「君を愛することはできない」美貌の公爵は後妻に迎えた新妻へ冷たい事実を突きつける ~では、その意味を教えてくださいますか、公爵様~
柴野いずみ主催「ヘタレヒーロー企画」に参加させて頂いております。
あさぎかな@バッドエンド確定/攫われ姫【電子書】死に戻り【コミカライズ】様(@Chocolat02_1234)より頂きました!
ありがとうございます♡
「イボンヌ・ウィンタースベルガー伯爵令嬢。君に言っておきたいことがある」
今朝、ふたりで共に祭壇の前に立ち永劫の愛を誓い、夫となったばかりのテオフィルス・ライトフット公爵からそう告げられたのは、イボンヌが美しい婚礼衣装を脱ぎ、丁寧に侍女たちから磨きを掛けられ初夜を迎える準備を万全に備えて待っていた、ライトフット公爵邸にある公爵夫妻の為の主寝室でであった。
跡取りを得ることなく妻を亡くして以後、ずっと再婚を拒み続けてきた美貌の公爵が、年の若い後妻を迎え入れることになったのは、王命によるものであった。
「お前ももう三十になる。このままでは筆頭公爵家であるライトフット家の血筋が絶えることになる」
叔父であり、尊敬する国王からそう直接拝されてしまったテオフィルスは誰もが見惚れるように美しい顔から表情の一切を無くし、固く目を閉じ頭を下げてこれを受け入れたのだという。
そうして、王命により拒むべくもなく婚約することになった令嬢とは一度も顔を合わせることなく、淡々と婚約に関する締結を結ぶと、そのまま結婚式というハレの日を迎えたのだった。
笑顔の一切ない結婚式は、新婚夫婦のこれからの結婚生活を表しているようだと列席者はみな噂した。
そうして、実際にふたりの生活はそうなるだろうと新郎テオフィルスは暗澹たる気持ちでいた。
「私には、君を愛することはできない」
肌が透ける瀟洒な夜着姿のイボンヌなど視界に入れることすら嫌だとばかりに目を逸らし、まっすぐサイドボードの前まで歩いていくと、そこに用意されていたワインをグラスに注ぎ、一気に呷った。
これから初夜を迎えようという新婚夫婦の初めての会話は、愛を誓うものでも確かめ合うものでもなく、冷たく表情を凍らせたテオフィルスによる新妻イボンヌを切って捨てるような冷たい言葉だった。
そうしてそれを受けたイボンヌの言葉も冷静だった。
「わたくしは本日よりイボンヌ・ライトフット公爵夫人となり、イボンヌ・ウィンタースベルガー伯爵令嬢 ではなくなったのですが。用件自体は承りました。それで? 我が夫テオフィルス様におかれましては、わたくしの他に、どなたか愛する御方がいらっしゃるのでしょうか」
予想からかけ離れた淡々とした質問を返されて、テオフィルスがたじろぐ。
「いや……そういう訳では、ない」
目を泳がせて否定すれば、畳みかけるように重ねて問われた。
「あら。ではわたくしがお気に召さないということでしょうか。噂通り、男色ということでしょうか」
「なんだそれは。気持ち悪い」
自身に関する不名誉な噂を知らなかったテオフィルスが美しいかんばせを顰めて否定した。
この国の国教であるハイライト教は男女間での愛しか認めていない。
だがそれでも、思春期の多感な時期を完全に男女分かれて生活することになる学園内では、むしろ婚姻を結ばない恋の相手としてこっそりと秘密の関係を結んだことのある貴族たちは高位になるほど多かったし、その関係を大人になってからも続ける者もいないではなかった。
もちろん神の祝福を受けることのできない秘密の関係でしか存在できなかったが。
「そんな不道徳で影に隠れてするしかない遊びの恋などにうつつを抜かしたことはない」
きっぱりと否定したテオフィルスだったが、彼の新妻はその言葉に納得してくれることはなかった。
勢いづいた様子のイボンヌからの追及は真実を突き止めるまで留まることを知らないとばかりに、次々と問いを重ね、それに押されるように問われるままテオフィルスは熟考することすら許されずに答えていった。
「テオフィルス・ライトフット公爵閣下は、女性に興味がないという噂は?」
「ない。それは神への冒涜ではないか。私は神に誓って男性に懸想したことなどない」
「では、……まさか、禁断のケモナーということでしょうか。チャレンジャーですね」
「けも? なんだ、それは」
「ケモ耳と尻尾がないと萌えない特殊性癖だそうですわ。最近、王都で密かに流行しているとか」
「特殊が過ぎる! 私は異教徒ではない!!」
男女の愛しか認めていないこの国の神は、同性間の性愛を許していない。そうしてそれ以上に、異種族間における愛などまったくもって許さないだろう。
想定外すぎて教義にはなっていないだろうが。間違いなく異端扱いされる筈だ。テオフィルス自身は知らないが。たぶん、いや間違いなく、駄目だ。
「では……」
「私は普通に女性が好きだ」
これ以上トンデモナイ疑いを掛け続けられては心が死ぬとばかりにテオフィルスは厳然たる事実を宣言した。
最終的に問い質したいことはこれであろうと確信をもって口にした言葉であったが、だがしかし、イボンヌからの追及を止めることは叶わなかった。
むしろとても訝しげな表情を浮かべる。
「わたくし、これでも婚姻前は、王都でもっとも美しいと称えられている未婚女性でしたのですが」
恥じらいや躊躇いなど一切含まない、単なる事実として告げられたイボンヌの言葉は、だがしかし真実であった。
夜空のようなテオフィルスの艶やかな黒髪と対になるような、ほんのりと赤味を帯びた柔らかそうなストロベリーブロンドの下から、まるで碧玉石を嵌め込んだような瞳がテオフィルスを見上げている。
不満を口にしても愛らしいばかりの花弁のような紅い唇も、鼻筋の通った形のいい鼻も。
すべてが神の配慮を感じさせる完璧な配置がされている。
決して誤魔化されてはくれなさそうな瞳に見つめられる居心地の悪さに、テオフィルスはサイドボードの上のワインを再びグラスへと注いで呷る。
先ほどより温くなってしまっていたワインは、テオフィルスの身体を冷ますことすらしてくれなかった。
それでも追ってくる視線から顔を逸らしつつ、けれども誠実に、正直に答えた。
「あぁ、君は美しい。それだけでなく聡明で、近隣三国語のみならず複数の言語を自由に操る才媛だと聞いている。なぜこれまで婚約者がいなかったのか、不思議なくらいだ」
未婚で婚約者もおらず、すぐに婚姻を結べる年齢の高位貴族の令嬢、それも公爵夫人として立てるだけの器量を持つ者として選ばれたのが、ウィンタースベルガー伯爵家二女であるイボンヌだった。
前年に学園を卒業したばかりの十八歳。
婚約を結んだときはまだ学園に通っていた年若き令嬢は、デビュタントを果たしたその夜会からずっと、誰のものとなるのか、誰がその手を取ることを許されるのかと注目の的であった。
「お褒めに預かり光栄でございます。知識を得ることが好きなのです。語学のみならず。ですが、……それでは、ただわたくしのことがお気に召さないということでしょうか」
「これは、君に瑕疵があるという訳では、ない。私の方だ。前妻であるユリアから、生前の彼女からずっと言われていたんだ。『仕事ばかりしているあなたには誰の事も愛せない』と」
「まぁ。ではもしかして、おふたりの間にお世継ぎができなかったのは」
「ユリアから、愛することを知らない冷たい私などから触れられたくないと嫌がられてね」
なんでもないことのように話したいが、思い出す度に波のようにあの時の苦しさが押し寄せてきて、テオフィルスは声が震えないようにするだけで精一杯だった。
「ユリア様は美形俳優のタニマチとして有名でしたものねぇ。たくさんの殿方たちから情熱的な愛の言葉を朝から晩まで浴びるほど聞かせて欲しいタイプなのだと有名でしたもの」
「すまない。なにか言っただろうか」
全て白状してしまったと悲壮な思いに囚われていたテオフィルスは、だからこそイボンヌの呟いた言葉を拾うことはできなかったらしい。
テオフィルスはイボンヌに教えるつもりは一切ないようだったが、実際のところ前ライトフット公爵夫人の死因がアルコールの飲み過ぎと禁止されている訳ではなかったがある薬物の過剰摂取によるものであることは、この婚姻を強引に推し進めた国王陛下よりイボンヌには知らされていた。
そうして、夫人の不義についても。
「いいえ。こちらの話です。それで? ユリア様から『愛を知らない』と言われたから、テオフィルス様は『わたくしを愛せない』のですね」
にっこりと笑顔でそれを告げると、テオフィルスは若干怯んで表情を硬くし、項垂れた。
「すまない。王命でさえなければ、社交界の華であった未来ある君に、冷たい結婚生活を押し付けることなど、しないで済んだのだが」
目を伏せ悄然としてそこまで告げると、テオフィルスは表情を引き締め顔を上げた。
まっすぐにイボンヌを見つめ、男性にしては美しすぎるその顔の、眉の間に深く皺を作り、不本意でしかない王命を拝してからずっと彼を苦しめていた問題に自ら出した苦渋の答えを、今度は言葉を尽くして新妻へと告げた。
「大変申し訳ないが、公爵家の跡取りとなる子を儲けて貰わなければならない。私との夫婦生活は女性としての幸せとはほど遠いものとなるだろう。だが、それさえ為してくれたなら出来得る限り君の自由を保障しよう。社交界の華でいたいのなら好きなだけドレスでも宝石でも買うがいい。勉強がしたいなら留学の後押しもしよう。……恋がしたいというなら、恋人を作っても、いい。いつか王家より許可を得ることができたならば、離縁も受け入れる。だから」
「まぁ! ならばなんの問題もありませんわね」
美しく年若い妻を説得できるよう用意しておいた言葉を次々と披露していって、ついに求めていた同意を得られたというのに、この瞬間、なぜかテオフィルスの心はぎゅっと軋み、思わず目を閉じた。
グラスを掴む手が、震えた。
震えるその手を、そっと柔らかなものに包み込まれた。
「テオフィルス様は、わたくしを愛する必要はありません。わたくしが、あなた様を愛して差し上げますから」
「え?」
視線を上げたテオフィルスの視界いっぱいに、うつくしい新妻の笑顔があった。
「可愛がって差し上げますわね♡ まずは今夜からたっぷりと受け入れてくださいませ」
「え?」
掴んでいたグラスから指を離させられ、ことりとサイドテーブルへと置かれるのを、テオフィルスは何故そんなことをイボンヌがしているのだろうと、ぼんやりと見ていた。
「大丈夫です。わたくし、実践したことはありませんが、耳年増はたっぷりしてきました。朝まで旦那様を啼かせて差し上げられるよう、誠心誠意努めさせて頂きますわね」
「え?」
「テオフィルス様に愛がわからなくとも大丈夫です。わたくしが、たっぷりあなた様を愛して差し上げます。愛してますわ、テオ」
艶やかに笑ったイボンヌは、枕元においてある蠟燭の火を吹き消すと、呆けて薄く開いたままになっていたテオフィルスの唇へ、自分のそれを重ねた。
お付き合いありがとうございました!
※お月様に、連載版を置いてあります。本当はここに掲載するつもりだったのですが、ちょっとエロが多めになって置いておけなくなった程度なので、お月様にしては生温いです(笑)
それでもよろしければよろしくお願いしますー( ´ ▽ ` )ノ
【連載版】「君を愛することはできない」美貌の公爵は後妻に迎えた新妻へ冷たい事実を突きつける ~では、その意味を教えてくださいますか、公爵様~
https://novel18.syosetu.com/n9814ik/
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針山糸様(@hariyama_ito)よりヘタレヒーロー企画参加賞として
テオ様を描いて頂きました♡
ラストの「え?」って言ってるところですわ( ´艸`)
最高ですよね!!!
ありがとうございますー!!!