第34話『一段落して』
「疲れているのに良いのか? 任務の報告は明日の朝でも構わないが」
「いや、先延ばしにするのは性格上嫌いなんだ。ならべく早めに済ませて心中サッパリさせておきたい。それに今回の任務、フィーリアにいい手土産もあるからな」
「手土産?」
ヒューマラルド討伐を終え、ギルドに帰って来たのは二日後の早朝。
予想以上に非常事態はあったものの、ギルドへの偽造報告は上手く行き特殊個体である森の主の存在は隠すことはできた。
眷属の死体をギルドに見せたらギルド内は大騒ぎ。
眷属は完全に未知の魔物だったらしく、死体を解体し色々と調べるとのこと。
ヒューマラルド討伐に関してはやはり翌日、現場に調査隊が行く運びになった。
あんだけヒューマラルドの死体を放置してきたんだ。証拠には十分だろう。
もうあそこにはアトラスもいないし、真の森の主の形跡はまずバレない。
あとはギルドの報告待ち。
とりあえず任務は終えたということでその日は帰らされた。
そしてギルド長に持ち掛けた賭けに関しても俺の勝ちと言う事で決着。今後、俺の素性に関しては一切勘ぐらないことを約束し、今後も一冒険者として、フィーリアの身内として協力関係を築いてくれることを約束してくれた。本人は少し不満そうだったけど森の主の死体を持ち帰った功績が大きかったせいか何の文句も言えないようだった。
そして無事に帰還したその夜。
外はもう真っ暗だ。もう色んなことがありすぎて精神的に疲れた……。肉体のほうは一切疲れてないのにこんなに体動かしたことなかったからもう精神がクタクタだ。
早くベッドで寝たい……。
でも手に入れた情報をいち早くフィーリアに報告しないと。
眠気と疲れを我慢して俺は再び応接室でフィーリアと待ち合わせた。
「まったく、ギルド長から連絡をもらった時は驚いたぞ。まさかあの頑固者のギルド長がユウヤにこんな重要な仕事を依頼するとはなぁ……」
「色々あってな。結果、飛び級で冒険者になれたし結構重要な情報も手に入れたぞ」
「それが手土産というやつか?」
俺とフィーリアはお互い椅子に深々と座り、俺は今日起こった出来事を話した。
「森の主……特殊個体の魔物という情報は知っていたが、まさかアートルキャタピラーだったとはな。しかしどうして今の今まで大人しく洞窟に籠っていたんだろうか……」
「でもアトラスは特に侵略の意思とかはないって言ってたぞ。ただ誰にも邪魔されず惰眠を貪ればそれでいいって。こっちから刺激しない限りは森で大人しくしてるみたいだから安心してはいいと思う」
「だとしても妙だな。アートルキャタピラーは本来、虫の眷属を大量に生み出し、億の軍勢を造り出すことのできる特殊個体の魔物だ。生み出す眷属は小型の虫の魔物でそれを短期間に大量に産み落とし数の暴力で相手を圧倒する傾向がある。だがユウヤが出会った個体は小型の虫ではなく人型の虫……しかもその大きさは人と大して変わらない。しかも眷属はたったの五体だけとか。その内の一体はかなり強かったのだろう?」
「凄い迫力だったぞ。ヒューマラルドを何の躊躇いもなく八つ裂きにしてたし、多数に対して怯む様子も見せなかった。あれが敵だったと思うとちょっとゾッとしたかな……」
「"量" より "質" の高い眷属を生み出す個体なんだろうか……。そう考えるとアートルキャタピラーが森に住み着いたことでその森が虫の魔物だらけになってないのも辻褄が合うな。しかし念話で会話できる個体……過去の個体で念話で人語を話す個体なんていたか……?」
「やっぱり会話ができる魔物って珍しいのか?」
「いないわけではないが……珍しく希少のは確かだな。人語を理解し喋れる魔物や頭脳が異常に発達した魔物、ただ念話で話すというのが例に見ないものだからな……」
「でも悪い魔物じゃなかったぞ。意思疎通がとれたから無駄に争わないで済んだってのもあるし、それにヒューマラルドの計画を教えてくれたのもアトラスのおかげだからな」
「あとらす?」
「魔物の名前。アートルキャタピラーとか森の主とか、なんか呼びにくいって思ってさ、もう他人ってわけでもないから俺が勝手に付けたんだ」
「付けたってお前な……魔物は、特に特殊個体の魔物は本来危険な存在なんだぞ。竜の時といい、いくら意思疎通が出来る魔物だからって交流を深める相手に見境無さすぎだろう……」
「俺だって相手ぐらい選ぶぞ。タラシみたいに言わないでくれ」
「まったくお前という奴は……。それでその後はどうしたんだ?」
「アトラスは別の場所に身を隠すって言って森の奥地に消えてったよ。ひとまず今回の騒動が落ち着いたら様子を見に行くつもりだ、治療した魂の経過も確認しとかないとな」
「ちなみになんだが眷属の死体は……全部ギルドに渡してしまったのか?」
急にソワソワしだすフィーリア。
まぁそうだよな、研究や開発を好む魔族の家系だし……そら気になるか。
こうなる事を予想してて正解だったわ。
「そう言うと思って四体の内の一体は持ち帰って来たよ」
「本当か!?」
「研究好きのフィーリアなら絶対興味持つと思ってな。あとで渡すよ」
「特殊個体の魔物は良い研究材料になるからな。なにか新しい素材やアータルキャタピラーの生態性が分かるかもしれん。それに研究や開発は我々ダンタリオス家の生き甲斐でもあるからな。そんな希少な研究材料があるなら研究するなと言うのが無理な話だ」
ホントに研究が大好きなんだな。
ダンタリオス家は研究開発を好む魔族とは聞いたけどここまでの研究好きとは。
フィーリアの一族であるダンタリオス家は犠牲を払って研究に没頭するほど狂気科学者ってわけではない。ダンタリオス家はむしろ命の犠牲や危険を嫌うタイプで研究対象の危険性には慎重になる健全な研究者だ。
特に未知の研究素材に関しては執着が凄く、特殊個体の魔物に関しては長い研究の歴史がある。
過去に確認された全特殊個体の八割はダンタリオスが生態を解析し、多くの特殊個体の情報を世に生み出した特殊個体研究のスペシャリストでもある。
そして今回眷属の死体も恐らくフィーリアは興味を示すと思い、ギルドには内緒でこうして一体だけ持ち帰ってきてしまったというわけだ。
「渡すのは明日でもいいか? とりあえず残りの報告を済ませたい」
「構わんよ、それで他の報告は?」
俺は今回依頼で遭遇した敵のことについて報告した。
ヒューマラルド、リーシャの飼い主である奴隷商と思われる二人組。
そしてヒューマラルドが使っていた謎の鎖魔法と不気味な武器。
その事を話すとフィーリアは俯くように考え込む。
「ヒューマラルドか……。いつかはぶつかる敵と思ってはいたがこうも早く接触するとはな。それにまさかリーシャを攫った奴隷商とも遭遇するとは……」
「奴隷商の奴等は実力自体は大した事なかったけど、あれでリーシャを諦めたとは考えづらい。もしかしたらまた何か仕掛けてくるかも。ダンタリオス家に匿っている間はリーシャも安全だろうけど……」
「もし次に奴隷商から接触してくる場合はユウヤの素性やダンタリオス家の事も調べられてると思ったほうがいいだろう。裏世界の犯罪者たちの情報網は優秀だからな」
「悪い。フィーリアに迷惑かけるような事になって……」
「今のダンタリオス家を変えたいと思った時から揉め事は覚悟の上だ、気にするな。それにどんな敵がこようと負ける事はないだろう、何故ならダンタリオス家には全異種族から恐れられた最強の魔族魔魂喰がいるのだからな」
「慢心は良くないぞ。俺だってこの魔魂喰を使いこなせてるわけじゃねーんだから」
「とにかく今後の策は色々と用意している。期待しててくれ」
自信満々に胸を張り、鼻息を鳴らすフィーリア。
「だが今一番問題視するのはヒューマラルドだな。これからの計画で接触する機会は十分にあるわけだが……ユウヤはヒューマラルドの事をどこまで聞いた?」
「人間を純粋な種として崇めてるヤバい集団ってのは聞いたよ。実際、その通りでヤバい連中だった、人間が純粋な種とか、異種族は穢れた種とか言って来て、 ホンッッット馬鹿馬鹿しくてため息しか出なかったわ」
「だがヒューマラルドが異種族にとって脅威な存在であることは事実。ヒューマラルドは異種族に対しとにかく躊躇いが無い。それが格上の種族である竜鱗族や魔牢族であろうとも犠牲を覚悟で立ち向かってくるし、どんな非人道的手段も厭わない。今や全異種族共通の敵であり、様々な異種族と交流がある私にとっても厄介な敵なんだ……」
確かにヒューマラルドの行動には一切の躊躇いはなかった。
魔魂喰に決して怯むことなく自身の存在意義を示すかのように立ち向かってきたし、どんなに仲間がやられても戦いに挑むその姿勢を一切崩さなかった。
太古に全異種族に恐れられた最強の魔族だと知らなかったとしても、格上の魔族であることに変わりはないはずなのに異種族に対するあの殺意と怒りは相当ヤバかった。
ヒューマラルドは本当に人間達が純粋な種族と信じているんだろう。
ホント、ああいう宗教に毒された奴の思考は理解に苦しむ。
ただ一番謎に思ったのは……。
「でも……思考もそうだけど謎に思ったのはあの鎖の魔法だな」
「それは本当なのか? 身体機能だけならまだしも魔力や能力を封じる魔法など……」
「俺には効かなかったけどな。それで被害を受けた冒険者がいたし鎖の能力は本物なんだろうけど、身体の身体機能と魔力と能力を封じる魔法なんて存在するのか」
「珍しい魔法ではあるが存在しないわけではない。ただそれは "単体" という前提だがな」
「単体……? というと?」
「魔力、能力、そして身体能力。この三種を同時に封じる魔法など私は聞いた事がない。魔力を封じるだけなら魔法技術として存在しているし、能力を封じるという能力も希少ではあるがないわけではない。身体機能を封じるに関しては手段にもよるが普通に存在しているし、珍しくも希少性もない」
「魔力、能力、身体機能に同時に効く魔法は存在しないってことか……」
「私の知る限りでは、な……。しかしそれを可能にする魔法が存在するならかなりの脅威になるのは間違いない。その鎖に繋がれば肉体のあらゆる機能が封じられ魔法も能力も封じられてしまうし、戦いを生業としている戦士や魔術師にとっては致命的な攻撃になる……」
「くっそぉ~、一人ぐらい生かしといて秘密を吐かせるべきだったかなぁ……」
「奴らの団結力は固い。異種族に自分たちの秘密を明かす愚行は絶対しないだろう」
「だとしてもちょっとでも秘密を探るべきだったなぁ……」
「だがヒューマラルドが奇妙な魔法を使ったという情報は大きい。そう気にするな」
魔法の正体を暴こうとする好機はあった。
なのに俺ってやつは相手が弱いばっかりに考えることもせず相手を殺してしまった。討伐が依頼内容だったんだから仕方が無いにしてももうちょい考えて行動するべだったな……。
いくら魔魂喰の身体や能力が無敵とは言えそれをどう生かすかは俺にかかってるんだ。
今後、依頼の仕事の時は慎重に行動しないとな。俺の正体がバレるかもだし。
「ひとまずヒューマラルドへの今後の対応と対策はこれから考えればいい。我々には魔魂喰がいるんだ。対応や対策はいくらでもとれる」
「いや、これからは慎重に行動するよ。あんまり迷惑もかけたくないしな」
「とりあえず報告は以上か?」
「んー、一つ個人的な質問なんだけどいいか?」
「なんだ?」
「リーシャはどうなんだ? 今あのメリスの元で鍛えて貰ってるんだろ。正直……いびられてないか心配でな……」
「ふふ、すっかり親目線だな」
「いや、別にそういうわけじゃぁ……。あのメイド結構性格キツそうだったから」
「確かにメリスは厳しい性格はしているが面倒見はいいんだ。どんな部下でも決して見捨てず、他種族でも差別なんて絶対にせず平等に接してくれる。今回の依頼の件でユウヤのことも認めているはずなんだが……出会い頭あんな態度をとってしまい、引っ込みがつかないんだろうな。不器用なんだよ、メリスは」
「ならいいんだけど……」
「リーシャに関しては問題ない。むしろ教えた仕事も難なくこなしているし、魔法の適正も高いし、格闘戦の指導も呑み込みが早い。これなら近いうちにユウヤの側近として同行が可能だろう」
「でもリーシャは奴隷商に顔が割れている。表に出すにはまだ危ないんじゃあ……」
「ユウヤ……まさかお前リーシャと”魂黎の契約”を交わした事を忘れてないか?」
「忘れてないけどそれが何か……―――あっ」
そうだった。
リーシャは俺と魂黎の契約を交わしたことで身体が成長してる。
つまり前の子供の姿の時とは大分違う姿になってるんだった。奴隷商は今の成長したリーシャの姿を知らないはず。少なくとも姿を見せてすぐにはバレないだろうけど。
「でもいくら成長してるからって全くバレないわけじゃないだろ。成長前の面影だってあるし冥狼族の特徴もある。その辺はどうするんだ?」
「その辺の対策も考えてはある。まぁ、任せておけ」
「フィーリアがそう言うなら……」
「質問は以上か? なら今日はこの辺で――――」
「待て待て、まだ手土産を渡してないぞ」
「そう言えば手土産があると言っていたな?」
「実はこれなんだけど…………」
そう言って俺はテーブルの上にその手土産を置いた。




