〇第八話『魔物との戦闘:①』
「はぁ、はぁ、はぁ……。ユウヤ、いくら何でも早すぎるよ……」
「悪い悪い、でもおかげで早く着いただろ」
予定では徒歩で二日ぐらいでベルカ大森林に付く予定だった。
が、まさか半日かからなかったとは。
少なくとも100キロ以上の距離は全速力で走ったはずけど……。
しかも全然息切れもしないし、あと100キロ走れと言われても余裕で走れる気がする。
人間の腕なんか簡単にへし折れるほど怪力。
100キロ以上の距離を全力疾走しても平気な体力。
魔族の身体ってみんなこんなもんなのかね……?
「ユウヤ、何か森の様子が変かも」
リーシャは心配そうに森の中を見つめ、俺は袖を引っぱられる。
「変?」
「森の中が異常に静かすぎるの。それに、ここまで凄い血の臭いが漂ってくる」
「血の臭い? そんなことまで分かるのか」
さすがは獣人、嗅覚は獣並みってことか。
「ちなみにその臭いって何所から来てるかって分かる?」
「うーん……。臭いが強い方向を辿ればなんとかなるかも」
「でかした! さっそく案内してくれ」
お手柄のリーシャの頭を撫でる。
リーシャは何所か嬉しそうな表情を浮かべていた。
「よし、とっとと倒しに行くぞ! 急がないと他の冒険者たちも来ちゃうしな」
リーシャの嗅覚を頼り、森を進むこと一時間。
竜どころか他の生物すらにも遭遇しない状況が続き、森の中はただただ不気味な沈黙が漂っている。たまに鳥の鳴き声が響き、不気味さを強調している。
「不気味だな。何かしらの生き物に遭遇してもいいとは思うけど」
「スンスン……こっちからの血の臭いが凄く強くなってる」
恐る恐る俺とリーシャはその薄暗い方角に向かう。
奥に進むにつれ、空気の淀みがどんどん濃くなっていく感じがする。
嫌な感じがするな……。
とりあえずリーシャを後ろに下がらせて俺が先行して前に進む。
グニッ
「ん? 今何か――って、うぉ!?」
視線を足元に落とすと、俺は千切れた人間の腕を踏んでいた。
血塗れの腕に少し後退り、リーファの表情は真っ青に青ざめる。
「ユウヤッ――! あれ……」
リーシャが指さす前方を見ると血塗れの死体が転がる無惨な光景が広がっていた。
人間の死体が複数人、獣人や鳥人の死体も転がり、全てが原型を留めていない。
恐らく先遣隊で送られた冒険者たちの死体だろう。
「ひっでぇ……。これ全部、魔物がやったのか……」
まるで食い散らかされた後のような死体ばかりだ。
周囲に肉片が飛び散り、濃い血と臓物の臭いで思わず鼻を押さえる。
「これって魔物の食った跡かな?」
「魔物は基本凶暴で肉食なの。戦闘経験のない素人は出くわしたら一溜まりも無いよ。しかも竜鱗族の魔物ってなるとかなり食欲旺盛だと思う」
確かに。
なんの武器も持ってない人間が腹ペコの獅子に出くわすみたいなもんだしな。
それにしても不思議だ。
無惨な死体が大量に転がってるっていうのにどうして俺はこうも落ち着いていられるんだろう。
奴隷商の男たちを殺した時も躊躇なく殺せてしまったし、殺した後の罪悪感なんてものも感じなかった。これもこの身体のせいなのか?
だとしても人の死を始めて目の当たりにしてこうも何も感じないもんか……?
もっと何か、こう罪悪感とか湧くもんかと思ったけど……
「これは一刻も早くこの身体の魔族の正体を知らないと――って……リーシャ? どうした?」
「…………………ッ」
リーシャの様子がおかしい。
ブルブルと小刻みに震え、真っ青だった顔がさらに真っ青になっている。
瞳孔が開き、リーシャは震えながら俺の背後をゆっくりと無言で指さす。
「後ろ? 後ろに何かいる、の……か……――――」
木々の間から覗くゴツゴツとした黒い鱗の皮膚。
その巨大さに思わず上を見上げると禍々しい角を生やした漆黒の竜がこちらを睨みつけていた。
「ユ、ユウヤッ……」
「リーシャ、動くなよ」
こいつか。竜の魔物ってのは……。
想像以上にデカイし厳つい。
虎や獅子なんて比じゃない迫力だ。
木々の茂みの上から軽々と俺たちを見下ろせる巨体と長い首。
岩のようにゴツゴツとした硬そうな鱗にどんな大木も一撃で薙ぎ払えそうな太い尻尾。
全身が漆黒の鱗で覆われ、冷静だった俺の思考が緊張で一気に張り詰める。
まさに幻獣の頂点に相応しい。そんな姿を惚れ惚れしながら見てると――。
「――ッッ! リーシャ!!」
惚れ惚れと見つめていると魔物は俺とリーシャ目掛けて噛みつこうと首を下ろしてきた。
素早い上空からの噛みつき攻撃に俺はリーシャを抱え、間一髪で躱す。
「っぶなぁ!? 問答無用かよ!?」
「ユウヤ、やっぱり無理だよ! こんなの倒せっこない!」
「だったらお前だけでも逃げろっての! それが嫌だったら離れてろ!」
俺はリーシャに離れた木陰に隠れてるよう避難を促す。
リーシャは急いで離れた木陰に避難し、俺の様子を伺う。
とりあえず、あれだけ離れてれば魔物の攻撃はリーシャに届かないな。
お守するケモ耳娘も離れてくれたことだ。
これでじっくりと魔物を観察できる。
と、思ったが束の間。
魔物は容赦なく前足の鋭い爪で薙ぎ払いなどの攻撃を仕掛けてくる。
薙ぎ払いだけじゃなく上からの踏みつけ攻撃も織り交ぜ、息もつかせない攻撃。
しかもその一撃一撃の破壊力が凄まじい。
踏みつけた地面は大きく陥没し、爪による薙ぎ払いは大木を軽々となぎ倒す。
一撃食らえば確実にあの世行きだ。
「ガァアアアッ!!」
しかも前足のだけに集中してると不意に早い噛みつきの攻撃が襲ってくる。
そんな不規則な連続攻撃を躱せてる自分が改めて凄い。
感覚で攻撃の軌道が分かり、視界でゆっくりと動く攻撃は避けるのになんの造作もない。
でも予想してた以上竜の攻撃が早い。
もっと竜の攻撃って鈍足な印象だったけど……。
「こんのッ――!」
踏みつけの攻撃を躱した瞬間。
俺はその踏みつけの前足目掛けて全力の拳を放つ。
容赦も手加減もない全力。
魔物の前足は俺の正拳で弾き飛ばされる。
「ぐっ――!?」
硬いな、これが竜の鱗の硬さってやつか。
色んな漫画やゲームだと竜の鱗は幻獣界屈指の防御力。
どんな物理攻撃も叶わず、中には魔法すらも弾き返す防御力って印象だ。
まさに印象通りの防御力ってことか。
実際殴った感触が鋼鉄みたいな硬さだった。
そんな鉄みたいな鱗を殴って無傷な俺も大概だが。
痛がってる素振りは見せてるものの、殴った箇所には傷処か凹み一つ付いていない。
「よし、ならッ――!」
鱗が覆われていない腹部を狙う。
そこなら鱗がない分防御力は低いはずだ。
前足の連続攻撃を躱し、そのまま懐に潜り込む。
そのまま腹部に全力の一撃をお見舞いする。
しかし一瞬怯みはしたものの目立つダメージは見られず、後ろ足の攻撃で懐から追い出されてしまう。
「クッソ、これでもダメかよッ!」
鱗のない所も防御力が高いとなると残す攻撃箇所は頭か……?
でも頭はかなりの高さがある。
殴るしか攻撃手段のない俺には届かない。
さて、どうしたもんか……。
《……けて……》
「ん?」
…………気のせいか?
今、何か声が聞こえたような……。
《苦し……助け……》
いや、気のせいじゃない。
でもこの声はリーシャの声じゃない。一体誰の……。
周囲を見渡し、声の主らしい人物は見当たらない。
目の前にいる竜の魔物以外は。
「まさか……」
目の前の魔物に意識を集中するとその声の正体はすぐに分かった。
《助けて、誰か……。お願い、誰か……》
「まさか、ドラゴンの声なのか……?」
どうやらこの聞こえる声は目の前にいる魔物のもののようだ。
だとしたらおかしい。
魔物って凶悪なものだって聞いてたけど……そんな魔物が「助けて」?
まるで苦しみながら助けを求めてる声だ。
しかも、この声の感じは……小さい、女の子?
リーシャよりもずっと幼い女の子の声だ。
どういうことだ? そもそも何で苦しんでるんだ?
『あの魔物、強制的に操られているな』
すると今度は聞き覚えのある声が脳内の響いた。
忘れるはずもない。
リーシャを助ける時、俺にこの身体の使い方を教えてくれたあの声だ。
『あの竜鱗族かなり苦しんでいる。あれはもしかして……』
おい、勝手にまた出てきて話を進めようとするな。
そもそもアンタは誰なんだよ、どっから俺に話しかけてるんだ?
『我のことはどうでもいい。それよりもあの竜鱗族、かなり危険な状況だぞ』
危険な状況?
『あの竜鱗族、魂に強い"呪い"が掛けられている』
呪い? どういう意味だよ。
『まだ辛うじて自我を保ち助けを呼び掛けているが、それも時間の問題だ。完全に魂が呪いに浸蝕されれば元に戻すことは叶わなくなる。最悪自我が崩壊し死ぬ恐れもあるかもしれない』
死ぬってッ――!? ならどうすればいいんだよ、元に戻す方法はあるのか!?
『その前に一つ聞きたい。正気に戻す方法があるならお前はあの竜鱗族を正気に戻す気はあるのか?』
はぁ? それってどういう意味だよ。
『正気に戻した所で奴は元々凶暴な竜鱗族だ。戻したところで感謝されるとは限らない。元に戻した所で種族の差を見下され襲われるのが結果だぞ』
…………教えてくれ、その元に戻す方法を。
『何故だ? 助けたとしてもお前に何の得がある。一千の得どころか労いの言葉すらないんだぞ?』
あぁ、今までの俺だったら何もできず逃げ出してたさ。
俺は何もできない無能だからな。
でもな、今はこの魔族の身体がある。
身体があるのに見捨てるなんて、そんなクソ野郎に成り下がる気は……毛頭ない!
それに、竜は俺にとっては子供の頃からの憧れだからな。
最初は竜の姿を拝みに来ただけだったけど、元に戻せるならその憧れの竜と会話できる絶好のチャンスじゃん!!
御託はいろいろ並べたけど、とにかく得とは労いとか関係ない。
俺は自分のために助けたいから助ける、ただそれだけだ。
『……ふっ、今回の宿主は変わっているな。おもしろい』
宿主?
『いや、何でもない。こちらの話だ』
んで、あの魔物を元に戻す方法を教えてくれるのか?
『もちろんだ。お前にその気があるのならな』
だったらとっとと教えろよ。時間もないんだろ。
『そうだな。よし、今からあの竜鱗族を元に戻す方法を教えるが、そのためにはお前の今の肉体の制限を外す必要がある。それを今から外してやる』
この身体の制限?
『想像しての通りその身体は少々特殊でね。まだ力を完全に出し切れてる状態じゃないんだ』
え、つまり…………まだこの身体強くなんの!?
今だけでも十分強いのに……。
そして次の瞬間、身体の内から力が湧き出てくる。
同時に脳内にこの身体が持つ特殊能力の使い方が知識として流れ込んでくる。
本気か!? この身体そんなこと出来るの!?
『その身体を舐めるなよ? この肉体は単純に殴り合っても無敵だ。そして今、教えた能力を行使すればこの地上のどの強者を屠る能力を持つ』
んで、あの魔物を助けるには今教えられた能力が不可欠ってわけか。
もうここまで来たらやるしかない。
今の俺にはそれだけの能力がある。
目の前にいる憧れのドラゴンを助けるために俺は自身を奮い立たせた。