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〇第31話『殺意の衝動』


 その場に静かに佇み、表情を隠すように俯く勇也。

 沈黙に包まれた勇也の姿にユウとコハクは不気味差を感じていた。

 明らかに様子がおかしい雰囲気にムウは様子を伺う。


「分かったならこの場にうちの奴隷を連れてこい。それが出来ねぇならこの獣人(ネコ)はオレ達が奴隷として貰っていくだけだ。あの赤髪の霊獣族ほどじゃねぇが、この容姿なら奴隷としていい値が付くだろうよ」


「………………」


 ムウの挑発に勇也からはなんの返答もない。

 罵倒の言葉や挑発を幾度浴びせようと勇也は沈黙するだけ。

 

「あぁ~らぁ~。ムウちゃんの脅しに怯えちゃったかしら?」

「だがこのままじゃ話が進まねぇよ。とりあえず獣人(コイツ)の足でも撃っとくか」


 コハクとの耳打ちの会話を済ませ、ムウは銃口をレミリアの右太ももに向ける。


「——ッ?」


 その時、ムウは勇也から途轍もない悪寒を感じた。


 常に勇也の『暴食の棺桶』に警戒しは自分の背後の影に警戒している。

 勇也の魔法による実力はここまでの尾行で把握済み。


 ムウは勇也の事をかなり上位の実力者として警戒し人質を取る作戦を取った。

 どんな実力者であろうと人質を取る作戦は有効だ。

 人質作戦はムウにとって必勝の作戦。

 実際、今まで人質を取って失敗した仕事はほとんどない。

 人質は相手が真面目であればあるほど効果は絶大、今回もムウはそれを確信していた。


 しかし、ムウの悪寒は止まらない。

 常に背後を警戒しているにも関わらず、悪寒は収まらない。

 影魔法はかなり珍しい魔法ではあるが周囲の大きな影を把握、警戒していれば不意を突かれることはまずない。ムウはその対策を知っており警戒を怠らなかった。


 しかし、それでもムウの警戒は足りなかった。


「グッ―!?」


 銃を持ったムウの左手にグサリと激しい激痛が走る。

 ムウは完全に背後を警戒していたため、左手の激痛に不意を突かれる。


「ムウちゃん!!」

「なんっ——!?」


 手を見てみると漆黒の伸びた細い針がムウの手の甲を銃ごと貫いていた。

 黒い針の伸びた場所を見るとムウの真下に落ちていた小石から浮き出た影からだった。影の面積はかなり小さい。そんな小さい小石の影から針が伸び人質に銃口を向けるムウの手を易々と貫いていた。


「これは——『影針(ブラックニードル)』!?」


 初級影魔法『影針(ブラックニードル)


 影属性魔法の初級攻撃魔法で影から鋭い針を造り出し対象を貫く魔法。

 発動者は言うまでもなく勇也だ。

 ムウもすぐそれに気付いた、と同時に驚愕した。


 影魔法は珍しいが故に、その制御が難しい。

 影魔法は操る影の面積が小さいほど発動が困難。影の規模が小さければ小さいほど威力も性能も下がり、影の存在が捕らえにくい。小石ほどの影なら捉えにくい処か存在すらも気付かない。

 仮にその影を使えてもそんな面積の影では威力はお粗末。

 人間の手を貫く事は愚か血を流させるかも怪しいレベルだ。しかし小石一個分の面積の影から人間の手を易々と貫くほどの影針(ブラックスピア)を勇也は発動した。

 

(そんなッ——あ、ありうるの!? こんな小さい影からこの威力が——)


 ムウは驚愕と混乱により今の状況に理解が追い付かない。

 しかし今のムウにそんな理解する時間すら与えられなかった。


 ムウの右目の視界が湾曲に歪み、右頬に何かがメリメリとめり込む。

 気付くとすぐ目の前に勇也の姿が現れ、仮面の上からムウの頬に足蹴りをめり込ませていた。

 ムウが勇也から視線を外した一瞬。

 その"一瞬"は一秒にも満たない刹那の一瞬だ。

 その一瞬の隙に勇也は地面を蹴り上げ、凄まじい脚力で二人(ムウとコハク)との距離を縮めた。

 俯いていたにも関わらず、完全に油断した二人の姿を勇也は見逃さず、まるで瞬間移動をするかのような跳脚力でムウの顔面目前まで近づく。

 そのまま勇也は跳んだ勢いでムウの頬に強烈な蹴りをめり込ませた。

 勇也は跳ぶ途中、捩じるように身体を回転させ、蹴りの威力を増大させる。

 怒りを極限にまで込めたその蹴りはムウの頬に見事命中(クリティカルヒット)し、ムウはその蹴りの膂力でハデに吹き飛ばされる。


「ムウ! こんのッッ――!!」


 ハデに吹き飛ばされたムウを見てコハクは手に嵌めていた手袋の爪先から"魔力糸"を複数発射。

 その魔力糸は勇也の身体に絡みつき、勇也の四肢の動きを封じる。


「舐めたコトしてくれたわねぇ。ちょっとでも動いて見なさい、四肢がスッパリいくわよ」


 コハクの主な武器は自らの魔力で生成した糸。

 糸の名を『魔力糸(まりょくし)

 

 コハクが造り出した魔力糸は細さと長さを自由に変えられる。

 細ければ細いほど鋭い切れ味を誇る魔力糸になり、肉体を骨ごと切断する凶悪な切れ味を誇る。

 魔力糸はコハクが装着した特別製の手袋から生成され各指先から発射される仕組み。


 そんな鋭い魔力糸で勇也の動きを封じ込むコハク。このままコハクが魔力糸を引っ張るか、勇也が動くかすれば骨ごと四肢が切断される

 しかし、魔力糸が勇也の肉体に巻き付くと魔力糸はバラバラになって飛散した。


「なっ―!?」


 コハクが造る強靭な魔力糸はちょっとやそっとの事では切れない。

 約六tの重りをぶら下げても切れない強靭さを持つにも関わらず、勇也に巻き付けた魔力糸は何の抵抗もなく飛散してしまう。


(どういうこと!? しっかりと巻き付けた筈なのに——)


 コハクは飛散した現象に理解が追い付かない。

 するとコハクは何やら熱い熱気が漂ってくるのを皮膚に感じ、その熱気は勇也から漂って来るものだと気づいた。コハクは様子のおかしい勇也の姿を観察すると、勇也の皮膚が僅かに赤みを帯び、身体中に電気のような魔力を纏っていることに気付く。


 しかし、その異常に気付いたのも束の間。

 勇也はコハクの視界から一瞬で消え、瞬間移動の如くコハクの背後をとる。

 コハクの背後を取った勇也は拳に力を込め、振り払うようにコハクの脇腹を裏拳で殴りつける。


「グッ——!?」


 コハクは痛みの悲鳴を上げる暇もなくムウ同様にはるか先まで吹き飛ばされる。


「大丈夫かレミリア?」

「ユウヤさん……ゲホッ——! その姿は一体——」

「とりあえず話は後だ。ひとまずは休んでろ」


 勇也はレミリアの拘束を魔魂喰の怪力で引き千切る。

 レミリアの拘束を解くと勇也は次元収納から回復薬を取り出しレミリアに飲ませ、ムウ蹴られた身体中の痣を治癒させる。

 そのまま抱きかかえ、眷属にレミリアの護衛を任せる。


「任せてもいいか?」


 眷属は勇也の一言に護衛を承諾するよう静かに頷く。

 そしてレミリアを勇也から受け取り、眷属はレミリアと共に巻き込まれないよう距離を取る。

 

「さてと————」


 勇也一人になると真横から銃弾が飛んできた。

 音速を超える銃弾を勇也は魔魂喰の身体能力を使い(てのひら)ですんなりと掴み取る。

 弾丸が飛んできた方角を見るとそこには勇也に蹴り飛ばされたムウがフラフラになり立ちはだかっていた。蹴られた衝撃でムウは仮面が外れ素顔がさらけ出されている。


魔銃(じゅう)の弾を素手で掴むとか、どういう反射神経してんだテメェはよぉ……」


「大したことないぞ、最近の鍛錬のおかけで銃弾ぐらいの速度は余裕で追える。にしても……結構強めに蹴ったはずなんだけどな? 頭の原型留めておけるなんて、よっぽど頑丈な仮面だったのか?」


「さてな、テメェの蹴りが弱かっただけだろ」


 ムウは口内に溜まった血を吐き捨て、軽口を叩く。

 がしかし、実際は勇也の実力にムウは恐怖し僅かに震えていた。

 勇也の予想通り、ムウの頭が無事だったのは仮面おかげだ。

 ムウの仮面は特別な金属で造られており頭を守る兜の役割も果たしている。

 特殊な防御魔法も付与されているため、50トンの大槌で殴られても仮面はびくともしない。

 そんな仮面をアッサリと破壊されムウは目の前にいる勇也(まぞく)に集中する。

 魔族は全種族の中でもトップクラスに強い種族。

 一切の油断が出来ない人間よりも格上。

 ムウが勇也と対峙しているとそこに吹き飛ばされたコハクも脇腹を押さえ戻ってくる。


「生きてっかコハク……」

「何とかね。咄嗟に糸で守って威力を削ったけど……アバラが何本かイッたわ」

「俺も右目が真面(まとも)に見えねぇ。仮面も壊された」

「魔族と対峙するのは初めてじゃないけど、これは過去一(かこいち)の相手なんじゃないかしら……」

「かもな。しかもあの魔族、肌が赤くなってねぇか……?」


「何らかの魔法でしょうね、でもあんな皮膚が赤くなって電気みたいな魔力を纏う魔法なんて聞いたこともないわ。肉体強化の魔法みたいだけど、あんな強化魔法あったかしら……?」


 二人は勇也の異質な姿を観察するもその正体は分からない。

 すると、困惑しているムウとコハクを見て勇也が口を開く。


「なにコソコソ話してんだよ。ま、おおよそ今の俺の状態に困惑してるってとこか」


「さっきの攻撃を直に喰らって警戒しないバカはいないわよ。ホンット、これは相当の化物に当たっちゃったわね……。まったくこっちはムウの尻拭いの手伝いをしに来ただけだってのにとんだ災難だわ」


「なぁ魔族さんよ。テメェのその姿は何だ? さっきまで青白い肌だったよなぁ、何らかの魔法か? それともテメェの固有能力か何かか?」


「これか? これは俺が独自に造った魔法だよ」


「独自に……造った……?」


「俺はこの魔魂喰(ちから)を手に入れてまだ日が浅くてね、今はとある魔族(ひと)の元で色々と学ばせて貰ってるんだ。んで色々と学んでいった結果、自分だけの独創開発(オリジナル)の魔法が造れるようになたってわけ」


 その勇也の台詞に二人(ムウとコハク)は唖然とした表情でさらに困惑が深まった。

 それがどれだけ勇也が格上の相手というのを物語っていた。


 独自に開発した魔法。

 それは魔法を熟知し、魔法の仕組みを理解し、魔法に愛された者ができる領域。

 限られた上位の魔術師にしか出来ない芸当を目の前に二人は自身の目を疑う。


「う、嘘でしょ……そんなの限られた上位魔術師にか出来ない芸当……」


「そんな難しいことはなかったぞ? 魔法の基礎と仕組みをしっかり理解して、相性良し悪しの属性を把握すれば自己流の魔法なんて簡単に造れる。でもまぁ、造った魔法はみんな性能は凄いんだけど制御が難しかったり魔力消費の激しいものばかりなんだけど、俺にはそんな負担関係ないんでね」


「んで、その姿も独自に造った魔法の一つってことか……」


「雷属性と炎属性を自身に付与しての自己強化ってとこだな。雷の"速度"と炎の"破壊力"で無双の接近戦を誇る二属性身体強化魔法、その名も———」


 魔改造魔法『炎塵雷(ライジング)光無双(ヴァーミリオン)


 雷と炎の属性を直接肉体に付与することで身体能力を極限まで強化する肉体強化魔法。その全身に雷の魔力を帯電させることで脚力速度と攻撃威力は雷の如し。

 そして炎の魔力を内側から発することで肉体の表面は熱した鉄のように熱く、内臓や骨まで焼き尽くす灼熱の拳を放つ。

 さらには触れた対象に雷を帯電させ、内側から焼き尽くす追加負傷(ダメージ)付き。


 二つの属性の特性を最大限まで攻撃に生かした勇也自己流『魔改造魔法』の一つである。


「なるほど、さっき糸が散ったのは身体に蓄積した高熱で焼き切れたってことね」

「コハク……」

「分かってるわよ。どうやらアタシたちの目の前にいる魔族は相当の化物みたいね」


 勇也の実力を改めて思い知らされ、ムウとコハクは本格的に臨戦態勢に入る。

 ムウは足に装着した足甲に魔力を纏い、風の属性を纏わせる。

 ムウの戦闘形態は足に風の魔力を纏わせることで速度で撹乱し、鋭い足技を繰り出す足技形態。

 最も得意とする戦闘形態(バトルスタイル)を出し、勇也に対し本気の意を示す。


 同時にコハクは手袋の各爪先に魔力を集中させ、魔力糸を瞬時に出せるよう構える。

 指先に魔力を集中すれば集中するほど魔力糸は素早く出せる。

 相手の不意を突けるようにコハクは指先に全集中し、勇也から視線を外さない。

 お互い静かに見つめ合い数秒の沈黙が流れる。


「…………——ッッ!!」


 痺れを切らし、動いたのはムウだった。

 ムウは脚力を活かし、途轍もない速度で勇也の上空を飛び、瞬時に勇也の背後を取る。


「コハク!!」


 ムウの声にコハクは瞬時に魔力糸を瞬時に出し、勇也を拘束する。

 さっきまでの鋭い糸とは違い、今度は強靭で太い魔力糸で勇也の肉体を完全に拘束。

 魔力糸は細ければ細い程切れ味を増すがその分強度が落ちる。その逆で太ければ太い程強度は上がり鉄鎖やステンレスワイヤーよりも強靭な魔力糸になる。

 勇也を縛り付けた魔力糸は切れ味は二の次の極太の魔力糸。

 その気になれば小型の竜すらも拘束できる魔力糸だ。切れない強靭だけでなく、熱にも強く最大8千度の熱にも耐えれる優れもの。

 コハクはその耐熱性を活かし、勇也を極太の魔力糸で捕える。


「お返しだッ!」


 拘束された勇也の横顔目掛けてムウは横蹴りを放つ。

 しかし、勇也に首を横に反らされ一発目の蹴りを楽々と躱される。

 立て続けに二発三発と大きな蹴りを繰り出すも、その連続蹴りは全て躱される。


「この野郎ッ——」

「——ッ!! ムウ、離れて!」


 するとコハクは指先から伸ばした魔力糸が緩んでいくのを感じ、ムウに警戒を呼び掛ける。

 その瞬間、頑丈に強化した極太の魔力糸がいとも簡単にプツンと焼き切れる。

 拘束が解けた勇也はムウの足を掴み、ギリギリと締めつけるように握り締める。


「テメッ! 離しやが――グッ!?」


 その締めつけにムウは苦痛の表情を浮かべる。

 当然だ。今の勇也には雷と炎の属性が付与されている。

 掴まれれば高熱で外側から焼かれ、勇也に帯電する雷の魔力で内側から焼かれる。

 その二つの強烈な焼かれる痛みにムウは必死に藻掻く。

 が、魔魂喰(ユウヤ)異常腕力(パワー)から逃れられるはずもなく。勇也はムウの足を掴んだまま身体ごと振り回し、その遠心力を負荷に地面に背中ごと叩きつけた。


「この魔法に接近戦挑むとか、命知らずにも程があんだろ」

「グハッ――!?」


 叩きつけられた衝撃は内臓にまで響き、ムウは大量の血を吐く。


「ムウ!! こんのぉ調子に乗んじゃないわよ!!!」


 コハクは無数の魔力糸を束ね槍のような形に具現化。

 激怒のままに勇也目掛けて投げ飛ばした。


 コハクは魔力糸をただ飛ばしたり巻き付けたりするだけでなく、一点に束ねて様々な武器を形作る。

 剣、盾、鎧、その他もろもろ。

 その構築速度も凄く、物によっては一秒もかからない。

 槍の具現化は一秒。"魔力糸使い"コハクの神業である。

 さらには強靭な魔力糸で作った武器は本物(オリジナル)を凌ぐ基本性能(スペック)を誇る。

 複数作ることも可能で、具現化したものを宙で自在に軌道を操ることもできる。


 勇也に魔力糸の槍を投げ飛ばすとさらに追加で五本の槍を具現化し、それも勇也目掛けて投げつける。

 一本を防いだとしてもさらに五本の追撃。

 しかし、勇也は飛んできた槍をまるで蠅を手で払うかのように叩き落す。

 追撃の五本も同様に易々と全ての槍を叩き落した

 

「う、嘘でしょ……」


「さっきから身体に縛られてる違和感があったけどなるほどな……この糸みたいな魔力がお前の魔法かオカマ野郎。でもどうやら熱には弱いみたいだな」


 勇也は身体を縛り付けてる違和感を感じ、魔力の糸による攻撃と瞬時に見抜いた。


「ホントなら熱にも強いのよ……クッソ、どこまで化物なのよアンタは」

「その武器を宙で動かすの面白いな。まるでファ〇ネルみたいだ」

「ふぁん……は? 何を言って——」

「でも動かす本数がショボいんじゃないか? 」


 勇也は周囲に自身の魔力を張り巡らせる。

 魔力は地面一帯に散らばった剣や槍などの武器を包み込む。

 その武器は数十分前、勇也が戦っていたヒューマラルド達の装備だ。

 勇也の魔力を纏った武器は宙に浮き、勇也は宙に浮いた武器の刃先を全てコハクに向けた。

 武器の数は五百以上。回避不可避の攻撃の予兆に絶望しコハクはペタっと膝を付く。


「やるならこれぐらいやらないと」

「参ったわね……こんなのどうしろってのよ……」

「何だ? さっきの槍で防いでみろよ、何個も作れるんだろ?」

「…………」


 コハクの沈黙に勇也は作れる数には限界があるという欠点に気づく。


「はぁ、そんな実力でよくも魔魂喰にケンカを売れたもんだ――なぁッ!!」


 勇也は五百のうち百本の浮かせた武器を遠隔操作でコハクに飛ばした。

 百以上の不可避の刃の攻撃にコハクは抗う素振りも見せず、ただ攻撃を受け止めた。

 高速で飛んでくる刃の嵐に身を切りきざれ、コハクは血だるまになりその場に倒れた。


「コハクぅうううう!!!」


 魔魂喰の能力『念動力』


 手に触れず、物体を動かす能力で自身の魔力を纏った物体ならその軌道を自在に操ることのできる魔魂喰の固有能力。勇也は魔法だけでなくこの数週間、能力の鍛錬にも精を出していた。

 何ができるか、何が可能なのか、周りにどんな影響を及ぼすか。

 全てではないがその能力をも魔法に組み合わせ、勇也は独自の魔法を幾つも造り出していた。

 念動力で武器を宙で操る、これも勇也が能力と魔法を組み合わせて作った技術だ。


「まずは一人、と……」

「テメェ、俺たちを誰だと思って――」

「ただ理不尽に暴力を振るう| "人間" 《クズやろう》だろ。それ以外になにがあるって言うんだ」

「この野郎ッッ!! 殺す! テメェだけは絶対に殺してやるッッ!!」 


 ムウは食いしばりながらも汚い言葉を繰り返し、激しく負傷したにも関わらず立ち上がった。


 ムウはこれまで奪う側に立っていた。

 一方的に奪い、傷つけ、犯し、殺し続ける。

 常にムウは自分は上の存在であると思い込んでいた。

 しかし、今現在その思い込みがただの傲りになろうとしている。

 その事実にムウは激しく怒りを燃やし、勇也に憎悪を膨らませていく。

 しかし、そんな憎悪を抱いてるのはムウだけじゃなかった。


「ホント人間(おまえら)ってさ、そうやって大声で罵倒しないと死んじゃうのか?」

「なに……?」


「こちとらもう散々なんだよ、傷つけられるのも罵られるのも。ホントにこれでもかってくらいお腹いっっぱいなんだ。そんな日常から解放されてようやく最近精神(メンタル)が癒されてきたってのに……お前みたいな人間(やつ)がいると台無しなんだよ」


「ハッ、さっきまで人質取られて困り果ててた魔族が何を言って――」


 ザクッ――。


「ガッッ――!? ぐぅううううううううう!!?」


 ムウは足に違和感を感じ、その違和感からジワジワと広がる痛み。

 見るとムウの脹脛(ふくらはぎ)を勇也が念動力で操るヒューマラルドの剣が深く貫いていた。

 ムウは悲鳴にならない声を上げ、その場に膝から崩れ落ちる。


「んじゃ、今度はこっちから質問するから正直に答えろよ、クソ野郎」

「な、何だよ――」


「お前らの仲間はあとどれくらいいるんだ。何所を拠点にしてる?」


「はぁ? なんでそんな事を聞く?」


「決まってんだろ、どんな汚れも根本から絶たないと綺麗にならない。お前ら奴隷商……組織って言ってたよな。ここでお前達を消してまた次から次に刺客が現れても面倒だ。ならお前らの本拠地、もしくは仲間の情報をここで吐いて貰って潰そうと思ってな」


「なっ――!? ふざけたこと抜かすな、誰が喋――ア、グァアァアアアアアアッッ!!?」


 ムウが拒む瞬間。

 すぐさま勇也の念動力で操る長槍(ぶき)がムウの肉体(わきばら)に突き刺さる。


「俺に人質をとる悪趣味はないけど、非道なド畜生を傷つけるぐらいワケないぞ。こっちもある意味殺されかけたんだ、もう一方的に傷つけられるのはゴメンなんでね、言っとくけど容赦しない」


「初級魔法の十発同時発動……影魔法を応用した黒い棺の魔法……二種属性を付与する肉体強化魔法……。テメェはどれだけ独自(オリジナル)の魔法を持ってんだよ……」



「んーーそうだなぁ……ざっと "300" 種類ぐらいかな」



「さん———ッ!?」


「俺の魔法はどうでもいいんだよ。それよりもほら吐けよ。拠点の情報を吐けばこの場は見逃してやる。なら持ってる回復薬であっちに転がってる仲間(オカマ)も治してやるし、お前も回復させてこの場は帰してやってもいい。ほらさっさと吐————」


「プッ――」

「……………………」


 ムウは勇也の靴に唾を吐き捨てた。

 その挑発に勇也はさらに念動力の武器をムウの身体に突き刺す。

 その何度問いかけてもムウは一切口を閉ざし、勇也は次々にムウの身体に武器を刺していく。

 太もも、手のひら、二の腕。致命傷にはならないものの負傷(ダメージ)は大きく蓄積していく。

 そしてムウの意識は既に限界を迎えてきた。


「ホンッット強情だなぁ。これ以上はホントに死んじまうぞ?」

「…………」

「ダンマリか。それとももう喋る体力も残ってないか?」

「……し……やろ……」

「ん、何て?」

「死ねよ……この……糞野郎……」


「……クソ野郎に糞野郎って言われたぁないね。はぁ……もういい分かったよ。あっちのオカマもくたばってるみたいだし、お前もそろそろ――――」



「ユウヤさんッ!!!」



 勇也がムウにトドメを刺そうとした瞬間。

 レミレアは声を上げ勇也の背後から抱き着いて勇也の行動を止めた。


「…………レミリアどいてくれ。コイツがいたらリーシャが安心して暮らせない。それにこんなド畜生なクソ野郎はここで殺しておかないと絶対にまた俺の大事なものを傷つけようとする。理不尽に俺自身が傷つけられるのも、大事なものが傷つけられるのももうたくさんだ。だからこんな害しか及ぼさないクソ野郎はここで殺しておかないと――」


「ダメです! これ以上は……ユウヤさんがユウヤさんでなくなってしまいます!」

「何言ってんだよ、そもそもコイツはレミリアの事も容赦なく足蹴に――」

「ワタシのことは大丈夫です! 大丈夫ですから、そんな怖い顔をしないで下さい……」


 レネリアは勇也が躊躇いなくムウを指す姿に恐怖し、抱きしめながらもカタカタと震えてる。

 それでもレミリアは勇也を離そうとせず、力いっぱい止めようと勇也を抱きしめる。


「ワタシは……他種族と優しく接してくれるユウヤさんが好きです。普段のユウヤさんはワタシみたいな下位の身分の種族にも関係なく優しく接してくれて、他人の不幸や苦しみを心から理解してくれる。でも今の勇也さんはそれからかけ離れていて、それ以上はユウヤさんの心が持ちません、お願いですからそれ以上は憎しみに染まらないでください……!」


「だどしてもこのクソ野郎は間違いなく今後も俺の大事なものを傷つけていく。レミリアだけじゃない、リーシャやフィーリアにも間違いなく害を齎す、そんな奴を見逃せるほど俺はお人よしじゃ――」



「ユウヤさんはお人好しだからリーファさんを助けたんじゃないんですか!?」



「――――ッ」


「そんなお人好しのユウヤさんが殺意に歪められた姿、ワタシは……見たくないんです。ですからこれ以上はやめて下さい。ワタシは大丈夫ですから……」


 必死のレミリアの必死の制止に勇也は徐々に正気を取り戻していった。

 魔魂喰の肉体と能力を得て勇也は理性を失わない自信があった。

 勇也(じぶん)を傷付けてきたあんなクソ野郎な人間には絶対ならない。

 無能な人間だった頃の勇也はその意識が特に強く、犯罪すら侵す覚悟もない臆病な自分は暴力を侵す側になる事は生涯ないだろうと、そう思っていた。

 でも実際、勇也は憎しみと怒りで我を忘れ、理性を失いかけ、殺戮に歪められかけた。

 レミリアが止めてくれなければ勇也は人間としての良心を失っていたかもしれない。必死になってその行動を止めてくれたレミリアに勇也は感謝し、同時に自身の心の弱さに呆れ果てため息をついた。


「はぁ……悪い……。ちょっと暴走しかけたかも……」

「気にしないでください。この通りワタシは無事ですから……」


 勇也は自らの強化魔法を解き、その場に沈黙が流れる。

 怖がりながら泣きじゃくるレミリアを見て、勇也は改めて自身の心の弱さを知った。

 力を持つことによって生まれる傲慢と傲り。

 いくら反則級な能力を持ってるとは言え、その能力を欲望のままに使ってしまっては誰でも傲慢になり傲りが生まれる。

 勇也は自分の情けなさを痛感し、叱るように自分の頭をゴツンっと殴る。

 

「とりあえず反省は帰ってからだな……。とりまこのクソ野郎二人をどうするか――」


 すると地面に血塗れになって倒れていたムウの姿が消えていた。

 コハクの方にもにも目を向けるとムウ同様、コハクの姿も消えていた。

 周囲をキョロキョロ見渡すと、そこにはまた別の人物がいた。


「子供……?」


 そこには一人の寝巻のような衣服を着た幼い子供がいた。


 子供は宙にフヨフヨと横たわるように浮き、何やら半透明の球体に守られている。

 両手で大きな熊のぬいぐるみを胸に抱え、ジッと勇也を見つめている。


「子供が何でここに……」

「ムウ……大丈夫……?」


 勇也は子供の浮く地面を見るといつの間にか勇也が血塗れにしたムウとコハクが横たわっていた。


「い、いつの間に——!?」

「悪いけど……ムウは……死なせない……」

「お前は誰だ? その二人の仲間なのか?」

「…………許さないから」


 勇也が訊ねた瞬間、子供は倒れたムウとコハクと共にその場から消え去った。


「消えたッ!?」


 まるで掻き消えるようにその場から消え、再び空間には静かな沈黙が流れる。


「なんだったんでしょうかあの子は……?」

「さあな……。とりあえず、これで任務は完了だな。ふぅ~……疲れた……」


『終わったのか?』


「あぁ、ようやくな……」


『スマン、お前には色々と世話になったな』


「気にすんな、こっちもおかげで自身の無能差を痛感できたしな」


 勇也は不甲斐なさを抱きながら異世界に来て初めての大仕事を終えた。


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