紅爆
一人、暗闇に輝く"巨大なウイング"を眺めていた。
そんなに飲まないコーヒーを片手に、こんな時間も悪くないなって。
ここは空港の"あのラウンジ"。
今日で羽田も最後になる、当分来ないでもいいくらい楽しんでおかないと。
もう一杯飲もうと思ったけど、やっぱりリンゴジュースにしとこうかな、これだけ大々的に推してるなら。
席にそれぞれ浮かんでいるホログラム状のタッチパネルには、育成過程の動画が流れている。
なんでも、池袋の特別な屋上で栽培されたらしい。
どこにそんな事出来る空間があったんだ⋯?
と思ったら、1.5メートルほどの小さな木から"このリンゴ"が出来るらしい。
こんな木から作れるなんて、聞いた事ない。
"都内りんご"って、名前そのまますぎるのもなんかいい。
そういえば、"あの違う羽田の機内で飲んだリンゴジュース"も良かったのを思い出した。
あれはどんなリンゴを使っていたんだろう、無駄に気になる。
でも、もう"あの場所は存在しない"んだよな。
なんて事を考えながら、注がれたジュースを軽く飲む。
濃くもすっきりとした後味が口中に広がり、いつの間にか一杯飲んでしまっていた。
めっちゃいい、"都内りんご"。
こんな夜の空港を眺めながらなんて、普段しないからか凄い落ち着く。
もう少ししたら全員ここに集まる、それまでこの穏やかな雰囲気を堪能しておこう。
明日からはまた、死と向き合い続ける日々が始まってしまうから。
さらにもう一杯、次は炭酸の方に変えて楽しんでみる。
ここでは、ボタンを押すだけで自動で席まで入れに来てくれる。
その入れて貰う途中、視線の奥に"何か"が見えた。
飛行機の尾の方から、あれは煙⋯?
そう思った瞬間、心臓が跳ね上がるほどの爆発が起こった。
強烈な爆風で空港全体が大きく揺れ、辺りから警報が鳴り始めた。
激しい警報音の中、周囲にいた客が慌ただしく逃げていく。
俺は一人残り、もう一度飛行機の方を見た。
全身から激しい炎が上がり、煙の量もさらに増していっている。
「⋯ルイ!」
背後から響く一人の声。
「⋯ユキ! 大丈夫か!?」
「私はなんとも。ルイは?」
「俺も何も。他のみんなは?」
「それが⋯」
視線を"あっち"へと向けるユキ。
⋯嫌な予感がする
「シンヤ君が⋯睡眠空旅で⋯」
「⋯ッ!」
誰に通話しても反応が無い。
走りながらトゥウェルバーによる視点切り替えをすると、ユキの視点しか映らず、ヒナの視点さえも映らない。
⋯まさか、もう"あの炎の中"に⋯?
悪い妄想だけが、脳内を覆い始める。
すぐに銃剣を取り出し、国際線の搭乗口を駆け抜けた。
周りは避難したのか誰もおらず、突っ込んでいく無謀な人間は俺だけ。
ニイナから借りたままのお面を付けると、機内へと一目散に乗り込んだ。
これを付けていれば、吸った空気を浄化してくれるため、これだけの量の煙幕だろうが関係無い。
シンヤもだけど、あいつらはどこに⋯?
一番後ろまで行ったのだろうか?
⋯とにかく探すしかない
惨い死に方をしてる数人を見かける途中、落ちているL.S.を1つ見かけた。
これ⋯"シンヤのやつ"⋯じゃないか⋯?
なんで⋯こんなとこに⋯
拾おうとした瞬間、後ろに気配を感じた。
振り向くと⋯
「!?」
そこにいたのは、なんとAI総理だった。
俺たちが止めるべき存在が、何故か目の前にいる。
一歩動こうとした時、腹回りに"強烈な熱さ"が走った。
何が起こったのか分からず、腹を見ると⋯
― 腹を全て裂かれていた
総理を見ると、「さようなら、イーリスの成功者」と小さく呟き、その場から去ろうとする。
「待て」という言葉すら出ず、俺の上半身と下半身は離れ⋯
♢
「待てッ!!」
「うお!?」
⋯あれ?
「びっくりさせんじゃねぇ、起きてんのかよ」
シンヤが唖然とした顔で隣に座っている。
辺りを見ると、飛行機に爆発など怒ってる様子も無く、警報音も響いていない。
「もう少ししたら、新崎さんたちも来るってよ」
「⋯あ⋯あぁ」
俺はシンヤの全身を確認した。
「お前、怪我とかしてないよな?」
「はぁ? なんだ急に」
シンヤが両手を広げる。
まるで持ち物チェックでもしてるかのように。
その身体には何も変わりようは無い。
⋯つまり⋯夢だったん⋯だよな⋯?
あまりにリアルすぎて、起きた今も区別が付かない。
「なんだぁ? 変な夢でも見てたのか?」
「まぁ⋯そんなとこ」
「いつも寝ないとこで寝たからだろ」
確かにそうだ。
こんなとこで寝るなんて、普段はしないのに。
そのすぐ後、ユキたちが入ってきた。
ユキもさっき会ったまま、違和感は特に無い。
⋯なんだったんだろう⋯さっきの夢は⋯
シンヤのL.S.を見つけて、AI総理と会うっていう流れも意味が分からない。
夢特有の謎の空間だろうと自分に言い聞かせ、俺はみんなの会話に混ざった。




