第35話『魔層命朽(ダンジョン)』
時は少し遡り、まだ俺がベルガ大森林にいた時に遡る。
奴隷商を追い返して少し休憩を挟んだ後……。
俺はアトラスに洞窟の地下深くに案内される。
アトラスを胸元に抱えた眷属は俺とレミリアの先導するよう前を歩く。
洞窟内は静寂に包まれ、たまに蝙蝠の奇声と羽ばたく音が響き渡る。
『ついたぞ、ここだ』
着いたのは石造りの大きな入り口。
入り口を観察するとかなり昔に造られたものと推測できた。その証拠に石造りの入り口は所々にヒビが入り、緑色の苔や植物の根で覆われている。
「この先に例の場所があるんだな?」
『あぁ、この入り口から進んだ先にユウヤの刻印が刻まれた場所がある。ただ、そこにいくにはこの先に広がる入り組んだ大迷宮を抜ける必要があってな』
「しかもその大迷宮って……さっき話してた『魔層命朽』かもしれないんだろ?」
『迷宮内の様子を調べた限りな。道の入り組み具合から見て間違いないだろう』
魔層命朽か……。
魔層命朽ついてはリズやフィーリアから前情報で聞いていた。
だけど、こんなに早くお目に掛けるとは思わなかったな。
魔層命朽とは。未知と謎が混在する未開の禁域。
一度踏み込めば命の保証はない危険区域のことだ。
特殊個体の縄張り。
太古の文明が残した遺跡。
苛烈で熾烈、人の生存を許さない自然環境。
人工的に造られた巨大迷宮。
そんな立ち入ることが困難な危険区域。
そんな危険区域をこの異世界では『魔層命朽』と呼ばれている。
そしてこの『魔層命朽』は冒険者たちにとって貴重な収入源でもある。
冒険者は依頼者から様々な仕事を依頼される。
魔物の討伐や賞金首の捕獲。王族の護衛や盗まれた貴重品の奪還。
そして『魔層命朽』内部の調査と攻略だ。
『魔層命朽』はある程度の実力がないと立ち入ることは出来ない。なんの経験もない素人が立ち入ればそれは自殺行為に匹敵するほどに『魔層命朽』は危険な場所らしい。
ただ、危険な場所だけにその最奥には貴重な宝物が眠っていることがある。
それが財宝なのか魔道具なのか、はたまた歴史的大発見なのか……。ただ魔層命朽の攻略者の苦労が一気に報われるほどの価値ある物が魔層命朽の最奥には眠っているのだ。
故に魔層命朽は新米の冒険者にとっては憧れの場所でもあり、完全攻略を成し遂げれば凄腕の冒険者として世間に認められる。
ただ、『魔層命朽』は攻略だけが仕事じゃない。
国の所有する 歴史的建造物や遺跡 の場合、国から調査を依頼される場合もあり、報酬も通常の価格より高くやりがいある依頼となっているそうだ。
そんな魔層命朽がこんなに早く、しかもこんな身近に存在してるなんてな。
そして今回は恐らく太古の昔に造られた人工的"迷宮型"の魔層命朽だ。遺跡や迷宮の魔層命朽は至る通路に罠が配置されていて、引っ掛かれば一発で即死という場合もあるそうだ。
慎重に進み、罠を一個ずつ潰していくのが主な攻略法だけど……。
でも今回はアトラスの眷属が事前に罠の無い道順を調査済みで、遠回りにはなるが安全に目的地に行くことができるとのこと。
「ここが魔層命朽ってことは最奥には攻略報酬あるんだろ。アトラスは何か知ってるか?」
『いや、我が知るのはユウヤと同じ刻印が刻まれた扉があるということだけだ。その扉はどんな力でも開かず、その扉の向こうに何があるかは知らないが……どうする、引き返すなら今の内だが?』
となると目的地についても扉の先には行けない可能性もあるってことか。
力ずくで扉を開けれるならこの魔魂喰の身体ならどうとでもなるんだけど……。
それでも扉を開けれなかった場合、ここまでの道のりが無駄骨になっちゃうな。最奥まで半日はかかるって言うしここは一旦引き返してフィーリアの支持を仰いだほうが……。
いや、ここで引き返すこそ無駄骨だ。
それにここで引き返して、またいつ魔層命朽にこれるか分からないし、魔魂喰に関わる情報なら早めに持ち帰ることに越したことはない。
仮に無駄骨になったとしてもあの魔法を使えば帰りは一瞬。
帰りの時間ロスは抑えられるし、ここはやっぱり行くしかない。
「いや、行くよ。この紋様の情報があるなら知っておきたいしな」
「でも時間は大丈夫ですかね? 帰還が遅くなるとギルドが不振に思うかも……」
「問題ないだろ。まだ二日も経ってないし、最奥まで行ったら "あの魔法" を使って帰りは短縮できる。情報が本物なのかとりあえずは確認はしとかないとな」
「分かりました。行きましょう」
レミリアも行く気を示し、俺はアトラスに改めて道案内をお願いした。
『分かった。では我と眷属の後ろを付いてこい』
こうして俺の人生初めてのダンジョン探検が始まった。
中は暗闇に包まれ、静けさが漂う。たまに蝙蝠の羽ばたく音や地下水脈の滴る音が通路内に響き渡り、少し不気味な雰囲気を漂わせていた。
「ふぅ……」
「レミリア大丈夫か?」
「大丈夫です。少し疲れただけで」
レミリアは息を切らし、洞窟の壁に寄り掛かる。
無理もない。もう歩いて六時間ぐらい経つ。
俺の体力はまだまだ大丈夫だけどレミリアは普通の獣人だ。六時間をフルで歩くのも十分常人離れしているけど魔魂喰の体力についてこれるわけがない。
『どうする。少し休憩するか? 幸いあと数分ある場所に休める場所があるが』
「そうだな、少し休もう。まだ距離は半分ぐらいあるんだし」
少し歩いた先に大きく開けた場所に出た。
天井には鍾乳石が多く並び、微量の地下水が滴る。
とりあえず滴る雫が当たらない岩の上に座り一息付く。
「レミリア、ほれ」
「ありがとうございます」
俺は"次元収納"を使い、別空間にストックしていた水の入った水筒を取り出し、レミリアに渡す。余程喉が渇いていたのかレミリアはクビグビと水筒の水を飲み干す。
「んぐっ、んぐっ……はぁ、ありがとうございます」
「まったく、無理はするなよ。魔魂喰とレミリアじゃあ身体の造りが違うんだから。ほらアトラスも、なんなら眷属の分もあるぞ———ってどうしたアトラス?」
『…………また珍しい能力を持っているな』
「珍しいもの?」
『今の空間から物を取り出した能力、"次元収納 だろう?』
「あ、あぁ。よく分かったな?」
次元収納は異空間に荷物を収納し、何時でも何所でも取り出せる能力だ。
収納する容量はほぼ無限で、収納場所となる異空間は時間の流れが止まっているため収納物の腐敗や劣化を防ぎ収納時のまま取り出す事ができる。
さらには荷物の大小も関係なく、どんな大きなものでも収納できて、鞄なんて持たなくても手ぶらで大容量の荷物を持ち運びできるため軽装のまま長距離期間の移動が可能。もちろんどんなに大量の荷物でもその重さを感じることはない。
まぁ、例えるなら某ネコ型ロボットの四次元〇ケットみたいなもんだ。
『次元収納を使える者はかなり希少なんだぞ。鍛錬をして得られる能力でもなく取得方法が一切不明の謎が多い能力だ。魂に干渉する能力といい、ユウヤは本当に何者なのだ? あの異常な戦闘力も驚いたが魔法に関してもかなりの技術があるように見えるが……』
「んー、あんまり詳しくは言えないんだけど俺って同族の中でもかなり特殊な魔族らしいんだよね。自分でも異常な強さってのは自覚あるけど、魔法技術に関してはそんな難しいことはしてないぞ。属性の相性とかそれぞれの属性で何ができるかを理解すれば意外と簡単に出来る」
「簡単に出来るって……そんなわけないじゃないですか。魔法ってのは極めるだけでも数年以の時間が必要で、属性だって星の数ほどあるのにそれを理解するなんてどれほどの年月がかかるか……。それをユウヤさんは数十日で会得するなんて、常軌を逸していますよ」
「でもさ、ホンット魔法って奥が深いのな。放出の仕方とか力加減とか、あとは同じ系統同士の属性でも相性ってのが存在してて上手く動作しないなんてのもザラだった。能力とかも合わせるとさらに選択肢は広がるし、ホント魔法の可能性は無限大だな」
あとはうちの漫画やアニメ、ゲームからの知識がきてるってもあるけどな。
ファンタジー作品にとっては魔法という設定は欠かせない存在。
その中で魔法と言う存在を飽きる程見て来たし、そのおかげで何が出来て何が出来ないっては粗方予想は付く。流石に俺の知ってる魔法と異世界の魔法で多少の違いはあったけど事前知識があったおかげで理解が早かったってもあるだろう。
『ちなみに能力は他にも取得しているのか?』
「まぁ、大した能力じゃないけどな……」
ゴメン、嘘です。
実はメチャクチャ大した能力で反則級の能力を幾つも持っています……。
俺は心の中でアトラスに土下座した。
でもここで明かして変に騒がれたくないしな……。
それに実はレミリアも俺の能力に関して詳しい性能はあまり知らない。
色々明かして混乱させるよりもここは誤魔化す方が利口だろう。
『それにユウヤの使った他者の魂に干渉する能力……。我はまだ百年もこの世に生きていないが、あんな能力見た事も聞いた事もないぞ。生物の核とも言える部位に干渉するなど異常な事だ。それこそ使い方次第では相手の命を容易く奪いかねん』
俺はアトラスの言葉に内心ドキッと心臓を跳ねらせる。
相手の命を容易く奪う、まさにその通りだ……。
魂に干渉するなんて、魂神が持つ性能の一つに過ぎない。
俺はまだ状態異常の治癒や肉体の改造方面の性能しか使ってない。
本来の魂神の性能は対象から魂をはぎ取りその魂を食べることで対象の能力と能力値を奪い、自分のものとする能力だ。それが魂神の根幹とも言える性能で魔魂喰が恐れられた由来でもある。
しかし、俺はまだ一度も相手から魂をはぎ取り食べたことがない。
だってさ、魂を食べて理性とか効かなくなったりしたらヤバそうじゃん?
今はまだなんともないけど、魂を食べたことが切欠で理性が崩壊して敵味方関係なく襲い掛かったりなんてしたら……それこそ味方に危険を及ぼしかけない。
だから今のところは魂神は戦闘に使わず、補助面での使用を主にしている。
「確かに簡単に他人の命を奪えるのは否定しない。でも俺もこの能力を手に入れて日が浅いんだ、補助面以外でこの魂神を使う気は"今のところ"ないよ。よっっっぽど許せない相手が現れた時か、精神的に切羽詰まる場面にでも出くわさない限りは補助面での使用に抑えるつもりだ」
『……まぁ、確かにユウヤが殺戮の限りを尽くす姿など想像できないな。あの二人組に容赦がなかったのはそこのメイドのためであったわけだし、魔物である我にもこうして普通に接してくれる変わり者だからなお前は』
「…………っ。ほっとけ、自分が異端者なのは自覚してるってさっきも言っただろ」
そんな会話を交わす事数十分後。
俺達は再び、魔層命朽の奥地へと進んだ。
————……………………。
さらに奥に進み6時間後。
数回休憩を挟み、ついに……ついに目的の最奥に辿り着いた。
「ここが……」
岩壁が剥き出しの通路とは違い、最奥は石煉瓦造りの人工的な空間が広がっていた。脊柱には細かい装飾が彫られていて、俺が空間に踏み入ると壁に設置されていた松明が自動的に灯った。
空間の造り自体はかなり古びているが、それでも埃っぽい洞窟とは違い清潔さがこの最奥の空間だけは保たれているようだった。
人が踏み入った形跡もない。ここまでの道のりに幾つか白骨化した死体が何体か転がってたけど……まさか俺達が最初の魔層命朽攻略者になるのか?
『あの扉だ』
アトラスが首で指した場所には大きな扉があった。
かなり分厚そうな石の扉。そしてその上には…………。
「確かに俺の手の紋様と同じだな……」
少し小さくはあるが俺の手の甲の紋様と同じ模様が刻まれていた。
炎に囲まれた髑髏の紋様。間違いなく俺の手の甲と同じものだ。
でも、改めて考えると謎だな。どうしてこんな地下深くの何時代に造られたか解らない場所に俺の手の甲と同じ紋様があるんだろう?
「にしても、最奥の部屋だけは随分造りが文明的だな」
『予想だが恐らく太古の文明人たちが宝を隠すために造った魔層命朽なのだろう。だから予想ではこの扉の奥にはその宝が眠っている筈なんだが……』
「その扉がどうやっても開かないってか……」
確かに扉の大きさからしてちょっとやそっとの力じゃ動かなそうだな。宝物を守るために造られた扉だ。頑丈差だけじゃなく、他にも何かからくりがあると見ていいだろう。
とりあえず押してみるか……。
「ふんっ——ん? うぉあ!?」
すると、扉に添えた手の甲の紋様が突然光り出した。
その光出した手に驚き扉から離れると扉の上の紋様もまるで共鳴するかのように光出す。
扉の上の紋様から光線のような光が伸び、紋様のある手の甲に当たる。
「な、何だ何だ!? どうなってんだ!?」
光線の光はまるで紋様をなぞるように移動し、何かを読み取っているかのような動作だ。そしてしばらくして光は止むと僅かな地響きが空間内を襲った。
「ユウヤさん!!」
「レミリア! 俺の傍を離れるなよ!」
地響きが包む周囲を警戒。
すると頑丈そうな石の扉がゆっくりと開いていく。
扉が完全に開き切ると地響きは収まり、静寂な空間に戻った。
「ユウヤさん……これって……」
「あぁ、どうやら此処に来たのは大当たりみたいだな」
『ま、まさか眷属の力でもビクともしなかった扉が開くとは……』
「来たのが無駄にならないで済みそうだ。行くぞ」
扉の中は長い螺旋階段になっていた。
深く、さらに地下深くに進んでいくとまた大きな扉が立ちはだかる。
しかし、その扉は先程の扉とは違い、豪華な装が施された金色の扉。
ここが宝物部屋と言わんばかりの豪華絢爛な両開きの扉だ。
「もしかしてこの扉の先が……」
『開きそうか?』
「あぁ、この扉は何の仕掛けもなさそうだ」
少し押しただけで扉が動く。
仕掛けがないどころか、鍵も掛かっていないようだ。
魔層命朽内を遠回りして半日、ようやくたどり着いた。
さて一体魔層命朽の最奥の宝物とはなんなのか……。
俺はドキドキしながら豪華絢爛な扉を開けた。
すると扉の隙間から光が漏れ出し、扉を全開にすると眩い光が溢れ出した。
「………………」
「ユウヤさん……一つ確認していいですか?」
「何となく予想付くけど、どうした?」
「ワタシ達、ここまで確か地下深くに向かって魔層命朽を進んでましたよね?」
「そのはずだけど……」
「なら下に向かってたワタシ達はいつの間に"外"に向かっていたんですか?」
「………………」
扉の先には困惑する景色が広がっていた。
俺達は間違いなく下に向かい進んでいた。
一度足りとも上に向かい進んでいない……はずだ。
なのに今目の前に広がる穏やかな森の景色はなんだ……?
しかも上には天井はなく青々しい青空が広がり、雲も流れている。
え? え?? 一体どうなってるんだ???
「確かに俺達、下に向かって進んでたよな……。いつのまに地上に向かって進んでいたんだ?」
『いや、ここはベルガ大森林ではないぞ』
「「え?」」
俺とレミリアは揃って疑問の声を上げた。
『同じように見えるが生えている樹の形状や草木の感じが微妙に違う。それに今の時刻を考えたら洞窟の外は夕刻の筈だ、外が未だに明るい空なわけがない。ここは間違いなくベルガ大森林とは違う別の森だ』
「おいおいちょっと待てよ、俺達は間違いなく地下に向かって進んでたはずだぞ? 上の青空はどう見ても本物だし、地下深くにこんな空が広がる場所があるわけないだろう」
『魔層命朽に限っては珍しい事ではない。特に地下迷宮型の魔層命朽は階層ごとに異空間が広がり、そこは "別世界" とも言われていて大自然の生態系を築くほどに広大なんだ。異空間の仕組みは未だに解明されておらず、多くの叡智を持つ者達からは"未知の領域"とも呼ばれている』
「未知の領域……でもこんな広大過ぎる空間あれえないだろ……」
流石は異世界——って言うべきなんだろうか。
地下深くにこんな広大な世界を造り出せるなんて……。
しかも広いとか広大とか、もうそんな次元のレベルじゃない。
まさに"別世界"。
自分がちっぽけに見える世界規模の空間に感動すら覚えてしまう。
「―—っとそれよりも攻略報酬の宝物は何所だ? ここにあるんだよな?」
「ユウヤさん、あれ…………」
レミリアが指を指した先に何やら石造りの祭壇のようなものが……。
その祭壇の上にあったのは棺桶のような長方形の石造りの箱。
装飾も何も施されていない、質素な四角い石の箱だ。
「ここまで来て人食箱とかっていうオチはないよな……?」
『それはないだろう。見ろ、その石の蓋の模様を』
確かに。
箱の蓋には俺の手の甲と同じ紋様が彫られている。
それじゃあこの中に攻略報酬が入っているのは間違いない。
この中には何が……。
「ゴクッ…………」
『開けるか?』
「当然だろ。ここまで来て開けないで帰るなんてありえないだろ」
「でももしもの事があったら……」
「レミリアはアトラスと一緒に離れてろ」
レミリアとアトラスに祭壇の石柱に隠れてるように指示。
そして俺は両手をパチンッと叩いて気合を入れ直し、蓋に手を掛ける。
ゆっくりと蓋をずらして、最後に蓋を地面に落とすと俺は一歩後方に距離を取る。
開けても何も起きない……。どうやら仕掛けらしき物はないようだ。
異常がない事を確認すると俺は箱の中を覗き込んだ。
「……——ッ! これは……。二人とも、こっちに来てくれ」
陰に隠れていたレミリアとアトラスを呼び戻し、箱の中身を確認してもらう。
「これ、何だと思う……?」
『杖に……皮表紙の書物に……これは……ガラス瓶か?』
「見た目から見ると、何か歴史的に価値がある物でしょうか?」
持ち柄が短い杖。皮製の表紙の古びた分厚い本。そして細長いガラス容器。
それ以外のもは見当たらず、箱に入っていたのはこの三つだ。
一つ目は……これは、杖か?
先には大きな紫色の水晶が付いていて、妖艶な輝きを放っている。
ただ杖と呼ぶには持ち柄が身近い。杖と言うよりバトンに近い感じだ。
二つ目は古びた本。
百科事典みたいに分厚くて皮製の表紙で来るまれた一冊の本だ。開いてみると何かの研究書みたいだ。各ページが図と文字でビッシリと埋められている。
ただ見たことない文字なので俺には解読は無理そうだ。
ただこの各ページに描かれているこの図……これってもしかして……。
そして三つ目、これが一番謎だ。
縦長の色ガラス製の容器。容器というよりカプセルみたいな感じだ。
カプセルの中にはユラユラと炎のような物が揺らめいている。
あれ? でもこの炎……これって……。
『その縦長のガラスはなんだ? 中で炎のようなものが揺らめいているが……』
「何なんでしょうか? どことなく光っているようにも——」
「"魂"だ……」
「え?」
『なに?』
「これ"魂"だよ。何所の誰のかは分かんないけどこの揺らめきは多分——」
俺は霊埠の腕を発動し、霊化した手でカプセルの中の炎に触れる。
……やっぱり。霊埠の腕で触れるって事はこのカプセルの中の炎は"魂"で間違いない。
でもこの魂……何か変だ。
魂は心核と霊被の二つで成り立っている筈なのにこのカプセルの中の魂には心核がない。ただ『霊被』だけが炎のようにユラユラと揺らめいていてカプセルの中を蠢いている。
霊被だけの魂を眺めてると俺はふと、とある違和感に気付いた。
「もしかして二人とも、このカプセルの中身が……見えてる?」
「はい、見えてますけど……」
『我の目が正常なら炎のようなものがユラユラ蠢いてるな』
んなバカな……。
確か魂は常人の肉眼では見れない筈だけど。
なのにレミリアとアトラスには見えてるって……こんな事あるのか?
それに攻略報酬が魂って……これって偶然か?
やっぱりこの魔層命朽は魔魂喰に関係する重要な場所なんだろうか。
そうじゃなきゃ魂が攻略報酬なんて考えられない。
ここに来たのは当たりだったな。フィーリアに良い情報を持ち帰れそうだ。
「ひとまず、報酬は持ち帰ろう。ダンタリオス家で調べて貰ったら何か解るかも」
俺は報酬を次元収納に全て仕舞い、とりあえず蓋を元の位置に戻した。
「よし、それじゃあ地上に戻るか」
「そうですね、ちょうど夕刻時ですし何所かで野宿して明日の早朝に戻りましょうか」
『どう戻るつもりだ? 瞬時に戻る手段があるような事を言っていたが』
「まぁ見てろって」
そうして俺はある魔法を発動した。
何もない場所に掌を重ね、神経を研ぎ澄ませる。
集中し、さっきアトラスがいた洞窟の広場を思い出す。
俺達は今からそこに戻りたい。でも現在地から戻りたい場所には圧倒的に距離がある。
だから魔法を使い、その場所に一瞬で戻れる出入口を造る。
異空間をこじ開けるように引き裂き、戻る場所まで道を敷く想像。そう想像しながら何もない空間に魔力を流し込むと何もない空間から引き裂かれたような亀裂が現れ始める。
俺の想像が強くなればなるほど亀裂は拡大し、人が通過できるほどの空間の亀裂が目の前に現れた。
『ユ、ユウヤ……まさかこれは……』
「空間転移魔法。別空間同士を繋げて一瞬で移動ができる便利な魔法だ。ただ、発動に十秒以上かかるのと一度行った場所に限定されるのが唯一の難点かな。慣れれば発動時間は短くなるんだろうけど……この辺はまだまだ要練習だなって——どうした?」
『何を……当然のように語っているのだ? 空間転移魔法? 一瞬で移動ができる便利な魔法だと??? そんな言葉で済まされるわけないだろう……。空間転移は熟練の魔導士や魔術師たちが幾度に会得に失敗してきた高難易度の魔法だぞ。会得には多くの専門知識や何十年もの鍛錬を必要とするため会得したという実例は少なく、本当に存在するのか疑う程の魔法だ。お前はそんな魔法を当たり前のように……』
アトラスはまるで目の前の光景が信じられないような驚きを見せる。
いくら相手が魔物だからって色々見せすぎたかな……?
さすがに魔物から情報が漏洩するとは考えられないけど。でも俺が魔魂喰であるの絶対に秘密だし、明かすにしてもフィーリア許可がないとだしなぁ……。
「まぁ、そこも含めて異常なんだよ俺は。アトラスから見て俺は得体が知れないかもだけど……俺は敵じゃないし、むしろアトラスとは友好的になれればって思ってるから警戒しないで貰えると助かる」
『友好的か……。まさか長年生きててそんな言葉を聞くとはな。魔物と友好的な関係……信じられぬ言葉と思うが、何故かユウヤの口から聞くと不思議と嘘とは思えんよな』
表情では分からないけどアトラスは何所か安心したような感じだ。
そりゃあ、友好的な関係は本気だからな。嘘と思われても困る。
でも、正直自分でも驚いてる。
俺は今まで他人との関わり合いを一切避けてきた。
関わればどうせ最後は罵られたり、傷付けられる結果が分かってるからだ。
そんな自分がこんなに他人相手にコミュニケーションがとれるとは……。
アトラスに限った話じゃない。
リーシャにフィーリア、レミリア、ヴェルデとも友好的な関係を築けた。
どうしてだろ、全員人間じゃないからか……?
「そう言って貰えると嬉しいよ」
そうして俺達は魔層命朽を後にし、空間転移で地上へと戻った。




