〇第19話『魂黎の契約』
「ユウヤの能力で僕の魂を……?」
「あぁ、俺の『魂神』の能力は対象の霊核”魂”に触れることでその魂の異常を取り除いたり改造したりすることが出来るんだ。そして魂に施した改造や治療は肉体にも反映されて欠損した部位を治したり、肉体そのものを強化することだって出来る。その能力でもしかしたらリーシャの半人前の原因がわかるかもしれない」
「でも、半人前なのは僕の努力不足なだけで……」
「だとしても能力を試す価値はあるだろ。リーシャの半人前の原因が魂にあるとしたらその原因を魂神で取り除けるかもしれないし、やってみる価値はあると思うんだけど」
「うーん……」
リーシャは俺の提案にかなり悩んでる。
まぁ無理もないか。
魂に触れる。それは身体の中に手を突っ込まれるようなもんだしなぁ。
魂神は確かに強力な能力だ。
でも魂神を使用される相手からすれば不気味な事この上ない。
それはリーシャも例外じゃないはず。
はぁ、まったく俺はなんてバカな提案をしてしまったんだ。
今更になって後悔の波が心に押し寄せてくる。
「悪い、やっぱり今の話はなしで――」
「うん、わかった。ユウヤならいいよ」
「だよな、やっぱり……って、えぇ!? い、いいのか……?」
「だって別に命を取られるとかじゃないんでしょ?」
「いやいや、んなことするか! でもホントにいいのか? 相手に命の源の”魂”を触られるんだぞ。そんなの気持ち悪いとか気味悪いとか思わないのか?」
「ユウヤに触れられて嫌だなんて思うわけないよ。それにユウヤが僕のことを思って提案してくれたことだもん。断る理由がないよ」
「でも、魔物化した竜鱗族の時は上手くいったけど、あの時みたいに上手くいく保証なんて何処にもないんだぞ。それに意識がある相手の魂を触るのは今回俺も初めてだし何が起こるか――」
「僕はユウヤを信じる。助けてくれた恩人を信じるのは当然だもん」
「リーシャ……」
ホントにリーシャは俺に対して純粋過ぎんだよなぁ……。
何度も言うけどリーシャを助けたのは偶然に過ぎない。あの場で何もしなければ俺がやられてただろうし、結果リーシャが助かっただけに過ぎない。それを説明してるにも関わらず、リーシャは俺に恩を感じ異常なまでの信頼を寄せてくれている。
その信頼に戸惑いつつも俺は嬉しかった。
無能な俺に決して向けられることのなかった”感謝”と"信頼"という感情。
リーシャはホントに優しい獣人だ。
その優しさはここ数日、一緒に暮らして十分に伝わってる。
そんなリーシャを半人前だとか馬鹿にされるのが心の底から許せなかった。
半人前だからってリーシャがこんな不幸な目に合っていいわけがない。
あってたまるか……!
そして、俺はリーシャに再び問い訪ねる。
「いいんだな? 本当に」
再度の確認にリーシャは静かに頷く。
その視線に迷いはない。真っ直ぐに俺の顔を見つめる。
「わかった。もし俺の能力でも無理そうならその場でやめるけどいいな」
「うん、分かった」
俺は目の前の芝生にリーシャを座られる。
そして心を落ち着かせるように深呼吸させ、目を瞑らせる。
「んじゃ、いくぞ」
俺は両腕を霊化させ、魂神の能力『霊埠の腕』を発動。
リーシャの魂の位置を目視すると俺は自分の腕をリーシャの体内に侵入させる。
ちなみに”魂”とは『霊被』と『心核』と言う二つの部位で構成されている。
『心核』は丸い球体の形で宿主の知識や記憶、感情や性格を司る部分。
肉体で言う脳に位置する重要な部分だ。
『霊被』はその心核を覆う炎のような外殻。
宿主の魔力や筋力を司り、肉体で言う血液や筋肉みたいなものだ。
また心核を護る防護服の役割もしている
と、いう具合にシドから教えてもらった知識を参考に霊化した腕をリーシャの肉体の奥へと侵入させてリーシャの魂に到達する。
……………………え?
リーシャの魂を見て俺は幾つもの疑問と異変を感じた。
これは…………どういう状況だ?
霊化した俺の腕はリーシャの魂を捕らえた。でも様子がおかしい。
冥狼族が魂を二つ宿しているというのはフィーリアから事前に聞いている。
だからリーシャの魂以外に別の魂があるのはなんの不思議もない。
ただ、リーシャの魂は文字が連なったような紐状の何かで縛られている。
しかもその魂には霊被がない。
赤黒い心核が剥き出しのまま紐状の何かに何重にも絡まり縛られている。
そして、その赤黒い心核以外に視界に映る”二つ”の魂はなんだ……?
俺の視界にはリーシャの魂を含め”三つ”の魂が見える。
一つはリーシャ自身の魂だとして、残り二つがリーシャの中に宿る別の魂なんだろう。
だとしたら何で”三つ”なんだ? 冥狼族は”二つ”のはずだろ。
しかもその二つ魂にも霊被が無く、同じく文字みたいな紐状の何かが絡まってる。
さらに紐状のものだけじゃない。
その二つの心核には直で短剣のようなものがぶっ刺さってる。
なんだ……? どういう状況なんよこれ???
まさか、リーシャの魂が覚醒出来ず半人前の原因ってこれなのか……?
「ん~……」
ひとまず、霊埠の腕で状況を分析してみるか。
霊埠の腕は触れた魂の今の状況を事細かに分析しその魂の異常を教えてくれる。
そしてその分析の結果。
『分析結果。三つの魂にそれぞれ封印あり。解封は可能』
『本体の魂に成長と覚醒を阻害する《呪言の鎖》の封印を確認』
『残り二つにも同様の封印を確認。それ以外に二つの魂には心核の活動を完全に停止させる強力な封印《封魔の短剣》が施されているのを確認』
《呪言の鎖》の効力【能力、潜在魔力、覚醒、成長の封印】
《封魔の短剣》の効力【心核の活動完全停止】
「――! これって……」
「ユウヤ? どうしたの?」
「あぁいや、リーシャは落ち着くことに集中してろ。こっちは問題ないから」
「う、うん……」
マジかよ。これって”封印”なのか。
短剣は心核の活動を永久に停止させるための封印。
文字みたいなひも状のものは多重の呪言で編まれた封印で魂の宿主の能力や魔力を封じ込めるための呪いの鎖。
なるほど、それぞれが別の封印として機能しているのか。
でもなんで封印何か……。しかもかなり厳重に施されてる。
そもそもリーシャの魂が封印されている理由がわからない。
でも、リーシャの魂が覚醒出来ない理由はこの封印で間違いなのは確かだ。
なら話は簡単、この封印をちょちょいと解除しちゃえばいい。
封印を霊埠の腕で解析した結果、今の俺でも問題なく解除できることが判明。
「よし、とりあえず原因は分かった」
「え、分かったの?」
「あぁ、とりあえずそのまま大人しくしてろ。ちゃっちゃと終わらすからな」
「う、うん……」
ここで俺はでシドに教わった霊埠の腕の使い方を実践してみることにする。
俺の魔力で形成させる『霊埠の腕』は改造を施す際、魂を加工できる様々な道具に変形させ、また魂に様々な効能を齎す霊薬を抽出できる。
霊埠の腕は腕を霊化させる能力。
決まった形のない霊の腕は自分の意思で様々な形に変形させれる。
魂を切り裂く刃物になり、穴を開けるドリルになり、細かい作業をするピンセットになり、
さらに欠けた部位に魔力を埋め込むことでその部位の機能を補うこともできる。
霊薬に関しては俺の意思でその場に応じた様々な霊薬を造り出し、心核に直で注入することができる。
荒ぶる魂にはその荒ぶりを沈める霊薬を。
悲しみに満ちた魂には心核を落ち着かせる霊薬を。
生気の足りない魂には活力の出る霊薬を。
また、痛みの伴う改造の際は痛覚を麻痺させる霊薬なんてものもある。
魂の状況に応じてその魂に適した霊薬を注入し、症状を緩和させる。
つまり魂神の使用時、俺の魔力は万能改造道具になり万能薬にもなるわけだ。例えるなら医者が患者を手術する道具や薬品、それらをわざわざ入れ替えないで一括して使うという感じだ。
とまぁ、そんなシドから教えてもらった魂神の知識を踏まえ作業を開始する。
まずはリーシャの魂に絡まってるこの呪言の鎖だ。
かなり何重にも編まれていて外すにはかなりの魔法技術が必要だけど霊埠の腕には関係ない。
だって本来物理的に触れられないものを霊埠の腕は触れられるんだからな。
俺は鎖を両手で鎖の両端を摘み、グッと力を込めて引き千切った。
呪言の鎖はまるで紙を破るぐらいに簡単に千切れ、千切れた破片は霧散して消えていく。
え、この鎖こんな簡単に千切れるものなのか?
あまりの手軽さに戸惑いつつも残りの絡みついている鎖を引き千切る。
するとリーシャの心核がまるで燃え上がるように霊被に包まれていく。
問題なく封印は解除できたようだけど……リーシャの霊被の色にちょっと不安を感じる。
リーシャの霊被はまるで漆黒を思わせるような黒色の霊被。
心核は赤く、漆黒の霊被と合わさることでなんともおどろおどろしさを醸し出している。
リーシャの普段の可愛さからはイメージできない色だ。
シドから教えて貰った知識によると魂の色っていうのは心核の感情や性格の表れ。
魂の色からその宿主の本質を見抜くことが可能なんだそうだ。
でもリーシャの魂からはその本質が何一つ見抜けない。
でもまぁ、とりあえずリーシャの魂の異常は取り除けた。
ひとまずはこれで大丈夫なはず。
次にリーシャの中に眠る二つの魂の封印を取り除いていく。
鎖はさっきの要領で直に手で引き千切り、無色の心核を露わにしていく。
でも今度は鎖を解いても霊被を纏わない。
ということは二つの魂が機能してない原因はこの短剣ということか……。
俺は短剣の柄の部分を摘み、振動を与えないようにゆっくりと引き抜いていく。
短剣が抜けると無色だった心核の亀裂から紫色の霊被が噴き出し、心核を瞬く間に覆っていく。
まるで息を吹き返すように生気を取り戻し、鼓動を鳴らし始めた。
よし、これで大丈夫だろ。
でもこの短剣が刺さっていた跡、ちょっと痛々しいな。
俺は自分の魔力を亀裂内に埋め込んでいき心核の亀裂を治す。
亀裂に埋め込んだ魔力はすぐに魂に馴染み、亀裂は跡形もなく塞がった。
「これでよしっと」
もう片方の魂も同じ要領で短剣を抜き、同じように亀裂の跡も塞ぐ。
そして同様にその魂も霊被に包まれ、鼓動を取り戻す。
もう片方の霊被の色は水色に使い青色の霊被だ
俺はリーシャの魂含め、三つの魂に別の異常がないか再度確認。
にしてもこう改めてみるとどれも不気味な色の魂だな。
リーシャ本体の魂は赤の心核に黒い霊被。
それ以外の二つは心核はまだ無色だけど片方は紫の霊被、もう片方は青の霊被。
心核が無色ということはこの魂にはまだ性格や感情と言った心がない。
つまり、この魂はまだ覚醒できていないのか……?
封印は解けたけど、このままはい終わりというのもちょっと味気ないな。
俺は今後、覚醒を促せやすいよう精力剤代わりの霊薬を二つの心核に注入。
そして何かの気休めになればと思い、俺自身の魔力も分け与えておく、
とりあえずこれでリーシャの魂が覚醒出来ない原因は取り除いた。
少し改造も施したし、俺はリーシャの肉体から手を引き抜く。
「ユウヤ、終わったの……?」
「あぁ、とりあえずこれでリーシャが半人前の原因はとりのぞ―――け……た……」
…………え? え?? えぇえ!??
俺は目の前の現状に思考が数秒凍結した。
俺の目の前にはリーシャが座っていたはずだ。なのに、
この目の前に座る知らない絶世の美少女は……誰だ?
外見から見ると完全に高校生ぐらい……二十歳前って感じの雰囲気だ。
スラっとした長い手足にスタイル抜群な体系。
パッチリとした瞳にシュッとした顔立ち。
これはかなりレベルの高い美少女だ。
つか、なんでこの人の着てるメイド服こんなビリビリに破けてんだよ!?
おかげで色々な見えちゃいけない箇所が丸見えになってるし!
つか、この着てるメイド服、リーシャの着てたメイド服じゃあ……。
しかも赤毛に褐色肌……琥珀色の瞳って……まさか――
「まさかお前、リーシャなのか…………?」
「う、うん……」
「いや、あの……その身体は一体……」
「ユウヤが僕の魂を弄り始めたら身体がムズムズしてきて、気付いたらこんな身体に……」
いや、そうなんだけど……弄るって言い方やめてくれないか?
何か悪い事したみたいな気分になるわ。
あぁ、メイド服が破けてるのはそういうことか。
リーシャの今のサイズに合わなくて破けちゃったのか。
にしても中学生ぐらいだったリーシャがまぁなんとも、さらなる美少女になったなぁ。
元々美少女ではあったけど成長してその美しさがまた数倍際立った感じだ。幼さを残しつつも何処か上品さを漂わせていて、顔のどの部位をとってもトップモデル並みに美しい。
「ユウヤ、僕ってどうなっちゃったの?」
「どうも何もとりあえずリーシャの半人前の原因は取り除けた。あとはリーシャの中に眠る他の魂も今後の鍛錬次第では覚醒は可能なはずだぞ」
「本当!?」
「あぁ。魂が覚醒出来なかったのは間違いなく封印のせいだったし、それにリーシャ自身の魂にも封印が施されてたから多分本来の能力が――」
説明を遮るようにリーシャは破けたメイド服のまま、俺を押し倒すように抱き着いてきた。
「り、リーシャ……?」
「ユウヤにはもう感謝してもしきれないよ……。ホントにありがとう……」
「いやいや、原因を取り除いたって言っても他の魂が覚醒したわけじゃないぞ。それは今後のリーシャの頑張り次第で――」
「頑張る! 僕、頑張るから!! ユウヤがくれた好機、絶対無駄にしないから!」
リーシャは意気揚々と嬉しそうに答えた。
大人な顔立ちになっても見せる無邪気な表情は子供のまま。
俺はまた思わずリーシャの頭を優しく撫でる。
何と言うか、こういうギャップも悪くないな。メチャクチャ可愛い……。
こうやって身体を密着されて、色々成長したなとしみじみ思う。
特に押し付けられてる胸の膨らみとかなぁ……。
お風呂の時より数倍は膨らみが増してるし。
”女の子”から”女性”に成長したって感じだ。
……――ッ!
いかんいかん、純粋なリーシャに対してその思想はあまりに不純すぎんだろ。
不純すぎるのはわかってる……けど……。
でも美人に胸を押し付けられて喜ばない男はいないだろうに。
しかも相手がケモ耳褐色女子であるなら尚更よな。
しょうがないよ、俺だって男だもん。
しかも女子とのこういう触れ合いなんてまず無かったし、ちょっとは堪能しても罰はあたらない……よな?
「そういえばユウヤ、僕が半人前だった原因ってなんだったの? 能力を使ってそれを取り除いてくれたんだよね?」
「あぁ、それについて実は――」
俺はリーシャの魂全てに封印が施されていることを話した。
リーシャは封印についてはまったく覚えがないようで、物心ついた時からずっと孤独の身で家族はおろか友達も知人もいなかったんだとか。
「だとすれば、もしかして奴隷商の連中が……」
「それはないと思う。奴隷紋を刻まれる以外は僕の身体に触れることはあまりなかったし」
なら一体誰がこんな封印を?
リーシャに封印する要素なんてどこにある? こんな素直で可愛いケモ耳っ娘を。
いや、そもそも魂が三つあるって時点でおかしい。
冥狼族は二つのはず。なんでリーシャは三つなんだ?
んー……。あ、そうだ。まだあれを試してなかったな。
「リーシャ、嬉しいのは分かったからもう一回そこに座ってくれるか」
「え? う、うん」
リーシャを再び芝生の上に座らせ、俺は魂神のもう一つの性能を試す。
魔魂喰の能力『魂神』には三つの性能が備わっている。
一つは他者の魂を喰らって自らの能力値を上げる『魂喰』
二つは他者の魂に接触し、他者の魂を改造する『霊埠の腕』
そして三つは接触した魂を解析し様々な情報を引き出す『魂解の魔眼』
『魂解の魔眼』は”触れた魂のみ”という限定条件があるが、その条件を満たせば対象の魂の状態や症状、持つ能力の性能を視界に表示できる。
簡単に言えば鑑定解析の魔眼の魂神バージョンと言った感じだ。
視覚化したリーシャの魂を見ると俺の視界にリーシャの情報が表示される。
・名前:リーシャ(♀)
種族:冥狼族 状態異常:なし・正常
能力:『格闘術』『超脚』『漆黒炎』『黒炎魔法』『冥府の魔力』『魂転換』『狂深化』
おぉスゲェ。マジで視界にリーシャの情報が表示されてる。
しかも能力の数や能力名も表示されてて、これは便利かもしれん。
にしても、こうやってリーシャの能力一覧を見ると一部リーシャには似つかない物騒な能力がちらほらあるな。『魂転換』は冥狼族特有の能力なんだろうけどそれ以外は物騒なことこの上ないな。
狂深化? 漆黒炎? 冥府の魔力???
もう何か字面から不穏な感じが出てるんだけど、どんな能力なんだ……?
状態異常は『正常』って出てるし魂や肉体には問題はないんだろうけど。
こうやって能力の一覧を見るとリーシャって以外と武闘派だったんだな。
能力に『格闘術』とか『超脚』とかあるし……。
「リーシャ、ちなみになんだけど今自分がどんな能力を持ってるか分かる?」
「う、ううん……」
「だよなぁ、能力も魂ごと封印されてたんだもんなぁ……」
そうなるとリーシャがこの各能力を使いこなせるか……。
下手したら能力が暴走するなんて恐れもあるんだよな。
リズも言ってた。仮に能力が覚醒してもそれが制御できないと暴走する可能性があるって。
それにまだ奴隷商のことがまだ解決できてない。
もし、またリーシャが奴隷商に連れていかれそうなことがあれば俺は全力で守るつもりだ。
でも俺が傍にいない時に奴隷商に連れていかれて、再び奴隷紋なんて刻まれたらまたリーシャを悲しませることになる。
あの可愛い笑顔が無くなる。それだけは絶対に避けなくちゃならない。
と、なると――――。
「リーシャ、もう一つ提案なんだけどさ……」
「なに?」
俺はリーシャに再び提案を持ちかけた。
「もし今後、俺とずっと一緒にいるつもりなら俺と”魂黎の契約”を交わさないか?」
「契約?」
”魂黎の契約”。
これも夢でシドに教わった知識だ。
お互いの魂の一部を分け与えることで相手を自分の従者にする魂の契約のことだ。
純粋な魔法契約で、魂を司る魔魂喰だけが世界で唯一行使できる従者契約。
魔魂喰と契約者、双方の魂の一部を分け与えることで契約者の能力覚醒や進化を促し、従者の肉体には不老の効果が付与される。また魔魂喰の従者となった契約者は一切の状態異常を無効化し、契約者が能力や魔法による暴走を起こした際、俺の意思で強制的に元の正常な状態に戻すことが可能だ。
リーシャがもし、能力の暴走を起こしたらその責任は封印を解いた俺にある。
これからの鍛錬で能力の使い方や制御は覚えていけばいい。
でもその間に暴走を引き起こす可能性はゼロじゃない。
この契約があればその暴走は止めることができるし、リーシャ自身の強化にも繋がる。
俺はそう思って契約をリーシャに持ち掛けた。
「簡単に言えば俺の眷属、従者にならないかって話だよ」
「ユウヤの、従者……?」
「この契約はお互いの魂の一部を分け与える魂同士を繋ぐ契約だ。互いの魂の一部を分け与えることでリーシャには一切の状態異常が効かなくなる。もちろん、奴隷紋なんて呪いも刻まれることもないぞ」
「本当!?」
「ここで嘘なんか付いてどうすんだよ。あとは契約した同士での念話とか、互いがどんなに離れても互いの居場所を把握したりとかもできる。それと互いの能力の一部を分け与えてそれを行使したりすることもできるし、契約者の各能力値も向上したりもするぞ」
「それなら契約を――」
「ただし! この契約は交わしたが最後、絶っっ対に破棄できない。お互いの魂の一部を分け与えるんだ、分け与えた魂の一部は互いを強く結び、その結びを解くのは契約者本人である俺でも無理だ。もし途中で俺と一緒にいることが嫌になっても――」
「やる! ユウヤの従者になる!!」
「――って即答かよ……。ちょっとは考えろよ、途中で俺の傍が嫌になっても――」
「なんで? そんなのあり得ないよ」
「いやいや、何で言い切れるんだよ。お前だってこの先何があるかわかんないだろ?」
「僕のこの未来はずっとユウヤと一緒。それ以外は考えられないよ」
「…………」
まっすぐな目で純粋な目だ。
俺みたいな魔族でもその言葉が本心であることが分かる。
リーシャはホントに良い娘だ。
ホントに……ホントに良い娘だ。
これで改めて決心がついた。
こんな純粋なリーシャを傷付ける輩を俺は今後絶対に許さない。
リーシャを奴隷にした奴隷商がまだリーシャを狙うなら、その奴隷商の組織は徹底的に潰して塵も欠片も残さないほどに滅してやる。
リーシャの純粋な笑顔を護ることが俺が無能を脱する第一歩。
俺は契約の残りの詳細を説明するとリーシャは改めて契約することに同意してくれた。
「もう一度確認するけど……後悔しないな?」
「しない。むしろしなかったら一生後悔するかも」
「はぁ……んじゃやるぞ。言われた通りにしろよ」
まずはお互い自分の親指の皮を噛みちぎり、その血で自分の右の手の平に十字を描く。
その赤い十字を描いた手の平をお互い重なるように合わせる。
お互いの温もりを感じ、俺は契約の詠唱を唱える。
「我が眷属になる魂の迷い子よ……。魂の一部を授け、我が魔魂喰の末席に加え給わん」
詠唱が続くと俺とリーシャの周りに青白い粒子の光が舞い始める。
「契約者よ、我が問いかけに汝の名前をここに示せ」
「リーシャ……」
リーシャが自身の名を呟くと芝生に魔法陣が浮かび上がる。
俺とリーシャの胸元から小さな霊魂が灯り、その霊魂は入れ替わるように相手の身体の中に入っていく。
「我が魂の一部を与えし者よ。ここに契約の鎖を結び、魔魂喰の眷属としてその永久を共にすることを誓うか……?」
「……誓います」
そして俺の胸元から発光する光が伸び、リーシャの胸元に入り込む。
入り込んだ鎖は内部のリーシャの魂に絡みつき、絡みついたまま鎖は消えていった。
最期の詠唱が唱え終わると光は消え、リーシャの腹部に霊魂を象った紋様が浮かび上がる。
「これって……」
「よし、これで契約は成立。これでリーシャは晴れて魔魂喰の従者になった」
「本当?」
「あぁ、これからはずっと一緒だ」
「――ッ」
するとリーシャはまた俺に抱き着いてきた。
ホント、見た目は大人になってもまだ中身は子供だな。
「嬉しい。これからはずっとユウヤと一緒なんだね」
「ホント、お前はなんでそうも純粋なんだよ……」
「えへへ♪」
「…………」
守っていかなくちゃいけなんいだよな……。
ここまで来たら腹を括るしかないか。
もう自分を無能だからなんて言ってられない。
それを言ったらリーシャを守れなくなるし、リーシャを悲しませることになる。
フィーリアとの約束もあるし、これからはこの異世界でやっていくしかないんだ。
リーシャを守る、そして魔魂喰の謎を絶対に突き止めてやる!
満点の星空の下、俺はこの世界で生きていく決心を固めた。
そして、リーシャの主としてリーシャを守っていくことを心に決めたのだった。




