。
(たぶん、ゲオルグはリリやエリック師匠程ではないと思う。だけどBランク冒険者のガイルさんやダンさんよりは明らかに上だ。俺と同い年だってのに、ほんとにどうやったらそこまで……)
許可なしに相手を鑑定することはマナー違反になるため、アルフレッドはゲオルグを鑑定していない。
そのためあくまで身のこなしや感じる魔力量、使用するスキルなどを基にした推測になるのだが、アルフレッドが見たところ、ゲオルグの強さはとても15歳で身につけられる水準ではない。
もっとも同じく15歳でAランクモンスター並の戦闘力を誇る幼馴染がいるので、ゲオルグもその類だといえばそれまでなのだが。
とにかくそれほどの強さを得るためにこれまでどんな鍛錬をしてきたのか、それを知ることが出来たらそこから自分が強くなるヒントを得られるかもしれない。
そう思ってアルフレッドはゲオルグの顔を見つめる。
「うん? 修行の内容か?」
「ああ」
「小官の場合は基礎体力作りのためのトレーニングと、それからひたすら実戦経験を積んでいたな。もちろん剣の型稽古なんかもやったが、大半は魔物の討伐や騎士団員との模擬戦だったな」
「そうなんだ。じゃあゲオルグの所属する騎士団は実戦を重視する感じなのか」
「そうだ。これは騎士団長を務めている小官の父が言っていることなんだが『実戦はなによりも勝る修行』、『朝から晩まで毎日戦っていれば誰だって強くなる』ということで、それが【黒剣騎士団】の中での訓練の方針になっているな」
「ああ、なるほど。ゲオルグの父親はそういうタイプか」
きっとエリック師匠の同類なんだろうな、とアルフレッドは思った。
「そして、幸いなことにその方針が小官にはぴったり合っていたらしい。ひたすら戦い続けた結果、他の団員達とは比べ物にならない早さでレベルが上がっていってだな、武者修行の旅の中でずっと魔境に迷い込んでいたこともあって、今では〖Lv60〗だ」
「〖Lv60〗か。どうりでワイバーンを簡単に蹴散らせるわけだよ」
「お、意外と驚かないんだな?」
「実際に戦う所を見たからな。多分そのくらいだろうと予想してた。でも改めて聞くとすごいな。確か〖Lv50〗以上がAランク冒険者の目安だったから、ゲオルグは既にその領域にいるわけか」
もう少し驚かれるものと思っていたゲオルグだが、アルフレッドの回答を聞いて納得する。
ついでに言えば普段から高レベルの幼馴染と一緒に行動しているので、アルフレッドにとっては今更慌てることでもないというのも、彼が冷静でいられる理由だ。
「アルもAランク冒険者を目指しているわけか?」
「ああ。それで、今はとにかく強くなりたい。なにかコツがあるなら教えてほしいんだが」
「コツと言っても、小官が知っているのは一般的な知識ばかりだからなぁ……とりあえず、小官がやっていたような『毎日戦い続ける』というのはやらない方が良いと思うぞ」
「あ、そうなんだ」
「小官がこの方法で強くなれたのは、本当にそれが合っていたからだ。他の人間が真似しても同じ結果になるか怪しい。というかそもそも危険過ぎて、強くなる前に死ぬ可能性の方が高い」
割と真剣な顔で忠告してくるゲオルグ。
「うん、言いたいことは何となく分かるよ。俺も故郷を出る前は師匠からけっこうな無茶ぶりをくらってたし。そのおかげで強くなれたのは間違いないから、別に文句はないんだけど、他の人に自分と同じ修行を勧める気にはなれねえもん」
アルフレッドの過去にエリックから受けた修行を思い起こしながら納得する。
「アドバイスとして間違いないのはお前の戦い方や<ジョブ>の特性に合わせた修行をすべきだろうな。そう言えばアルの<ジョブ>は何だ? ちなみに小官は【武王】といって、魔法系スキルの適正が全くない代わりに武器なら何でも使いこなせるという、そんな<ジョブ>だ」
「それはまたクセの強そうな<ジョブ>だな。俺は【斥候】。多分知っていると思うけど、情報収集が得意な<ジョブ>だ。だから<ジョブ>に合わせた修行っていうなら野山の探索とかになるんだろうが、正直言うとそれで強くなるイメージが湧かないんだよな」
ゲオルグのアドバイスを聞いて考え込むアルフレッド。
ゲオルグの言っていることはむしろ常識といって良いことであり、アルフレッドもそれが間違っているとは思っていない。
だがしかしいくら特性に合わせた修行と言っても、そこいらをただ探検しただけで強くなれるとはちょっと思えないのだ。
「なるほど。それじゃあ少し発想を変えよう……アルはどんな戦闘スタイルを目指している?」
ゲオルグはアルフレッドの反応を見て少し考えた後、別の観点から質問をしてみる。
「え、目指す戦闘スタイルか? いや一応あるけど……俺が目指しているのはスピードで敵を翻弄する戦い方だな」
「ふむふむ」
「俺は強くなりたいと言ったけど、もっと正確に言うと格上の相手にも勝てるようになりたいんだよ……俺に修行をつけてくれた人達とか、一緒に修行した奴とか、どうしても勝てない人達がいてな。今は無理でもいつかは勝てるようになりたいっていうのが俺の本音なんだ」
若干言い淀んだものの、アルフレッドは胸の内を洗いざらい話すことにした。
これまで誰にも話さなかったことだが、別に秘密というわけではないのだ。
敢えて言いふらすことでもなかったから、言わなかったに過ぎない。
相談に乗ってもらっておいて隠し事をしたのでは誠意に欠けるというものだ。
そう思ったアルフレッドは若干気恥ずかしい思いをしながらも正直に話す。
「なるほど。それで格上を相手取るにあたって一番有効だと踏んだのがスピード特化の戦い方だというわけか」
「そういうこと。俺自身がもともとすばしっこいタイプだったから、というのもあるがとにかく相手のスピードについていけないとまともな勝負にもならないからな。<素早さ>を鍛えて、その上で機動力や回避能力を底上げするスキルを覚えて、逃げ回りながらでも生き延びて隙を見つけて反撃っていうのが、今の俺の戦闘スタイル。それで格上の、それもAランク冒険者クラスを相手にしても通用するくらいに鍛え上げるのが目標だ」
「うむ。であるならその方針は敢えて変えず、格上の相手を見つけて模擬戦を挑んだりするのが良いかもしれんな。修行は効率も大事だが、モチベーションも同じくらい大事だ。やる気と集中力を保てる内容じゃないと結局長続きしないからな」
「なるほど。そうしてみるよ。格上ならこの街でも何人か見つけてるし、向こうが良ければだけど、機会を見つけて挑んでみるよ」
アルフレッドは頭の中にマッスルさんと四天王の面々を思い浮かべてそう言った。
正直勝てる気は全然しないが、魔物相手と違って負けても殺されることはないのだからその点は気楽なものである。
「うむ。せっかくだし、ギルドでの用事が済んだら小官ともやってみるか?」
「いいのか?」
「構わん。小官も模擬戦は嫌いじゃないからな」
2人はその後もゆったりと湯船に浸かって、十分に疲れを癒した。
そして数十分後、公衆浴場から出て再びギルドに向かい、ワイバーン素材の代金やゲオルグのランク昇格手続き完了の連絡を受け取った後、訓練場でさっそく模擬戦を行った。
ちなみに模擬戦の結果はアルフレッドのボロ負けだったという……
物語世界の小ネタ:
この世界の公衆浴場のイメージはほとんど日本の銭湯そのままです。
公衆浴場は安価な値段で入れるので庶民の娯楽の場になっています。
入浴料金は1回5セント前後で、身体を拭くためのタオルや、衣服及び貴重品を入れておくための鍵付きロッカーなどが準備されていたりします。




