〇第二話『出会い』
しばらく歩くと見晴らしのいい田舎道らしき場所に出た。
草が生え、なんの舗装もされていない地面が剥き出しの道。
道の幅は自家用車二台分の広さで結構広い。
一本の田舎道は地平線の遥か先まで続き、のどかな田舎風景が永遠と広がる感じだ。
暖かい空気に穏やかな風、安定した気温とのどかな風景に自然と心が安らぐ。
「この道を辿れば何所に辿り着くかな……?」
俺はなにもない田舎道を辿り地平線の向こうを目指し歩いた。
ここが本当に異世界だとして、まず誰かに会えないことには話にならない。
現状、何も情報がない今、誰かに会ってこの世界のことを聞くことがまず第一目標だ。
道があるということはここは誰かが通るという証拠だ。
もしかしたら何らかの町や集落があるかもしれないしな。
という理由で平原の道をひたすら歩き進む。
「ん?」
道端に広がる大きな水たまり。雨でも降ったのか?
水たまりを覗き込むと自身の姿が映り込む。
しかし、その映り込んだ姿に違和感を感じる。
顔は確かに俺なんだけど……
「な……なんだよこれぇ!?」
俺のこの額の二本角はなに!?
引っ張っても取れない、完全に頭と一体化している。
しかも耳もなんかちょっと尖ってるし、人間とはかけ離れた姿をしている。
マジでどうなってるんだ……?
それだけじゃない。この髪色もどうなってるんだ?
俺は外国人でもなければ外国人の血は一滴も入ってもいない。
正真正銘の純日本人だ。
黒髪短髪の俺の髪がどうしてこんなに真っ白なんだよ!?
見た目からしたらこれって間違いなく人間じゃないよな。
ここは異世界で人間以外の人型の生き物って言ったら――。
「異種族、なのか? 角が生えてるってことは……鬼? オーガ?」
つまり今の俺は人間じゃなくて他種族なのか? 死人みたいな青白い肌はそのせいか……。
にしても目が覚めたら異世界で自分の身体が人間じゃないってどんな状況だ。
何がどうしてこうなった???
思い当たる節がまるでない。俺はただ飛び降り自殺しただけだし。
でもまさか自分自身がまさか異種族になる日がこようとは……。
人生わからないもんだ――
「どぅふッ!!?」
すると突然何かが背中に衝突しその衝撃で俺は水たまりに前からダイブ。
身体中泥まみれになってしまう。
「ぶっは! ちょ、何だよいきなり!?」
振り返るとそこにはボロボロの外套を羽織った子供が倒れていた。
どうやらさっきの背中の衝撃はこの子が原因のようだ。
「はっ、はっ、はっ……! 助け――助けてッ――」
子供は四つん這いになりながら息を切らし助けを求めてきた。
「はぁ? 助けてって何を――」
「いたぞ! こっちだ!!」
するとそこに何人もの武装した人間の男たちが現れた。
まるでこっちが何かやらかしたかのような怖い形相で男たちは子供と俺を取り囲んできた。
「手間を取らせないでもらいたいですね。奴隷売買まで時間がないというのに」
そこに一人、服装が少し立派な中年の細身の男が現れる。
この集団の責任者みたいな雰囲気をしてけど正体は不明。
「――――ッ!」
その男が前に出てくると子供は尻もちをついた俺の背後にササッと隠れてしまう。
「ちょ、おいおい」
ダメだ。状況がまったく理解できん。
子供はひどく怯えていて俺の腕をギュッと握ったまま離さない。
なんだろ、この面倒事押し付けられた感は。
「そこの魔族、アナタは運が無いですね」
魔族? もしかして俺のことか?
「ど、どう意味だよ……?」
「簡単なことです。その奴隷を見られたからには生かしてはおけないからですよ」
「はぁ!?」
「恨むならそこの子供を恨んでください。お前たち、かかれ」
男の指示が出ると周りの男たちは再び武器を突き付けてくる。
今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
「ちょ、待て待て待て! そんな理不尽なことあるかよ?!」
「うちの”商品”が手間を駆けさせて悪いですが諦めてください」
ふざけんなし!
夢にまで見た異世界に来て早々命の危機ってどんだけだよ!!
取り囲まれてるから逃げることもできないし運動力ゼロの俺じゃあ逃げ切ることも困難だ。
くっそ、早くも万事休すかよッ……!
『逃げる必要なんてない、そのままそいつ等を蹴散らせばいい』
「えっ?」
誰だ? 急に男たちの声とは違う別の声が聞こえた。
「今の声、アンタか?」
「何を言っている? 恐怖で頭がイカれましたか」
え? じゃあ今の声は誰が一体――。
『構えろ、そうすれば自然と戦い方は解るはずだ』
まるで脳内に直接語り掛けてくるような声に俺は戸惑いを隠しきれない。
馬鹿言うんじゃねぇよ! こっちは喧嘩どころか人を殴ったことすらねぇんだぞ!
そんな素人に戦い方なんてわかるわけないだろ!
『いや、分かるはずだ。その肉体には多くの歴戦の経験と技が深く染みついている』
歴戦の経験と、技?
『自然と息をするように、使い慣れた道具を使うように、構えればどう戦うか自然と分かるはずだ』
分かるはずって……(汗)
説明するならもうちょっと分かりやすくさぁ……。
「おらぁああああ!!」
「ひっ――!」
脳内でそんなやりとりをしていると武装した人が剣を振りかぶり切りかかって来た。
その動作にビクッとなりながらも俺は反射で適当に構えを取った。
すると不可解な現象が起こった。
慌てふためいていた動悸がスッと治まっていく。
焦っていた思考が嘘のように静まり、感覚が研ぎ澄まされていく。
そんな感覚で今まさに振りかぶられる剣を目の当たりにしてみると……。
なんだこりゃ? むちゃくちゃ遅……。
視界から見える攻撃の動きが余りに遅すぎる。
まるで映像のスローモーションのようにゆったりした動きだ。
これなら避けるなんて造作もない。
一歩立ち位置からズレることで剣の攻撃を楽々と回避。
その後男は何度も剣で斬りかかってくるも結果は同じ。
何回攻撃してもその全てが遅いなら同じこと。避けるのは容易かった。
「はぁ、はぁ、くっそこのガキッ……!」
男は攻撃の連発に激しく息を切らす。
その様子を見た周り男たちはじれったくなったのか一斉に武器を振りかぶり襲い掛かって来た。
四方八方からの攻撃。素人の俺からしたらもう絶望的だ。
しかし今は違う。
感覚が研ぎ澄まされた今のこの身体ならどこからどんな攻撃が来るか、どう避ければいいか、手に取るように分かる。
マジでどうしちまったんだ? 俺の身体……。
猛威のように多方面から繰り出される攻撃の嵐。
身体に疑問を持ちながらも攻撃をスイスイと躱し、男たちの体力をゴリゴリと削っていく。
そして、一人の男が体力切れに動きが格段に鈍くなっている。
その懐が素人の俺でも分かるぐらいに隙だらけだ。
このまま避ける流れで潜り込めば攻撃の一撃ぐらい入りそうだ。
とりあえず、殴っとけばいいか。
「ふんっ!!」
不慣れに拳をグッと握りしめ、力いっぱいのボディーブローを腹部にお見舞いする。
「ゴボッ!!」
「え?」
その威力に俺は一瞬硬直した。
確かに全力で力を込めた。でも俺の全力なんてたかが知れてる。
動けなくなればいいぐらいに考えていたけどそんな俺の攻撃はその想像を遥かに超えていた。
俺の拳は男の腹部を殴るどころか貫通し男の腹部に大きな風穴を空けてしまった。
背中から派手に血飛沫と肉片をまき散らし、口から大量の血を吐き男は地面に倒れる。
「…………」
でも、血を流し倒れた男を見て俺は何も感じなかった。
人を初めて殺した。
その事実を目の前にしても俺は恐怖するどころか冷静さがさらに深まった。
まるでそれが当たり前のように、それが日常だったかのように。
この身体にはそんな経験が染みついているのか、逆に冷静な自分が怖くなってくる。
そんな佇む俺を見た男たちは一瞬たじろぐ。
「な、なにをしている! 殺せ!! 絶対に奴を生かしてここから逃がすなぁ!!」
「「「うぉぉおおおおおおおおおっっ!!」」」
リーダーの男の怒鳴るような命令で男たちは再び一斉に襲い掛かってくる。
しかし当然今の俺に当たるはずもなく、隙がある奴を見つけては順番に倒していく。
とりあえず、試しに力を制御しながら殴ってみるか……。
一応、力を加減してみるがこれがまた難しい。
顔を殴るつもりが頭を木っ端微塵にしてしまったり、
手刀で殴るつもりが胴体を真っ二つにしてしまったり、
腕を折るつもりが千切ってしまったりと。
なかなか人の原型を止める倒し方ができない。力の加減って難しいね。
「これで、ラストォオオッ!」
「ひ、ひぃいい! た、助け――ぶほぉ!!」
気付けば集団は全滅。リーダー格の男の頭を殴り飛ばし戦いは終わった。
「ふぅ~。こいつが責任者みたいだったけど、大した事なかったな」
にしても、改めて周囲を見るとなかなかグロいことになっとる……。
周囲に男たちの肉片が飛び散り、快楽殺人者の殺人現場みたいな光景になっている。
こんな惨状を見てもやはり何も感じない。
身体どころか俺は精神すらも人間を辞めてしまったんだろうか……。
「ま、とりあえずここは正当防衛ってことで」
そういうことにしておこう。
こっちだって好きで殺したワケじゃないし。
こっちは理不尽に殺されかけた身だ。罪悪感を感じるのがおかしいって話だ。
「あ、そういえばアイツはどこ行った?」
あれ、いつの間にかいなくなってる。
元はと言えば原因はアイツだよ。このボロ外套のあの子供!
キョロキョロと周囲を探すと大木の裏に隠れてプルプルと縮こまっていた。
「おい」
「ひっ―!」
隠れていた大木から無理やり引っ張り出した。
「こんの野郎、お前どういうつもりだよ。こんな面倒事に巻き込みやがって」
「ご、ごめんなさい……」
「まったく、こっちは右も左も分かってない状況だってのに……。出会い頭に関係ない他人巻き込んで死んでたらどうす――――」
怒る俺の姿を見て子供は頭を両手で押さえ、泣きじゃくりながら震えていた。
「ご、ごめんなひゃい……。僕、どうしたらいいか、うぅ……わからなくて……」
「あっと……分かった、分かったからもう泣くなって。怒鳴ったりして悪かったから」
はぁ、これだから子供ってのは苦手なのよね。
好き勝手でやんちゃだし、泣かれるとこっちが悪いみたいに錯覚するからあんまり関わりたくないというのが正直な気持ちだけど。
ひとまず子供をなだめ、被っていた外套のフードを下ろし顔を確認した。
「………!」
その子供の素顔に俺は驚きのあまり目を大きく見開いた。
まず子供の顔立ちからして中学生くらいの年齢か?
伸ばしっぱなしのボサボサの赤い長髪に金色のキレイな瞳、褐色の茶色い肌。
そして、主張しまくりの頭に生えた獣の耳。
そう、異世界に生息する異種族の代表格。ケモ耳の女の子、獣人だ。
耳の形を見るに……犬? いや、これはオオカミか。
ホンモノのケモ耳だ……。
今、俺は猛烈に感激している。
カチューシャでもコスプレでもない。ピコピコと動く本物のケモ耳だ。
異世界ファンタジーの産物、正真正銘本物のケモ耳っ娘が目の前にいる。
「ぐすっ……どうしたの?」
はっ……! いかんいかん。
感動のあまり打ち震えてしまい、ケモ耳っ娘の声で我に返る。
「い、いや何でもないよ。悪いなボーっとしちゃってな」
「……?」
「とりあえず、事情は聞かせてくれるんだろ?」
「う、うん……。本当にごめんなさい、迷惑かけて……」
「だからもう謝るのはいいって。あ、名前聞いてなかったな。俺は奈良藤勇也、君は?」
「リ、リーシャ……」
「リーシャか。それじゃあまず色々教えてくれ、あの男たちは誰なんだ? 何でリーシャはあの男たちに追われていたんだ?」
「えっと……その…………」
何とも歯切れが悪い返事にリーシャの表情からはまだ怯えが消えない。
よほど俺を巻き込んだことを悔いてるのだろうか。もしくは話しづらい理由が?
「とりあえずその暑苦しい外套脱げよ。 そんなんじゃ話しづら――」
外套を無理やり脱がすとリーシャの姿が露になり、その姿に俺は言葉を失った。
あー……なるほど、そういうことか。
その姿に俺は胸くそ悪いことに色々と察してしまった。
まず、リーシャのこの着ているものは服なのか?
まるで紙エプロンみたいな服で横の布地がない、恥ずかしさも欠片もない服装をしている。
布地を繋ぎとめているのは腰に巻いている帯紐一枚だけ。
おまけにその服事態もボロボロでもはや服して機能してるのかも怪しい。
ただ、俺が胸くそ悪いと感じたのはそこじゃない。
外套や服がボロボロ以前にリーシャの身体自体が既にボロボロなのだ。
見える素肌は痣や傷だらけ、まるで酷い虐待にでもあったかのような酷さだ。
そして極めつけは首に着けた鎖付きの大きな鉄の首輪だ。
そんな人権もないリーシャの姿を見て俺は察した。
恐らく彼女はこの異世界で言う『奴隷』なのだろう。
そして推測するにあの男たちはリーシャの飼い主、奴隷を扱う奴隷商人。
まぁ、ザッと推測するとそんなところだろう。
にしても初っ端面倒くさい場面に遭遇してしまったな。
となると、このリーシャって獣人とこのまま一緒にいるのは不味いかな?
一緒にいたらまた何か面倒ごとに巻き込まれかもしれない……。
「あの、ユウヤさんはどうしてここに……?」
「ちょっと色々事情があってね。手持ちも0で右も左も分かんなくて困ってるんだ」
「なら、こっち……!」
リーシャは俺の手を引っ張り俺はそのままリーシャが案内する場所へと連れていかれる。
案内されたその場所には大きな荷車とキャンプをした焚火の跡があった。
どうやらあの男たちが利用していた場所のようだけど。
「なるほど、ここに誰もいないってことはもう追手はないようだな」
リーシャは荷台の荷物をゴソゴソと漁り、一つの小袋を俺に差し出してきた。
「え、なに? くれるのか?」
「うん、助けてくれたお礼」
袋を開くとそこには金貨がギッチリと詰まっていた。
金貨は男たちの所有していた金貨らしく助けてくれたお礼に受け取って欲しいとのこと。
んー、今は無一文だし……貰っておいても損はないか。
俺は遠慮なく金貨を受け取り懐のポケットにしまった。
死人が金持ってても使えないしな。
「そうだ。リーシャ、この当たりに人がたくさんいる場所ってないか?」
「人がたくさんいる場所?」
「あぁ、例えば町とか村とか、情報収集が出来そうな場所を探してるんだけど」
「えっと、確かこの先に冒険者が集まる街があったはずだけど……」
冒険者の街? なにそれ凄そう!!
しかも冒険者なんて異世界ファンタジーのお約束的職業じゃないか!
そんなファンタジー職業までこの世界に存在するのか。
「そこに……行きたいの? 道なりなら僕知ってるけど」
「え、連れてってくれるの? マジで?」
「その代わり……僕をしばらくユウヤさんと一緒にいさせて」
「え、俺と一緒に?」
「僕弱いし、頼れる人もいなくて……強いユウヤさんとなら安全かなって……ダメ?」
「そ、そうだねぇ……」
あぁもう、そんな潤んだ上目遣いで見ないでくれ。
正直、ここに置いていきたい気持ちはある。
でも今ここで見捨てて何かあったら俺が悪いみたいになるだろうし……。
それにこの世界の現金を手に入れられた恩もある……。
はぁ、仕方ないか。
「わかった。ひとまずは一緒にいてもいいよ」
「いいの?」
「ああ、このまま見捨てても後味が悪いしな。とりあえずはリーシャの安全が確保できるまではだけど……それでもいいか?」
「――ッ! ありがとうユウヤさん!」
そうお礼を言ってリーシャは俺の胸部に抱き着いた。
よほど嬉しかったのかスリスリと顔を擦り付け、満面の笑みを浮かべている。
「ど、どういたしまして。っていうかユウヤ"さん"はやめてくれ、あんまりさん付けは慣れてないんだ。呼び捨てでいいよ」
あぁ……ホントマジで生きててよかったッ!
俺は今の幸福を存分に深く噛み締める。
だってケモ耳美少女ですよ? 二次元オタクなら誰もが夢見るケモ耳美少女が抱き着いてきて感謝の言葉を言ってくれる。そもそも無能の俺が感謝されること自体が初の体験だし、しかもその感謝の言葉がケモ耳美少女から言われるなんて……。
もう一生分の運を使い切ったのでは? と錯覚する。
「ちなみにその冒険者の街ってここからどれくらいの距離なんだ?」
「えっと、もう夕方が近いから今からだと着くのは深夜になっちゃう。向かうなら明日になって朝から出発したほうが明るいうちに街には着くはずだよ」
「そっか。ならここに男たちが置いてった荷物もキャンプの跡もあるし、ここで野宿して明日出発ってところだな」
「うん、僕もそれでいいと思う」
こうして初めての異世界での一日が終わり、異世界での夜を迎える。
ご観覧ありがとうございました。
今回、小説自体が初めての作品になりますので文章の違和感や誤字脱字等、ありましたら指摘のほどよろしくお願いします。
また、高評価や文章改善のアドバイス等いただけたら喜びます。
更新頻度は今のところ未定ですが、早め早めに更新していければと思ってますので今後もお楽しみに!
それではここまで愛読、ありがとうございます!!