〇第14話『奴隷の行方』
勇也が夢で魔魂威と出会っている同時刻。
勇也とリーシャが初めて出会った田舎道でとある組織による捜索が行われていた。
ピリピリとした空気に包まれた捜索現場。
その空気がピリピリしている理由。
それはその捜索の指揮を執る一人の男にあった。
男は黒兎の仮面を被り表情は見えないが、額に青筋を浮かべるぼとに怒りに満ちていた。
その怒りを副官の部下にぶつけ部下の首を鷲掴み、ギリギリと首を絞め上げる。
「おい、これはどういう事だ?」
「どう――と、言われっ……ましてもッ――がふッ!!」
男の名前は『ムウ』。
犯罪組織『愚者の皇邪達』の大幹部。
奴隷売買や人攫いの犯罪を専門とする犯罪者。
裏社会では『畜生兎』と呼ばれている全国指名手配の賞金首だ。
組織内でも極悪な性格、他種族はただの奴隷としか感じていない。
横暴、身勝手、女好きの性悪三点セットを備え裏社会でも有名な性格破綻者だ。
そして今のムウが発する声は冷静ながらも怒りが籠っていた。
怒りの原因は移送していた奴隷の脱走だ。
今回とある場所で開かれる特別な奴隷落札。
その奴隷落札に出品予定の奴隷を組織の部下達が会場まで移送していた。
しかし組織の本拠地から移送されて二日後。
移送していた部下達と連絡が取れなくなり、ムウは嫌な予感を感じ仲間が通った移送道筋を辿り、その途中で無惨な姿をした仲間達の死体を発見した。
奴隷の霊獣族は移送用の荷台から姿を消し、その消息は不明。
この予想外のトラブルにムウの怒りは爆発寸前だった。
「確か、護送のメンバーを選出したのはお前だよな。この惨状は何だ? なんで護送をしていた連中がこうも無惨に殺されている? こんな簡単に殺されるような連中に護送を任せたのか」
「い、いえ! わ、私は、優秀なだ、部下っ……達を、選出しましたッ!」
「ならこれはなんだ? 護送してた部下達は無惨に殺されていやがるし、お前が護衛に雇ったと言ってた護衛の戦士も首を捥がれて死んでたじゃねーかよ」
ムウに首を苦しめながらも部下の男は必至に弁明。
「しかしッ! 雇った者は裏社会でも優秀な戦士――! Cランクの冒険者でも倒せる筈がありませ―」
「でもよぉ、現に無惨に殺されてんじゃねーか。しかも今回の奴隷落札の目玉だったあの奴隷が行方不明なんてこれは組織としてとんでもない額の損失だぞ。分かってんのか?」
「で、ですが! 私もこのような事になるなんって、まったくの予想外――ガハッ!!」
ムウは呆れた表情で男を離し、地面に放り投げる。
「んで、護送していた例の獣人の奴隷は?」
「はぁ……はぁ……。現在捜索中です、捜索班が各所を探してますがまだ見つかって――――」
男は言葉を最後まで発することなく、ムウに眉間を銃弾で打ち抜かれた。
赤い血飛沫を頭からまき散らし、周りにいた捜査班の表情が青ざめる。
「馬鹿が。今頃捜索しても遅ぇんだよくっそ……。こんな事ならオレ様が護送メンバーを選ぶべきだったぜ。霊獣族に付けていた奴隷紋はどうなった? 奴隷紋の気配を辿れば何所に逃げたか分かんだろ」
ムウは別の部下に話しかけ逃げた奴隷の行方を辿るよう指示する。
「それが……おかしなことに指輪に奴隷紋の反応がないんです」
「んなわけねーだろ。あの奴隷紋は奴隷落札の目玉となる奴隷にしか付けない強力な紋様だぞ。奴隷が何所に逃げても紋様の気配ですぐに分かるし、主人に逆らおうとすれば紋様から奴隷に悶絶するほどの激痛が送られ、奴隷の動きをすぐさま封じる。しかも強力な契約魔術と呪いが組み込まれてるからそこらの魔術師じゃ解呪は不可能な代物だぞ」
「その筈なんですがまったく感じないんです。奴隷紋の気配を察知する指輪が全く反応を示さず、居場所すらも分からな――」
再び銃口の乾いた音が周囲に鳴り響く。
報告が終わる前に部下はムウの銃弾で頭を打ち抜かれ、赤い血飛沫をまき散らし即死した。
「……ったく、ふざんなよ。どうしてこうも無能な部下ばっかりなんだ? おぉ?」
周囲の部下に怒りの圧を振りまくムウ。
今回、奴隷の落札が上手くいけばムウは組織内で大きく出世できる筈だった。
それほどに奴隷として捕まえたあの獣人の娘は希少種族の霊獣族であり、どんなに安く見積もっても金貨8000枚の価値がある。
移送の準備と対策は完璧なはずだった。
しかし今回の問題はムウの全くの予想外。
奴隷の脱走と移送メンバーの殺害にムウは怒りの余り余裕がなくなっていた。
「ムウ様、ひとまず落ち着いてください! 奴隷が逃げだして余裕がないのは分かりますが、まだ奴隷落札当日まで時間があります。そのために余裕を持って移送を早めにしたんですから」
また一人の部下が駆け寄り、ムウの苛立ちを宥める。
「まだ十分に日があるならそれまでに見つければいいだけの話です。苛立ちは十分に分かりますがここは一旦落ち着き、逃げ出した奴隷を探し出すのが得策かと。我々も助力しますので」
「……チッ、わーったよ」
部下に宥められ、ムウは握り締めていた銃を渋々と懐にしまった。
「にしても、奴隷が何所に逃げたかだな。まずそこを特定しねぇと」
「しかしどうして指輪が奴隷紋が反応しないのでしょう…。奴隷紋は言わば目印、奴隷が何所に逃げても奴隷紋と連動したこの指輪が居場所を指し示してくれる筈なのに……。それにこの無惨な護送組の死体の山、まさかあの奴隷が?」
「それは絶対にねぇ。護送組の連中も指輪を持っていた。仮にあの奴隷がどれだけ強かろうが奴隷紋が身体に刻まれている限り護送組を殺す処か抵抗も出来ねぇ筈だ。だとすれば、第三者にやられた可能性……」
「全員引き千切られたり、胴体に大穴を空けられていたり、何とも無惨な殺され方をしてますね。確かにこんな野蛮な殺し方、あの奴隷に出来るとは思えません……」
「となると謎の第三者の介入……もしくは魔物の線もあるか。これも並行して調べろ」
「ですが奴隷紋が反応しない理由が分からない。一体どうして……」
「奴隷紋が指輪に反応しない理由は二つ。奴隷が逃げ出した途中でなんかの事故に遭って死んだか、もしくは奴隷紋が解呪されたか……」
「ですがあの奴隷紋を解呪なんて無理ですよ。上級魔術師や封印解除を専門にする魔術師なら可能かもしれませんが、ここらでそんな有名な魔術師はいないですし……」
「だとしたら死んだ線が濃厚か。そうなったら俺たちの立場は絶望的だぞ」
「奴隷落札は絶望的、自分たちの組織での立場も危ういですね……」
「クソッ……! ひとまず今から言う十名はここに残って周辺の調査を続けろ。残りは俺と一緒に一番近くの街で聞き込みだ。確かデカイ冒険者の街があったろ。そこに聞き込みに行く」
『了解!』
ムーの命令に部下が一斉に動き出す。
「ぜってー見つけ出してやるッ……! あの奴隷を手に入れるのにどんだけ苦労したと思ってるんだッ!! あの奴隷が奴隷落札で売れれば莫大な金が入ってくるうえ、組織での俺の地位も格段に上がる。例え死体になってても探し出してやるッッ! 絶対になッ!!」
「そういえば、自分はあの獣人の奴隷がどんな商品なのか詳しく分からないのですが……そこまでに価値があるのですか? あの汚い奴隷は」
「あの奴隷はとある死の魔境で捕まえてきた霊獣族の中でも希少種なんだ。普通の霊獣族とはワケが違う。身体能力もそうだがその戦闘力は一匹で数千の軍兵を瞬殺できると言われている……。あとこれは噂だけどな、おとぎ話に出てくる罪人たちの最果て『冥界』にも深い関りがあるらしい……」
「そ、そんな恐ろしい獣人をよく捕らえられましたね。さすがはムウ様」
「犠牲無しに捕まえられたのは運が良かったとしか言いようがねぇ……。あれをリスク無しで捕まえられた時はホント自分の一生の運を使い切ったと思った。でもな、見た目はただの小娘なんだぜ? 赤毛褐色肌のまだ身体も未成熟の小娘、あれが希少種の獣人だなんて誰も思わねーって」
「そんな獣人の存在をムウ様はどうして知っていたのですか?」
「そんとき同伴してた他種族に詳しい仲間が教えてくれたんだよ。アイツが教えてくれなかったらマジでただの霊獣族と思ってたからな。アイツには感謝だよ」
「な、なるほど……。その獣人族の名前は――」
「ほれ、無駄話はこれぐらいにしてとっとと聞き込みしに街に向かうぞ」
そのままムウと数名の部下は冒険者の街『エルトワール』へと向かった。
ムウはまだ知らない。
今その奴隷を守っているのはかつて全種族から恐れられた異形の魔族であるということを。
奴隷を商品としか考えておらず、他人を蹴落とし貶すことを誰よりも好むムウ。
特に女性の奴隷となると卑劣の手を尽くし、男を満足させるための道具としか思っていないその思考は各国の組織からも嫌悪される程で恨みを買うやつも多い。
その外道とも言える思考が異端の魔族と出会うことで絶望の淵に立たされることになるのを現時点のムウはまだ知らない。
既に絶望に立たされるムウのカウントダウンは時を刻み始めていた。
そして現在、異端の魔族に守られる霊獣族の奴隷。
その霊獣族が異形の魔族として生まれ変わった奈良藤勇也が初めて出会う”魂の異端者”となる……。




