第100話 【ヤクザ潰し】ドノバンの反応(sideドノバン)
——翌日【ワールム商会】にて——————————————————
「【アズル組】が壊滅しただとぉ!?」
アルタの街有数の大商会【ワールム商会】。
その商館の奥にある会頭の執務室で大声が鳴り響いた。
傘下組織である【アズル組】の事務所が襲撃されて壊滅したという報告が【ワールム商会】の会頭ドノバンのもとに届いたのだ。
「本当なのか!?」
素人目にも分かる豪華な調度品に彩られた広い部屋で、その部屋の主である太った小男は信じられないと言いたげな顔で、その報告を告げた者に聞き返す。
彼はドノバン・ワールム。
上述の通り【ワールム商会】の会頭で、【アズル組】を乗っ取った張本人で、そして教会の土地を地上げしようとしたり、ついでに逆恨みでギルド長のラルクを失脚させようとあれこれ悪巧みしたりしている黒幕である。
その彼はあまりにも突然の凶報に狼狽えている。
「はい。【アズル組】の壊滅は間違いなく事実です。組長のギルトッドを含めて組員全員が行方不明。事務所は荒らされ、裏取引などの表には出せない書類が無くなっていたそうです」
その報告を持ってきた秘書の男もまた険しい表情で事の詳細を説明する。
事態は深刻だ。
【アズル組】はドノバンにとって極めて都合の良い存在だった。
ドノバンはもともと普通の土建屋だった【アズル組】を乗っ取り、腹心のギルトッドをそこの組長に据えることで自分の好きなように動かせる「自分とは無関係の別組織」を手に入れた。
ドノバンの命令なら何でも従い、それでいて法の上ではただの取引相手に過ぎない別組織。
仮にそこが何かの罪を犯して摘発されたとしても、ドノバンや【ワールム商会】が追及されることはない、いつでも切り捨てることのできる都合の良い存在。
ドノバンはそんな【アズル組】に荒事や裏工作が得意な者達を送り込み、さまざまな犯罪を通じての金儲けや、ライバルの妨害などを行わせていた。
その【アズル組】が壊滅したのだ。
もともと都合が悪くなったらいつでも捨てるつもりでいた組織だが、だからといっていきなり壊滅しても問題が無いというわけではない。
【アズル組】には表に出せない後ろ暗い仕事をいくつも任せていた。
組が潰れたことによってそれらの仕事もできなくなってしまった。
その損害はかなりのものとなるだろう。
それ以上に警戒しなければならないのが【アズル組】を襲撃した敵の存在だ。
その敵はあくまで【アズル組】だけを狙っていたのか、それともドノバンや【ワールム商会】にも襲い掛かってくるのか、そこも確かめねばならない。
「誰がやったのかは分かっているのか?」
「はい。周辺住民の話では、昨夜あの【マッスル・オッカーマー】が手下を率いて組を襲撃したとのことです。夜中に突然、あの怪物の笑い声とヤクザ達の悲鳴が鳴り響いて、こっそり確認したところ奴らが事務所を襲撃しているところを目撃したと……」
「うわぁ……夜中にあのオカマ怪人が襲ってくるなんて……それなんの悪夢だよ」
「例え命は助かったとしても、一生モノのトラウマですね……」
その光景を想像してドノバンと秘書は震え出す。
自分がそんな目に遭うのは絶対に避けたい。
ちなみにマッスルさんの強さと性癖はアルタの街ではかなり有名であり、女性はともかく男性からはものすごく恐れられているのだ。
「そ、それで他に分かっていることは? 奴が【アズル組】を襲った理由とか」
「はい。なにぶん昨日の今日なので、まだ調査中なのですが……確実に分かっていることが2つほど。まず1つ目、奴は金銭には手を付けず、ヤクザ達の身柄と犯罪の証拠となる書類を持って行ったそうです」
「ふむ……となると、目的は組の摘発か?」
「はい。その可能性が高いと思います。奴は自警団の真似事をしているという話なので」
【マッスル・オッカーマー】が【アズル組】を摘発したとしてもこれといった利益は得られない。
普通に考えたならば彼が【アズル組】を襲撃する理由は全くないと言える。
しかし彼は普通ではないので、何かのきっかけがあったなら、あるいはそんなこともやるのかもしれない。
そこまで考えたドノバンはひとまず2つ目の情報を聞いてみる。
「で、2つ目は?」
「これは事務所が襲撃される前の話なのですが、昨日の夕方ごろにとある路地で、ギルトッドを含む【アズル組】の人間が奴に襲撃されて捕らえられたそうです」
「ふむ。では順番としては、まずその路地での襲撃があって、その後に組の事務所が襲撃されたということか」
「はい。そうなります。話を続けますが、その時奴は冒険者と共に行動していたそうです」
「なにぃ!? 冒険者だとぉ!?」
ドノバンは「冒険者」という言葉に敏感に反応した。
「は、はい。理由は不明ですが、【シイメ桜祭り】の法被を着た冒険者2人が【マッスル・オッカーマ―】と共にヤクザ達と戦っていたと。その冒険者については恰好からして祭りの警備依頼を受けた冒険者でしょう。そこからまた詳しい情報を得られるかと思いますが、現時点で分かっているのはここまでとなります」
「ラルク! 奴だな! おのれぇ……」
「え? ラルク? ギルド長のラルクですか?」
報告を聞いたドノバンはなぜか街のギルド長の名前を口にして憤る。
秘書はきょとんとした顔でドノバンの言葉の意図を確認する。
自分が上げた報告の中にはラルクのことは一切出ていない。
そのためなぜドノバンが彼の名前を出すのか理解できないのだ。
「分からんのか! 【マッスル・オッカーマ―】は元冒険者だ。そしてギルドは最近人手不足を理由にして奴に依頼を持ち込んでいる。ラルクは人手不足を口実にしてあの怪物に近づき、奴を使って我々を潰す気だ! 一緒にいた冒険者と言うのは奴の息のかかった手駒だな! 間違いない!」
「えええっ!?」
分かっていない秘書に自らの推測を聞かせるドノバン。
間違いないと言っているが、実は大間違いだったりする。
この件にラルクは一切関係ない。
ドノバンは【アズル組】を介して様々な悪事を行っており、その中の1つに教会に対する地上げがあった。
教会に保護されている孤児の1人であるアンリはそのために【アズル組】を敵視しており、祭りの日に偶然見かけた組長ギルトッドを追跡。
結果として怪しい取引現場を目撃してギルトッドに追いかけられることとなる。
そんな彼女を捜していたアルフレッド、リリヴィア、マッスルさんが間一髪のところで駆けつけてギルトッド達を撃破。
さらに今後の報復の芽を潰すために組の事務所を襲撃した。
これが今回起きた事件の全容である。
加えて付け加えるならアルフレッドとリリヴィアはかねてより地上げの事を聞いていて、アンリのことが無くても【アズル組】やその上の【ワールム商会】を潰すつもりでいたわけだが。
【アズル組】襲撃にマッスルさんが加わったのは本当に偶然の成り行きであり、ドノバンが目の敵にしているラルクにいたっては全く何一つ関わっていない。
しかしそれを知る者はここにはいなかった。
ドノバンは勘違いしたまま語り続ける。
「ラルク……奴は前々から目障りだった。無駄に潔癖で正義感が強く、賄賂や贈り物が通じんし規則にもうるさいし。その挙句が賄賂の摘発だ。奴がギルド長の地位にいる限り儂は思い通りのことが出来ん! ゆえに! 儂は奴をギルド長の座から引きずり降ろすことにした!」
「はい。魔王討伐の長期化や先日のレイドクエストの失敗による影響もあって、ラルクの立場は微妙なものとなっております。ですので上手くすれば、やり方次第で奴を失脚させることもできると、水面下で動いているところですな」
「うむ。だがしかし、いくら慎重に動くといってもあちこちに金をばら撒いたり根回ししたりしなけりゃならん。その動きに関しては全て隠し通せるものでもないから、途中で奴に気付かれるのは覚悟する必要がある」
「つまり、ラルクは我々の動きを察知し、先手を取って攻撃してきた。【マッスル・オッカーマ―】と2人の冒険者はその尖兵だと?」
「うむ。まず間違いあるまい。ギルド長の地位と権力があれば冒険者を自分の兵隊として使うなど造作もない……ふん、クソ真面目なだけが取り柄の堅物だとばかり思っていたが、さすがにギルド長の地位には固執するか」
ドノバンは顔を歪めて的外れな確信を口にする。
いままで様々な悪事を重ねてきた彼はラルク以外にも多くの敵を作っているのだが、他の敵が関わっている可能性を全く考えていない。
人は一度こうだと思い込むと、なかなか間違いに気付けなくなってしまうのだ。
ましてやギルド長ラルクという、権力と言う点においては自分を上回る強敵がいて、その強敵に対してあれこれ画策しているのが今のドノバンの状況なのだ。
それに対し、地上げしようとしていた教会などは、彼からしてみれば敵と言うにはあまりにも小さな存在。
もはや路傍の石か、せいぜい自らを肥え太らせる食い物でしかない。
そんな状況では、眼中にもない小さな教会にいきなり強力な味方がついて反撃してくる可能性など、思いつかなくても無理はない。
「して、いかがいたしましょうか。ラルクが我々を狙っているとなれば、下手をするとここも危ういのでは……早急に何か手を打たねば!」
「ふん! 向こうが強引な手を取るのなら、こちらはそれ以上の手を取るだけよ。ギルトッドに手に入れさせた【ジャム】の確認はどうなっておる?」
慌てる秘書に向かって、ドノバンは昨日手に入れたばかりの【ジャム】と呼ばれる違法錬金薬に関する状況を尋ねる。
【ジャム】は【アズル組】が襲撃されるきっかけとなった取引で入手されたもの。
手に入れたそれを組長ギルトッドはアンリや裏切り者のグスロー達を追いかけている間、部下を通じていちはやく【ワールム商会】に届けさせていたのだった。
「はい。昨日届いた【ジャム】は商会で子飼いにしている錬金術師達によって現在品質試験中でして、それが終わるのは明日の夕方ごろになる見込みです。先ほど状況を聞いてみたのですが『今のところ、品質に問題は見つかっていない』とのことでした」
「よし、その品質試験を急がせろ。アレを使う」
「なんと!? お言葉ですが、アレは来たる儀式のために用意していたのでは?」
「別に全部使うわけではない。もともと量を多めに確保させていたから、少しくらい別の使い方をしても問題ない」
「了解いたしました。早速手配いたします」
ドノバンは【ジャム】を使ってラルクの排除を行うことを決意する。
「早急に計画を練らねばな。あのオカマが襲ってくる前に! まずは情報収集からだ! かねてより買収しているギルド職員からここ最近と今後のラルクの動きについて情報を吸い上げろ!」
「ですね! ヤクザの【アズル組】はともかく、アルタ有数の大商会である【ワールム商会】に理由もなく押し入ってくるとは思えません。とはいえ、あるいはなにか難癖をつけてくることも考えられます。情報収集と共に警戒も強めましょう」
「うむ! 戦力も調達せねば。商会の用心棒やそこいらのヤクザでは力不足も良いところだ! そして冒険者は誰が奴の手駒になっているか分からん、となれば……後は言わなくても分かるな?」
「はい! 大至急、奴らを呼び寄せます」
「よし! 最低限の備えが出来上がるまで儂は身を隠す。その間のことは任せるが、抜かるでないぞ!」
「はっ! お任せください!」
そう言って2人で頷き合う。
こうしてドノバンは事件と全く関係のないラルクに矛先を向けるのだった。
物語世界の小ネタ:
【ジャム】の名前について
ドノバン達が【ジャム】と呼んでいる錬金薬は本当の名前が別にあります。
しかし彼らは決してその本当の名前を使いません。
なぜならそれは非常に危険なものなので、所持するだけでも罪に問われてしまうからです。
【ジャム】という当たり障りのない別の名前を使っておけば、誰かに聞かれて怪しまれたとしても、「いえいえ、パンに塗るジャムの話ですよ」とか言い訳をして誤魔化すことが出来るので、そうしているわけです。




