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第99話 【ヤクザ潰し】事務所襲撃

——【アズル組】の事務所にて——————————————————


 時刻は午後8時ごろ。


 アルタの街の中央を通る大通りから少し脇道にそれたところに2階建てのレンガ造りの建物がある。

 表向きは土建屋で、裏ではとある悪徳商会の下部組織【アズル組】の事務所だ。


 元は真っ当な土建屋だったものがヤクザ組織に作り替えられて数年、今では狡賢く法の網を掻い潜り、時には暴力、時には金であらゆる非道を押し通す無法者達の根城となっていた。


 そんな【アズル組】の事務所には数十人のヤクザ達がいて話し合っている。

 話の内容はもちろん連絡が取れなくなった組長のこと。


 組長のギルトッドはアルフレッドに敗れて囚われの身になっているわけだが、その時に一緒にいた手下達も全員捕らえられてしまった。

 そのため事務所にいる者達は組長達に何があったのかを知らなかった。

 組長に何があったのか、なぜ事務所に戻ってこないのか、様々な憶測が飛び交っていた。


 そこに突然3人の怪しい人間が入ってくる。


 「はいはいはーい! ちゅ~もぉ~く!」


 パンパンと手を叩いて注目を集めながら話しかけるマッスルさん。

 服装はやっぱりブーメランパンツと蝶ネクタイだ。


 「うっふふふ……意外と好みの子が多いわね。ドキドキしちゃうわぁ~」

 「こらこら、あんまり羽目を外しちゃダメよアラン。お留守番のクーとダミアンもあまり待たせちゃ悪いし、早く片付けるわよ」


 マッスルさんの後ろにいるのは【マッスル四天王】のうちの2人だ。

 舌なめずりをしながら獲物を見つけた狼のような目でヤクザ達を見ている、黒のゴシックドレスを着た無精ひげの大男がアラン。

 そのアランを窘めている、女物のワンピースを着て化粧もバッチリ決めたモヒカン頭の大男がビリー。


 ちなみにクーとダミアンというのは四天王の残り2人のことであり、彼らは【情熱の赤薔薇亭】で捕まえたヤクザ達の見張りをしているため、ここには来ていない。


 「な、なんだてめえら!?」

 「私は【情熱の赤薔薇亭】の主人で【マッスル・オッカーマー】ことオッカーマ―・ゲイツ。親しみを込めて、『マッスルさん』って呼んでね。今日は悪事を続けている貴方達を更生させるためにやってきたの~」

 「【マッスル・オッカーマー】って、あの!?」

 「おい、例え誰であろうが、ふざけてるとぶっ殺すぞ!」


 マッスルさんの突然の登場に動揺が走ったヤクザ達だが、すぐに冷静さを取り戻したらしく、今ではマッスルさん達を取り囲んで睨みつけている。

 また事務所の奥にいた者達も事態に気付いて次々に駆け付けている。


 「うふふふ~私を殺すぅ? できると思って?」


 マッスルさんは両手を上げ、ボディビルの「アブドミナルアンドサイ」のポージングを決める。


 「けっ、俺がやってやるよ! てめえらみてえな頭のイカれた連中となんか話すだけ無駄だ! 〖鉄斬り〗!」


 ヤクザの1人が剣を抜いて、マッスルさんの腹を目掛けて横一線に斬りつける。

 しかし、彼の剣はマッスルさんの身体を傷付けることはなかった。


 「バカな!? 斬れねえだと!?」

 「ほほほ。私の腹筋はそう簡単に斬れるほどヤワじゃないの。最低でも一流を名乗れるくらいの斬撃じゃないと、傷一つ付かないわ~」

 「バケモンだ……」


 剣は確かにマッスルさんの腹にあたったものの、彼は全くの無傷だった。

 そのことに驚愕するヤクザ。


 「さあ、次はこちらの番ね」

 「なっ、放せ!?」


 マッスルさんは素早く両手を回し、そのヤクザをがっしり抱きしめる。


 「ディープキス」


 ブッチュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!


 「ーーーーっ!?」


 マッスルさんはその男の口に尖らせた自分の唇を当てると尋常じゃない肺活量で思いっきり吸い込んだ。

 ヤクザの男は苦しそうに手足をジタバタさせているが、彼を捕まえているマッスルさんの両腕は微塵も動かず、ただなされるがままだ。


 「マ、マサの兄貴ぃ!?」

 「やべえぞ! 吸われすぎて顔が変形してる!?」


 マッスルさんのキスの威力は凄まじかった。

 マサと呼ばれたヤクザは、唇だけでなく鼻や頬など口の周辺の皮膚までがマッスルさんの口の中に吸い込まれてしまっており、それに引っ張られて顔面がとんでもない状態になってしまっている。

 さらには意識も飛んだらしく、さっきまでジタバタしていた手足も今はだら~んとぶら下がっていた。


 「あぁ~ん、羨ましいわぁ~」


 うろたえるヤクザ達をよそに【マッスル四天王】の1人、アランは片手を頬につけてうっとりした目でマッスルさんに吸われるマサを見ている。

 彼にとってマッスルさんのキスはご褒美なのだ。


 「ふ、ふざけんな死ねぇー!」

 「脱衣投げ!」


 そんなアランにヤクザの1人がナイフを持って斬りかかるも、一瞬で投げ飛ばされる。


 「な、投げると同時にズボンを脱がしたぁー!?」

 「ふふふ。『投げる』と『脱がす』を同時に行う妙技! 面白いでしょお」

 「いや、脱がす必要ねえだろ!?」


 ヤクザから脱がしたズボンを畳みながらニタァと笑うアラン。


 「ああ、滾る! 滾るわぁ! もう我慢できない~」

 「こっちも脱ぎだした!?」


 一方その横ではビリーが着ている服を脱ぎ始める。

 その顔は恍惚とした表情を浮かべている。

 彼は興奮すると服を脱ぎだす性癖の持ち主なのだ。


 「ち、近寄るな! 頭おかしいぞお前らぁ!」


 名状しがたい恐怖に戦慄するヤクザ達。


 「さ~て、次はどの子かしら~」


 そんなヤクザ達に止めを刺すかのようにマッスルさんが動き出した。

 彼の足元には白目をむいて気絶したマサが転がっている。


 「やべえ! 悪いけど俺は逃げるぞ!」

 「俺もだ! やってられるか!」


 我先に逃げ出したヤクザ達。

 しかし彼らはそこで絶望を知ることになる。


 「なんだこれ!? 外に逃げられねえぞ」

 「透明な壁で囲まれてる!?」

 「あいにくと、事務所の周りに障壁を張らせてもらったわ。1人も逃がすわけにはいかないからね」

 「悪いけど観念してくれ……一応殺しはしないそうだから」


 そこにいたのは勝ち誇るリリヴィアと相手に同情しているアルフレッド。

 ついでにグスローとツァコフも2人の後ろに控えている。

 実はマッスルさん達が突入する直前にリリヴィアが魔法で障壁を張り、事務所からヤクザ達が逃げられないようにしていたのだ。


 「ふざけんなぁ!」

 「やられてたまるかぁ!」


 ヤクザ達は必死に障壁を壊そうと武器を叩きつけるが、彼らの力ではどうにもならなかった。


 「うっふふふ……そう怖がることはないわぁ~。殺しはしないから。ただ貴方達を生まれ変わらせるだけよ~」

 「安心しなさいな~。とっても良いところに連れて行ってあげる。たっぷり可愛がってあげるわよ~」

 「既に組長さんも向こうにいるわ~。みんなでいっぱい楽しみましょ~!」


 ヤクザ達の後ろからマッスルさん達が近づいてくる。

 逃げ場はない。


 「た、助けてくれぇー!」

 「ひぃっ!? 金なら出す! 見逃してくれぇ!」

 「「「こんなのあんまりだぁーーー!!!」」」


 こうして夜の街に悲鳴が鳴り響き、【アズル組】の事務所は地獄と化すのだった。


  ・

  ・

  ・


——【情熱の赤薔薇亭】の食堂にて————————————————


 「今日は珍しく平和な一日だと思ってたら、一気に動いたな」

 「そうね。迷子探しからヤクザとの戦いになって、その日のうちにヤクザの組が1つ潰れるとは思わなかったわ」


 その日の夜遅く、アルフレッドとリリヴィアは夕食を食べながら今日起きた出来事を振り返っていた。


 今日は朝早くから祭りの警備の仕事をしていて、初めのうちは……というか、かなりの間なんのトラブルもない平和な時間が流れていた。


 それが変わったのは午後4時ごろ、教会のシスターであるリリアンから迷子の相談を受けて捜索した結果、ヤクザ組織【アズル組】が関わっていることが判明しそのまま撃破。

 アルフレッド達はもともと【アズル組】を倒すつもりだったこともあって、一気に組の事務所を襲撃して壊滅させた。


 現在は捕らえた組の構成員50人余りをここ【情熱の赤薔薇亭】の地下室に監禁して取り調べを行うとともに、事務所襲撃後にグスロー達が見つけた犯罪の証拠を精査している。

 グスローが言うには、見つけた証拠は禁制品の売買や有力者の弱みを握っての脅迫、不正な裏取引などであり、出すところに出せばバッチリ摘発できるという。


 戦いの過程で無関係だったマッスルさん達や警備責任者のロックを巻き込んでしまったことには申し訳ない気持ちも出てくるものの、とにかく事態は一気に進展した。


 「とにかくこれで【ワールム商会】はかなりの痛手を受けたわね」

 「ああ。でも致命傷ってわけじゃないみたいだぜ。そもそも【アズル組】をわざわざ乗っ取ってヤクザ化してたのは汚れ仕事を押し付けるためで、いざとなれば組ごと切り捨てて自分達が捕まらないようにするためらしいからな」

 「仮に今日押さえた証拠で【アズル組】を摘発したとしても、トカゲの尻尾切りで終わる可能性が高いということね。商会を潰すにはさらなる追撃が必要、と」

 「そういうことだな。ところでリリ、向こうはどう動くと思う? いきなり傘下の組織が潰されたわけだから、俺はなにかしら反撃が来てもおかしくないと思うんだが」

 「そうねえ……」


 アルフレッドの問いにリリヴィアは食事の手を止めて考え込む。

 そして数秒後、考えがまとまったらしく彼女はアルフレッドの目を見て再び話し出す。


 「あくまで推測だけど、反撃自体は来るでしょうね。でも今すぐってことはないと思うわよ」

 「猶予があるってのか?」

 「そう。向こうとしては【アズル組】が壊滅するなんて思ってもみなかったことでしょうし、その【アズル組】が【ワールム商会】の犯罪を請け負っていた以上、他に実行部隊がいるとも思えない……今日明日でいますぐ動き出せるとは考えにくいわ。まずは情報集めと戦力の準備からやらなきゃならないわけだし」

 「なるほど。じゃあ、向こうはその準備が整うまでは動けないわけか」

 「決めつけるのは危険だけどね。向こうが動き出す前にこっちからさらに追撃して潰してしまいましょう」

 「分かった。じゃあ、それを踏まえて俺達が明日からどう動くかだけど、なにか考えはあるか? 商会の人間はヤクザってわけじゃないし、下手に襲撃なんかしたらこっちが捕まりかねないんだが」

 「そこは地道に情報を集めるしかないわね。捕まえたヤクザ達や手に入れた証拠から【ワールム商会】を追い詰めるネタが出てくればいいのだけど」

 「そこら辺はマッスルさんやグスローさん達に任せようって話だったな」


 アルフレッドは、マッスルさんが事務所で捕まえたヤクザ達を地下室に連れていく場面を思い出す。


 絶望に染まったヤクザ達が後ろ手に縛られて歩かされる姿を尻目に、マッスルさんとリリヴィアがこの後の尋問について話し合ったわけだが、マッスルさんは尋問に関して自分達に任せるようにと主張してリリヴィアやアルフレッドに譲らなかったのだ。

 リリヴィアが特製自白剤【ゲロ―ル】を見せてこれならあっという間に口を割らせることができると言ってみても、彼は「薬に頼るのはポリシーに反するの」と言って受け取らなかった。


 またグスロー達が持ち帰った証拠品についても、アルフレッド達は特別役に立てるわけでもないため彼らに任せることになった。

 そんなわけで尋問や証拠の精査に関してはアルフレッド達の出番は無いのだった。


 「あと気になるのは今日組長が取引してたっていう【ジャム】だけど、あれ結局見つかってないだよな」

 「ええ。事務所のどこを探してもないから、ひょっとしたら【ワールム商会】に渡したのかもってグスローが言ってたわ」

 「【ジャム】がどういうものかにもよるけど、それから調べてみるか」

 「そうね。まあ誰に聞けばいいのかって問題があるのだけども……」


 【アズル組】を襲撃する前に教会で話し合った際には、そこにいた者達は誰も【ジャム】について知らなかった。

 ということはつまり、一般的に知られたものではないということ。

 薬物もしくは犯罪の専門家に聞くか、もしくは絶対に知っているであろう組長ギルトッドに聞く必要がある。


 なのだがアルフレッド達には薬物や犯罪の専門家に知り合いなどおらず、ギルトッドの尋問はマッスルさん達が行うことになっている。


 「……結局俺らじゃ調べられないわけか」

 「まあそういうことね。ひょっとしたら何かのきっかけで知ることが出来るかもだけど」

 「うん。分かった……」


 冷静に考えてみると、いま自分に出来ることはほとんどないという結論になった。

 そのことに情けないという思いが湧いてくるが、落ち込んでもしょうがない。

 とりあえず、なにかすべきことはないかと思考を切り替える。


 「そういうことなら、明日は普通にギルドで依頼を受けて、それから新しい宿の確保だな。ここに泊まるのは今日までだし。お前はどうする?」

 「私は人に怪しまれない範囲で【ワールム商会】について探ることにするわ。既に7泊分の料金を既に支払っているから、必ずしも依頼を受けなきゃいけないわけじゃないし」

 「分かった。くれぐれも無茶しないでくれよ」

 「分かってるわよ。心配性ね」

 「なんたって、いざとなったら皆殺し、なんて言う奴だからな。ちゃんと法律は守れよ」


 アルフレッドは半目で釘を刺す。

 彼女は下手をすると1人で商会に突撃して死体の山を築きかねないと、アルフレッドからは思われていた。


 「うるさいわね、分かった分かった。ところで話は変わるけど、ご飯食べ終わったら模擬戦しない? 今日は朝早くから警備の仕事についたおかげでいつもの訓練メニューが熟せていないのよね」

 「ああいいぞ。俺もこのあと訓練したかったし」

 「それと【デビルブラックトリカブト】を使っての耐性上げもやりましょう。ギオウとの戦いで全部使ったから中断していたけれど、昨日の夜に新しく作っておいたから」

 「……ああ、分かった」


 【デビルブラックトリカブト】の耐性上げについて、アルフレッドは蒼褪めながらも了承した。

 数日前に死にかけた記憶がトラウマになって思わず「それはもう止めにしないか」と言いそうになったのだが、強くなるためだと必死に自分に言い聞かせて了承したのだ。


 そうして食べた【デビルブラックトリカブト】入りの干し肉(見た目は赤紫色のヘドロ)はやっぱりトラウマになるくらいまずかったという。


 物語世界の小ネタ:


 「ディープキス」や「脱衣投げ」というスキルは存在しません。


 マッスルさんがやっていたのはただのディープキス(威力が殺人級なだけ)で、アランがやった「脱衣投げ」は格闘術スキルの〖背負い投げ〗をアレンジしたものです。


 強者の中には普通のスキルを自分流にアレンジして使う者もいるのです。


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