第33話『まさかの新情報!?』
「よし、呪毒の影響も出てないし大丈夫だろ」
『改めて傍で見ると本当に奇怪な能力だな。自身の腕を霊化させ、体内の奥底にまで浸蝕した呪毒を取り除き、我が体内の眷属の命すらも救うとは……』
「簡単に言えば生物の "魂" に干渉する能力なんだよ。対象の魂に触れることで肉体の欠損や状態異常を治したり、肉体の強化や改造なんてのも出来る。だから魂にこびり付いた呪毒とやらもご覧の通り取り除けるってわけ」
ヒューマラルドを殲滅し、謎の奴隷商を追い払ったその後。
念のため、森の主を再び『霊埠の腕』で調べた所 "異常なし" と結果が出た。
呪毒の欠片も残ってない。
森の主の魂も安定して、体内に在住する魔物達の魂にも異常なし。
これなら無事に森の主の体内から生まれてこれるだろう。
正直、生まれる前の眷属の魂は危なかった。
もう少し治療が遅れてたら凶暴化した眷属が生まれる寸前だった。
森の主も呪毒で大分弱っていたから魔力を少し分け与えて体力回復の霊薬も打ち込んだ。これで森の主も体内の眷属の魂も時間が経てば元気になるはずだ。
「でも本当に驚きです、自身の思考を念話で伝える魔物がいるなんて……」
「やっぱり珍しいのか? 会話ができる魔物って」
「そりゃあそうですよ! 人語を解して念話として伝える魔物なんてワタシは知りません……」
「でも妙だよな、何で俺とレミリアには聞こえたんだろ?」
『それについては我も解らん。実際ヒューマラルドの連中には我の念話は聞こえていなかったし、もしかしたら我の念話は特殊な者にか聞こえないのかもな』
「いや、それが俺だってのはよく分かるよ? 俺は自分が特殊体質っていう自覚が充分にあるし。だけどレミリアは……何の変哲もない普通の獣人だぞ?」
そう、後になって意外な真実分かった。
上で待機していたレミリアにも魔物の念話が聞こえていたらしいのだ。
上で俺と魔物の念話のやり取りを聞いていたらしく、下に降りる手段を考えてる途中であの奴隷商の二人に捕まってしまったんだとか。
俺が魔物の念話が聞こえるのは分かる。魔魂喰は特殊だし、魔物化した竜の声を聴いた経験もあるから聞こえる理由は何となく分かる。
でもレミリアは別に特別な力も能力も持たない普通の獣人だ。
いくら身体能力が常人より高い獣人とは言え、魔物の念話が聞こえるのは異常とのこと。
でもレミリア本人が「聞こえた」と言うんだから異常事例なんだろうけど……。
まったく、謎が増えてく一方だな。
『ユウヤ、今回の件改めて礼を言う。本当にありがとう』
「礼はまだ早いと思うぞ。まだ根本的な問題が解決してない」
『どういう事だ?』
「俺達は今回、ヒューマラルド達がこの洞窟に潜伏していてその潜伏理由を調査しに来たんだ。調査依頼は冒険者ギルド直々で、結果ヒューマラルドは殲滅できたけど……これをどうギルドに報告するかだ……」
「え、そのままの報告ではダメなんですか?」
「いやダメだろ。この森の主は特殊個体の魔物なんだろ。このまま正直に報告したら森の主の危険度がバレて討伐の優先度が跳ね上がっちまう。そうなれば討伐依頼の冒険者たちがなだれ込んでくるぞ? そうならないためにも偽造の報告をなんとかしないと……」
「ちょっと待ってください。ユウヤさん、この森の主を討伐しないんですか……?」
「は? なんで? 討伐する理由がないんだけど」
「いやいや! 相手は特殊個体の魔物ですよ!? しかも同じ種が昔、一国を壊滅にまで追い込む程の危険性を持つ魔物なのに討伐しないのはおかしいでしょ!?」
「一国を壊滅って……どうなんだ? 一国の壊滅とか生物の殺戮とかに興味あるのか?」
『無いな、ここでダラダラと惰眠を貪れれば我はそれでいい』
フンッと鼻息を鳴らし森の主はゴロンと横たわる。
「だってさ。実際そんなに実害は出てないんだろ」
「で、ですがこの魔物に何人かの冒険者が殺されているのも事実です! しかもこのまま放置しておけば虫型の魔物が大量発生して各地域に危険が及ぶかも――」
『勘違いをするな、我が殺したのは全て自己防衛のために殺ったことだ。命を狙う冒険者から自分を守るためにやったことで我は快楽殺戮者ではない、最低限の自衛ぐらいする』
「自衛は大事だよな、誰も一方的に殺されるなんてごめんだし。今の俺だってそうする」
「でもユウヤさん――」
「レミリア、悪いけど無抵抗な奴を殺すことは俺にはできないよ。敵意剥き出しの相手なら容赦はしないけど、相手にその気がないなら無駄に争うことはないだろ」
レミリアは俺の気持ちを察するように黙り込む。
まぁ、レミリアの気持ちも分かる。
相手は一国を壊滅にまで追い込んだと言われる特殊個体の同種の魔物。
警戒するのは当然だと思う。
でも相手になんの敵意も殺意もないなら話は変わってくる。森の主はちゃんと言葉を解して意思疎通が図れるし、むしろ友好的な思考が見受けられる。
しかも今回の件に関して森の主は完全な被害者だ。
そんな被害者に討伐なんて仕打ちはあまりにも可哀そ過ぎる。
「はぁ~……ホント、ユウヤさんって変わり者ですよね」
「そう呆れた顔するなよ。ヒューマラルドの連中は倒したんだ、森の主の討伐は任務に含まれてないんだからこれ以上の無駄な戦いはする必要ないだろ」
「……わかりましたよ。ここで見た事は他言無用ってことにしときます」
「ありがとな、レミリア」
『…………ホッ』
レミリアは渋々納得し、森の主も安堵の息を漏らす。
さて、改めてギルドへの依頼報告をどうするかだ……。
ヒューマラルドは殲滅した、それは問題ない。
ただヒューマラルドがこの洞窟で何を企んでいたのかを聞かれたら間違いなく報告の矛先が今目の前にいるこの森の主の存在に向いてしまう。
それだけはなんとしても避けなくちゃいけない。
「ちなみになんだけど、嘘の報告をギルドにしたらどうなるんだ?」
「虚偽の報告はバレたら厳重な処罰が下されます。ランク降格や活動停止、ひどい場合は冒険者許可証の永久剥奪なんてのもありえます。でもユウヤさんは厳密にはまだ冒険者にもなっていませんのでバレたら冒険者試験を受ける権利を永遠に剥奪されるかもしれません。虚偽の報告をしてもそれを裏付ける証拠があれば疑われることはないと思いますが……」
「証拠かぁ……難しいな。ヒューマラルドの死体を持ち帰っても意味ないだろうし……」
『…………もしかしたら "あれ" が使えるかもしれんな』
「"あれ" って?」
『おい、"あれ" を持って来てくれるか』
森の主は眷属に命令すると、眷属は頷き奥から木箱を四つ運んできた。
人間二人分が入れそうな長方形の大きな木箱四つ、目の前に並べられた。
「……この木箱は?」
『まぁ開けてみろ。もしかしたら良い"証拠"になるかもしれん』
「……これって……」
謎の木箱一つを開けると森の主の眷属に似た人型昆虫の魔物が入っていた。
既に死んでいるようでピクリとも動かない。
どれもひどく損傷しているが時間はそんなに経っていないようだ。
残りの箱も同様、外見は異なるも見た目は同じような人型昆虫の魔物の死体。
でもなんで木箱にこんな魔物の死体が……?
人型の虫……もしかしてこれって……。
「これってまさか……全部森の主の眷属か?」
『我の眷属は木箱を運んできたソイツを含め全部で五体、今まではこの五体が我が縄張りであるこのベルガ大森林を守って来た。戦闘力は凄まじく、他種族達を大きく凌駕する圧倒的な力。そんな眷属達で森の資源を乱獲する者や密猟する者、そして我がこの塒に近づく冒険者などを撃退し、いつの間にか五体は「森の主」などと呼ばれるようになった』
「森の主って…………アナタが森の主ではないのですか?」
『我はこの眷属を生んだ一魔物に過ぎんよ。眷属達はベルガ大森林が他種族達の侵略に脅かされぬように戦っただけのこと。そしてこの森の守護者となり、外部からは森の主と恐れられるようになった』
「んで、そのご自慢の眷属がこうして死体になってる理由は?」
『情けない事にな……全てヒューマラルドにやられたのだ。ここに死体として転がってる連中にな』
「おいおい冗談きついな。俺もそこの眷属の戦闘力は目の当たりにしたけど、あんな化物級の戦闘力を持っててあんな人間連中にやられたってのか?」
『それがヒューマラルドは妙な魔法を用いててな、その魔法に我が眷属は手も足も出なかったのだ。力を無効化され、動きを封じられ、一方的な奴らの攻撃に我が眷属のうち四体は無惨に散った……』
妙な魔法……まさかあの変な鎖の魔法のことか……?
あの鎖は確かに他種族にとってかなりの脅威だ。
あの鎖に縛られたものは魔力を吸い取られる。魔力を吸い取られれば身体能力は低下し、魔法も使えなくなってしまう。そうなればどんな強い強者も敗北へと誘われてしまうだろう。
ま、俺には効かなかったけどな。
俺には能力『状態異常無効』の能力がある。
この能力がある限り、どんな状態異常も効かない。
その状態異常がどんなに特殊でも身体に害するものなら全てを無効化する。
それが魔力を吸い取る状態異常であってでもだ。
ま、この能力があればもうどんな状態異常にも負ける気がしねぇな。
「でも……妙な敵だったのは確かだな。あの鎖の魔法といい、あの指揮官の男が使ったあの不気味な短剣といい、奴らはどんな魔法を使ったんだろうな?」
『まったく分からんが、実際我が眷属が人間の賊に負けたのは事実だ。そしてどんな目的だったかは知らんがヒューマラルドは我が眷属をそうやって木箱に詰め持ち帰ろうとしたらしいのだ』
「魔物の死体をか? 一体何の目的で……」
「恐らく、素材が目的だったと思います。特殊個体の魔物の素材は希少でかなりの額で取引される場合がありますから、理由はそれしかないでしょう」
素材目的……本当に理由はそれだけか?
何か他に別の理由がある気がする……。
相手は人間が全種族の中でナンバーワンと考える宗教組織。そんなイカれた宗教組織がそんな理由だけで魔物の死体を持ち帰るなんて考えにくいな……。
「あれ、でもちょっと待てよ? 何で一体だけ無事なんだ?」
俺は木箱を運んできた眷属を指さして訪ねた。
確か眷属はヒューマラルドに身動きを封じられていたやつだ。五体の内、四体も殺られたのにどうして眷属だけは封じられてるだけだったんだ?
『その眷属は防御力と魔法耐性に長けた眷属だからな、流石のヒューマラルドの用いる魔法でもソイツただけは倒すことが難しかったらしく、拘束して動きを封じるという手段をとったそうだ』
異常な防御力と魔法耐性であの妙な魔法にも耐えられたってことか。
だからあの場に縛られてたって事か、なるほどな……。
「んでこの眷属の死体が何で良い証拠になるんだ?」
森の主の提案した嘘の報告はこうだ。
・ヒューマラルドはベルガ大森林にて、再び冒険者の街への襲撃を画策。
・その画策にヒューマラルドは特殊な魔術を使って森の主を洗脳。
・洗脳した森の主を使って竜の魔物に続き、街を襲わせようと企む。
・その洗脳された魔物とヒューマラルドを勇也が襲撃準備中を狙い討伐。
と言うのが森の主が提案した嘘の報告だ。
「つまり、この眷属を俺が討伐した森の主として報告すれば前の存在を隠せるってわけだな。んで、この眷属を報告の証拠に使おうってことか」
『悪くない案だと思うのだがな。眷属が討伐されたことが世間に知れれば我の存在は隠され、ユウヤは高い功績も得られる。この案にこの眷属の死体はかなりの説得力を持つと思うんだが……』
「でも良いんですか? 死体とは言え、この魔物は森の主の眷属、肉親でしょう? 大事な肉親の死体を利用するなんて……」
『構わんさ。大事な眷属が殺されて残念ではあるが、眷属は再び時間をかけてまた生み出せばいい。 それにこの眷属達はかなり良い素材がとれる筈だ。助けてくれた礼として受け取ってくれ』
森の主の大事な眷属の死体を利用するのは正直心苦しい。
でも確かにこの死体があれば嘘の報告をしても疑われないだろう。
眷属の死体は冒険者たちに森の主と呼ばれていたのは事実らしい。ならこの死体をヒューマラルドに操られていた魔物として報告して、それを俺が討伐したという事にすれば、まずここにいる本物の森の主の存在は隠せる。あとはここに転がってるヒューマラルドの死体を何体か持ち帰ってそれも証拠として提出すれば報告の信憑性も増すだろう。
「よし、その案でいこう。むしろそれしかない」
『スマンな。元々は我がヒューマラルドに捕縛されるような事がなければこんな事にならなかったものの、そのせいで今回は多くの種族達の命を危険に晒してしまった。これだから世間の魔族の凶悪な印象が拭えないのかもな……』
「今回の件はどう考えたって悪いのはヒューマラルドだ。あのイカれた宗教組織のせいで温和な竜一匹犠牲になりかけたし、今回の騒動の主犯はどう考えたってヒューマラルドだろ。だからそう落ち込むことなんてないよ」
『本当にお前は変わっているな……? 本来、特殊個体の魔物は問答無用で討伐されてもこちらは文句は言えんのだぞ、それぐらいに脅威な存在だからこそ我は人目に付かないよう今まで注意を払い、この森で密かに生きてきた。なのにお前は人間に殺されかけた魔物の命を助けてくれた……。お前は魔物が恐ろしくないのか……?』
「俺はただ理不尽な暴力が嫌いなだけだ。そんなのは性根の腐った人間がすることだからな。俺はそんな人間になるつもりはサラサラないし、敵意を向けられたり仲間に手を出されない限り、俺から暴力を吹っ掛けることは絶対しないよ。その相手が例え魔物であってもな」
『…………長生きはしてみるものだな、まさか生きててお前のような魔族に出会うとは……。魔族とは自尊心が高く、傲慢な者が多い種族が多いと思ったが』
「どうにも、俺は他の魔族や他種族から見たらかなり特殊らしいんだ。能力やこの身体、この性格も含めてな。だから"異常者"って自覚はあるよ。とにかく、今回の件で森の主の件に関しては報告しないから安心してれ」
『……本当に感謝する』
これで何とか一段落だ。
ギルドに報告するまでは油断できないけどこれで依頼は達成した。
念のため転がってるヒューマラルドの死体を何体か持ち帰ってそれも証拠として提出しよう。本当ならあのレイドっていう指揮官の死体が報告の信憑性は増したんだろうけど、残念ながら奴の死体は塵になって跡形もなく消えちまったから持ち帰るのは無理だ。
とりあえず、雑魚ヒューマラルドの死体と森の主の眷属の死体で報告するしかない。
あとは依頼達成の報告でギルドがどう判断するか、だな。
これ以上のいい案は浮かばないし、俺とレミリアがボロを出さなければ……。
そんな不安を募らせていると森の主が俺の方に視線を向けてきた。
「な、何だよ……?」
『唐突ですまないがユウヤ、その手の甲に付いている"刻印"は何だ?』
手の甲の刻印……?
もしかしてこのドクロの紋様の事を言ってるのか?
「これは何と言うか……ん~……実は俺も良く分かってないんだ」
『その刻印は自分で付けたのではないのか?』
「実は俺、昔の記憶が無いんだ。自分がどんな人げ――魔族だったのか、どこから来たのか、一切分からなくて今はその記憶を探すためにとある魔族の元でお世話になってるんだ」
『記憶が無いか……』
しばらく数十秒の沈黙が流れると……。
『ユウヤ、ギルドへの報告にまだ猶予はあるか?』
「ここに長居できるわけじゃないけど、もう日が落ちる頃だろうし明日の昼にでも報告に街に戻ろうかとは思ったんだけど……何だ? まだ何かあるのか?」
『実はその刻印に心当たりがあったてな……この洞窟の地下深くにある場所に全く同じものを見かけたことがあるのだ……』
「へぇ、この紋様をねぇ…………って、この紋様の!?」
ここで来てまさかの新情報!?
まさかまさかだ、こんな大森林の奥深くで魔魂喰の手がかりがあるなんて。
これはフィーリアにいい情報ができた。
にしてもこの手の甲の紋様がある場所、か……。
シドはこう言っていた。
この髑髏の紋様が刻まれた場所に過去の魔魂喰たちの遺物が置いてある、と。
改めて考えるとそもそも魔魂喰"たち"って一体どういう事だ……?
やっぱり過去に魔魂喰は複数人存在していたってことなんだろうか……。
その魔魂喰たちが残していった過去の遺物。一体何があるのか……。
「ちなみにその場所ってのは何所にあるんだ?」
『この広場からさらに地下深くにある場所だ。ただ、この先の奥の洞窟は異常なまでに入り組んでいて一度入れば並の冒険者でも間違いなく遭難する大迷宮の洞窟が広がっている。我の案内があれば迷わず行けるがそれでも半日程の時間が必要でな、急いでいるなら後日でも構わんが、どうする?』
「この紋様の情報がそこにあるなら願ったり叶ったりだけど……レミリアはどうする?」
「もちろん同行しますよ。今のワタシはユウヤさんの従者ですから」
レミリアはムンと胸を張り、同行する意思を示した。
「でも案内って……どう案内してくれるんだ? その巨体じゃ狭い洞窟は進めないだろ」
『そこは安心しろ。この我の分身体を連れていくといい』
そう言って森の主は身体から猫と同じ大きさの芋虫を複製し、俺の肩に乗せた。
『その眷属は我の精神と同化していてその眷属が見たものを我の視界に共有し、我の思念をその眷属を通し相手に伝える役割をしてくれる。その眷属を通し我が迷宮を案内しよう』
つまりナビみたいなもんか。なら迷うことはないな。
「りょーかい、それじゃあちょっと一休みしたら案内を頼むよ」
数時間後、俺は森の主の案内で洞窟の奥深くにある大迷宮へと足を伸ばした。




