〇第六話『待ち人』
「お茶が入りました、フィーリア様」
「おぉ、すまんな」
奈良藤勇也がエルトワールの街に到着する一時間前。
エルトワール領内にある一軒の豪華な宿屋。
その一室で優雅なやり取りをする魔族の二人がいた。
一人の見た目は十三歳の少女。
赤と黒の軍服に身を包み、幼い見た目とは裏腹にその顔立ちは凛々しさを感じさせる。
しかし、その正体は二百年以上の年月を生きる上位魔族の一角。
名を『フィーリア』。
長髪の銀髪に捩れた角を蟀谷に生やす魔族の少女だ。
もう一人はフィーリアに従う同じく専属従者の魔族。
名を『メリス』。
見た目は二十歳前後の若い女性。
額から三本の角を生やし、膝まで長い銀色の長髪と切れ長なツリ目が特徴的だ。
メリスはフィーリアに従えてまだ百年と日が浅い。
しかし、その信頼は厚く、メイドとしての腕も一流。家事や料理、フィーリアの身の回りのお世話などをこなすフィーリア側近メイドの一人である。
「此処に滞在してもう五日、未だにそれらしい者は現れないですね……」
「だが”あれ”は現れるはずだ。リズの予言は絶対だし、現れてくれないと今までの私達の努力と対価は水の泡だ」
「ですがあまり長くはいられません。このまま時間が無駄に過ぎるのは……」
「まぁ、良いじゃないか。最近は色々忙しかったし休みと思ってのんびりしよう。それに私が慌てた所で向こうが動いてくれるわけでもないし」
フィーリアはそう言って木製ベッドにゴロンと寝転がる。
「そんなこと言って……本当はただサボりたいだけでしょうに。そ・れ・と、軍服を着たまま寝転がらないでください。せっかくのお召し物が皺になってしまいます」
「ははは、バレたか。しかし忙しかったのは本当だぞ。最近は上位魔族からの依頼が凄まじくてな、それの処理に追われてて、ようやく最近落ち着いたところなんだよ」
「相変わらず他の魔族は我等を便利な解析屋としか見ていないのでしょう。都合がよすぎます、どれだけの功績を上げても我らの地位は変わらないというのに」
「……そうだな。魔族の殆んどが武闘派だ、頭脳派の我々がどんなに手柄を立ててもそれが戦いや戦争による勝利でない限り我々の地位が上がることはない」
「酷い仕打ちですね、魔物の解析や解体技術は我々の功績だというのに……」
「その立場を挽回させるためにも”あれ”の力が必要なのだ。あれの力が手に入れば間違いなく全魔族の上下関係が逆転する。そうなれば我々は知識と力、両方を手に入れた特別な魔族となれる」
「ですが、いくらリズの予言が必ず当たるとしてもあれが本当に存在するとは信じられません。だってあれは伝説上の存在であって本当に実在したのかもわからない迷信みたいな存在ですよ?」
「………………」
フィーリアは沈黙を置いたあと、いつ現れるかも分からない存在を思い浮かべ窓の景色を眺める。
「かつて……魔族の中でも異形の存在とされ同族だけでなく多くの種族からも恐れられた異形の魔族。その力は竜鱗族も薙ぎ払い、生死を司るその能力は神々の神聖なる領域を容易く踏みにじるとも言われている。一説には生物の”魂”に干渉し、それを自在に操り死すらも否定するとか……」
「まさに神をも恐れる力、ですね……」
「私も最初にその存在を知った時は迷信だと笑ったよ。だがここ数年、その魔族を調べて存在の可能性を感じて予言のお告げで確信に変わり、今日こうやって行動を起こしたわけだが」
「一体、どんな魔族なんでしょうね。もし凶悪な性格をしていたら我々で捕まえられるでしょうか?」
「その魔族がもし凶暴ならこの世界とっくに滅びてるよ。少なくとも私は会話が通じる相手だとは読んでいるが、会って見ないことにはなんとも……」
「ですが予言を信じるしかないのでしょう。そうでないと他の魔族からの我々の価値は変わらないですし、この先もずっといいようにこき使われるだけです」
「あぁ、だからなんとしてもその魔族の力を――」
「「―――――ッ!?」」
その時、二人は窓の外から強大な魔力の気配を感じた。
二人は魔族の中でも上位に位置する魔族だ。
幾つもの修羅場を潜り、たくさんの強敵たちとも戦ってきた実力者。
そんな二人が感じたことのない魔力。
まるで街全体を覆い隠すような強大な魔力の気配を二人は感じていた。
「フィーリア様、この魔力……」
「あぁ。どうやら予言に間違いはなかったようだな、しかしこれは……」
「こんな魔力、今まで感じたことがありません。大きな津波がこの街を覆い隠すような……」
「だとしても、この気配を無視できるほど我は鈍感ではない。行くぞメリス!」
「はい!」
二人は表の強大な魔力の正体を確認すべく、宿屋の一室を急いで後にした。