〇第29話『対人戦闘開始』
「ギチギチ……」
うわー、怖……。
眷属は奇声を放ちながら解放を「まだかまだか」と待ち望んでいた。
近くで見るとマジで虫だな。
形は人型なのに側は虫ってメチャメチャ不気味だ。
眷属は鎖に捕まるもその放つ威圧感と殺気は全く衰えない。
岩陰や物陰に隠れながら移動して捕まっている眷属に近づく。
眷属を見張るヒューマラルドは二人。
ひとまずその邪魔な二人を『暴食の棺桶』で隠密に始末してっと。
「ぐむっ――!?」
「なんっ――!!? ———!!」
物音も立たないから周囲からも気付かれず、捕らえられた眷属の周りはがら空きとなる。
にしても『暴食の棺桶』マジで優秀だな……。
棺桶の触手で口と手首を封じちゃえば騒がれずに始末できるし、発動時は物音も立たないから完全な死 角からの不意打ちが出来る。
完全に隠密向けの魔法だなこりゃあ……。
おっと、んな事考えるのは後回しだ。とりあえず眷属を解放しないと。
「………………」
傍まで近づくと凄い圧をかけてくる。
これ解放した瞬間、俺に襲い掛かってくるってないよな?
森の主は大丈夫とは言ってるけど、威圧感がハンパない。
視線を向けられても表情が読めないし、何を考えてるのかも全然分からん。
でも、解放すれば戦力になるって言ってたし大丈夫……よね?
捕らえられた鎖に手を掛けた瞬間、
「おい! ちょっとこっちに来てくれ!!」
一人のヒューマラルドが騒ぎ出し、他のヒューマラルドもその騒ぎに集まり出す。
すると騒いでるヒューマラルドがなにやら森の主の身体を指差している。
遠くで声は聞こえないけど、何を騒いでるんだ……?
他のヒューマラルドも騒ぎ出し、アタフタと慌てふためき始める。
ここで俺は嫌な予感が脳裏を過った。まさか……
森の主の身体に刺さった封印が無くなっている事に気付いたか!?
よく見るとヒューマラルドが森の主の身体のあちこちを指さし騒ぎ立てている。
間違いない。封印が無くなったことに気付いたんだ!
躊躇ってる暇はない。早く眷属を捕縛してる鎖を解かないと。
「せっかく助けるんだ。こっち襲いに来てくれんなよ」
そうして俺は眷属を捕えていた鎖を思いっきり引き千切った。
鎖が解け落ちると虫の眷属はゆっくりと立ち上がった。
「ギチギチ……」
すると目の前にいる標的達を見定め手の指を力強くワキワキさせる。
そして一人のヒューマラルドが眷属の鎖が解けている事に気付き、信じられないものを見るかのように表情から血の気が引いていく。
「おい! 眷属の鎖が解け――て――……」
一人のヒューマラルドが警戒の声を上げた瞬間。
そのヒューマラルドは意識を無くしたかのように言葉を止めた。
なんだ……今の速さは――ッ!?
その加速は俺の視力でも捉えられるのがやっとだった。
鎖から解放された眷属の移動速度は異常すぎるほど速く、一瞬ヒューマラルドの身体をすり抜けたかと錯覚するほどの瞬即の速さだった。
眷属はいつの間にか警戒の声を上げたヒューマラルドの背後に立っていて、ノコギリのような鋭い爪は赤い血がベットリと付着していた。
それもそのはず、眷属は移動した一瞬の間にヒューマラルドの頭を鋭い爪で四枚に輪切りしていた。頭をスライスされたヒューマラルドはそのまま盛大に血飛沫を噴き、その場に痙攣しながら倒れ込む。
「ひっ……ひゃああああああっぁぁあ!!」
無惨な姿になったヒューマラルド。
それを見ていた別のヒューマラルドが悲鳴を上げる。
「シャアアアアアアアアッッ!!」
大きな奇声を一帯に放つ眷属。
死体が倒れ込むのを待たずに眷属は周りのヒューマラルド連中を瞬即の速さで次々と皆殺しにしていく。息を付かせない鉤爪の連続攻撃。その速度は残像を残すほど早く、常人の目ではまず追えない。
「えげつねぇ……。まさに鏖殺だな」
「貴様何者だ!! ここで何をしている!」
「あ、やっべ」
すると慌てふためいていたヒューマラルドの一人が俺に気付いた。
そして次々と別のヒューマラルドが集まってきて俺は周囲を取り囲まれた。
「何だ? 魔族がどうしてこんな場所にいる!」
「まさか、貴様が魔物の鎖を解いたのか!?」
おぉ、意外と察しが良いな。
「貴様ぁ~……! 我々が苦労して捕らえた魔物をよくも!!」
「コイツも捕えろ! 相手は魔族とは言え一人だ! 数ではこちらが上だ!」
各武装を構えるヒューマラルドが一斉に襲い掛かって来た。
しかし、こんな奴らに捕まる俺じゃない。次々に襲い掛かるヒューマラルドをヒラリヒラリと受け流し、その受け流した隙を突いて相手の腹部や顔面に拳をめり込ませていく。殴られたヒューマラルドは次々と地面に倒れ、その呆気ない弱さに俺はため息をつく。
「はぁ……やっぱりヒューマラルドって大した事ねぇのな」
「なっ!? 貴様、我々を愚弄するか!」
「だってさぁ、外の見張りの奴らもそうだったけど弱すぎるんよ。レミリアからは油断出来ない相手だって聞いてたけど……正直肩透かしかな」
「おいおい、たかが魔族如きが随分とエラい口を叩くなぁ」
そこに現れたのは明らかに他のザコとは違う気配を纏う一人の男。
背が高く、両腕が太腿までの長さ。
上半身だけガタイのいい何とも奇妙な体格をしている。
ボロボロの外套と動体と肩に鉄鎧を身に纏い、その立ち姿は異質を放っていた。
「レ、レイド様!」
「ただ魔物が逃げたぐらいで騒ぐんじゃねぇよ。ゆっくり寝てられねぇじゃねぇか」
「す、すいません。しかし! あの眷属を止めるのは我々には――」
「心配ねぇ、アイツならもう捕縛しておいた」
気付くとさっきまで暴れていた眷属が地面から伸びた何本もの魔法の鎖に肉体を拘束されていた。眷属は鎖を振り解こうともがくも鎖が異常に硬いのかびくともしない。
「たくっ、面倒なことしやがってよぉ……。処理するこっちの身にもなれってんだよ」
「すいません。しかし、この魔族が急に現れて――」
「つか、何でこんなとこに魔族がいんだよ。お前、何者だ?」
明らかに強者の風格。
おそらくこの人間がこのヒューマラルド達の統括なんだろう。
ここはさすがに気を引き締めていかないと。
「お前がここの責任者か?」
「あぁ、ここを纏めさせてもらってるヒューマラルド幹部の”レイド”だ」
「幹部……」
「んで改めて聞くが、何で魔族がここにいる? 魔族が来るような所じゃねーだろ」
「冒険者ギルド直々の依頼でね、お前らを討伐しに来た」
「はぁ? 俺等をぉ?」
「お前らなんだろ、竜を魔物化させてあの街を襲わせようとしたのは」
「ほぉ~、もうそこまでバレてるのか?」
「冒険者ギルドは今回の騒動はヒューマラルドの仕業だって断定してるぞ。潜伏先もここだって予想してたし、俺はお前らを討伐すためにここに来た」
「たった一人でか? おいおい、いくら俺らが脆弱な人間だからって舐めすぎだろぉ? これだから傲慢不遜な魔族さまはよぉ……」
「クッ、傲慢な魔族風情が!やはり愚かな異種族は死すべし!」
「人間だからって舐めやがって! ここから生きて帰れると思うなよ!」
俺の発言に周りのヒューマラルドから怒りの野次が飛んで来る。
レイドってやつも今の俺の言葉に相当頭に来たようだ。
見た目は気怠い感じを出してはいるけど、その身体から溢れる殺気は隠しきれてない。
しかもこの殺気からしてレイドは戦士としては相当の実力者のようだ。
明らかに周りの雑魚とはその放つ雰囲気が違い過ぎる。
「この穢れた魔族が! おい、皆で一斉に―――」
「まぁ落ち着けっての。悔しいのは分かるがこの魔族、相当の実力者のようだ。啖呵を切るだけのことはある。にしても青肌……こんなは死人みたいな肌色の魔族は初めて見るなぁ」
レイドは周りの殺気満ちた興奮を宥め、俺の姿をじっくりと観察している。
どうやら変わった風貌の魔族に警戒しているようだ。
「しかしまぁ、ここの秘密を知られたからにはお前をここから生かして返すわけにはいかねぇな……。悪ぃが異種族……特に魔族はヒューマラルドにとっては絶対に殺さなきゃいけねぇ相手なんだわ」
レイドは両手の指をゴキゴキと鳴らし、手から毒々しい魔力をあふれ出す。
腕の構えからして、レイドは拳に魔力を纏って戦う格闘家形態か……。
拳に魔力を込めて戦う戦士はそう珍しい形態じゃない。
素手で戦う戦士なら誰でも考え付く戦闘形態だと教わった。
でも何か……何か違和感を感じる。このレイドって奴、ただの格闘家じゃない。
なんせヒューマラルドの幹部だ。
相当の実力、もしくは特殊な能力があるはず。
にしてもあのレイドの手に纏われてる魔力の色よ……。
触れたら絶対あかんやつだろあれ。
毒か、腐敗か、呪いか。もしくはそれ以外の負状態異常か……。
俺に状態異常は一切効かないけど、警戒しておく事に越した事はないな。
「構えねぇのか? 魔族とは言え、無抵抗の相手を殴る趣味はねぇーんだが」
「お先にどーぞ。下手にこっちから手を出してカウンター喰らいたくないしな」
「なら、遠慮なくッ――――!!」
レイドは魔力を纏った片手を大きく振りかぶる。
こんな離れた距離から何をする気だ?レイドから俺は二メートル半の距離がある。そんな処から素手を振りかぶっても何もできないだろ。
と思った瞬間——。
「なッ! 伸びッ――!?」
距離があると思って油断していた。
レイドが拳を前に突き出すと纏っていた魔力が俺の顔面に向かいまるで鞭みたいに伸びて襲い掛かって来た。思いがけない不意打に驚くも、俺は首を横に反らし鞭の攻撃をかわした。
しかし、その攻撃をかわした瞬間、もう片手から魔力の帯が複数の鞭になって襲い掛かる。
それでも俺は当たる直前身体を捩じり、無数の鞭の攻撃もスレスレで躱す。
「危なぁ~。その魔力伸びんのかよ……」
「初見でこの攻撃をかわすかよ。 でもこの攻撃は避けきれるかぁ?」
レイドは両手に纏う魔力をさらに複数の鞭に変化させる。
それを乱雑に振り回すことで魔力の鞭による広範囲攻撃を繰り出す。
繰り返される連続の乱舞攻撃。
変則的でどの角度から来るか予測不可能。
この攻撃を目視で追うのは常人には不可能だろう。
でも、魔魂喰の身体の俺には全ての攻撃の軌道が見える。
俺は男の攻撃をしっかり目視で捕え、表情を変えることなく平然とかわしていく。
「こんっのッ!! 何で! 当たらねぇ!!」
「そりゃあ、攻撃の軌道が全部見えてるからな。よけるぐらい何てことねぇよ」
「馬鹿を言うな! このオレのッ……! “魔鞭”の攻撃を避けるなんてッ! 霊獣族でも無理なんだぞ!! そんな攻撃をッッ! 楽々避けれるわけ! ねぇッッ!!」
「んな事言われても見えちゃってるし、そんな難しくないぞ?」
「——!! ざっけんなァ!!!」
乱舞攻撃はさらに加速を増し、鞭は鋭い刃となり周囲を切り刻んでいく。
地面が綺麗にスッパリ切られており、その鋭さから鞭の破壊力を現している。
この音速の刃の嵐で俺を刻むつもりなんだろう。
でも、どんな攻撃だろうと関係ない。
魔魂喰の五感は全ての攻撃が見えているし、その軌道も手に取るように分かる。
俺は攻撃が当たる瞬間、力強く地面を蹴り押し、背後へと瞬時に後退。
後退すると同時に俺は火炎弾を十弾連続でレイドに投げ飛ばす。
「無詠唱の十連続だとッ!?」
レイドは魔力の鞭で六連弾の火炎弾を瞬時に叩き落とし、荒ぶる息を整える。
「はぁ、はぁ……。六連続火炎弾、しかもそれを無詠唱って……」
「火炎弾使うのがそんな珍しいか? 確か初期魔法のはずだけど……」
「そこじゃねぇよ。いくら初期魔法とはいえそれを十発同時に放つなんて芸当出来るもんじゃねぇ。しかもお前はそれを無詠唱で放ちやがったな」
「だって詠唱して放つなんて非効率じゃん。そりゃあ、呪文を詠唱して魔法を放つってのはオタクにとっては”憧れ”だけどさぁ、実際それを戦闘でやると非効率だし面倒臭いし隙だらけだし。ならいっそ端折ったほうが効率的だろ」
「意味不明なこと言いやがって……。それが簡単に出来りゃあ誰も苦労しねぇんだよ。こりゃあマジの化物だな。魔族にこんな化物がいるなんて……聞いてねぇぞ……」
「化け物なんて随分な言われようだな」
「無詠唱はそう簡単に出来ることじゃねぇ。それこそ高位魔術師か玄人の戦士が出来る芸当だ。だが初期魔法を十発同時なんて聞いた事ねぇ。これを化物と言って何が悪い」
「実際そんなに難しいことじゃないぞ? もっともこんな事ができるのは俺の能力ありきでの話だけどな。にしても正直がっかりだなぁ~、ヒューマラルドは各国から恐れられてるって聞いたけどまさかこの程度だなんて……。はぁ、ホンット呆気ないにも程があるわ」
するとレイドはワナワナと微かに身体を震わせ、額に青筋を浮かばせる。
「舐めた口を聞くなぁこの魔族はぁ……。俺の攻撃はそれこそ五感が発達した霊獣族すらも捕えられないほどの速さなんだぞ。そう避けれる易い芸当じゃねぇーんだ」
「いや、確かに速いよ。速いけどさぁ……単純に速さと物量が凄いってだけでつまんないんたでよね。多分だけどその魔力の鞭が当たれば何か起きるんだろうけど、生憎わざと当たってやる義理もないしな」
「…………そーかいそーかい。ならお望み通りそのつまらなさを解消してやるよ」
レイドは怒りに震えながら背中の腰に差した刃物のような武器を取り出す。
ナイフ……いや、短剣か?
短い刀身は付いているみたいだけど……まるで生き物のように脈を打ち、柄についた目玉が怪しくギョロギョロと目玉が動く。
「な、何だよその趣味の悪い短剣は……」
「コレは余程の異常に出くわした時にしか使いたくねぇんだよ。後の反動でけぇしこっちの一方的殺戮になっから面白味もへったくれもねぇ。でもな、ここで作戦が失敗するのはどうしても避けなくちゃなんねぇ」
「作戦? それってそこにいる森の主が関係してることか?」
「そこまで察しかついてるのか。そこの森の主は体内で虫型の魔物を無限に生み出す特殊個体でな、その生み出した魔物にあの異種族たちが集まるエルトワールで暴れてもらうって算段だったんた。魔物化した竜と同時に襲わせるつもりだったんだが……どんなトラブルが起きたのか魔物化した竜については失敗しちまってな」
やっぱり、ギルド長の読み通りだったってわけか。
「あの街が異種族の街を滅ぼすためか? あそこにはお前等と同じ人間もいるんだぞ」
「関係ねぇな。異種族と馴合う人間はさらに罪深い。あの街は異種族が蔓延り過ぎなんだよ。だからこそ、一網打尽にするにはうってつけなんだ。ヒューマラルドにとって異種族はこの世界で穢れた種、一匹たりとも生かしておいてはならねーんでな。」
「穢れた種、ねぇ……。人間の方がよっぽど穢れてると思うけどな」
「何だと?」
「確かに異種族の中にも性根の腐った奴はいるだろうよ。全員が全員、清らかな心なわけないし、俺もそんな純粋な期待はしちゃいない。だけどねぇ……そんな異種族も人間にだけは言われたくないだろうよ」
「どういう意味だ」
「アンタ等人間の方がよっぽど "穢れた" 種族って事だよ」
「……てめぇ、オレ等人間を愚弄すんのか?」
「事実を言っただけだぞ俺は。そりゃあ、人間も全員が全員、性根が穢れてるわけじゃない。馬鹿が付く善人みたいな人間もいるればどんな他人にも優しい人間もいる。でもな、善人の人間なんてはもう絶滅危惧種。この世の中もう性根が穢れた悪人しかいねーんだよ。お前等ヒューマラルドも含めてな」
「俺ら人間はこの世で純粋な種だ。穢れてるのは異種族の方だろうが!」
「だーかーら、別に他種族に一切の穢れがないとは言ってないだろ。俺が言いたいのは人間の方が圧倒的に穢れた連中が多いって言いたいんだよ。ま、その穢れも異種族の穢れに比べたら人間の穢れの方が酷いけどな」
「そーかいそーかい……。てめぇ等魔族がどんだけ人間を見下してるのがよぉ~く分かった。ヒューマラルドの誇りに賭けて、てめぇはここで……殺す!!」
レイドは短剣を自らの胸元にグサリと突き刺す。
しかし深く突き刺したはずなのに血が殆ど吹き出ない。
人間なら胸にあの一突きは致命傷だ。
なのにレイドは倒れる気配もなく、気迫がみるみるうちに増していく。
「くっくっ……。存分に後悔しろよぉ……オレにこの呪剣を使わせたことを……そして……オレ等人間を侮辱したことをなぁああ!!!」
胸元に怪しげな短剣を突き刺したレイドはみるみるうちに毒々しい魔力に包まれていく。
まるで何かに苦しむように歯を食いしばり、瞳孔を全開に開き荒い息遣いを繰り返す。
するとレイドの瞳がみるみるうちに黒く染まり、食いしばる歯もまるで獣のような尖った牙に生え変わる。そして身体がまるで膨張するみたいにボコボコと膨れ上がり、レイドの肉体大きく肥大していく。
「あぐぁっ……ぎ……ぐぁあああぁぁああああああッ———!」
苦しみの悲鳴を上げながらレイドは背中から無数の触手を生やす。触手には無数の棘がいくつも生え、まるで茨のような形状をしていた。
気付いた頃にはレイドは既に元の人間の姿とはかけ離れた化物へと変貌を遂げていた。
膨らんだ巨大な身体。額に現れた三つ目の眼。
背中に生やした茨のような無数の触手。
まるでどっかのゾンビゲームに出てくる変異生物みたいな見た目をしている。
「うっわーーー……」
あの様子を見る限り、完全にレイドの理性はぶっ飛んでる。
不気味な短剣を取り出すからどんな手段を取るのかと思えばこんな化け物になるとは。自分の二倍の体格を誇る異形の化物が目の前に現れたというのに相変わらず俺の思考は冷静だった。
普通、こんな異形の化物が表れたら誰だって混乱するし、恐怖で足が竦むんだろうけど不思議なくらい俺の思考は落ち着いていた。
いや、落ち着いているとは違うな。
あまりの相手の醜い必死さに呆れている、というのが正しいんだろうか。
いわゆるドン引きってやつだ。
そんなドン引きな視線で見ているとレイドの背中の触手の先端が俺に向けられる。
ウネウネと動いていた触手はまるで獲物を見つけるかのようにその先端を俺に向けた。
「ジ……ね……」
理性を失ったレイドは口から涎を垂れ流し、呂律が回らない口で言葉を放つ。
「死ね゛ぇえええええええええええええッッ!!」
怒涛の言葉を周囲に放ち、茨の触手は一斉に俺に襲い掛かった。
触手の動きはさっきの魔力の鞭よりも遥かに速い。
「あ、まっず———」
予備動作もなにもない攻撃に回避の動作が遅れ、触手攻撃を避けられないことを悟る。
案の定、数本の触手は俺の身体に巻き付き、俺は身動きを封じられる。
そして残りの触手が先端を尖らせ、俺を突き刺すように俺の頭上に降り注いだ。
その攻撃はまるで高速に降り注ぐ針の雨。
常人なら原型を留めないほど穴だらけにされてしまうだろう。
「ざまぁ見ろ魔族! これが我らヒューマラルドの力だ!」
「さすがレイド様、これでまた世界から穢れが浄化されたぞ!」
「やはり魔族とは言え呪剣の力には手も足も出ないか、やはり我らの技術力は偉大だ!」
何か周りのモブが好き勝手言ってるけど……。
「予備動作なしでこんな速い攻撃がてきるなんてな、いやー、驚愕したよ」
「グギィ……?」
常人が今のレイドの攻撃を喰らえば穴だらけどころか挽肉になってしまうだろう。
でもヒューマラルドが今相手にしているのは伝説の魔族”魔魂喰”。
身体に絡まる触手の棘は刺さるどころか食い込んですらおらず、先端による連続の突き刺し攻撃は一切身体を貫いていない。
それどころか触手の先端は欠け、ボロボロに負傷を負っている。
「ば、バカな……!?」
「あの高速に匹敵する茨の魔鞭を受けて……無傷なんて……」
「ありえるのか!? 鉄をも穿つ魔鞭だぞ!?」
どうやらこれ以上の攻撃は期待できないらしい。
なんだよ……バイ〇の変異生物みたいな見てくれになったから、どんな攻撃がくるのかと期待したけど、とんだ期待外れ。
「はぁ……ホントがっかりだよ!」
俺は巻き付いた触手を力尽くで引き千切り、軽々と拘束から脱出。
そしてその引き千切った触手を幾つか掴み、そのまま繋がる本体を力強く引っ張る。
「おぉッッらぁあああああああああ!!」
そのままレイドを上空へと背負い投げで投げ飛ばし地面に脳天から激突させる。激突の威力から地面から亀裂と地響きが走り、派手に砂堀を舞い散らせる。
「常人なら頭がグシャグシャになって即死なんだろうけど……さすがはクリーチャー化しただけあるな。まだ動けるなんて」
レイドの頭は潰れてほぼ瀕死の状態だ。
それでもあの激突の衝撃を耐えるなんて……。
柔らかそうな見た目とは裏腹に頑丈差はあるみたいだ。
でもまぁ、これ以上放置しても安直な触手攻撃以外はなさそうだ。
とっととこちらの仕事を終わらすとするか。
「喰らいやがれ、俺が独自開発した”魔改造炎熱魔法”————」
掌に炎の魔力を一点集中。その集中した魔力を圧縮し限界まで抑え込んでいく。
同時に炎属性によって発生する熱も限界まで上昇させていく。
魔力の凝縮と熱の上昇、これを限界まで高め放出する。ただ放出してしまうと威力が拡散して広範囲に飛び散ってしまうので一直線に放出されるよう範囲を絞る。
そうすることにより生まれる一点集中の熱線。大岩がいくつあっても防げない貫通力。
俺が試行錯誤や実験を繰り返し、開発した魔法の一つ。
魔改造炎熱魔法、その名を————
「灼熱一線砲!!」
強烈な衝撃音を周囲に響かせ、俺は掌から魔力の圧縮を解き放ち、赤い一線を発射。
その姿はさながら、赤く極太な光線と言った所か。
灼熱の赤い一線の光がレイドの胸元を刺さる短剣ごと撃ち貫いた。
胸元に開いた穴の周囲は焼け焦げ、短剣は跡形もなく塵となった
「ぎ——が——……」
短剣が本体だったのか。
本体が破壊されるとレイドの肉体は見る見るうちに塵になっていく。
肉や内臓、骨すらも塵となり。
そして……魂すらも塵となりレイドは跡形もなくその場から消滅した。
「やっぱりな。あの短剣が本体とは思ってたけど、魂こど消滅するなんてな……」
強大な力の代償ってやつか……?
あの短剣、絶体ロクでもない代物だとは思ってたけど。
「バカな……呪剣を使ったレイド様が……」
「我等ヒューマラルドの幹部殿が……こんな事……」
どうやら、もうこれ以上の強者はいないみたいだな。残りのヒューマラルドの反応を見る限り、今後の展開にかなり絶望しているみたいだ。
あとはこっちの勝利確定の消化試合ってとこか。
レイドの姿が消滅すると眷属を縛っていた鎖も消え、眷属はまた捕縛から解放される。
「さてと、あとは雑魚掃除だけか」
「…………ギチ」
眷属はいきなりの解放に戸惑いを見せたが、周囲の状況を見渡し、俺の顔を見て首を傾げ、
残りの連中、殺っていい?
そんな台詞が眷属から聞こえたような気がした。
俺はとりあえず頷いてみると、その頷きに答えるように再び眷属は殺戮を開始。
眷属は無惨にも残ったヒューマラルドを薙ぎ払い、盛大に血飛沫をまき散らす。
阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡り、俺もそれに便乗するように殺戮に参加。たくさんの雑魚を肉弾戦で蹴散らして生き残りを漏らさないよう周囲に気を配りヒューマラルドを抹殺していく。
そして数分後、広場にいたヒューマラルドが全て消え去り、広場が静寂に包まれた。
「ふぅ~……。これで最期かな」
「ギチ……ギチ……」
すると眷属が近づいて来て頭を下げられる。
お礼を言ってるんだろうか?
凶暴な性格と思ったけど意外と律儀だな。
『まさか本当に倒してしまうとは……』
森の主はその殺戮現場を目の当たりにして戸惑いを見せていた。
恐らくヒューマラルドが殺られるこの光景はまったくの予想外だったんだろう。
俺からしたら肩透かしの結果だけどな。
さてと、これで一件落着かね。
安全も確保できたし上で待ちぼうけしてるレミリアを迎えに——。
「よぉ~やく会えたなぁ……。青肌の魔族さんよぉ」
「へぇ~、意外と可愛い顔してるじゃないのぉ?」
静寂な背後から声が聞こえてきた。
振り向くとそこには二人の男と縄に縛られた痣だらけのレミリアが横たわっていた。




