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〇第28話『森の主との出会い』


「こんだけの人数がいてこの様かい」

「いやユウヤさんが強すぎるんですよ」


 洞窟の入り口付近にて。

 見張り役二十人以上のヒューマラルドが洞窟の入り口を守っていた。

 恐らく鉄壁の体勢で入口を見張っていたんだろう。

 でも魔魂喰という存在には多人数なんてまったくの無意味。

 最初は入り口付近の見張りは『暴食の棺桶』で密かに始末。入り口の所には影があったから不意打ちには絶好の場所だった。そして残りの人数は真正面から完膚なきまで叩き潰し、結果洞窟内のヒューマラルドに知られることなく見張りの雑兵だけを倒せた。


 ただ、余りに事が上手く進み過ぎてどうにも味気ねぇ……。

 あと相手がただただ弱すぎるんだよな。

 結構ノリノリで相手を殲滅してしまったがこうも呆気ないと物足りない感が半端ない。

 相手はそれなりに武装もしてたし、魔法も結構強力なものを放ってきた。

 それでもこま魔魂喰の前では余りにも弱すぎた。

 にしてもあの変な鎖の魔法はヒューマラルド特有の魔法なのかね?

 見張りの連中にも何人か使い手がいたけど。

 ま、状態異常無効の能力を持ってる俺には一切効かないんだけどね。


「なぁ、ヒューマラルドって実は弱いって説ない?」


「まさか。それなら全種族から恐れられてませんよ。構成員が全員人間とは言え、強大な魔道具や兵器も保有してますし、多くの人間国との繋がりもあると噂されてます。独自の魔法技術も保有していて到底弱いとは考えられません」


「でもなぁ、実際こうやって俺が圧勝しちゃったわけだし……」


「だーかーら、それはユウヤさんが強すぎるんですよ。いくら相手は人間とはいえ、あの鎖の魔法はかなり脅威だと思います。並みの戦士や魔術師では歯が立ちません。それでも圧勝できたのはユウヤさんの異常なまでの強さが原因と思いますよ」


「まぁまぁ、とりあえずこれで洞窟内に入れるからいいじゃないか」


 そう言って俺とレミリアは洞窟内に入った。

 洞窟内は暗く狭く、火の魔法で明りを灯しながら奥へと進んでいく。

 そして洞窟内に入って一時間が経過。


「静かだな。一人くらい遭遇すると思ったんだけど」

「確かに変ですね。入り口には見張りがいたのに洞窟内は誰もいないなんて……」


 一方通行の洞窟内を進むと分かれ道に到達。


「どっちだと思う?」


「…………左からは水が激しく流れる音が聞こえます。おそらく左は洞窟内にある川に続いてがっていますね。逆に右は……何やら人の声が聞こえます。しかも複数」


「ということは右が怪しいってことか。流石は獣人、耳が良いな」

「いえ、これぐらいの音の聞き分けは獣人にとって大したことではないですよ」


「獣人ってやっぱみんな身体能力とか五感に優れてる印象だったからさ、こうやって改めて見ると流石だって思うよ、いやホント」


「ふふ、ありがとうございます。でもこうやって聞こえるのはユウヤさんのおかげですよ」

「俺の? あぁそっか。確かレミリアは耳が……」


「えぇ、病に侵された獣人と聞いてユウヤさんは嫌な顔一つせずワタシに優しく接してくれましたし、ホントに何てお礼を言っていいか……」


「なんで能力の実験体になってくれたのに嫌な顔しなきゃなんないんだよ。何ならこっちが礼を言う立場なんだぞ、そんな理不尽な対応しないっての」


「ワタシ、それから決めたんです。ユウヤさんならフィーリア様と同様、ワタシの全身全霊を掛けてお仕えしてもいいと」


「んな、大げさな……」


「いいえ、ですから今後ともワタシはユウヤさんに尽くして参りたいと思いますのでこれからもよろしくお願いしますね」


「お、おう……」


 ここ最近、色んな種族に感謝されるけどやっぱりこの恥ずかしい気持ちは慣れないのよな。

 こう、背中がムズムズするというか、口角がひきつるというか……。

 悪いことではないんだろうけど感謝に免疫が無い俺からしたらもう感謝される相手の顔が恥ずかしくてレミリアの顔が見れんのよ。

 

 いつかは慣れるんかねぇ……。


「と、とりあえず右だな」


 そして右の通路に入りしばらく進む。

 行く先に何度か分かれ道に遭遇したがレミリアの耳を頼りに迷うことなく奥へと進む。


 しばらく進んで一時間後。


 薄暗い通路の遥か奥から何やら明りが差し込む。

 耳を澄ますと僅かにだが人の声まで聞こえてくる。


「こっから慎重に行こう。あの先になにがあるかわかんないからな」


 ゆっくりとレミリアと共に奥から差し込む明りを目指す。

 そして奥に進むにつれ明りは大きくなり、明りが差し込む空間の手前までたどり着いた。

 そしてコッソリと入り口の手前から空間を覗き込むと俺は思わずしゃがみ込んだ。


「ユウヤさん?」

「シッ―! レミリアもかがめって……」

「……?」


 俺はレミリアに屈むよう促し、手招きして手前から覗き込むように合図する。

 そしてそこには異様な光景が広がっていた。


「ユウヤさんこれって……」

「多分、奴らがヒューマラルドには間違いないんだろうけど……何これ? 一体どういう状況なんだ?」


 俺らが覗いてる穴は恐らく広い空間の天井付近の壁に位置してるんだろう。

 覗く穴からは広い空間を一望できる。

 下を覗くとかなりの高さで多分20メートルぐらいの高さがある。

 恐らくこの広い空間が洞窟内に潜伏してるヒューマラルドの拠点なのだろう。


 下には外の見張り以上のヒューマラルドが動いている。

 100……いや200人ぐらいはいるであろう人数に俺のレミリアの間に緊張が走る。


「ちなみにレミリア……あれってなんだと思う?」

「なんでしょう。巨大な芋虫の……魔物? に見えますけど……」


 俺たちが覗く穴の丁度真下、壁際に横たわる超巨大な深緑色の芋虫。

 寝ているように見えるけど何か様子がおかしい。周りにはヒューマラルドらしき人間が複数いるってのに芋虫の魔物は大人しく寝ている。

 というか、でっかい芋虫だなぁ。

 何だあのデカさ。旅客機(ジャンボジェット)とさほど変わらない大きさだぞ。

 虫嫌いな人間がしたら発狂して気絶するレベルの大きさだ。俺は虫に関してはそんな抵抗はないけどあんなに大きいと虫に抵抗ある俺でも多少退くレベルで気持ち悪い。


「あんな芋虫の周りでヒューマラルドは何してんだ……?」

「まさかあの魔物って……————」


しばらく無言で芋虫を観察しているとレミリアの顔がどんどんと青ざめ口を塞ぎ驚愕する。


「な、何だ? どうしたんだレミリア?」

「あの芋虫ってまさか、アートル・キャタピラーなんじゃあ……」

「あーとる、キャタピラー?」

「現状かなりマズいかもです。下手したらヒューマラルドよりも危険かも……」

「ちょっと待てよ、どうしたんだよ急に。あの芋虫の魔物が何だって言うんだよ」

「あの芋虫の魔物は恐らく『アートル・キャタピラー』という特殊個体の魔物です」

「……特殊個体!? あの芋虫がか?」

「はい、体内で虫型の魔物を無尽蔵に生み出す能力を持つ魔物で、単体で億の魔物の軍勢を造り出せる”厳戒態勢位”に位置する特殊個体です。産み落とす魔物の個体も強く、昔いた個体の話ですが、その軍勢は小さな町や村をいくつも襲い、大きな王国を滅ぼしかけたとか……」


「それはなかなかエグい能力だな……。負担なしでそんなことが出来るならかなりの脅威になる能力……」


「あの芋虫自体に強い戦闘力はありませんが、生み出す魔物を護衛に使い、その強さのあまり近づくことすら難しいと言われています。まさに難攻不落の城塞、本来は国の全軍を率いて討伐する魔物です。そんな魔物がなんでこんな場所に……」


「でもおかしくないか? 軍勢を造り出すって話だけど……そんな数の魔物がどこにいるんだ」


 当たりを見渡してもヒューマラルドがいる以外、そんな魔物は見当たらない。


「言われてみれば……」


「それにそんな凶悪な魔物ならああやってヒューマラルドが周りをウロウロできるのも怪しい。パッと見なんかヒューマラルドに捕まってるように見えるけど……」


「確かに、魔物からみたら人間は食糧も同然です。あんなに周りにいるのに手足一つ動かさないのは不自然ですね」


「もしかして、あの芋虫が森の主なのかな?」


「まさか。そうなると色々疑問が浮かびますよ。あの芋虫の魔物が森の主ならベルガ大森林一帯、とっくの昔に虫の魔物だらけになってる筈です。なのにここにくるまで虫型の魔物なんて一匹も遭遇しなかった。ベルガ大森林に虫型の魔物がほとんどいなかったのも不自然です……」


「そんな能力を持ってるなら森中が虫だらけじゃないのは変だよな……」


 何だ? 一体何が起こってるんだ……?

 こちとら、ただ悪だくみをしてるヒューマラルドって集団をやっつけに来ただけなのに今一この現状を見て何一つ答えが見つからない。

 そもそもヒューマラルドはあの芋虫の魔物の周りで何をしてるんだ?

 あの魔物が人間を目の前にしてピクリとも動かないのも不自然だ。

 俺はさらに覗き込もうと身を乗り出す。そして芋虫の周囲を観察する。

 すると芋虫の身体中になにやら黒い杭のようなものが刺さっていることに気付く。


「ん? なぁレミリア、あの刺さってる杭って一体なん――」


 次の瞬間俺の視界が急に傾き真下を映し出す。


「えっ……ちょッッッ――――!?」

「ユウヤさッ――!」


 身を乗り出し好きだのか俺のいた足場が崩れ、俺はそのまま真下に落下。

 驚きの悲鳴が出そうになるも下のヒューマラルドに気付かれないよう俺は必死に悲鳴を殺し仕方なく落下に身を委ねた。

 不味い、死なないにしてもこのまま地面に落下したら間違いなく気付かれるぞ!?

 と思った直後、俺の身体はちょうど真下にいた芋虫の魔物の背中に落ちた。芋虫の身体は予想以上に柔らかく、俺の身体がめり込むもゴムのように弾み、俺は無傷で芋虫の背中に着地した。


「うぉっと! あ、あっぶなぁ……」


 プニプニする背中に貼り付くようにしがみ付き、下の様子を伺う。

 どうやら俺の存在はバレていないようだ。危ない危ない。


 でもこっからどうしよう。

 着地したのはいいけどこっからどうするかよな。

 もういっそこのまま下に降りて魔物もろともヒューマラルドを屠ってしまうか……。凶悪な魔物なら殺したところで誰も困らんだろうし、むしろ魔物が討伐されてギルドも周囲の集落も安全になるだろう。

 ヒューマラルド以外の戦闘は避けたかったけど一緒にいるなら手間もない。


 このまま一緒に討伐して――。


『誰だ……我が背中にいるのは……?』


 何だ!? また頭の中に声が響く。

 コイツ、直接脳内にッ!!


 …… ってそんな俺にしか伝わらないネタは置いといて。

 誰の声だ? シドの声でもヴェルデの声でもない。

 ちょっと年老いた……老人みたいな声だ。

 周囲を見てもそれらしき人はいないし……ってちょっと待て。

 我の背中……? 我の背中ってこの声の主ってまさか――。


『ヒューマラルド、ではないな。この気配は……魔族か?』


 やっぱり!

 この声の主はまさに俺が着地した芋虫の魔物のものだ。

 でもどういうことだ? どうして魔物の声が俺には聞こえるんだ……?

 周りのヒューマラルドには魔物の声が聞こえてる様子はない。

 この聞こえる声は俺だけに聞こえてるのか……?

 俺は声の主を特定するために試しに魔物の背中をツンツンと突いてみる。


『やめろ突くな、くすぐったいだろう』


 やっぱりこの脳内に響く声は芋虫の魔物か!

 相手の自我がしっかりしてて言葉がわかるとなると取る手段は変わってくる。

 でも何でだ?

 竜鱗族の時といい何で俺には魔物の言葉が分かるんだ……?


『どっからか迷い込んだか……? ま、今の我には関係ない事か』


 どうしよう、ここで声を出せば下のヒューマラルドに気付かれる。

 何とかこっちの言葉を伝えられないか……?


 ……そうだ! あれならこっちの言葉を伝えられるかも。


 俺は試しに能力『念動力』を使って開発した応用技『念話』で相手に話しかけてみる。


 能力『念動力』は文字の如く念じる力。

 その念じる力は手に触れないでものを自在に動かしたりすることが出来る。俺はその『念動力』の能力をいろいろ開発し、相手の脳内に直接声を届ける『念話』をこの修業期間に開発した。

 念話は相手の脳内に直接思った事を伝える一種のテレパシーみたいなもの。これなら言葉の分からない相手にでも自分の気持ちを直接伝えることが出来る。


 よし、ではさっそく。


『おい、こっちの声が聞こえるか?』


『む? なんだ、この声はどこから聞こえてくるのだ。お主は誰だ?』

『いや、誰もなにもお前の背中に乗っかってる魔族なんだけど……』

『我の背中……お主、我が言葉が聞こえるのか?』

『聞こえるも何もただ漏れなんだけど』

『これは驚いた……。まさか魔物(われ)の言葉を理解する種族がいるとは……』

『そんな事はどーでもいいんだよ。と言うか、アンタが森の主か?』

『森の主……? あぁ、確か森の外で我はそう呼ばれているんだったな』

『んじゃあ、お前が森の主で間違いないんだな』

『正確には違う。正確に言えば我の生み出した”眷属”が森の主と呼ばれている』

『眷属? それってお前が生み出す虫の魔物の事か?』


『そうだ。我の能力は『蟲毒生成』。強力な虫型の魔物を体内で造り出し、その魔物を眷属として産み落とし従わせる能力だ。恐らくその生み出した我が眷属が森の主と呼ばれているのだろう。我は基本、人目に付かず普段はここで横たわっているからな。生まれてから誰にもこの姿は見られたことはない』


『でもアンタが生みの親なら森の主って解釈で合ってるだろ?』


『……何だっていい、どうせ我はもうすぐ死ぬ。悪いことは言わん、早くここから逃げた方がいい。いつ我の能力が暴走するか分からんからな』


『何か複雑な事情がありそうだな』


『まったく、現実とはホント上手くいかんものだな。我はただのんびりとこの洞窟で寝て過ごしたいだけだというのに魔物というだけでこのような非道な扱いをされ、もう生きることにはウンザリしていたところなんだ』


『よければ話を聞かせてくれないか? 俺ならなんとかしてあげれるかも』


『話したところでなんになる。この毒に侵された身体はどうにもできん。バカげた能力でも持っていない限りは、な』


『おいおい、そんなことを言われたら尚更聴かないといけないな』

『放っておいてくれ、もう我はもう諦めるのだからな』

『たくっ、これは相当な頑固爺だな』

『この状況をたかが魔族一人になんとか出来るとも思わん』


『そう言うなって。ワケだけでも話してくれないか? 状況によっては俺の能力を使ってアンタを助けられるかもしれない。そもそも俺はここにいるヒューマラルド達を倒しに来たんだ。アンタを討伐する気は一切ないし、俺と争う気がないならアンタを助けてあげてもいい』


『…………』


『頼むよ。ワケを話すぐらいの体力はまだ残ってるだろ、こっちはヒューマラルドが何を企んでるかの情報も欲しいんだ。犠牲者が出ないうちに先手を打ちたい』


『……お主、変わっていると言われないか?』

『え、俺?』


『我は魔物だぞ。お前達の業界(せかい)では特殊個体と恐れられる魔物だ。そんな魔物を助けたいとか馬鹿げてるにも程があるだろう。我を助けたところで何の得もない、むしろ討伐しなかった負担の方が遥かに大きい。今なら助けるって言葉を撤回しても――』


『アンタこそ馬鹿言うなよ、撤回はしない。そりゃあ話も通じない理性もない凶暴な魔物だったら倒してたかもだけどアンタはこうやって理性もあるし話も通じるじゃないか。だったら話を聞いた後で倒すかは判断しても遅くはないだろ』


『……ホント変わった魔族だな。お前みたいな魔族は初めてだ』


『最近、他種族からも良く言われるよ』


『いいだろう。死ぬ前の最後の退屈しのぎにはちょうどいい』

『死なせる気なんてさせないけどな。んで、これはどんな状況なんだよ』


『少し遡ること一か月前、突然この人間どもが我のこの寝床に押し寄せてきたのだ。我を護衛していた眷属達は全滅。ただ一匹はほれ、あの隅に捕まっておる』


 よく見ると空間の隅に鎖で縛られてる”人型”の虫がいた。

 身体は硬そうな外殻に覆われ、頭から伸びる長い触覚、縦に開く鋭そうな顎、四つの目。

 側は完全に虫なんだけど……輪郭(シルエット)は完全に人型だ。しかもなんか鎖で縛られているにも関わらず、鎖を解いたら瞬時に襲い掛かってきそうな圧を放ってる。まるで静かに殺意を燃やしているかのようだ。


『どうしてあの虫の魔物……眷属だけ捕まってるんだ?』


『アイツは我が生み出した眷属の中でかなりの強さを持つ個体だ。恐らく倒すは無理と判断しああやって動けないようにしているんだろう』


『というか、アンタはどうしてこんな所に横たわってるんだ? 派手に動いてこいつら蹴散らせばいーじゃんか。こんだけデカい身体なんだし何人かプチッといけるだろ』


『そうしたいのは山々なんだがな……そうもできんのが現状なのだ』

『なんでだよ?』

『我の身体に打たれてる黒い杭が見えるか』

『そういえば何本か刺さってるな。あれは?』


『この杭はどうやら刺さっている対象の力を封じる力があるらしくてな。我は今、手足の一本も動かすことができないのだ。運悪く寝込みを襲われてしまってな、目を覚ましたらご覧の有様だ』


『よし、んじゃあの杭を抜いたらいいんだな』

『現状そう簡単な話ではない。言っただろ、我はもうすぐ死ぬ運命にあると』

『……?』


『奴らは我の動けない間に身体に”毒”を打ち込んだらしくてな。奴らの会話を聞くと、その毒はどうやら我が体内の眷属に干渉する毒のようなのだ。毒は我の体内の眷属の肉体や凶暴性を極限にまで引き上げ、産み落としたが最後その眷属は無差別に種族達に襲う凶暴な魔物になると言っていた。そうなったら我でも止められんし、最悪我も殺されるかもしれん』


『それってヤバいじゃねぇか! なに呑気に構えてんだよ、早く何とかしないと――!!』


『何とかできる現状と思うか? 我はこの杭のせいで指一つ動かせない。現状、我が出来るといえば少しでも毒の浸蝕を体内で抑え込んで浸蝕を遅くすることだけ……。頼みの綱である我の眷属達はほぼ壊滅、最強の個体である一匹もああやって捕らえられてしまっているし、もう全てが手遅れなのだよ』


『でもこのまま放置してたらヤバいだろ! 奴らはどうしてそんなことを……』


『何でも竜の「魔物が失敗したから」どうとか言っていたが我にとっては何のことだが……。ただ毒に侵された眷属が産み落とされてしまったら、間違いなくこの森付近の村や町に甚大な被害が出る。早くここから逃げることが賢明な判断だ』


 ……なるほどな、ここで色々と繋がって来たぞ。


 この洞窟にいるヒューマラルドが竜の魔物に関わっているのだとしたら今度はこの森の主から生み出される魔物に街を襲わせる気なんだ。

 竜の魔物と森の主が生み出す魔物、どちらが企みの本命だったかは定かじゃないけど全ては奴らの計画の内、エルトワールを滅ぼす事を諦めていないのは明白だ。

 まったく、異種族達を滅ぼすためならここまでするのかよ連中は……。無関係の戦う意思もない魔物を巻き込んであの平和で盛んな異種族の街を簡単に滅ぼそうとしている。


 せっかく異種族のいるこの異世界に来れたんだ。

 俺の異種族楽園をこんな簡単に傷付けられてたまるかっての!!

 確かに前の無能な人間の俺だったらこの現状を打開するのは不可能だっただろう。

 けどな――――。


『つまり、その毒さえ取り除ければ万事解決なんだな。念のため回復系の魔法も覚えといて正解たった。解毒系の回復魔法なら幾つか使え――』


『残念だがそれは無理だ』

『え、でも毒なら解毒の魔法で無力化できるだろ?』


『ただの毒物ならな。だが、我に打ち込まれたのは呪毒と呼ばれる”霊薬”だ。生物の魂や霊体に直接作用する呪毒の霊薬は通常の解毒方法や浄化魔法では消し去ることはできん。呪毒を解毒するには高度な解呪の技術を持つ呪術師、もしくは霊薬に精通している薬師でもない限り、この体内の呪毒を取り除くことは不可能なのだよ』


 毒の”霊薬”……?

 あれ? それってもしかして……。


『打ち込まれた呪毒はかなり強力だ。我が意識を完全に失えば呪毒は体内の眷属に作用し呪毒に侵された眷属が我の体内から産み落とされる。そうなってはもう成す術がない』


『…………』


『分かっただろ。ここにいてはお前の身も危ない。お前が出来ることはただ一つ、ここからすぐに離脱してこの状況をに知らせる助けを呼ぶことだ。この森の付近には確か冒険者の街があったはずだ。だから早くここから――』


『俺って運が良すぎだろ……』


 まさかこんなに早く能力を本格的に使う機会がくるなんてな……。


『お前は何を言ってる?』

『安心しろ、俺の能力ならその体内の呪毒って霊薬を取り除いてやれる』

『お前はまさか……呪術師、なのか?』


『いんや、ただ持ってる能力が異常なまでに異常っていうだけだ。俺の能力ならアンタの体内から一切の負担を掛けないで取り除いてやれる』


『そんなこと一体どうやって……』


『説明をしてやりたいとこだけど時間が無いんだろ。だったらとっとと済ませたい、アンタもその呪毒が取り除けるならありがたいだろ?』


『ホントに、可能なのか?』

『嘘はつかねーよ』


『……分かった。我もこのままこの人間達の思い通りにされるのは気に食わん。お前を信じてみよう』


『決まりだな。ただ一つ約束して欲しい、俺が今から使う能力はかなり特殊でな。ここで見たことは他言無用にほしい』


『我は魔物だぞ? 言葉の通じぬ他種族に話せるわけがないだろうが』


『だとしても”万が一”ってこともあるだろ。実際、この能力のことがバレたら色々と面倒臭いことになる。どんな相手だろうと言葉が通じるなら約束しといた所で損はないだろ』


『……わかった。約束しよう』

『よし、決まりだな。毒はまだ抑えておけそうか?』

『さすがに限界に近いな。あとお前が数時間来るのが遅かったら完全に諦めていたよ』

『ならもう少し抑えててくれ。それのほうが取り除きやすいからな』

『何をするつもりだ……?』

『まあ見てなって』


 そう言って俺は霊埠の腕を発動させ、森の主は霊化した俺の両腕を見て驚く。


『お前、その腕は――』

『黙って見てろ。悪いようにはしないから』


 そうして俺は霊化した腕を森の主の肉体に侵入させていく。

 そして魂を視界に映し、森の主の魂を目視で捉える。


 うっっわ、さすが森の主。

 肉体も巨体なだけあって魂の寸法(サイズ)超巨大(ビックサイズ)だ。

 そしてその魂の悲惨な光景に俺は一瞬戸惑ってしまう。

 この超巨大な魂が恐らく森の主自身の魂なんだろう。

 その付近を浮遊する複数の大小様々な魂。

 この魂はこの森の主の能力で造り出している魔物たち、眷属の魂なんだろう。

 その数は森の主自身の魂を覗いて20。

 仕組みはパッと()分かったけど……予想以上に毒の浸蝕がひどいな。

 もう見た目で現状どれだけ呪毒が浸蝕してるのかハッキリ分かる。

 まず魂たちの周囲を無数に漂う呪毒の塊。

 まるで水が無重力でフワフワと漂うように呪毒の塊が疎らに散らばっている。

 そして毒々しい色に変色しかけている複数の魂たち。

 中にはほぼ完全に変色している(もの)もチラホラあり、もう呪毒に完全に染まり切る一歩手前の魂まである。

 特にひどいのは森の主自身の魂だ。

 まだ完全に呪毒に侵されてはないけどもう全体の8~9割は呪毒に侵されている。

 これはもう一刻も早く取り除かないとヤバいことになる。

 ホント、毒の種類が霊薬の類でマジで良かった……。


 そもそも"霊薬"というのは何も霊埠の腕だけが創り出せるものじゃない。

 リズの話によると一般にも"霊薬"という物は存在しているが、普通の薬物とは違い作り方も調合方法も材料も異なり希少性がかなり高いらしい。

 理由として霊薬を調合する技術が異常に難しく専門で造る魔術師も異常に少ない。

 使う材料も希少性のあるものばかりでそのため仮に市場に出回ってもかなり高額で売買されるため、素人には手が出せない代物なんだそうだ。

 霊薬は服用者の魂に直接作用する薬。飲めば失くした手足を再生することもどんな強力な病も完治できる、まさに"神の薬"とも言える代物だ。


 そんな霊薬だが逆に人体に悪影響を及ぼす物も存在する。

 それは別名『呪毒』と呼ばれ、肉体を蝕み通常の毒とは違い効果が特殊で治癒魔法や薬による解毒が一切効かない。呪毒を解呪するには同じ治療薬の霊薬しかない……が。


 魂に直接触れ、様々な霊薬を生成できる魂神の『霊埠の腕』なら呪毒を解呪する。 

 

 よし、まずは魂の現状解析だな。

 とりあえず、魂神の解析でどんな毒の霊薬なのか解析しておこう。


 〈解析結果〉 主核の魂に呪毒『凶呪薬』の浸蝕あり。浸蝕度93%。

        また、他魂の浸蝕も確認。


 〈毒の効果〉 生物の魂の凶暴化。凶暴性を植え付け、肉体と戦闘意欲を強化。

        ただし、理性を失い無差別に命を襲う化け物と化す。


 ……なるほどね。こりゃあ確かにヤバイな。

 つまり今この森の主の体内は森の主の魂を含め、体内で生成する魔物の魂すらも毒に侵されてるってわけかい。予想通り、その毒に侵された魔物が森の主から生まれれば、周囲を見境なく襲う凶暴な魔物が生まれちゃうってことか。


 でもこの魂神の能力を使うにはまったく支障はないな。

 相手が霊薬による毒状態なら霊埠の腕の敵じゃない。

 よし、ではいっちょやったりますか。


 まずは魂の周りを浮遊する毒玉の除去。霊埠の腕で浮遊する毒玉を一纏めにする。

 一纏めにした毒玉をひとまずは霊埠の腕から伝い、俺の体内に摂り込む。

 俺の肉体は『状態異常無効』の能力が備わっている。

 毒の霊薬だろうと何だろうと体内に摂り込んでも問題はない。

 摂り込んだ呪毒を体内で解析。解析を元に呪毒を解毒する霊薬を体内て生成する。その解毒の霊薬とさらに体力を回復させる霊薬、さらには治癒力を高める霊薬を森の主の魂に注入する。


 しかし、ここで能力による警告が脳内で鳴り響く。


〈警告〉封印具『魔吸杭』による体力吸収を感知。

    体力回復の霊薬を無効を確認。封印具の除去を推奨。


『な、何だッ――?』


 封印具による体力回復が無効???

 何だよ封印具って? そんなもん何所にも……あ。

 あったわ。確か森の主の身体に杭みたいな物が突き刺さってたな。あれが封印具か。

 となればまずその封印具を何とかしないとだな。

 毒を解毒しても森の主は体力を吸われて動けない。

 何とかしようと周囲を観察すると、


『ん? なんだこれ……(くだ)……?』


 森の主の魂から何本も伸びるに管に違和感を覚える。

 その管の先を目で追っていくと管は肉体の外部にささる杭から伸びていた。


 ははーん、なるほど。

 どうやら体力吸収はこの管から行われているようだ。

 なら、やることは簡単だ。

 体力吸収を断ち切るため、腕を刃物に変化させ魂から伸びる管を片っ端から切断していく。

 その数は30本。

 その管を切断すると封印具の杭は機能を失い、灰となって消えていった。


『よし、これで霊薬を注入しても問題ないな』


 改めて森の主の魂に回復の霊薬を注入。


『おっ……? 身体が……動く……』

『よし、回復が効いてきたな』

『ふ、封印具が消えてる……。お主一体何をした?』


『安心するのはまだ早いって。まだ体内の魔物の魂の解毒が終わってない。今からその解毒に取り掛かるからもう少し大人しくしてろ』


 森の主が混乱してるのをそっちのけに他魂の解毒に取り掛かる。

 森の主の魂と同じように各魂に解毒の霊薬と回復の霊薬を打ち込んでいく。

 そして霊薬が注入されて数分後、各魂から毒の色が消えていき完全に解毒が完了する。


『毒の苦痛が完全に、消えた……』


『ふぅ~、これでもう命に別状はないだろ。安心しろアンタの中に宿る魔物たちの毒も全部解毒した。これで凶暴化するなんて心配もないだろ』


『お前は何者なんだ?呪毒を解毒するとはただ魔族ではないな……?』

『そういえば自己紹介がまだだったな。俺は奈良藤勇也、王族ダンタリオス家に雇われてる魔族だ』

『ダンタリオス……知的好奇心が旺盛で知られるあの魔族の王族か』

『知ってるのか?』


『このベルガ大森林付近で一番栄えている国としてだがな。しかし、そんな王族に雇われている魔族が何用でこんな場所に?』


『この付近でヒューマラルドが何か悪さを企んでるって情報があってね。それを調べにここまで来たんだけど……まさか噂に名高い”森の主”に出くわすのは予想外だったな』


『予想外ならどうする、やはり始末するか?』


『バカかっての。なら助ける意味なんてないだろ。森の主の討伐任務なんて受けてないからな、ヒューマラルドの殲滅以外のことはしねぇーよ』


『お前……同族から変わってると言われないか?』

『否定はしない。さて、森の主様も助けたことだし、俺は与えられた仕事を遂行するか』


『仕事とはここのヒューマラルドの殲滅のことか? 相手は人間とは言えかなりの数だぞ。それに連中は妙な魔法や魔道具を使う。やはり一旦外に出て助けを求めた方が――』


『大丈夫。俺ならこの数は余裕で相手に出来るよ。それに時間が惜しい、またヒューマラルドに変な策を取られる前にここでとっとと潰しておきたい』


『なるほど、ならあそこに捕らえられている我の眷属を解放してやってくれないか』

『えっと、あの鎖に縛られた虫の魔物のこと?』


『あの眷属は我の命令には絶対だ。解放してもお前を襲うことはないから安心しろ。それにヒューマラルドですら仕留められなかったほどの強い個体の魔物だ。必ずお前の役に立つ』


『……分かった。んじゃまだアンタはこのまま捕まったふりを続けてろ。その間にアンタの眷属の封印を解いてソイツと一緒にここの連中を叩き潰す。幸い、まだ奴らは封印具が壊れてることに気付いてない、このまま奇襲をかける』


 あ、そういえばレミリアはどうしよう。まだ上に待機させたままだ。

 …………ま、何とかするだろう。

 今からこの場は危険な戦場になるんだし、上にいたほうが安全だろ。


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