〇第22話『近づく悪意と魔の手』
勇也が城で能力開発をしているその頃。
犯罪組織の幹部ムウは冒険者の街エルトワールに潜入していた。
街の住民たちから冥狼族の奴隷の情報を集め、捜査を開始。
そして、探している奴隷は青肌の魔族と行動していたという情報をすぐに入手した。
しかしその情報を元にエルトワール内を隈なく聞き込みと捜索をするも奴隷の姿は愚か、青肌の魔族すらも見つからない始末。ロクな目撃情報が掴めないまま無駄に時間が過ぎていく。
そして、潜入して三日という時間が経過したそんなある日。
「やっほぉー、ムウぅ~ちゃん♪」
「コ、コハクッ――!?」
捜索中のある日、街中で外套を纏う一人の仲間と出会う。
街中で声を掛けられたムウは内心冷や汗を掻き、動悸が一瞬跳ね上がる。
出会った仲間の名前は「コハク」。組織内ではムウの同僚で上司だ。
主に交渉や取引を主な専門とし、組織内でムウが苦手とする人間の"男性"幹部。
女口調が特徴で人の悲鳴に快感と愉悦を覚えるサディストである。
「テメェ、なんでこんな所に――」
「今日の深夜1時、この区域の路地裏に来なさい。拒否権はないわよ」
コハクはムウに待ち合わせの地図を描いた紙切れを押し付けその場を去った。
そして時刻は日を跨いだ午前一時。
指定された場所にムウが行くとそこにはコハクと6人のコハクの部下が待ち受けていた。
「来てやったぞコハク、何でテメェがここに――ブフォッッ!?」
コハクはムウの言葉を遮るようにムウの腹部に強烈なボディーブローをお見舞いした。
その勢いでムウは後方にハデに飛ばされ、そのまま地面に倒れ込んだ。
「まーったく、随分と勝手な事をしてくれたわねぇ、ムウちゃんったら」
「……ゴホッコボッ! コハク……テメェ――!」
「あぁーっらら、睨まれる筋合いはないわよ? ワタシはねぇ、アンタの勝手な行動をこうやって止めに来てあげたの。むしろ感謝されるべきじゃないの?」
「ふざけんな! テメェに感謝することなんて一つもねぇよ」
「粋がるんじゃないわよクソガキ。今回アンタが勝手なことしたことで組織の幹部連中がどれだけ振り回されたと思ってんのよ」
「……? な、なんの話だ?」
「とぼけんじゃないわよ。今回の捕らえた冥狼族、勝手に出品しようとしてたわよね」
「勝手にって……あれは俺が捕まえてきた奴隷だぞ? どう扱うかは俺の自由だろ。それにいつも捕まえてきた奴隷はどんなに希少な種族でも奴隷売買に出してきただろ」
「ホントにどーしてアンタはこうも団体行動を乱すかしら。ま、アンタに限った話じゃないけど」
「何だと?」
「確かに捕まえた奴隷は基本は奴隷売買行きだけどねぇ、今回アンタが攫ってきたあの冥狼族は組織の戦力として教育してく手筈だったのよ。その命令が出る前にアンタは勝手に先走ってワタシはアンタを連れ戻しに来たってワケ」
「なっ――!? あの冥狼族を組織の仲間にするってのか? そんなこと今まで一度も――」
「それぐらいあの冥狼族は特別って話。確かにあの冥狼族を売れば莫大な資金が手に入る。でもね教育して組織の新しい戦力として加えたほうが組織としては大きな利点になる。上司はそう判断したのよ」
本来、攫った奴隷は奴隷売買に流して現金化するのが組織の通常の流れだ。
もちろんムウのとった今回の行動は通常なら間違ってはいない。
むしろ組織の資金に貢献すべき忠義に値する行動だ。
しかし、今回の冥狼族に限ってそれは例外であり、資金面よりも組織の戦力としてとしての利点が余りにも大きい。
今回は例外として、資金よりも教育して戦力にすることを優先されたわけだ。
「んで、その奴隷ちゃんは何所にいるのよ、 何所で匿ってるの?」
「いや……それが……」
「なによハッキリしないわね。とりあえずその奴隷もここに連れてきなさい。とっととこの街から離脱しないとヤバイんだから」
「なんというか、実はな…………」
ムウは今の現状をコハクに包み隠さず話した。
「はぁああああああ!? 奴隷を逃がしたですってぇえ!?」
「あぁ……」
「はぁ~。アンタってそんなに使えない奴だったっけ? 無能にも程があるでしょ」
「しょーがねーだろ! 全ては奴隷を護送してた連中のせいなんだ! 俺が知らねー場所で起こったんだ、その場にいなかった俺にはどうしようもねーだろ!!」
「それだけ特別な奴隷ならアナタが直々に護送をすればよかったんじゃないの?」
「ぐっ! そ、それはっ……」
「少なくともワタシならそうするわよ、何が起きるかわからないもの。ホンッットアンタはいつも肝心な所で詰めが甘いというかなんというか……組織幹部”悪徳勢典”の名が泣くわよ」
「――――ッッ」
「でもそうなるとまずいわね……」
「……コハク?」
「とりあえず奴隷の捜索は中断、一旦この街から離脱しましょう」
「いやいや待てよ、奴隷がまだ見つかってないのに何で――」
「最近この街に竜の魔物が近づいて来て大騒ぎだったのは知ってるわね?」
「あぁ。情報収集の時に聞いたが、それがなんだってんだ?」
「あの魔物の接近がねぇ……どうやら意図的に引き起こされたものらしいのよ」
「意図的に?」
「竜の魔物は無事討伐されたらしいけど、多分また別の魔物が近いうち街に接近してくる。しかも次の接近してくる魔物も相当ヤバいらしいわ。あれが襲来したら街処かここら一帯相当な被害が出る。巻き込まれる前に一旦街の外に出ないと……」
「待て待て! だからと言って捜索を中止するわけにはいかねぇだろ! 奴隷売買までもう日もない、早く奴隷を取り戻さないと――」
「奴隷売買は中止になったわよ」
「……は? 中、止……?」
「奴隷売買運営がエルトワールの魔物接近の異変にいち早く気付いてね。魔物接近の巻き添えを喰らう事を懸念して奴隷売買は中止して開催予定場所からもう撤退したわ。次の予定日は未定らしいから焦る必要はないわよ」
「そん、な……この数日……何のために……」
ムウはガクッとその場に項垂れる。
奴隷を逃がしたミスに焦り、ここ数日必死に街での聞き取り捜査を行っていた。
しかしその焦りが無駄と分かった瞬間、今まで時間が無駄だった喪失感と奴隷売買が中止になったという安心感が同時に襲ってきた。
「それで、奴隷の居場所は検討ついてんの?」
ムウはここ数日の聞き込み捜査で分かった情報をコハクに話した。
その現状にコハクは舌打ちをした後に深いため息を穿いた。
「はぁ~~……それでその奴隷と一緒にいた青肌の魔族は見つかったの?」
「それがここ数日探してるんだが全然見つかってねぇんだ。その魔族は冒険者の資格を取りに来てたらしいんだが、ギルドの方を見張ってても全然姿を見せねぇし……」
「ムウ、奴隷の護送を任せてた人員の実力ってどれほどだったの?」
「結構な手練れを揃えたつもりだ。少なくともあの奴隷の護送を任せるぐらいだ、そこまで実力不足な連中は選ばねぇよ。それが何だ?」
「そんな人員を倒したってことはその魔族、かなりの実力だと思うわ。それほどの実力なら冒険者の試験は合格してもう冒険者になってるはず。仮に今街にいないとしても必ずこの街に戻ってくるはずだわ。現在依頼中だとしたら依頼達成の報告をギルドに必ずしにくるはず……」
「なら……どうするんだよ?」
「あぁ~もう! ホント察しが悪いわね! 相手が街の外か中にいるにしろ、街の外で街の入り口を見張ってればすぐ見つけられるでしょ! 魔物襲来の危険もあるし、仮に魔物が来たら巻き添えを喰らわないですぐ逃げられるように街の外で見張るって言ってんのよ!」
「お、おぉ……なるほど」
「アンタ、ホンッットバカねぇ……。よくそんなんで奴隷捕獲担当になれたもんだわ」
「うっせぇよ! テメェみたいな悲鳴マニアの変態オカマ野郎にそんなん言われる筋合いはねぇ!!」
「変態、オカマ……?」
「何だ? 文句あんの――グホォッ!?」
ムウの罵倒の言葉にコハクの目は冷酷になり静かな怒りに満ちた。
そして再びムウを殴り、今度は回し蹴りを腹部に食らわせ壁に激突させた。
ムウは口から大量の吐血を吐き、地面に赤い水たまりを広げる。
「ゲホッ、ゴボッ!」
「まったく、悪徳勢典の称号与えられたからって調子に乗るのは構わないけどねぇ、新参者がワタシをなめんじゃないわよ?」
地面にうつ伏せに倒れたムウの髪の毛を鷲掴み、顔を無理矢理持ち上げる。
「ここでもう一回上下関係分からせてあげようかしら? アァン?」
「コブッ――わ、悪かっ――」
「聞こえねぇんだよ、ハキハキ喋ったらどうなんだよ! アァッ!?」
「ブハッ……悪かっ――た……。許して、下さ、い……」
ドスの効いた怒涛の声を張り上げるコハクにムウは萎縮。
血を吐きながらコハクに謝罪を繰り返した。
その謝罪にコハクは呆れたようにため息を吐き、倒れたムウの身体を起こす。
「悪いって思ってんなら最初っから口答えすんじゃないわよ、このダボカスが」
コハクは薬草をムウに飲ませ、自分が殴ったムウの負傷を回復させる。
「でも、手元に奴隷がいないのはマズいわ。とにかくその魔族を殺して奴隷を奪還する、これしかないわ。幸い奴隷売買は中止になったから焦る心配はない。焦らず、街の外から監視して街の門と上空を見張りましょう。冒険者になってるなら門と上空から必ず街を出入りするはず」
「にしてもだコハク、お前の話だとあの魔物襲来が意図的に起こされたものと言ってたが、その意図的に起こした奴の情報も掴んでるのか?」
「もちよ、アタシの情報網なめんじゃないわよ」
「誰なんだそれ? 竜の魔物なんて意図的に操れるもんじゃねぇだろ」
「あー、部下に探ってもらったんだけど……どうやら厄介な連中が絡んでるらしいのよねぇ」
「厄介な連中?」
「裏社会って活動する組織って意味なら同業者なのかもしれないけど、アタシ達の組織は他種族混同だから確実にその組織からは敵対認定されるでしょうねぇ……」
「誰なんだよ、そいつらは?」
「『ヒューマラルド』。あの人間を崇める変態集団が絡んでるらしいのよ」
「ヒューマラルドって……あのヒューマラルドか!?」
ムウは驚くように身を乗り出す。
『ヒューマラルド』。またの名を人間種宗教組織。
多くいる種族の中で人間が絶対なる種と信仰し全種族の祖であると信じる宗教組織。
所属する人員は人間だけで構成されていて、他種族を穢れた主として敵対する過激派宗教組織だ。
その行動は多くの他種族を脅かし、近年一つの他種族の文明国を滅ぼしかけたとして "最重要危険組織" として全世界から指名手配されている。
組織の大司祭と組織の組員が人間のみで構成されていること以外は謎に包まれており、多くの人間の王国と繋がりがあると噂されている。
「なるほどな……。確かにあの組織が関わっているとなると相当面倒だな」
「でっしょ~? ほぉーんと、あの組織の過激っぷりには何度も頭を悩まされたわよ。アイツ等のせいでうちの組織幹部連中は大怪我を負わされたこともあったし、麻薬の密売経路もアイツ等のせいで国にバレそうになったことあったのよ? もうできればあの変態集団とは関わりたくないんだけどねぇ……。ホント、ムウのせいでそうもいかなくなっちゃったわよ」
「わ、悪い……」
「ホントに悪いって思っててるなら行動で示しなさい。とにかく今街にいるムウ(アンタ)の部下を呼び戻して街の外で陣取るわよ」
「わ、わかった」
そして、街の外での見張りを続けてその二日後。
ムウとコハクは上空から鳥獣で街に滑空する青肌の魔族を発見した。




