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第104話 迷子の従騎士

 「ぎゃあああーーーっ!?」

 「うおおおおおっ!?」


 次々に降ってくる〖突風の息〗を避けるため、アルフレッドと大男は悲鳴を上げながら逃げ回る。

 彼らが走るすぐ近くに風の弾丸が着弾し、次々に土が捲れて木々が倒される。


 「ひいっ、数が多すぎてこのままじゃ当たる!」

 「小官に任せろ! 〖イージス〗!」


 大男は左手に持った鉄製のカイトシールドを空に向け、防御スキルを発動。

 瞬く間に高さ10メートル、半径30メートルほどのドーム型で半透明の障壁が出現してワイバーン達の攻撃を遮る。


 「おおっ、すごい! ワイバーンのブレスを完全に防いでる! これ盾術系統の防御スキルか!?」


 障壁によって守られた空間の中で喝采を上げるアルフレッド。

 ちなみに彼の推測の通り、〖イージス〗は盾術の最上位、盾神術のスキルである。

 どんなスキルかというと強固な障壁を周囲に展開し、自分と仲間を守るというものだ。


 「ああ、そうだ。それより小官に状況を教えてくれないか? できたらここがどこかも含めて」


 大男はそんなアルフレッドに状況の説明を求める。


 「そうですね。まずここはコージロ湿原っていって、ツヴァイレーン帝国東部にあるアルタの街から北西に向かったところにある湿原です」

 「ふむ」

 「ここの推奨Lvは〖Lv10〗で、本来ならワイバーンみたいな危険な魔物はいないはずなんですが、なぜかそのいないはずのワイバーンが空を飛んで俺達を襲ってるっていうのが今の状況です。なぜワイバーンがいるのかは不明ですが、今は原因よりもこの場をどう切り抜けるかを考えないといけません」

 「なるほど」

 「加えて言うと俺はEランク冒険者のアルフレッドと言いまして、ここには薬草採取の依頼を受けて来てました。貴方が出てくる前に一応はワイバーンを1体仕留めたんですけど、正直俺には空を飛んでるワイバーンを倒す手段がないので、逃げ回るか牽制するくらいしかできません」

 「分かった。教えてくれて感謝する。小官は従騎士のゲオルグだ。武者修行の旅を続けていたのだが、さっきも言った通りすっかり道に迷ってしまってな。そして迷っているうちにここに来た」

 「迷うって貴方、地面の下から出てきましたよね……」

 「いや、そこは小官もなぜなんだか……でもまあ、とりあえず安心しろ。ワイバーンの5体くらいなら小官1人で問題なく倒せるから」


 ゲオルグと名乗った大男はそう言うとボロボロの大剣を構えて空を飛ぶワイバーン達を睨みつける。


 「グルル……」

 「グオー……」


 一方ワイバーン達は攻撃を止めて、空中を旋回しながら仲間内でなにやら相談している。

 全ての攻撃が突然現れた障壁で防がれてしまったので、なにか手が無いかと作戦会議を行っているのだ。

 ワイバーン達はこれまで反撃が無いことと、自分達が空中にいることで油断しており、若干警戒心が緩んでいるようだ。


 「攻撃が止んで一カ所に固まってくれたのはラッキーだったな。おかげで簡単に全滅させられる。〖剣心一体〗! 〖空振裂波〗乱れ撃ち!」


 〖剣心一体〗は剣に自身の魔力を流したうえで身体と剣の魔力を高速で循環させ、剣術系統のスキルを強化する一種のバフスキルだ。

 〖空振裂波〗は〖衝撃波〗の上位互換スキルで、消費MPが倍になる代わりに放たれる斬撃の威力と射程距離が強化されたスキルである。

 ちなみにどちらも剣術スキルの上位、剣聖術のスキルだ。


 ゲオルグは障壁を解除し、〖剣心一体〗で強化した〖空振裂波〗をワイバーンたちに向かって10発ほど放つ。


 「ガッ!?」

 「グアアア!?」


 最初の1撃目が1体のワイバーンの首を切断し、2撃目が他の1体のワイバーンの胴体を切断した。

 さらに続けざまに放たれた斬撃が3体目、4体目のワイバーンを仕留める。


 「グルオオオーー!」


 リーダー格のワイバーンもまた次々に迫りくる斬撃を辛うじて避けていたが、ついに翼を切断され地面に落とされる。


 「グルルル……」

 「むう、1体仕留めそこなったか。小官もまだまだだな」


 地面に落ちたワイバーンは〖自己再生〗スキルで翼を再生しながら忌々し気にゲオルグを睨みつけ、ゲオルグはそのワイバーンに歩いて近づいていく。

 彼は仕留め損ねたことに不満を漏らしているものの、特に落胆も緊張もしていない。

 負けることなど微塵も考えていない、余裕綽綽といった感じで歩いていく。


 「〖神速の一閃〗!」

 「———!?」


 彼はある程度近づいたところで剣神術の突進スキルを発動。

 一瞬でワイバーンの横を通り過ぎ、すれ違い様にその首を斬り飛ばす。

 ワイバーンは声にならない悲鳴を上げながら絶命した。


 「すげえ……」

 「よし。他に敵はいないみたいだし、これで一息つけるな」


 ゲオルグはアルフレッドのところに戻る。


 「アルフレッドと言ったな。改めて自己紹介をしよう。小官はツヴァイレーン帝国の【黒剣騎士団】に所属する従騎士でゲオルグ・ランドクリフだ。先ほども言ったように今は武者修行中であちこちを旅している。それと、別に敬語は使わなくていいぞ。名前も呼び捨てで構わん。小官はまだ15歳の若造だし、叙任された騎士というわけでもないからな」

 「えっ、15って俺と同い年!? 普通に年上だと思ってた!」


 アルフレッドは驚いてゲオルグを改めて見つめる。

 2mはある身長に、いわゆる「細マッチョ」という言葉がぴったりの鍛えられた肉体、そして精悍かつ整った顔立ちと鉄製の兜からわずかに見える短い黒髪……

 若々しくはあるが立ち居振る舞いも堂々としていて、パッと見た感じ20代の半ばから30歳くらいに見える。


 「ははは、よく言われる」


 ゲオルグはそんなアルフレッドの事を咎めることもせずに笑って済ませる。


 「そういうことなら、タメ口で話させてもらうよ。俺はEランク冒険者のアルフレッド・ガーナンドだ。アルと呼んでくれ。ここには薬草採取のために来ていて、突然ワイバーンに襲われて危うく死ぬとこだった。ゲオルグが来てくれて助かったよ。ありがとう」

 「なに、気にすることはない。こっちとしても道に迷って困っていたからな。とにかくどこでもいいから町や村にたどり着きたいんだが、良かったらお前が拠点にしている街に案内してもらえないか?」

 「案内するのは別に構わないんだけど、いったいどこをどう迷ってたのか聞いても良いか? 迷子になること自体がどうってわけじゃないんだが、なにがどうなって地面の下から出てきたのかが気になってだな」


 道案内を了承したアルフレッドだが、それはそれとしてゲオルグの状況も知っておきたい。

 仮にゲオルグの事情がどんなものであったとしても別に道案内を断る気はないのだが、人間が地面の下から出てきた経緯はやっぱり気になるのだ。

 彼はどうして地面に埋まっていたのだろうか、と。


 「そうだな。どう説明したらいいのか悩む部分もあるんだが、とりあえず最初から順を追って話そう」


 ゲオルグは軽く咳払いをしてゆっくり話し始めた。

 要約すると以下の通り。


 ・ゲオルグは代々帝国に仕える騎士の家系で、【黒剣騎士団】という騎士団の団長を務める父親の指導の下に騎士の修行を修めている。

 ・4カ月ほど前に師匠である父親から「1年間武者修行の旅に出て見聞を広めてこい」と言われて旅立つことになった。

 ・どこに行くのかについては「あえて指定しない。自分の心の赴くままに旅せよ」とのこと。

 ・ゲオルグはとりあえず魔王軍との戦場に向かおうと西に向かって旅立った。

 ・しかし生まれつきの方向音痴が災いして、真逆の方向にある街に着いてしまい、その後も道に迷い続けた。

 ・いつの間にか魔境に入り込んでしまったらしく、全く人と会わない日が続き、そんな中で旅を続けて山を越え、海を越え、島にたどり着いてそこからまた大陸に戻ろうと船に乗ったら、全然見覚えのないところに流れ着き……なんだかんだで気付いたら地面に埋まっていた。


 「なんだかんだで埋まってたってどういうこと!? そこのところ詳しく知りたいんだけど!?」

 「いやまあ……小官もどこをどう通ったのやらさっぱりで……」

 「どこをどう通ったとしても地面から出てくることは物理的にあり得ないと思うんだが……ひょっとして転移か何かが起きたのかな? ちなみにゲオルグは転移が使えたりするのか? それが暴発して変なところに飛ばされたとかだったらまだ分かるんだが」


 一番知りたかった部分は本人も分からないらしい。

 嘘を付いている様子もないので、自分の知識を総動員してあり得そうな可能性を探してみる。


 「転移なんて全く使えない。自慢じゃないが小官は魔法系のスキルが一切使えなくてな。剣術や格闘術といった武術系のスキルだけで戦っている」


 しかしその可能性も違ったらしい。

 アルフレッドはふうっ、と息を吐いて思考を切り替えることにした。


 「まあ……なぜ地面から出てきたのかってのは気になるけど、分からないならしょうがないな。今日はもう街に帰ろうと思う」

 「うまく説明できなくてすまんな。道案内はよろしく頼む」

 「それはもちろんだ。こっちとしても命を助けられた借りを少しでも返したいしな。ところで相談だけどさ、無理しない範囲でいいからワイバーンの素材を持ち帰るの手伝ってもらってもいいか? ここにワイバーンが出たことをギルドに報告しないといけないし、それに装備品買うための金も欲しいしで、できるだけ多く持ち帰りたいんだが」

 「おお、構わんぞ。ところでそうだな、実は小官も剣や鎧を新調したい。アルが仕留めたのはそこの1体だよな? そっちはアルの取り分にするとして、小官が仕留めた分は小官の取り分ということでいいか?」

 「もちろん」


 こうして2人は帰路に着いた。


——コージロ湿原からの帰り道にて———————————————


 「……しっかし、すげえなあんた。ワイバーン2体背負って普通に走れるって。帝国の騎士ってのは、みんなそんなことができるのか?」


 コージロ湿原からアルタの街へと続く街道を走りながら、アルフレッドは斜め後ろを走るゲオルグを見てそう言った。


 ゲオルグはアルフレッドが仕留めた個体と自分で仕留めたリーダー格の個体を重ねて自前のロープで背中に固定し、その状態で走っている。

 ワイバーンは血抜きをして多少軽くなったとはいえ、2体合わせて数百kgあるはずなのだが、ゲオルグは平然としている。


 アルフレッド達は初めのうちは普通のスピードで歩いていた。

 だが街まで数時間かかると聞いたゲオルグが早く街に着きたいと言い出したことと、彼が本当に大丈夫そうだったことから、今2人はそれなりに速いスピードで走っている。


 「ふっふっふ、騎士の修行の中には重い荷物を持って長距離を走る行軍訓練というものがあってな。それに小官は武勇に限れば並の騎士より強いのさ。このくらいなら別に何の苦にもならん」

 「なるほど。最初にワイバーンを丸ごと持ち帰るって聞いた時には耳を疑ったが……ひょっとしてもっと速く走っても大丈夫か?」

 「全然大丈夫だ。むしろ早く街に着きたいから遠慮せずに行ってくれ」


 口だけでなくゲオルグは本当に余裕をもって走っている。

 それを確認したアルフレッドは一気にスピードを上げて最高速(もちろんアルタまでの距離を踏まえたうえでの速度)で走ってみるが、それでもゲオルグは平然とついてきている。


 (本当にすごい。たぶん<ステータス>がとんでもなく高いんだろうな。レベルはいくつなんだろ)


 そんなゲオルグの様子に内心舌を巻くアルフレッド。

 結果として2人は湿原からアルタの街まで1時間くらいで着いた。


 「街だぁーーー!!! やっと街に着いた! 小官は帰ってきたぞぉ! ははははー!!!」

 (この人、本当に長い間迷子だったんだな……)


 アルタの街に着いた時のゲオルグの様子は、それはそれは嬉しそうだった。

 両手でガッツポーズをして、大声を上げている。

 周りの人々からメチャクチャ見られているのだが、まったく気にしない。


 本人いわく数カ月ぶりに街にたどり着いたらしい。

 その様子を見たアルフレッドは、本当に街が恋しかったんだな、と同情と呆れが入り混じった表情を浮かべるのだった。


 物語世界の小ネタ:


 騎士について


 帝国や王国における騎士とは普通の兵士よりも位の高いエリート軍人です。

 一般的には武勇に優れていて、軍隊の戦術や礼儀作法などを学び、指揮官として兵士を指揮したりするなど国の軍事力の中核を担っています。


 そんな騎士になるためには、以下の段階を経て修行を積む必要があります。


 ・小姓 :

   1人の騎士に仕えて身の回りの世話をしながら武器の扱いや礼儀作法、学問を学ぶ。

   主人となる騎士から最低限の武芸と教養を修めたと認められるまで数年間修行を続ける。

   基本的には非戦闘員で戦力とは見做されない。


 ・従騎士:

   修行を積んだ小姓が主人から認められることで従騎士になる。

   引き続きその主人に仕えつつ、さらに武芸や礼儀作法、各種学問を修める。

   騎士の見習い扱いだが戦力にはカウントされており、騎士の指導のもとで戦いに参戦する。

   ※ゲオルグは今ここ


  →上記で十分な修行を積んだと認められると主人が国王や領主に推薦。

   推薦を受けた国王や領主から叙任を受けて正式な騎士になる。


 ちなみに<ジョブ>の中にも【騎士】というクラスがありますが、こちらは社会的な身分としての騎士とは全く別物になります。


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