〇第15話『朝一の密談』
夢の中で衝撃的な事実を知った翌日。
心地良いベッドで久しぶりの安眠を堪能し目覚めの良い朝を迎えた。
普通、寝てる時に見た夢の記憶というのは曖昧だ。抽象的な場面なら記憶に残っているけど始まりから終わりまで全部を思い出すのは不可能。
でも、昨晩見た夢のことは最初から最後までしっかり記憶に残っていた。
シドと名乗る魔魂喰。そのシドによる能力の解説。
そして、手の甲を見ると――。
「夢じゃなかったのかよ……」
手の甲には魔魂喰に刻まれた角の生えた骸骨の紋様。
あの夢の出来事が夢じゃなかったことを証明してる。
にしてもこの紋様のデザイン……嫌いじゃないかも。
悪魔の顔を象った骸骨、その周りを囲む四つの火の玉。
なんか悪役が身体に彫り込んだ入れ墨みたいでカッコいい。
実に厨二心をくすぐられるデザインだ。
起床して着替えた後、俺は再びフィーリアに応接室に呼び出されていた。
用件はまだ何も聞いてないけど一体なんだろう?
今回は第三者を交えることなくフィーリアと二人きりでの対談だ。
ちなみにリーシャはまだベッドで安眠中。
奴隷生活が長かったせいか、疲れや不安なんかが溜まっていたんだろう。
起こしても起きなかったのでそのまま寝かしておくことにした。
俺が起きた瞬間、リーシャが俺の腕にしがみ付いていたのはびっくりしたけど。
俺はリーシャの手を解き、部屋を後に応接室に向かった。
「朝早くからすまないな」
「これからお世話になるんだ、言うことには素直に従うさ」
「助かるよ」
「んで二人きりの話なんてどうしたんだ、何かあったのか?」
「大したことはない、お前の持つ能力を解析・鑑定しておこうと思ってな」
「能力を? あれ? でも能力の鑑定って鑑定商会ってとこに頼むんじゃあ――」
「いや、お前の能力は私直々に確認する」
「フィーリアが?」
「鑑定商会に頼んでもいいが……正直、どんな能力を持っているのか怖くてな」
「怖い?」
「考えても見ろ。お前はかつて全種族を恐怖で震撼させた最強の魔族だぞ? その能力を調べて仮に未知の能力や危険な能力が商会で発見されてみろ。お前は即座に商会から危険人物扱いされ、国を追われる身になるぞ。まぁ、私が王である限りそんなことは絶対させないが国中に変な噂が流れてそれが国外に漏れたら大変なことになる」
まさかリーシャにも言われたことをまんまフィーリアにも言われるとは……。
でもまぁ確かに。
魂神もそうだけどそれ以外の能力もバカみたいな性能だからなぁ。
多分、魂神をナシにしてもその他の能力だけで一国を滅ぼせるんじゃないか?夢で一通りシドに教わったけど改めて思うとこの魔魂喰が持つ能力は色々とヤバい。
死なない身体とか、無限の魔力とか、対価なしに命を生み出したり、物を一から創ったり……。
いやぁ、考えただけでも恐ろしい。
もしそんな能力が解析出来ちゃったらフィーリアはどんな反応するだろう……。
「でもフィーリアが鑑定するって……どうやって?」
「私は独自に鑑定解析の魔眼を持っていているんだ。かなり細かい精度で相手の能力値や能力の種類を解析できる。相手の名前や年齢、職業や種族も割り出せるし、色々なデータを表示することができるんだよ」
「なにその相手の個人情報見放題な能力……」
「なのでお前の能力は私が直々に鑑定・解析してやる。能力次第では今後のお前に協力してもらう方向性も色々増えるかもしれないしな」
「わ、わかった……。俺はどうすればいいんだ?」
「そこに座って大人しくしてればいい。この魔眼でお前を見るだけだからな」
「わ、わかった……。いつでもやってくれ」
「ではいくぞ。『全能力値、全能力、鑑定・解析開始』……」
するとフィーリアの両目が銀色に輝き、瞳孔が開く。
にしても、こうやってジッと見るとキレイだよなぁ。フィーリアっの瞳って……。
フィーリア自体幼いとは言え、かなり美造形が高い美少女だ。
その美しさも相まって魔眼の美しさがより際立っててまるで金剛石みたいだ。
…………………………。
そんなフィーリアの顔を眺めて数分経過。
フィーリアの顔がみるみる青ざめていく。
僅かに冷や汗も掻いてる。
これは……能力の凶悪さに気付いたか……?
「………………おい」
「ど、どうした?」
「な・る・ほ・ど・な……。魔魂喰が全種族から恐れられた理由がよぉーーく分かったよ。はぁ……これは竜鱗族も捻じ伏せれるワケだ……」
「いや、なんだよその意味深なため息は」
「ため息も吐きたくなる! やっぱり私が直々に鑑定してよかった……。こんな危険な能力が公に出れば間違いなく国中が大混乱だぞ」
俺は前もって夢で魔魂喰に教えてもらっているけどフィーリアの反応を見るにどの能力を見て言っているんだろうか……。
魂神の能力のことか? それ以外の能力のことか?
ひとまず、俺が夢で出会った魔魂喰の事は黙っておこう……。
何を言われてもここは初見というリアクションで押し通す。
「魔眼の鑑定結果だがお前がまず魔魂喰であることは確定、これは間違いない。魂を司る能力の名前とその詳細も一通りだが解析ができた」
「んで、その結果は?」
「…………はぁ。単刀直入に言う、お前の能力は他言無用だ。例え私の関係者だとしてもお前の能力は絶対に喋るな。絶対にな」
「そ、そんなにかよ……」
「当たり前だ。こんな能力世間に知られてみろ、この国から危険人物扱いされるだけでは済まない、この世に存在するあらゆる国から色んな意味で狙われる事になる」
怒涛とも呼べるフィーリアの声に俺の背筋に緊張が走る。
そしてゲンナリしたフィーリアから魔眼で見た能力の説明をされる。
説明を受けた能力はどれも夢で魔魂喰に説明を受けた能力ばかり。魂神を始め、不老不死、無限魔力、身体極化、全属性適正、神羅創造、その他もろもろ。
まぁ、フィーリアが怒るのも無理ないよなぁ。
だって俺自身が信じられないもん……。
そもそも魂神を抜きにしてもこの身体は反則級なんよ。
だって不老不死だよ?
しかも無から命とか万物とか生み出せちゃうんだよ?
どこぞの義手の錬金術師さんが卒倒するわ。等価交換ガン無視だし。
しかも魔力も無限に湧くから燃料の心配はない
全ての属性が適正してるわけだからどんな魔法も使い放題。
あらゆる負担も無効化してくれるからどんな違法な禁術も使い放題。
そして極めつけは単純な肉体の強固さよ。
殴っても蹴っても走っても跳んでも最強。
身体能力に関しての数値はほぼカンスト。
接近戦でも無敵の強さ。しかもどんな状態異常も効かない。
むしろ誰が勝てるんだよ、これ……。
「不老不死、無限魔力、全属性適正、身体極化、どれをとっても伝説級の能力ばかり。まさかこれほどの強力な能力を多く所持しているとはな……あと魔眼の能力一覧の中に『魂神』という能力もあった。恐らくはこれが魔魂喰の伝説の由来となる能力なんだろう。色々な検証が必要にはなってくるが、これはあまり公に検証はできんなこれは」
「城内じゃダメのか?」
「馬鹿を言うな、負担が高すぎる。まぁ検証する場はこちらで用意するが……とにかくお前の能力に関しては絶対に喋るな。分かったな?」
「わ、わかったよ。ちなみにリーシャにもダメか?」
「お前がちゃんと誰にも言わないよう言い聞かせるなら構わないが……しっかり言いつけておくんだぞ。この情報が外部に漏れればエラいことになる」
「大丈夫、リーシャは良い子だから」
もう既に自分が異世界の人間であることも明かしているわけだし。
今後色々と深い付き合いになっていくだろうリーシャには隠し事はしたくない。
お互いの信頼関係にも関わるしな。
隠し事を知ってリーシャを悲しませるは絶対したくないし。
「しかし一つ解せないことがある。あの獣人とは何所で出会ったんだ?」
「話せば長くなるんだけど、実は――」
そこで俺はフィーリアにリーシャとの出会いを話した。
「やはり奴隷だったか……。あんな身なりだからもしやと思ったが」
「俺も驚いたよ。まぁ、奴隷商は皆殺しにしてやったけどな。正当防衛ってやつで」
「奴隷の腹部に "奴隷紋" が刻まれていたがやはり……」
「奴隷もん? そういえばリーシャの腹部に何か入れ墨みたいなのがあったな」
「通常、裏世界で扱われる奴隷は手枷や首輪などの拘束具が付けられる、逃亡や反抗防止のためにな。しかし高値で売れる奴隷に限っては絶対に逃げられないよう "奴隷紋" と呼ばれる呪印が肉体に刻まれるんだ。その呪印を刻まれている事で奴隷がどこに逃げても特定できるし、主人に逆らおうとすると奴隷紋から肉体に痛みを与えられ、奴隷は飼い主に逆らうことが出来なくなる。高値で売れる奴隷はそれぼとに管理が徹底されていて、簡単に奴隷と言う枷を外せなくなってるんだ」
「え、つまりリーシャにその奴隷紋が付いてるってことはそれは……」
「間違いなく、奴隷商にとってリーシャは高値の付く奴隷なのだろう。だが安心しろ、奴隷紋の効力自体は既に解呪済みだ。居場所が探知されようとここに奴隷商が押しかけてくる心配はない」
「そんなのいつの間に……」
「リーシャを着替えさした時にだ。メリスに言われてすぐに専属の魔術師に解呪させんたんだ。かなり複雑な術式の奴隷紋だったらしいが、うちの専属魔術の手にかかれば簡単な解呪だったらしい。紋様自体はまだ腹部に残ったままだが効力は完全に消えているから時間が立てば紋様自体も薄れて消えるはずだ。安心してくれていい」
なるほど、だからあの時の着替えにあんな時間掛かってたのか。
「ほっ、良かった……」
「しかしリーシャに奴隷紋が刻まれていたということはリーシャはやはり……」
「……? リーシャのこと何か知ってるのか?」
「確信があるわけじゃないんだが……。初めてリーシャを見た時あの琥珀色に輝く瞳に見覚えがあってな。昨晩書庫で調べたんだが、やはりリーシャはただの霊獣族ではないことが分かった。私もビックリしたぞ、まさかあの希少種が本当に実在するとは……」
「リーシャってただの霊獣族じゃないのか? 見た目は狼の獣人っぽいけど……」
「あの琥珀のような瞳と深紅の髪、あれは間違いなく希少種の”冥狼族”とみて間違いないだろう」
「めいろう族……?」
「とある大陸にある魔境を縄張りとし、冥府の魔力を宿したと言われる霊獣族のことだ。その強さは通常の霊獣族を遥かに凌ぎ、高位の魔法を軽々と行使しするほどのの魔力量を持つと言われている。生息数はごく僅かで、冥狼族の姿を確認した種族はほんの一握り。それほどに希少性が高く、まだまだ謎の多い霊獣族なんだ」
「へぇ、話だけ聞いても信じられないな。リーシャがそんな強そうには見えないけど」
「しかしあの特徴的な琥珀色の瞳に褐色の肌、そしてあの深紅の髪は冥狼族の特徴に一致するんだ。それに奴隷紋が付けられていたということはリーシャが奴隷としての希少価値が高い事を意味している。まず奴隷商側はリーシャの正体を知っているのは間違いないだろうな」
「んー……。だけど冥狼族って普通の霊獣族とどう違うんだ? 見た目はただの霊獣族っぽいけど」
「見た目はな。しかし冥狼族は他の霊獣族にはない特殊な体質を持っているんだ。恐らくそれが奴隷としての価値を底上げているんだろう」
「特殊な体質……?」
「冥狼族は一つの体内に二つの "魂" が同居しているんだ。その二つの魂はそれぞれ異なる人格を宿し冥狼族はその魂を入れ替えことで多彩な戦闘形態を有している種族なんだ」
「二つの人格ってのは、二重人格って事か?」
「そんな単純なものじゃない。言っただろ、一つの体内に二つの"魂"が同居していると。二つの魂を入れ替えることで人格だけじゃなく、容姿や体格、使用する魔法、さらには性別まで変わる個体もいたそうだ。しかもその二つの魂は戦闘に特化し、使い分ける冥狼族は戦場で無双の強さを誇ると言われている」
「二つの魂……。何か魔魂喰と通ずるものを感じるな」
リーシャがそんな大それた霊獣族とは思わなかった。
つまりリーシャは今の魂とは他にあともう一つの魂を宿しているということか。
でもリーシャがそんな戦闘狂には見えない。
俺から見ればリーシャはただただ可愛くてか弱い獣人の女の子だ。
そんな戦闘種族と言われても信じられない。
「でも、そんな戦闘種族が奴隷商に捕まるなんて考えづらくねーか?」
「……確かに一奴隷商がそうやすやすと捕まえられる種族ではない。リーシャを捕まえた奴隷商は一体どんな手段で冥狼族を……」
「まっ、とにかくリーシャがどんな種族であろうと俺には関係ないけどな。リーシャは俺のことを慕ってくれてるし、俺はリーシャを守る責任がある。奴隷商が来たとしても返り討ちにしてやるだけさ」
「奴隷商もそうだが、リーシャが冥狼族であるならその宿すもう一つの魂は戦闘に特化した凶暴な魂の可能性も高い。もし別の魂が表に出ることがあれば面倒なことになるかもしれないが……そうなったらお前はどうするつもりだ」
「その時は俺が責任もって対処するよ。この魔魂喰の能力なら何とかなるだろ」
「……随分とあの獣人に入れ込んでるな? 惚れたか?」
「バッ―!? 違うっての!! 事故とは言え助けちゃったんだからそれなりの責任は取らないとって思ってるだ・け・だ! 確かにリーシャは可愛いし魅力的だけど俺は女に飢えた出会い厨じゃないし、そんなに出会いに飢えてねぇっての!!」
「な、何の話だ……?」
「とにかく、フィーリアの勘違いだ! 変な勘ぐりはやめろよな」
「……ククッ。悪かった、これからは控えよう。もっともお前がリーシャに対して満更でもないというのは分かったからな」
「だ、だから――――」
「とにかく、お前の能力は分かった。このことは私とユウヤの秘密にするとしてだ……こうも強力な能力が揃っていればユウヤに今後任せる仕事は多くなるかもしれないな」
「な、何をやらせるつもりだよ……」
「安心しろ、ちゃんと確認は取るし強制もせんよ」
うーわっ、今更ながら不安になって来たよ。
殺しの依頼とか頼まれたらどうしよう……。
でもまぁ、仮に人を殺す事になっても俺は何人か殺めちゃってるし。
相手が極悪人やこっちにとって害悪な相手なら容赦はしないつもりだ。
無益な殺しはしないが正当防衛ってことなら遠慮なくやらせてもらう。
もう一方的に傷付けられるのはごめんだしな。
その時、俺はやりかけていた大事なことを思い出した。
「あっ――!! そうだ冒険者の試験のこと忘れてた……」
「冒険者の試験? あぁ、そう言えばお前は冒険者登録の試験の途中だったな」
「どうしよう……。勝手に投げ出してきちゃってもう実技試験の合格、無効になっちゃったかな……?」
「にしても何で冒険者の試験なんて受けたんだ?」
「いや、身分を証明できるものが欲しくて……、今後の仕事も困ってたから」
「しかし、仕事や身分はこっちで準備するし、登録の必要はないだろ」
「うーん、だけどせっかく実技は合格したのに……」
「なら、後で私が面接から受けられるように口添えをしておいてやろう。あそこのギルド長とは長年の友人だからな、理由を話して続きから受けられるように通しておいてやる」
「え、いいのか?」
「あぁ、こちらで手続きはしておくから準備が整ったらこちらから連絡しておいてやる。あっちは今、魔物の件でゴダゴダしているだろうから少し時間をくれ」
せっかく実戦テストが合格したんだ、このまま無駄にするのは余りにも惜しい。
異世界好きなら誰でも憧れる冒険者という職業。
その資格をせっかくなら取っておきたいというのが本音だ。
それに今後、冒険者になれば色んな種族との交流や憧れの幻獣に会えるかもしれない。
冒険者の証明書は持っておいても損はないはずだ。
「ちなみにユウヤ、魔物化した竜鱗族に魂神の能力を使っていたが、自分の能力の使い方は把握しているのか? 初めて能力を使ったようには見えなかったが……」
「あー、なんて説明したらいいか……」
『脳内で魔魂喰の説明を聞きながら能力を使った』
なんて言ったらまた色々と話をややこしくしそう……。
というか、昨晩の夢の事を離したらまたフィーリアは頭を抱えそう。
ここはとりあえず夢の事は伏せておいて、誤魔化しておくか。
でも、使っちゃったことにどう説明をすればいいだろう……。
とにかく「感覚で使った」とだけ言っておこう。
「んー、どうだろ……。あの時は俺もガムシャラにやってたから何か感覚的に使えたというか、直感的に使ったと言うか……」
「ふむ、ならやはり一度検証しておいた方がよさそうだな」
「検証? どうやってだよ」
「冒険者の再試験の件はしばらくかかるだろうし、今日一日は私に付き合え」
「まぁ俺は別に良いけど何をするつもりだ?」
「これからの備えについてお前の能力を色々と把握しておく」
こうして秘密の対談が終わり、フィーリアと俺は応接室を後にした。




