〇第9話『魔物との戦闘:②』
まずは現状を整理。
まず、目の前にいる竜は呪いに"魂"を侵食され凶暴化している。
まだ僅かに自我は保っているけどそれも時間の問題。
急がなくちゃ自我は失って竜は完全な魔物となってしまう。
しかし、裏を返せばドラゴンは今はまだ完全な魔物にはなっていない。
呪いを取り除くことができれば正常な状態に戻り、問題は全て解決する。
そのためには、竜の"魂"に触れなければならないらしい。
魂に、触れる……?
最初はどういうことかと思った。けれど強制的に頭に入って来た知識のおかげで理解力の悪い俺でもすぐに理解できた。
まず、今の俺のこの身体は生物の魂を肉眼に捕らえ干渉する能力があるらしい。
魂に干渉する事で呪いや病魔を取り除き、肉体の欠陥すらも治すことができる。その他にも魂を造り替えることで対象が制御できない能力を制御できる能力に変えることだってできるし、魂を改造することで肉体そのものの強化も可能らしい。
まさに神様みたいな能力とも言えるだろう。
この能力で竜の魂に直接触れ、かけられた呪いを直接取り除く。
そのためにはまず暴れまわってる竜の動きを封じる必要がある。
まず竜動きを封じるために竜の足を攻める。
「足ッ払いぃぃ!」
竜は変な奇声を放ち、俺の全力足払いに土埃を上げ見事に地面に横たわる。
「おっらぁあ!!」
「ガッ―――!?」
その倒れた隙に下りてきた頭目掛けて手刀を食らわす。
強烈な手刀の衝撃に竜は脳震盪を起こし動かなくなる。
また、すぐに目が覚めたら面倒だ。急がないと!
「よし、これならッ!」
素早く背中に乗り移り、倒れた竜の裏の首筋に両手の平を重ね、自分の手を竜の中に沈めていくイメージを思い浮かべ意識を集中する。
「すぅー………」
深呼吸をして両手に意識を集中させる。
すると、どんどん自分の腕が透過していき実体が無くなっていく。
手に感覚はあるのに実体がない。まるで両腕だけ幽霊にでもなったみたいだ。
「これが知識にあった『霊埠の腕』ってやつか……」
この身体の能力の一つ『霊埠の腕』。
相手の身体に触れる事で内臓などに物理接触することなく魂に触れる事のできる霊化した腕。霊化した腕は対象の肉体を傷付けることなく体内に侵入し、同じ霊体である魂に触れ、対象の魂に治療や改造を施す。しかも能力に関係なくこの身体の目には生物の魂が見えるらしく、他者の魂を見ることで色々な区別が出来るんだそうだ。
そして、俺は目を凝らし、竜の身体を隅々まで見回すと―――。
よし見えた! 竜の魂が。
肉体の中枢に見えるゆらゆらと揺れる緑色の魂。
大きさは半径一メートルぐらい、見た目は火の玉に見えるがこれが生物の魂らしい。
その魂に複雑に絡みつく黒いムカデ。これが呪いらしい。
黒いムカデは複数の足でガッシリと魂にしがみつき、頭のハサミがザックリと魂に深く刺さっている。しかも刺さった部分から魂が黒ずんで、毒々しさを醸し出している。
うへぇ、気持ち悪……。
なんて言ってられないか。早くなんとかしないと。
『思ったより低級な呪いだ。これなら取り除くことは容易だ』
脳内に響く声にやり方を聞きながら、呪いの除去を行っていく。
まず、手でピースサインを作って、鋏みたいに動かし、絡んだムカデの動体を細かく刻む。
ワシャワシャと動く胴体は気色悪かったけど刻んだ胴体の欠片は霧散し消えていく。
そして最後に刺さったムカデの頭を引き抜き握り潰す。
よし、これでムカデは完全に除去できたぞ。
あとは魂の黒ずんだ部分に俺の魔力を流し治癒していく。
みるみるうちに黒ずみは消えていき、しがみつかれてた跡も無くなっていく。
ふぅ……これでいいのか?
『呪いの除去は成功だ。その証拠に見ろ』
おぉ、ドラゴンの肉体の形が変わっていく。
漆黒の鱗が綺麗なエメラルドグリーンに。
複雑に捩れた邪悪な角も無くなり後ろに反ったシンプルな二本角に形を変えていく。
魔物化してた邪悪な見た目とは違い、元の姿はとても綺麗な姿をしていた。
『ん……』
すると脳震盪を起こしていたドラゴンが目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
「気が付いたみたいだな」
『ここは……あれ、ワタシは確か……』
「正気を取り戻したようだな、良かった良かった」
『…………もしかして、アナタが助けてくれたの?』
「無事で何よりだよ。身体の調子はどうだ、痛い所とかないか」
『大丈夫、まだちょっと意識がフラフラしてるけど』
「なら安心だな」
『…………』
「な、なんだよ?」
『どうして、ワタシを助けてくれたの?』
「え、どうしてって……だって助けを求めてただろ?」
『だからってドラゴンが魔物化していたら助けようとはしないよ。竜鱗族の魔物は問答無用で討伐対象になるし、言葉が通じてもそれを真に受けて助けてくれる人なんて――』
「助けたかったから助けた、それだけだよ」
『そんな、それだけの理由で……』
「そりゃあ、何も方法が無かったらお前を殺す以外無かったよ。でも助ける方法も助ける力も俺にはあったし、殺さないで済む方法があるならそうしたほうがいいだろ」
『でもだからってそんな理由でありえないよ! ワタシは竜だよ? 誰もが凶暴と恐れる最強の種族をアナタは恐くないの?』
「なら聞くけどそんな凶悪な種族様があんなか弱い声で助けを求めるもんなのか?」
『…………ッ!』
「あのさぁ、助けたことがそんなに迷惑だったか?」
『違う! だって、こんなに優しくされたことないから……』
「はぁ……捻くれてる奴ほど他人の好意を無下にするってのも問題だよな」
『ゴ、ゴメンなさい……。ワタシはただ――」
「わかったわかった。まぁ、気持ちは分かるよ、俺も捻くれ者だから自分が助けられたら色々疑っちゃうしな。普段蔑まされたり罵倒されたりしてると余計にな」
『なら、どうして……』
「……笑わないって約束してくれるか?」
『え? う、うん……』
「俺にとって竜ってのは特別な存在なんだよ」
『特別?』
「だって竜ってカッコいいじゃん! デカイし、強いし、どんな二次元でも絶対にボスキャラとして描かれるし、まさに幻獣の王に相応しい風格!! しかも純粋な身体能力でも強いのに個体によっては魔法使ったり、知能があったり、山脈よりもデカかったり、弱者の俺にとってはまさに強さとカッコよさの象徴、無能だった俺には憧れの存在なんだよ」
『憧れ……』
「さっきも言ったけど方法がなかったらあのまま殺してた。でも助ける方法があってその方法が自分に可能なら俺は助けるさ。その相手が憧れる存在なら尚更な」
『……クスッ、面白い魔族だねキミは』
「あ、ひでっ。笑わないって約束だろ」
『クスクスッ、ごめんなさい。他種族に助けられるのって初めてだったからつい』
「にしてもお前はなんであんな魔物に? かなり正気を失ってたみたいだけど」
『わからない……でも黒装束の人間たちに何かされたのは覚えてる』
「黒装束の人間?」
話を聞くと空の散歩中、黒装束の人間の集団に捕まりその人間たちに体内に何かを打ち込まれたそうだ。その打ち込まれた何かのせいで魔物化してしまった。
というのが竜の言い分だ。
『多分、強力な呪物の類だと思う。じゃないと竜族を魔物化するなんてマネ人間に出来るはずない』
「うーん、その黒装束の集団は何者なんだろうな」
『多分だけど、各地を騒がせている他種族を敵意する人間の宗教組織だと思う、噂だと他種族を滅ぼそうと各地で色んな事件を起こしてるとか……』
宗教ねぇ……。
この世界でもその言葉を聞くとは思わなかったわ……。
宗教は母親がハマッたインチキ宗教でお腹いっぱいだ、悪い思い出しかない。
そもそも、存在するかもわからないものを信仰して一体なんになる?
神だとか信仰だとか宗教だとか、そんなものに踊らされるやつの気が知れんわ。
…………あー、ダメだ。もう思い出すだけでも鬱になる。
「とりあえず無事正気に戻って良かった。えーっと……そう言えばまだ名前を聞いてなかったな?」
『名前? 名前なんてないよ。ワタシまだ生まれたての竜だし』
「でもだからって名前がないと不便だろ。えーっとそうだな、綺麗な緑色だから……んーー……緑、輝き…………『ヴェルデ』ってのはどうだ?」
単純に緑色をフランス語に言い換えただけだけど名無しよりはマシだろう。
『ヴェルデ……』
「あれ、もしかして気に入らなかったか?」
『そ、そうじゃない! そうじゃないの。何て言うか名前を貰えるなんて思ってなかったから』
「あって困るもんじゃないだろ、俺は良いと思うぞ? ヴェルデって名前」
『ヴェルデ……ワタシの、名前……。そういえばアナタの名前も聞いてなかったね』
「あ、そうか。俺は勇也て言うんだ。よろしくな」
『ユウヤ……。ありがとう、ユウヤ……』
ヴェルデはスッと前足の指を出し握手を求めてきた。
俺はその爪を握り、友好の握手を交わす。
「どういたしまして。次は悪い奴に捕まらないように気を付けるんだぞ」
『うん! それじゃあ このお礼は必ずするから!』
そう言ってヴェルデは背中にしまっていた翼を羽ばたかせ、空に帰っていった。
「何か、またまたすっごい経験をしちまったなぁ……」
竜を助けて名前を付けて握手をした。
現実なんじゃあ絶対出来ない経験だぞこれ。
実際、竜を見れただけでも俺の満足度は満たされたってのにそんな竜を助けて名前を付けて有効な関係になるって……。
あれ? そう言えば脳内で響いていた声がまた聞こえなくなってる。
ホントに誰なんだ、あの声……?
「さてと問題は無事解決したし街に戻るか。おーいリーシャ! 街に戻るぞー」
その声に茂みの奥からリーシャが現れるが様子がおかしい。
まるで何かに怯えてるみたいな表情だ。
竜は帰って行ったってのに何に怯えてるんだ?
「どうしたリーシャ? 竜は帰ってたぞ、もう何も怖がることは――」
「ユウヤ……ごめんなさい……」
「は? 何を謝って……」
「動かないでください。そこの青肌の魔族」
冷たい声が聞こえると同時にリーシャの背後から二人の銀髪の美少女が姿を現した




