〇第30話『守るもののために』
「レミリア!!」
「ユウヤ……さん……」
コイツら、どっから現れたんだ……?!
背後からの呼び声に振り向くとそこには怪しげな男が二人。
その男二人のすぐ傍には魔力の縄で縛られたレミリアが倒れていた。
「お前ら、レミリアに何して――――」
「おっと動くなよ、この獣人がどうなってもいいなら話は別だけどな」
近づこうとすると一人の男が銃口をレミリアに向ける。
くっそ、まだヒューマラルドがいたのか。油断したな。
「何を考えてるのか予想できるから言っとくけど、アタシたちはその辺に転がってるヒューマラルドの一味じゃないわよ。アタシたちはアンタが冒険者の街から出てから今までずっと付けて来たんだから」
「俺を……?」
「よぉ~やく見つけたぜぇ、青肌の魔族よぉ。この時をどんだけ待ちわびた事か」
確かにヒューマラルドの黒装束の服とは違う服装だ。
レミリアに銃口を向ける男は黒い兎の仮面を被り、鎧のような外套を羽織っている。
野蛮そうな口調からかなり威圧的な態度が見られる。
もう一人は女口調の長髪の男。
右目の目元には妙な模様の刺青に女装のようなヒラヒラとした服装。
女っぽいのに声質は低い男性そのものだからどこか不気味に感じる。
「とりあえずその獣人はこっちの連れなんだ。離して貰えない?」
「そうはいかねぇよ、この獣人はこっちで頂く。良い奴隷になりそうなんでな」
「はぁ? なに勝手ほざいてんだ。早くレミリアを放せ」
「だったらうちから横取りした奴隷を返して貰おうか? お前が連れ回してるんだろ」
「横取りした奴隷……? 何のことだ?」
「しらばっくれんな! お前が一緒にいたことは調べがついてんだよ」
「まさか、リーシャの事を言ってるのか?」
「知ってると言う事は、やっぱりお前が連れてるんだな」
「今は別行動してるけど……お前達は一体——」
「答える気はねぇ。俺様が欲しいのは奴隷を返すのか、返さないのか。その返事だけだ」
恐らく、目の前の二人がリーシャを奴隷にした奴隷商。間違いない。
でも、そんな連中がなんでこんな場所に……?
街から付けて来たって言ってたけどヒューマラルドを倒すとこまで見られてたのか?
くっそ油断したな……。
敵意察知は常に発動してたのになんで察知に引っ掛からなかったんだ?
隠密が得意なのか……? もしくは何らかの能力か……。
「つまり、お前たちがリーシャを奴隷にした奴隷商ってわけか」
「だったら何だ? 奴隷商が逃げ出した奴隷を捕まえるのは当たり前だろうが。つまんねぇ問答させんじゃねーよバカが」
「素直に言う事聞いたほうがいいわよぉ? 今回の件でムウちゃん、かなり頭に来てるからねぇ。言う事聞かないと何仕出かすか分かんないわよ」
「ちなみに断ったらどうなる?」
すると仮面の男は何の躊躇いもなく倒れたレミリアの背中を踏みつける。
「レミリア!! お前ッ——」
レミリアを足蹴にされ、カッとなり近づこうとすると、
「動くなっつただろうが! お前、断れるとでも思ってんのか? あの奴隷はこちらの所有物、お前は人様の物を勝手に奪った盗人だってのを自覚しろよ」
仮面の男は再び銃口をレミリアに向け、俺は動きを制止する。
「盗人って……奴隷商にだけは言われたくねぇなぁ。リーシャのことを騙して攫った悪党のくせに」
「もう一度聞くぞ。奪った奴隷は何所にやった」
「奪ったって人聞きが悪いな。言っとくけど俺は拾っただけだぞ。んで、リーシャを護送してたお前達二人の……仲間? その二人に襲われて理不尽に殺されかけた。ま、正当防衛ってことで返り討ちにしてやったけどね」
「……やっぱりあの殺人現場もテメェだったのか」
「なら納得ね。あの惨状を青肌の魔族が殺ったって言うならあの護送の人員じゃあ完全に力不足だわ。人間の戦士じゃ高い戦闘能力を持つ魔族は力量差があり過ぎるもの」
女口調の男が呆れる中、仮面の男は小刻みに震えていた。
俺が護送連中を殺した事実にさらに怒りが増したようだ。
銃の引き金に掛かった指も震え、今にも引き金を引きそうな勢いだ。
ハラハラする状況に俺は魔法発動の準備を整える。
幸い、男二人の背後には影がある。『暴食の棺桶』なら——。
「おっと、あの変な棺桶の魔法はなしだぜ」
仮面の男の言葉に俺は発動の準備を中断。
ギクリと鼓動が飛び跳ね、額に冷や汗が一粒垂れる。
「不意を突こうと思ったようだがそうはいかねぇよ。尾行でテメェの魔法はバレてんだ、随分と凶悪な魔法を使うじゃねぇか。次その魔法を使ってみろ、この獣人の頭が即座に跳ぶぞ」
「しかもアンタ、ここまでの戦闘で無詠唱で魔法を発動してたわね。その芸当自体は珍しくもない……手練れの魔術師なら誰でも使える技術だけど初級魔法を十発同時、さらには見たことのない魔法も幾つか使ってた……。魔法技術に関してはかなりの実力者と言った所かしら」
そうか、ここまで尾行してきてるなら使った魔法がバレてるのも当然か。
全部じゃないとは言え、一部魔法がバレてるのはちょっと痛い。背後からの不意打ちが効かないとなるとメリスの時みたいに正面から不意を突くしか——。
「にしても奇怪なこともあるもんだなぁ青肌の魔族よ。他種族と馴合わない冷徹無慈悲で有名な魔族が獣人を人質にされて動きを止めるなんてなぁ。何ともまぁ、甘い魔族もいたもんだ」
「そりゃあレミリアは大事な仲間だからに決まってんだろ」
「ハハッ、これは嬉しい誤算だ。まさかこんな甘い魔族がこの世にいるなんてな」
すると仮面の男は今度は倒れたレミリアの頬を蹴った。
レミリアの口元からは血が流れ、蹴られた頬は紫色に腫れあがる。
「————ッッ!」
「この獣人が仲間というのはどうやら本当のようだな」
「レミリアを放せ。レミリアは関係ないだろ」
「大ありだ。テメェの大事な仲間ってんならコイツは奴隷として攫って行く」
「なッ――」
「そうねぇ、目的の奴隷がここにいないんじゃあ奴隷と交換ってわけにもいかないしねぇ……」
「それにこの猫の獣人、かなりの上玉だ。ひひっ、オークションに出せばかなりの値が付く」
そう言って仮面の男はさらにレミリアの頭部をグリグリと踏みつけ、不愉快な笑いを響かせる。
「……めろ」
「あぁ?」
「やめろって……言ってんだよ」
「おいおい口の利き方がなってねぇな。今のお前に指図する権利があるのか?」
「ひとまずアンタ、奪った奴隷を返しなさいよ。指図はそこからね」
「返したら……リーシャをどうするんだ?」
「本来なら奴隷売買に掛けるのが流れなんだが、あの霊獣族は特殊でな。身体を "研究" して "教育" を施したあと組織の専属戦闘員にするつもりだ」
研究、教育……。
穏やかじゃない単語が出てきたな。
どっちにしろこの奴隷商にリーシャを渡すわけにはいかない。
渡したが最後、リーシャはまたたくさん奴隷として傷付けられる。
人間だった時の俺のようにたくさんたくさん、またたくさん傷付けられる。
それだけは絶対に……。
「どっちにしろ、リーシャはここにはいない。渡せるわけないだろ」
「ならこの猫獣人は貰っていくしかねぇな。奪われた奴隷の代わりにしては見合わねぇが代わりになるものといったらコイツしかいねぇし、ただで帰るわけにもいかないんでな」
「こんなことして……お前らは楽しいのかよ……」
「あ?」
「弱い奴を理不尽に傷付けてお前らは楽しいのかって言ってんだよ!」
「…………プッ、カァーーッハッハッハッ!!」
俺の言葉に仮面の男は大声で笑い声をあげた。
「コイツは驚いた。天下の魔族様の中にこんな "脳内お花畑" みたいなやつがいるなんてなぁ……。いやぁコハク、世界には広いなぁ」
「笑っちゃ失礼よムウちゃん。アタシだって笑うの堪えてるんだから」
「笑うなって言うのが無理な話だ。まさかこんな魔族がこの世に存在してるなんてな」
何だろ、メチャメチャ不快な事を言われてるのは分かる。
無性にイライラしてくる。
人間の時はどんなに罵倒されてもイライラする事なかったのに……。
罵倒や罵りを受けた時はそれが当然と受け止めて、ただ咽び泣くしかなかったのに……。
何でだ、何で俺はこんなにイライラしてるんだ……?
「魔族さんよぉ、俺はこの世で善人と弱者って奴が反吐が出る程嫌いでな……でもそれと同時にその二者を理不尽に傷付けて踏みにじるのが何より好きなんだ。傷つくことで苦悶に歪む顔、誇りや志しが穢されることで放つ悲痛の叫び、そしてこうやって弱者を一方的に痛めつけるのが何より大好きなんだ」
「こんのクソ野郎が……」
「頭がお花畑の甘ちゃん魔族に言われても痛くも痒くもねぇな。魔族とは言え、テメェは善人であり弱者だ。その証拠にこうやって大事な物も守れてねぇんだからなぁ~」
踏みつける力が強くなるに連れ、レミリアの表情が痛みに歪んでいく。
「クックックッ、やっぱたまんねぇなぁ~。美人な女が痛みに歪んで苦しむ姿はよぉ~」
悦楽に惚ける仮面の男。余程相手を傷付ける事が好きみたいだ。
特に女子に対してあの喜び様、よほど性根が腐ってると見える……。
やっぱり仮面の男人間はどの世界にもいるんだな。
俺のいた世界だろうと異世界だろうと、
どんな世界にも性根が心底腐った人間というのはいるようだ。
そんな人間がいるからたくさんいるから無能や弱者、善人が犠牲になるんだ。
俺は、人間が嫌いだ。
暴力的で強欲で、私利私欲のためなら平気で罪だって侵す。
俺はそんな人間にたくさん傷付けられてきた……。
それは俺が無能だから、弱者だから、平凡だから、馬鹿だから。
そんな理由で人間というのは平気で他者を見下し傷付ける。
あぁ……ホンッット嫌になる。
思い出したくもない思い出が蘇る。
大衆の前で虐められ、無様な姿を晒した思い出。
大切な物を取り上げられ、なんの躊躇いもなく壊された思い出。
信じていた家族に裏切られた思い出。
イラつくという理由で殺されかけた思い出。
俺にとって人間との思い出は地獄でしかない。
もうあんな思いはウンザリだ。
そんな絶望の淵に立たされて自殺を覚悟した時……。
俺はこの異世界にいたんだ。
どんな経緯があってこの異世界に来たのかは俺にも分からない。
それでもこの異世界は自殺にまで追い込まれた俺の精神と心を癒し生きる目的と居場所、そして大事なものをたっくさん与えてくれた。
そしてその大事なものがまた、人間の手で傷付けられようとしている。
もうここまで傷付けられたんだ。ならもうそんな苦痛から解放してくれてもいいだろ……。
どうやら人間は何所までも俺を蔑み傷付けたいらしい……。
でもな……もう今の俺は無能でも弱者でもない。
そんなに傷付けたいなら、俺はそれに抗い、片っ端から潰していく。
もうそこまで俺を傷付けようとするならもう完全に容赦はしない。
そして俺の心と身体はいつの間にか赤黒い濁った"怒り"に支配されていた……。




