第32話『悪徳勢典(ゾディアック)』
「まったく……二人とも、手が焼けるんだから……」
幼い少女はコハクとムウを無事に救出。
瞬時に洞窟の外へと一瞬で移動した。
幼い少女は主に防御に特化した魔術師だ。
常に透明な球体で身を包み、歩く際はフヨフヨと球体ごと浮遊して移動する。
球体は銃弾は愚か砲弾ですらビクともしない防御力を誇り、防御に特化した魔法は鍛え過ぎたがために幾つもの応用性を生み、特殊な "能力" へと進化した。
洞窟の外へ一瞬で移動したのも能力性能の一つだ。
球体を一か所に固定しておくことでその場所に瞬間移動できる。距離や移動人数に制限はあるもののどんな危険地帯からも一瞬で脱出できる命綱になる能力性能だ。
そんな万能な能力を持つ少女の名前はピケット・アンバース。
ピケの愛称で慕われどんな魔術師にも劣らない組織幹部『悪徳勢典』の一人だ。
「ここなら誰も来ないし……傷の手当だけでも……」
ピケは傷ついた二人に球体を展開し、その球体内で治癒魔法を発動。
二十分かけて二人の傷は癒え気絶から意識を取り戻す。
「ん、んんぐ……」
「二人とも……起きた……?」
「あれぇ……? 何でアタシたち外にいるのよ? あの魔族は?」
「自分の能力で外に運ばさせてもらった……。二人を助けるのが最優先と思ったから……」
「つか、ピケット……何でお前がここにいんだよ」
「二人を止めに来たんだけど……それも無駄だったみたいだね……」
「どういうことだよ」
「あの森にヒューマラルドが集結してるって聞いたから……二人を止めに来たの」
「なーるほど、アタシたちがヒューマラルドが接触しないように止めに来てくれたわけね」
「ヒューマラルドとは関わらないのが正解……。一人の奴隷のためにそんな負担は避けるべき……と思ったんだけど……あの状況は何だったの……? なんでヒューマラルドが全員死んでてあの場に魔族がいたの……? 二人は誰ににやられたの……?」
少女の言葉にムウは悔しさの余り歯を食いしばる。
「俺たちはあの魔族にやられたんだよ……」
「周りのヒューマラルドの死体は……?」
「あの魔族がやったのよ。アタシとムウはあの魔族に惨敗したってわけ」
「あんの魔族、絶対許さねぇ……! 絶体見つけ出して殺してやるッッ……!」
「やめときなさい、勝てるわけないわ。ホント甘っちょろい性格かと思ったけど……流石は最強種族一角の名は伊達ではないっことね。ピケちゃんが来なかったらどうなってたか……」
「関係ねぇ!! あの魔族から奴隷も居場所も聞き出してねぇんだ。洞窟に戻ってアイツを――」
「それならもう必要ないよ……」
「…………は?」
「どういうことピケちゃん?」
「ピケは命令で止めに来た……」
「命令?」
「ボスからの命令……『ヒューマラルドとの関わりは避けるべし、奴隷捜索は一旦中止してムウとコハクを組織に呼び戻せ』……これがピケが受け取った命令……」
「チャーラム様が……。なら仕方ないわね」
「けど俺はあの魔族に――」
「ボスの命令……無視するの……? 正気じゃないよムウ……」
「実際正気じゃないのよ。今のムウちゃん、怒髪天レベルで冷静さ欠けてるから……」
「もう奴隷奪還とか関係ねぇ。あの魔族を殺さねぇとオレはぶっ壊れそうなんだよ……!」
「だからって勝てない戦いに挑んでもそれは無駄死でしょ。実際アタシたちはあの魔族に傷一つ負わせられなかったんだから。ホンッット……こうやって生きてるのが奇跡なくらいよ」
「そんなに強かったの……?」
「そりゃあもうねぇ、魔術師としてなら間違いなく世界屈指に入る実力者だったわ。ただでさえ油断ならない魔族にあんな実力者がいたなんて……」
「とにかくこれからどうすんだよ。いくら奴隷捜索が中断になったとは言えようやく居場所の手手掛かりを見つけたんだ。このまま退却ってのは俺の怒りが収まらねぇんだよッ……!」
「組織への帰還……これは絶対命令……」
「けどよ俺は――」
「ムウ、アンタいい加減にしな」
コハクはムウの襟を持ち上げ、冷静さにかけた発言を黙らせる。
「これ以上アタシとピケちゃんに迷惑かけんじゃないわよ。ボスの命令は絶対、それにあの魔族、恐らく王族と関りがあるはずよ。その辺を調査すれば何か正体が分かるかもしれないわ。なら一旦、チャーラムさまの命令通り退却して後日ゆっくり調査して確実に青肌の魔族の情報収集をしたほうがいいわ。青肌の魔族は得体が知れない、でも奴隷の居場所が分かれば必然とあの青肌の魔族とも会うでしょうよ。チャーラム様からなんらかしらの罰は受けるでしょうけど……それは甘んじて受けるしかないわね」
「王族との関係……? 何でそんな事が分かんだよ」
「ムウがトドメを指される瞬間に聞いたのよ。あの魔族『フィーリア』って名前を口にしたの」
「フィーリア……?」
「その辺の知識は弱いわねムウは……。『フィーリア・エラ・ダンタリオス』と言えばこの大陸にある巨大な都市国家を収める魔族の王女よ。魔族の王族の中では低い身分だけど、高い知能と幅広い他種族との交流がある魔族よ。しかもあの青肌の魔族、家名じゃなく名前で呼んでいたってことは王女様と親しい関係である可能性が高い。捜索場所が分かってればもう手がかり見失うってこともないでしょ」
「コハク……それは確かなの……?」
「間違いないわ。あの魔族の王女さまはかなりの変わり者って噂だけど、あの青肌の魔族がその王家の関係者ってならあの甘ちゃんな性格も納得だわ。それにあの人質に取った獣人、あの魔族の事を『ユウヤ』って呼んでたわ。名前も分かってるなら調査は容易なはずよ」
「その情報、確かなんだなコハク……?」
「えぇ、だから一旦その怒りを抑えなさい。居場所がわかれば奴隷を取り戻す好機は十分にある。とりあえず一旦帰還して英気を養いましょ」
「ちっ……分ーったよ」
少し納得はしてないものの、ムウはコハクの意見も一理あると納得し怒りを鎮める。
怒りが収まったムウを確認し、コハクは持ち上げていたムウの襟を下す。
「にしても何で帰還なのかしら? あのボスのことなら『奴隷を取り戻すまで帰ってくるな』って言いそうなくらいなのに……何かあったのかしら?」
「今……各所に散らばった悪徳勢典を招集してるそう……」
「はぁ? 悪徳勢典全員をか? 何でまた?」
「これから組織の大仕事がいくつかあるって言ってた……。その大仕事の各担当を決めるのと……予定を話し合う会議だってさ……」
「だとしても悪徳勢典が全員揃うって何年ぶりだ? 拠点で何人か顔は見るが全員一斉にってのは久しぶりじゃねーか?」
「希少奴隷の捜索を後にするぐらいの大仕事……それだけ最重要ってこと……」
「なるほどな、それは殺り甲斐がありそうだ。よし、本拠点に戻ろうぜ」
「まったく、さっきまで我が儘だったくせに現金なんだから……」
「それがムウ……仕方ない……」
「悪徳勢典全員っ言ったよな? モッフルも来るのか?」
「モッフルだけじゃない……。ノラードにソウ、リールカルド……ハオン……あとカーネイルと南雲も来るって……」
「ゲ……ノラードも来んのかよ……。同性愛主義者の歪んだクソ野郎が……」
「ノラちゃんは確かにアタシも苦手ねぇ。歪み捩れた愛を見せるからあの変態は……」
「二人には言われたくないと思うよ……?」
「ま、とにかく本拠点に戻ろうぜ。帰る手段はあんだよなピケ?」
「森の外に移動用の魔鳥を待機させてある……」
「では戻るとしますかね」
三人の所属する組織『愚者の皇邪達』は裏世界では有名な犯罪組織。
暗殺、盗み、麻薬、人身売買、賭け試合、などなど。
どんな犯罪にも手を染め、国家転覆をも企てた一大犯罪者集団。
総員は700人を超え、その700人の中でも突起した実力者、各犯罪の有力者として活動する者たち。
それが『悪徳勢典』と呼ばれるの大幹部たちである。
三人は元々は裏世界で名の知れた実力者だ。
その腕を買われ、組織にスカウトされ三人は大幹部まで上り詰めた。
奴隷の調達と護送を専門とする大幹部が一人。
『畜生兎』改め『"韋駄天兎"のムウ』
暗躍や暗殺を専門に扱う大幹部が一人。
『"悲鳴快楽者"のコハク・グルット』
要人の護衛、盗みを専門に扱う大幹部が一人。
『"怠惰羊"のピケット・アンバース』
各犯罪に置いての有力者。
裏世界でも油断ならない巨悪の名に相応しい犯罪者達だ。
そんな巨悪の犯罪者たちにも強者としての"誇り"があった。
その誇りが今回の勇也との戦闘で見事にへし折られ、特にムウは屈辱と怒りに焼き焦がていた。
ムウをここまでに瀕死にさせた戦士はいない。それほどに勇也とムウの実力差は歴然とし、認めたくはなかったがムウは自らの弱さと愚かさを思い知った。そうして心の奥底で激しい復讐の炎を燃やし、ムウはピケットとコハクと共にその場を後にした。




